目を開け深く息を吸い込む。ジェイダスが半日ぶりに眠りから覚める。
近年のVRMMORPG(バーチャル多人数アールピージー)の発展により、現実での人間の五感をゲーム内にも反映し嗅覚、味覚、触覚、痛覚などがよりリアル世界に近いた。
元は体の不自由な人や、寝たきりの人などのために開発されていたらしいが、詳しい話は知らない。
ジェイダスは対魔物用の城門をくぐり、街の中に足を踏み入れる。
雲一つない快晴に、華やかなBGM。古臭い匂いと言うよりは、どこか懐かしい気さえもする。
石材で作られた、写真でしか見たことのない中世のヨーロッパ風の古い街並みがあった。
いつもより賑やかに感じるのはイベントのせいでもあるだろう。俺自身はこの街へは、アイテムの補充以外で訪れることもなく、普段はダンジョンで飯を食い、その場で寝る暮らしである。
華やかな演奏と共に、プレイヤーを歓迎するこの街は、すべての始まりの場所でもあった。
ゆえに初心者から廃人まで。踊ってるピエロもいれば歌っている海賊もどきもいる。
朝っぱらから酒場でビールを飲むメイドだっている。それぞれが自由にこの世界を満喫しているのだ。
今回の俺の目的は、踊ることや、歌うことでもなければ、酒を飲むためでもない。
初心者歓迎イベントをクリアし、レアアイテム交換券を手にすることである。
いまさらレアアイテムは必要ないが、時期を見て捌けば高値で売れる。
こちらの世界の通貨は、現実世界のお金に換金(もとの3割で)できるのでありがたかった。
その代わりと言ってはなんだが、このゲームの死のペナルティーはかなり厳しい。
レベルロスト。
死んだ瞬間にすべての装備を失い、再び初めからやり直し。
そのせいでプレイ人数が減るかと思いきや、そんなことはなかった。お金の力はすごい。
おこずかい目的の奴もいれば、このゲームで食っている人間も少数ながら上位層にいる。
その中でも必死に、日々の生活費と学費をこのゲームから抽出しているのは俺ぐらいだろうね……。
「とっとと行くか……」
それほど難易度が高いとも思えないし、参加して損することはまず無いだろう。
と、なれば初心者を捕まえやすい場所。それっぽい奴に声を掛けるのは非効率だし、
パーティー募集の掲示板へ向かうとするか。
「おい、あれ……」
「あれが噂の……」
誰かが幽霊でも見たかのように呟く。
街なかを歩く黒衣を纏う少年騎士。華やかな街中でその死の色は目立たないはずがなかった。
誰もが振り返り、彼を羨み、妬む。
個人成績一位 ジェイダス。
銀糸のような短めの銀髪と、有名な彫刻家が手掛けた作品のような、均衡のとれたあどけない顔立ち。
だがその眼は、血のように赤く、宝石のように人を惑わすほど美しかった。
鎧を纏わず、黒衣に身を包む軽装は弾丸より早く。
鋼鉄の鎧すら紙のように切り裂く、禍々しい黒剣の使い手。
別名:ファントム。
その名を知らない者はほとんどいない。
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独特な酒臭さと、酔っ払い共の下手くそな歌声。
トランプで賭け事をする奴らや、ビールと机をひっくり返し、
観客に煽られながら喧嘩をしている奴もいる。
あまり長居はしたくないのだが、依頼を受けるには此処に来る必要がある。仕方あるまい。
パーティー募集の掲示板は酒場にある。
カウンター横の壁に張り出されているのは「依頼」や「パーティー募集」など様々なものがある。
掲示板に群がる奴らからは少し離れ、遠目でよさげな初心者パーティーの依頼を探す。
(どれもこれも、まあ……似たり寄ったりか)
つまりどれを選んだとしても、報酬はさほど変わらない。
重要なのはそのパーティーのレベルと、依頼の場所。
