先手必勝。
アイズは、自ら選んだ選択を信じ、己の全てを剣先へと集約する。
放つは閃光。
自身が絶対の自信を持つ必殺技。
「リル・ラファーガ!」
開幕の一撃は、刹那の間にシロへと到達する。
強襲、回避は不可能。
防御されても貫いてみせる、そんな確信が、アイズにはあった。
だからこそ、目の前の光景が信じられなかった。
「おめぇが、クロの相棒になる?」
これまで、あらゆる障害を貫いてきた、最強の矛。
だが、それを上回る盾に、シロの大刀に≪リル・ラファーガ≫の一撃は防がれる。
「無理だね」
ならば、もう一つの矛を。
剣先の風を、握りしめた拳へ集約。
唸る風は、あらゆる障害を破壊する、もう一つの切り札。
「無理かどうかは――」
≪無窮瞬閧≫。
「これで!」
零距離攻撃。
必中を確信し、振り抜く風の拳。
「分かんねぇ奴だなぁ」
しかし、届かない。
手首を掴まれ、解き放たれた暴風は体捌きによって、シロの横を通り過ぎていく。
戦闘中であることを忘れ、茫然と見上げた先で、シロは嗤う。
最強の矛も最強の拳も、シロには届かない。
アイズが今まで培ってきたものが、音を立てて崩れていく。
「無理だって言ってんだろ!」
掴まれた手首をそのままに、シロは強引にアイズを投げ付けた。
空中で体制を立て直し、着地と同時に正面を向くと、シロの姿が掻き消えた。
≪瞬歩≫による接近。
背格好だけではなく、技さえも。
「――っ!?」
「ちっ、外したか」
眼前に迫る切っ先が、寸でのところで反らした頬を削り取る。
柄の巻き布で飛ばされた大刀を回収し、頭上に回転させ勢いを付ける、そんな見たことのないシロの攻撃方法。
なんだこれは、先の≪瞬歩≫といい、次々と繰り出される妙技に理解が追い付かない。
「そぉら!」
だが、一度投擲してしまえば、回収は困難になるはず。
狙うは迎撃と大刀の奪取。
両足で踏ん張り、翳した剣で受けて立とうと構えた、次の瞬間シロが掻き消える。
≪瞬歩≫の移動、それでも辛うじて捉えたアイズだったが、
「――――ぇ」
咄嗟に距離を取ろうと後ろに下がった瞬間、シロの姿を完全に見失った。
――≪閃花≫。
回転を掛けた特殊な≪瞬歩≫。
背後に回り、頭を掴まれ、地面に叩き付けられたアイズは、頭の片隅で思考する。
体は反応できず、だからといって考察しても意味などないのに。
横っ腹を蹴り脚で貫かれ、体中の酸素を吐き出し、痛みが考えを侵食していく。
それでも、立て。立つんだアイズ・ヴァレンシュタイン。
クロの相棒である矜持だけが、圧倒的力量差に折れそうなアイズの心を支える。
握り締めた拳を膝に打ち付け、剣を支えにゆっくりと立ち上がった。
「ぼやぼやしてっと、殺すぜ?」
捕食者が獲物を弄ぶように。
アイズが立ち上がる時間を態々与える、ゆっくりとした動作で大刀を握り、振りかぶる。
一瞬だけ噴き出す魔力を、まるで喰らうかのように大刀が吸収。
そして、その一撃は放たれた。
「月牙天衝」
巨大な斬撃。
あの時はアイズを救った破壊の奔流が、此度はアイズを殺そうと迫る。
吐血と一緒に、式を吐き出す。
「
噴き出す風の全てを推進力へ回し、回避と同時にシロへ突貫。
最強の矛も最強の拳も。シロには通じない。
ならば、純粋な剣技で持ってシロを圧倒する他ない。
大刀が閃く。
振り下ろされた一撃を捌き、返し技。
体を回転させ、遠心力を加えた一撃を相手の側面へ。
即座に引き戻された大刀に阻まれるが、瞬時に背後へ移動。
≪エアリアル≫を用いた瞬間移動。
渾身の一撃を背中に叩きこむ。
だが、背中に目でも付いているのか、またしても大刀に阻まれる。
