ダンジョンとアイズと斬魄刀   作:もちもちもっちもち

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相棒

 ≪剣姫≫、≪戦姫≫、≪死にたがり屋≫、≪迷宮中毒者≫――。

 前者の二つは彼女を形容する二つ名として、後者二つは影で囁かれる蔑称として。

 迷宮都市≪オラリオ≫を語る上で外せない探索系ファミリア≪ロキ・ファミリア≫の中核を担う一人であり、その妖精然とした美貌と卓越した剣技を持つ第一級冒険者。

 

 

 金髪金瞳の少女――アイズ・ヴァレンシュタインは、かつてない危機に直面していた。

 

 

 薄暗い洞窟内に瞬く銀閃。

 軌跡だけを残して振り抜かれた一撃が対象の得物を断ち切り、返す刃で命を絶つ。

 大量の血飛沫がアイズに降り注ぐが、次の瞬間にはかつての場所から数メートル先へ。

 常人から見れば瞬間移動染みたスピードだが、アイズを知る者が見れば疑問に思うことだろう。そして、その原因が何なのかと聞かれれば、誰もが正解に辿り着くことができる。

 

 疲労困憊。

 

 身に纏っている装備はボロボロで、妖精と見紛う顔も泥や血に塗れていて見るに堪えない。肩を激しく上下させ絶え間なく繰り返される息も荒く、心身ともに限界に近い。唯一、髪と同色の瞳は下を向くことなく前を見据え、不屈の意思を絶やさぬよう黄金の炎を燃やし続けている。だが、それは灯滅せんとして光を増しているようで、次の瞬間には消えてなくなってしまいそうだ。

 

 

「■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 咆哮がアイズの鼓膜を蹂躙し、振り下ろされた一撃が死を幻視させる。

 山羊の角、馬の面、人間の四肢。様々な生物の特徴が混じり合う化物≪フォモール≫を構成するどれもが強大で力強く、各々が握る、巨大な岩盤から直接削り取ったかのような石斧がそれらの印象に拍車を掛ける。それが、目に見える範囲だけで十を優に超える光景。悪夢以外の何物でもない。

 力任せの振り下ろし。しかし、単純ゆえに齎す結果は絶大。

 だが、その軌道は途中で不自然に曲がる。アイズの武器であるサーベルが突き出され、その側面を石斧が滑っていき、直後、彼女の真横に着弾。粉塵が周囲一帯に舞い上がる。

 柔よく剛を制す。垣間見せた絶技に酔うことなく、防御から攻撃へと転ずる。

 

 

「ッ!!」

 

 

 咄嗟に翳したサーベル越しに伝わる衝撃。

 苦悶の声を漏らす暇なく、粉塵を切り裂き、次々と殺到する石斧。

 結界のようにアイズを囲い込むそれらを防ぐ術はない。

 

 

「――目覚めよ(テンペスト)

 

 

 なら、防がなければいい。

 血を吐くように吐き出された祝詞に一瞬遅れて、迷宮内に走る一陣の風。

 瞬く間に膨れ上がった無数の風は嵐へと昇華され、アイズを中心にして複雑に入り組んでいく。

 そして、次の瞬間には、直撃する筈だった石斧は軌道を変え、アイズの周囲へ轟音とともに突き刺さった。

 

 付加魔法≪エアリアル≫。

 剣に纏わせれば全てを切り裂く風刃へ、体に纏わせればあらゆるものを受け流す無敵の鎧へ。

 自身が有する、唯一して攻防一体の魔法が齎す予測通りの結果に満足する暇はなく、すぐさま反撃に打って出ようとして、

 

 

「あっ……」

 

 

 カランと音を立てて、アイズの掌から愛剣が零れ落ちた。

 咄嗟に利き腕に目を向ければ、そこにあったのは見慣れた華奢な腕ではなく、醜く腫れ上がった骨折という最悪の結果だけ。

 恐らくは≪フォモール≫からの一撃を防いだ時に負傷したのだろう。

 そのことを認識した途端、途方もない激痛が腕に走る。いや、損傷はそれだけではなかった。

 体が鉛のように重い。割れるように頭が痛い。吐かなかったのは、殆ど意地だった。

 ほぼ休むことなく此処まで来た代償は大きい。その上、今いる深層は本来なら複数人で訪れるのが当たり前であり、アイズのようなソロで挑む者など皆無といっていい。

 体力は底を着いた。頭痛の原因は十中八九≪精神疲弊≫。愛剣≪デスペレート≫は≪不壊属性≫を持っているが、壊れないだけで切れ味は落ちる。アイズの卓越した技量がなければ、鈍らレベルの切れ味しか発揮しないだろう。

