六角氏との戦いは掘り下げたつもりです。
「………全員揃ってるわね!」
南蛮鎧を身に纏い赤いマントを羽織った信奈は馬上から全軍を見渡す。
「はい姫様、松平殿の援軍も含め織田全軍揃っています、百点満点です」
自称織田家のお姉さんの丹羽長秀。渾名は万千代。
「あたしもいつでも出撃できます!」
特注の鎧を纏い既に鼻息を荒くする柴田勝家。渾名は六。
「………良晴、ちゃんと捕まってる?」
「あ、ああ俺も早く馬に乗れないとなぁ」
馬に乗れない良晴を背中に乗せるのは前田犬千代。
「おーほほほほついにわらわの宿願の今川幕府を開くときですわ! 元康さん、頼みましたよ」
「は、はい〜義元さま〜」
無駄に豪華な御輿に乗り無駄に甲高い笑い声を上げる今川義元とその側に侍る松平元康。
その他にも新参者の明智光秀や同じく新参の緋村隆成率いる緋村家。
「全軍、京へ!」
信奈の号令、一騎掛けを合図に後に続く武将たちもその後を追う。
「長門様、いよいよ上洛ですね。確か我らはこれから東山道を通り北近江で浅井と合流するのでしたよね」
長門の隣で馬を走らせる高次。
東海地方から上洛するには大きく2つの選択があった。
一つは清洲から伊勢・南近江を通る東海道。そしてもう一つが今織田軍が進軍している岐阜から北近江を経て南近江で東海道と合流する東山道。
信奈は道中、北近江で浅井長政の一万の兵と合流するつもりであった。
「ああ、織田が上洛する上で浅井との同盟は必要不可欠だったからな。もし同盟が上手くいかなかったら上洛なんて後何年かかっていたのやら」
信奈は長政との婚姻同盟の為に妹お市御寮人と称して弟の勘十郎信澄を送り込んだのだ。
早い話、長政を騙して同盟に漕ぎ着けたのだ。万一にバレていたら北近江に着いた瞬間に戦闘になってしまうのであった。その不安は織田家中にもあった。
しかしその心配は杞憂に終わった。
「義姉上、この長政と共に参りましょうー天下へ」
長政は別人のようになっていた。その変わりようには信奈さえが君悪がっていた。
「………長門様」
「………とにかく浅井が信頼に足るという事がわかって良かったんじゃないか?」
なんとも言えない雰囲気に包まれながら五万に膨れ上がった大軍は南近江に向けて進軍を再開した。南近江の六角承禎は佐々木源氏の流れを汲む名門守護大名で三好一党と軍事同盟を結んでおり、織田に徹底抗戦する構えだった。
信奈は愛知川の北側に陣取ると直ぐに軍議を開いた。
まず口を開いたのが六角の仇敵である長政である。
「義姉上、六角の兵はさして強く無いですが観音寺城はかの稲葉山城にも匹敵する難城。いったん野陣を構築し、支城をを一つずつ気長に落としていくのが上策かと思います」
六角氏は観音寺城の他に和田山城、箕作城の三城他に十八にも及ぶ支城にそれぞれ兵を配置していた。
長政の正道とも言える献策に反対するものはいなかった。
しかしその中でその策に意見するものがいた。
「愚策ですな」
「な、なんだと長門殿」
同じく軍議に参加していた長門だった。城攻めの定石とも言える定石を愚策と言い切る長門に織田家中にも驚きが広がった。
長門は地図を指差し始めた。
「六角の狙いは我らが支城を一つずつ攻め落とすと考えているだろう。そして我らが攻めあぐねているところを挟撃しようと言う腹づもりだろう。まあこれも単純すぎて読むまでも無いですがな」
その説明を聞くと「確かに…」などと声が聞こえ始めた。その声を信奈がパチンと扇子を叩き静粛にさせた。
「だったら何か策があるっていうの? 武田が上杉と争っている今しか上洛する機会がないのよ。ゆっくりと攻めてなんていられないわ」