ならば、当たるまで繰り返す。
大上段からの斬り下ろし。
袈裟懸け。
掌底。
フェイント。
斬り上げ。
裏拳。
横薙ぎ。
裏拳。
刺突。
「ぐぅ――」
相手の死角へ、≪エアリアル≫を纏い移動する。
体が悲鳴を上げるが、それがどうしたと加速を続ける。
しかし、その全てを嘲笑うかのように、大刀が攻撃の行く手を阻み続ける。
「風よ!」
体に纏わせた風を剣へ。
不壊の剣≪デスペレート≫が軋むほどの風が刀身に渦巻く。
阻まれるのなら、打ち砕くまで。
だが、振り抜かれた一閃は、対象を捉えず空を切る。
突如消えた標的に、生じる意識の空白。
「こっちだ」
弾かれたように仰ぎ見ると同時に、≪エアリアル≫を纏った刀身を頭上へ翳す。
「ヒャッハア!」
「がっ!」
意識が白に染まる。
次の瞬間、口腔でした血の味と背中の衝撃に、弾き飛ばされたのだと理解する。
大刀を受け止めた両腕だけではなく、体の芯まで響く痺れが止まらない。
立てない。
「月牙天衝」
だからどうした。
「……
あらぬ方向を向く指。
不自然に曲がった腕。
それら全てを≪エアリアル≫で強制修復。
剣を持つ傀儡と化し、力の入らない両足の代わりに風を浮力に浮き上がり。
迫り来る破壊の奔流に、突き出した切っ先を突き立て、
「
限界出力。
加速、加速、限界すら超え、さらに加速。
今この瞬間だけでいいから。
目覚めて、
「……ぁあああああああああああああああ!!」
アイズの全てを注ぎ込んだ≪リル・ラファーガ≫。
目の前で霧散する≪月牙天衝≫に、アイズの胸中は達成感で満たされる。
己の限界を超えた快楽が全身を貫き、痛みすら忘れさせた。
笑みすら浮かべ、晴れた視界に相好を崩し、
「月牙天衝」
その先に≪死≫を見た。
≪月牙天衝≫を目暗ましに、≪瞬歩≫で迫り、鍔迫り合い。
そして、零距離の≪月牙天衝≫。
「死ねよ、弱者」
極光。
「させないよ」
暗転。
◆ ◇ ◆ ◇
「あんた、名前は?」
場面が移り変わる。
そうとしか形容できない、唐突な景色の変貌。
上下左右が出鱈目な光景はなくなり、代わりに映る、変哲もない景色。
絶えず赤変した落ち葉が舞い落ち続ける、そんな自然の美しさが目の前に広がっていた。
「もしもーし、聞こえてますかー?」
ふと、体を見下ろしてみると、あれだけの重傷が嘘のように傷一つ見当たらない。
シロもいない、直前に見た≪月牙天衝≫など初めからなかったかのようだ。
「むぅ、ここまで無視されるとつらいものがあるな」
「あの……」
そして、決定的な違い。
ギルド職員の制服に似たシックなデザインの衣服、ポニーテールを彩る赤いリボン。
こちらの顔を覗き込んでいる、同い年の少女の存在。
戸惑い気味に声を掛けると顔を綻ばせるが、すぐに眉を顰め、そっぽを向かれてしまう。
「あの、あなたは――」
「うっせーな、ばーか」
「…………」
取り付く島もなかった。
「……ここはどこ?」
「さあ?」
「……あなたは何者?」
「何者に見える?」
「…………」
「人のことを聞く時は、まずは自分からじゃない?」
それもそうかと、アイズは己の浅慮さを反省した。
「アイズ。アイズ・ヴァレンシュタイン」
「あら、最初無視された時は不愛想な子だと思ったけど、割と素直なのね」
感心感心と呟き、背中で腕を組んでにっこり笑顔。
そのまま、少女は自己紹介に移ろうとして、
「■■■。あたしの名前は■■■」
肝心の名前が、どうしてか聞き取れない。
「……今、なんて」
「あ、ごめんね。あんたはクロじゃないもんね」
「それは、どういう……」