 

 故に、現状の結果は当然の結末だった。

 冒険者は冒険してはいけない。

 その結果どうなるか、アイズは身を持って知ることとなった。

 

 

「グル……」

 

 

 その命を持ってして。

 

 

「グラアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 呆けたように見上げるアイズの双眸に、巨大な石斧が迫る。

 本来なら一瞬で到達する筈の一撃は、アイズには途方もなく長く感じた。

 脳裏に浮かんでは消える数多の映像。そこに映る人の数はそれほど多くなかった。

 だけど、どれも大切だと思える人たちだった。

 

 そして、最後に行き着いた、アイズにとっての原点となる記憶。

 尊敬する父。大好きな母。しかし、見えるのは背中だけで、一度も後ろ(アイズ)を振り向かない。

 待って。そう言おうと口を開こうとして声が出ず。

 追いつこうと足を動かそうとするが、何故が一歩たりとも踏み出せなくて。

 

 

 次の瞬間、立ち尽くすアイズの隣を、一人の少年が通り過ぎていく。

 

 

 見覚えがあった。ない訳がなかった。だって、両親を除けば一番傍にいたのだから。

 外聞なんて気にせず叫ぶ。でも、それが言葉になることはない。

 死に物狂いで体を動かそうとして、上手くいかずに転んでしまう。

 手を伸ばし、それでも届かず、頬を何かが伝い、顎に集い、重量に引かれて零れ落ちる。

 

 ぴちゃ――音の存在しない空間に、その水音は響いた。

 

 

 

 ――アイズ

 

 

 

 いつの間にか立ち止まった少年が、こちらを振り返り、そう言って笑った。

 顔面が永久凍土の自分には到底できない、太陽みたいな笑顔で。

 

 

 

 

 

「――――射殺せ、≪神鎗≫」

 

 

 

 

 

 それは、なんの前触れもなく訪れた。

 唐突に動きを止める≪フォモール≫。その額に突き刺さっているのは僅かに湾曲した剣。ただし、その長さが尋常ではなかった。

 アイズと正面の≪フォモール≫との距離は三メートルほど。だが、頭上を仰ぎ、反対側である後ろに壁のように佇む≪フォモール≫の群れの間を縫うように伸びた刀身の全容を図ることは叶わない。途轍もない長さだ。

 だが、アイズには一人、このような出鱈目な武器を振るう人物に心当たりがあった。

 

 

「伏せろ、アイズ!」

 

 

 声に従い、倒れるように床に伏せる。

 

 

「だりゃああああああああああ!!」

 

 

 咆哮、一閃。

 空間をまるごと断ち切るような白刃が走り、一瞬の静寂。

 伏せていた顔を上げたアイズの目の前で≪フォモール≫の体が――アイズは見えないが、彼女の周辺の≪フォモール≫も同様に――腰を中心に上下からズレ、分断された切断面から血が噴き出し、

 

 

「――――」

 

 

 それら全ての返り血を、アイズは頭から被った。

 輝くような金糸は見るも無残な赤黒へ。汗で張り付いた衣服は、それ以上の血液で持って不快感が更に悪化。

 水も滴るいい女なんて言葉が極東にはあるそうだが、返り血の異臭のせいで台無しである。

 

 

「おーい、アイズ。生きてっかっと……」

 

 

 そんな呑気な声と近づく足音に、アイズは後方を振り返った。

 

 

「…………」

 

 

 黒い髪、黒い瞳。身に纏う黒い着物。腰に差された特徴的な剣。

 普段は不敵な笑みに染まっている顔は、しかし今では驚きに満ちていた。

 どうしたんだろうか。少しずつ浮上する不安は表情にまで浮かび上がり、アイズは眉を顰める。

 

 

「――ぶはっ」

 

 

 黒髪黒目の少年――クロ・シロクロはいきなりアイズへと指先を突き出す。

 

 

「ぎゃははははははっ!? アイズおまっ、なんだそりゃあ!! イメチェンでもしたのか!! さいっこうに似合ってんぜ剣姫様よぉ!! くはははははははっ!?」

 

 