「六角の主力は観音寺城、和田山城、箕作城の三つの城に集中しています。この三つの城さえ落とせば後は勝手に城を捨てるでしょう」
さらに長門は地図に碁石を三つ置いた。
「ですので軍を三分割し観音寺城、和田山城、箕作城を攻めましょう。そして…………以上です」
「分かったわ、長門、あんたの策で行くわ。全軍、進めぇっ!」
信奈は愛知川を渡ると軍を三つに分けた。緋村隆成、美濃三人衆筆頭に観音寺城攻めの軍。
柴田勝家を大将とした和田山城攻めの軍。
信奈を中心にした本隊は箕作城へと向かった。長門は箕作城攻めに加わった。
和田山城を攻める勝家に同行した犬千代と別れた良晴は長門の後ろに乗せてもらっている。
「なあ長門、どういうことだ? 本隊は観音寺城を攻めずに箕作城を攻める。おまけに観音寺城は一切攻めるななんて」
長門は観音寺城攻めの部隊に観音寺城は攻めずに包囲しておくようにと言っていたのを聞いた良晴。
「観音寺城は長政も入っていた通り落とすなら時間を掛けないと無理な城だ。まず今日のうちには無理な話だ」
「ですが、それなら箕作城も同じなのではないのですか? 二十点です」
長秀も長門の献策に難しい顔を見せた。長門は大丈夫だと言いそれ以上は何も話さなかった。
信奈は到着するや否や直ぐに城攻めを開始した。
「突撃ぃ‼︎六角など恐るるに足らず、我ら黒野兵の精強さを見せてやれ‼︎」
箕作城は観音寺城と同じく、山の上に築かれた山城で攻めるに難く守るに易い城であった。
一隊の指揮を任された長門の指揮のもと六角勢を押し込んでいたが、箕作城の城代を任された吉田出雲守という将がこれまた優秀で地の利を生かした指揮を発揮し次々に押し返していった。
「長門様! 押され始めています!」
「…………頃合いか、よし撤退するぞ」
5時間にも及び攻め続けたが箕作城攻略とはいかなかった。
しかし長門の表情は笑みを浮かべていた。
*
「申し訳ありません、箕作城の攻略、失敗いたしました」
本陣に戻った長門は信奈の前で頭を下げた。
「というか城攻めは私の判断よ。あんたが謝る意味が分からないわ」
信奈は長門が戻って早々頭を下げたことに長政の時並みに君悪がっていた。
「ですが、今夜でこの城は確実に落ちます」
「なんですって⁉︎」
長門の発言はまたもや皆を驚かせた。彼は平和な世界ならば有名な噺家になれているだろう。
「長門殿、それは一体どういうことなのですか? 」
長秀がそう言うと同時に長門は一枚の書状を取り出した。
「信奈様、こちらを」
長門から手渡された書状を確認すると中にはとんでも無いことが書かれていた。
「これって…………内通者⁉︎」
「はい、愛知川での軍議の前に我が配下の者を放ちました。そして、その者はこちらに寝返る約定を結ばせました」
長門は密かに六角に調略を仕掛けていたのだ。
「今夜夜襲を掛けます。その折に城門を開け放ち一気に城を落とします。敵も先程の抗戦で疲れが出ているでしょう。直ぐにこの城は落ちます」
陣営内に静寂が訪れた。先程の無謀な力攻めも、この為の布石であったのだ。
信奈も長門の考えには驚きを隠せなかった。だが確かに犠牲も少なく最短で城を落とせる方法であるだろう。
しかも今夜中に箕作城を落とせるならば観音寺城や他の支城の指揮も下がる。
「分かったわ! 日が落ちた時に夜襲をかけるわ。指揮は万千代、与力に長門をつけるわ」
「はい姫様」
「は! それと良晴、お前にやってもらいたいことがあるんだが」
「え?」
*
「とはいえ夜の行軍は何度も経験があるが、やはり暗いなぁ」
「それを献策したのは貴方ですよ十三点」