その全てを考え一番早く終わりそうなものを厳選する。
『LV19 最果ての洞窟 二人用』
お、これなんていいんじゃないか。
早速俺は群衆の中に割って入って、その紙をもぎ取ろうとした。
「てめえ舐めてんのか! ああん!?」
突如として酒場に響くこれまでにない男共の怒声。
「……あの……その、本当に、ごめんなさい……」
ドクロをあしらった野蛮な装備を身に着けている
3人の男に囲まれていたのは、背の小さな少女だった。
白いウサギのような装備を身に着け、宝石の埋め込まれた木の杖を胸の前でぎゅっと自分を守るように握り、小刻みに震える少女が酒場の中心にいた。
「たくっ、つかえねーんだよ! 初心者だからって調子に乗るんじゃねーぞ!!」
「約束通りてめーのリアルアドレス教えろっつーの!。楽しませてやるからよぉ、ぐひひ!!」
下品な言葉に少女は青ざめさらに小さくなって震え、唇をきゅっと結ぶ。
確かによく見ると、ウサギ耳フードの中から見える顔は小動物のような可愛らしさがあった。
一昔前は「ネカマ」なんて言葉があったが、今はもうすでに死語だろう。
このゲームはリアルがゆえに性別は偽れない。
顔は現実の顔に似てしまうので、ゲームの顔は60%ぐらいは現実の顔だと言っても過言ではない。
「だれか、助けてやれよ……」
「えー嫌だよ……だってあの『デス・ナイツ』ギルドだぜ……。
下手に手え出したら、ただじゃ済まないぞ……」
誰もが目を逸らし、自分には関係ないと言い聞かせる。
「わからねえよおなら、こうするしかねえなあ?」
男の一人が少女に殴りかかろうと腕を振り上げた。
少女はぎゅと自分を守るように身を小さくする。
パンッ!!
「なんだあ? てめえ・・・・・。何をしたのか分かってんのか」
俺はその岩のような拳を片手だけで受け止めた。
ジェイノスはそこら辺に転がっているただの冒険者共とは違う。
「・・・・んだよ」
「あ?」
「がたがたうるせえぞ、クソモヒカン野郎。息くせえんだよ」
彼は本気で勇者に憧れていた、一人の男なのだ。
「んなっ!?」
その瞬間、俺はその男の手首を掴み寄せ、勢いを利用して背負い、投げ飛ばす。
ガシャーンと派手な音が酒場に広がり、「わーっ!!」という観客の熱い声援も瞬く間に感染する。
「てめえ! よくも兄貴を・・・っのわっ!?」
スキルを使う必要もなかった。
ただ腰を低く落とし、地面を蹴って加速し相手の間合いに入らせてもらって、
腹に一発グーパンを決めてやった。
例え強固な鎧で身を守ったとしても、鎧から受けた波動は殺し切れずダメージは直接肉体へと伝わる。
あと一人……
俺はぐるりと最後の得物を求め酒場を見やる。彼の眼をみた観客が声を忘れて凍てつく。
しかし、どれだけ探しても伸びている二人以外は見当たらなかった。あんな目立つ装備で観客の中に紛れこんでいるとは考えにくかった。
もふっ。もふっ。
突然、俺の死角から白くて柔らかい物体が抱き着いてきた。
「あのっ……もう大丈夫ですっ。もう一人の方は、だいぶ最初の時に逃げてしまいましたので……」
なるほど。仲間を捨てて逃げやがったか。
「その……すみませんっ」と少女が俺から離れ、モジモジと上目で俺を見つめる。
「ん、なんだよ。一応運営に報告しといたほうがいいだろう。じゃあな、俺はやることがある」
少し上から睨むと、「っひ」と声を上げ、びくりと反応する。
俺が新しい依頼を受けるために掲示板へ向かおうとすると、何もない所で躓きそうになりながらも、
意を決したかのように赤くなった顔を上げ黒衣の端をちょこっと掴む。
「あのっ! 私とパーティーを組んでくれましぇんか!?」
盛大に噛みやがった。しかも何故か少し泣いていた。
ちきしょう。……可愛いと思った自分が許せない。