 ぼっ、と血に負けじと主張するのは、紅潮する頬。

 恥ずかしさから逃げようと体を搔き抱くが、クロの笑い声は一向に収まる気配はない。

 せめてもの逃避にと顔を見られぬよう俯くが、プルプルと震える肩が鎮まることはなかった。

 きっ、と涙混じりの双眸を上げ、負傷した手とは反対の手で愛剣を握ったのは無意識のことだ。

 しかしこの男、クロには慈悲もデリカシーも欠片たりとも存在しなかった。

 

 

「くっせー!! なんだこの臭いは、マジ臭ぇ!! ゲロ以下の臭いがプンプンすんぜ!!」

 

「こ、の……!!」

 

 

 普段の物静かな印象はどこへやら。

 年相応に感情を剥き出し、紡ぎだそうとしたのは≪エアリアル≫の詠唱式。

 ≪精神疲弊≫がなんだ! 気合と根性で魔力を捻出するアイズだったが、

 

 

「――水天逆巻け、≪捩花≫」

 

 

 ザッバァン! 膨大な量の水に掻き消されてしまった。

 ポタポタと滴る雫は透明で、全身に浴びせられた返り血は綺麗さっぱり洗い流された。

 一瞬の変貌。まさに劇的ビフォーアフターである。

 ブルブルと頭を振ったアイズは再度クロを見上げると、いつの間に手にしていたのか、先端が三つ又の矛を持つ槍を握っていた。

 とうの本人は先程までの爆笑顔はどこへやら、真剣な眼差しは腫れ上がったアイズの利き腕へと注がれていた。対して、アイズはさっと負傷した腕を隠し、罰が悪そうに顔を反らす。

 そんな状態が数秒。ずぶ濡れになったせいか、くちゅんとくしゃみを零す。それが僅かばかりに空気を弛緩させ、恐る恐るクロの方へ顔を向けると、彼は嘆息しながらガシガシと頭を掻いた。

 

 

「あー……まっ、言いたいことは色々あるが、とりあえずは後回しだ」

 

「クロ……?」

 

「だがまぁ、一つだけ言わせろや。――あんま皆に心配かけさせんじゃねぇぞ」

 

「……ごめんなさい」

 

「お前のごめんはほんと信用できねぇんだよ」

 

 

 そう言ってこちらの言葉を切り捨てたクロは。ゆっくりとした足取りでアイズに近寄り、真横へ。――そして、すれ違う。こちらを一度たりとも一瞥することなく。

 その光景が、どうしようもないほどアイズの心を焦燥に駆り立てる。

 先ほど体感した、まるで走馬灯のような光景とクロの後ろ姿が重なったから。

 だから、アイズは、

 

 

「クロ」

 

 

 今にも泣きだしてしまいそうな。大切ななにかに懸命に縋りつく幼子のような声。

 

 

「――待ってろアイズ。すぐに終わらせっから」

 

 

 クロは振り返った。振り返ってくれた。太陽みたいな、そんな笑顔と一緒に。

 たったそれだけのことで、どうしようもなく胸が暖かくなった。

 

 

「さぁて、団体さんのお出ましだぜ」

 

 

 三つ又の槍でとんとんと肩を叩き、零されたクロの軽口を掻き消す咆哮。

 一体、二体――次々と産み落とされる多種多様の異形達。迷宮という名の体内に巣くう自分達冒険者の前に立ちはだかる障害を、しかしクロは一笑に付す。

 アイズの憧れた背中が語り掛けてくる。大きくて頼もしい、そんな後ろ姿が。

 

 

「≪捩花≫のおかげで下準備はばっちり、気合もばっちり、なら後は勝つだけだ」

 

 

 掲げた槍が、その姿を変貌させる。

 三つ又の矛先が一つに、全長が縮まり、一振りの特徴的な剣を形作った。

 四方に伸びる特徴的な鍔と柄頭から伸びる鎖を有するそれは、極東が発祥の刀。

 

 

「――霜天に坐せ」

 

 

 刹那、迷宮内が極低温の世界へと変貌する。

 

 

「――――≪氷輪丸≫」

 

 

 そして、顕現するは、世界の支配者。巨大な氷の竜。

 突然現れた異形の竜に、存在しない恐怖の感情にでもかられたか、化け物達はたたらを踏む。

 そんな彼らを前に、氷の竜を使役するクロは、感情の籠らない声で静かに告げた。

 

 

「ロキ・ファミリアは身内に仇なすもんには容赦しねぇんだよ」

 

 

 だからと、クロは続きを口にする。

 

 

 

 

「――死で償え」

 

 

 

 

 一方的な蹂躙が、始まった。

 

 

 

 

 

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