長門と長秀は信奈から千の兵を預かり静かに箕作山を登っていた。
「それにしてもサル殿に何をお話しになったのですか?」
「ああ、ちょっと仕上げの細工でして。万が一にもということもありますし」
「そうですか…………着きましたよ」
箕作城の城門まで辿り着いた。そして門兵は長門らの姿を確認するとゆっくりと城門を開け放ったのだ。
「さあ、一気に落としましょう‼︎」
*
箕作城内は静かに夜を迎えようとしていた。まさか箕作城をいきなり攻めると思っていなかった為兵は浮き足立ちそれなりに犠牲が出てしまった。
長時間に渡る敵の攻勢に兵は初日から疲労がたまっていた。
「不味いな、我らは織田の攻撃に士気は下がる一方だ。だがこのまま落とされるわけにはいかない」
箕作城の守りを任された吉田出雲守は疲弊した兵を自ら鼓舞し歩き回っていた。
出雲守は麓に松明の灯火が大量に確認できた。
(織田の、いや緋村長門の策か、我らに攻めると見せかけるつもりか、だがそんな見え見えの策に嵌められる私では無い)
そう考えて兵には何も指示を出さなかった。しかしこの時に周囲の警戒を、強化させておけば長門の策に気づけていたかもしれない。尤も、すでに長門の術中の中にあったのだが。
そこに伝令兵が現れた。大汗をかいており余程の自体だったと推測できた。
「出雲守様!」
「どうしたのだそんなに慌てて…………」
「和田山城が内部の裏切りがあり、落城、したとのこと!」
「何だと⁉︎こんなにも早く…………」
出雲守は動揺を隠せなかった。勿論この伝令は長門の部下で和田山城はまだ落城していなかった。
しかしその虚報は城内の士気を一気に低下させた。
そしてその動揺が彼らにとっての最後だった。
「た、大変です!西側の城門が開け放たれ織田の兵が城内に雪崩れ込んで来ます‼︎」
最早士気は皆無だった。兵たちは抵抗という抵抗も出来ずに我先にと武器を捨てて逃げ惑っていた。僅かに立ち向かった兵たちは次々に彼らの刃にかかっていた。
「最早ここまでか…………」
出雲守は敗北を悟ると降伏を宣言した。
(『黒野の鷹』、緋村長門、鬼の緋村の中でも武芸は劣ると思っていたが、この智謀何という男よ)
出雲守は兵達に武装解除させ、城を明け渡すと落ち延びていった。
*
「…………此度はお主のお陰でこの城を落とせた。まずは例を言う」
長門は一人になりたいと長秀に言うと事後処理を彼女や高次らに任せある男とあっていた。
「何を仰るか、私は六角の中でもぞんざいな扱いを受けており我慢の限界でしたので」
その男は長門の内通者で今回の夜襲を手引きした、坂下新八ノ助という男であった。ひっひっひと笑うその顔は卑しさが溢れていたのだ。
「では、約定通り私の命は……」
「ああ、だが最後に確認させてくれ、六角を裏切ったことに後ろめたさなどはあるか?」
「まさか、裏切りは戦国の世の常、後ろめたさなど…………」
「そうか…………ならばお前はもう用済みだ」
そう言うと長門は太刀を引き抜き新八ノ助を突き刺した。
「ぐあぁぁっ‼︎貴様…何を⁉︎」
「少しの後ろめたさがあれば命は助け私の配下として雇っていたかもしれぬのにな。お前のような男を生かしておくのは信奈様の天下の妨げになる。火種は確実にしておく…………」
「おのれ…………貴様は私と同じ地獄に…」
言い切る前に長門は新八ノ助の首を跳ねた。
「…………地獄なら行ってやるさ、俺が地獄に行くくらい、天下や皆の為なら安いものさ」
太刀を納刀すると顔についた血を拭い。その場を後にした。
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