「説明したって、今のアイズには分かりっこないよ」
掴み所のないとは、彼女のような性格を差すのだろうか。
目の前を舞う落ち葉のように、一見簡単に掴めそうなのに、その実難しい。
何故か聞き取れない名前や物怖じしない言動に戸惑うも、クロの名前を出されては、アイズも黙ってはいられない。
どういうことかと訳を問うアイズよりも先に、少女は口を開く。
「アイズはさ、どうして≪斬月≫があんたを認めないか分かる?」
アイズが、弱者だから。
否定したくても、言葉は聞き入れてはもらえず、実力行使もままならなかった。
俯くアイズに、少女は小さく溜息を吐いた。
「強くなれれば、アイズはそれで満足なの?」
「……え」
「強くなりたい。足手纏いになりたくない。追いてかれたくない。隣に並び立ちたい。でも、アイズはそれでいいの? クロみたいに強くなって、一緒に戦えればそれでいいって思ってるの?」
「それは……」
「それって、結局は全部自分のことばっかりだよね。クロのことを理解したいとか、助けたいとか、そんな気持ちはそこにはあるの?」
「それは……!」
「クロの強さに憧れるなとは言わない。でも、これだけは覚えておいて。憧れるっていうのは、理解するってことからは一番遠い感情だってことを。憧れるだけで、クロのことを理解しようとしないあんたには、絶対に相棒なんか務まるわけない」
「…………」
「自分さえ鍛えれば強くなれると思ってるアイズを、≪斬月≫は絶対に認めない」
少女の言葉が、アイズの胸に突き刺さる。
護られるだけは嫌だから、だからクロを守るんだと誓った――そう言いたいのに。
幼い頃、憧れた背中に追い付くて、必死に研鑽を重ねてきた今ままでを否定する言葉。
言い返したいのに、胸に穿たれた言葉が風穴のように広がり、心が冷え切っていく。
――置いていかないで。
ただ、怖かったんだ。
また一人になるのが、怖くて仕方がなかったから。
弱い自分に愛想を尽かせ、両親と同じように、クロもいなくなってしまうことが。
だから、強くなりたいんだ。
強さが、クロの隣にいるための資格が必要だっただけなんだ。
――待って、行かないで。
過ごした時間も、交わした言葉も、想いさえも。
一瞬だ。築き上げた繋がりは、あっと言う間に途絶えてしまう。
言葉も、想いも、去っていった両親には届かなかったから。
でも、強くさえいれば、言葉も想いも届かなくたって、傍にいることはできるから。
――私を独りにしないで。
全部、自分のためだ。
クロを守りたいという綺麗事で、醜い本心を隠しているだけだった。
強さも、相棒という言葉への誇りも、全て自分なんかよりシロが上なんだ。
無力な自分は、失うしかないんだ。
また、全部なくすんだ。
両親に捨てられたあの頃に。
クロに出会う頃のあの頃に。
弱くて、泣いてばかりいた、ただのアイズに戻るだけなんだ。
「…………っ!!」
堪えることができない。
あの頃みたいに涙が溢れ、嗚咽が零れ、見上げた空は滲んでいた。
声を出して泣き喚かないのが、唯一の成長の証だった。
「でも、そんなアイズを、クロは相棒に選んだ」
厳しさを宿していた瞳は、慈愛の眼差しへ。
しかし、僅かばかりの歯痒さと嫉妬もまた、少女の目には浮かんでいた。
「≪斬月≫もあんたも認めないけど、クロが認めてる。アイズが相棒だって、他ならぬクロ自身が認めてるんだってこともアイズ、あんたは忘れちゃいけない」
こちらに伸ばされた指先が、アイズの涙を掬う。
「思い出して。クロはここに来る前に、あんたになんて言ったのかを。忘れないで。あんたが≪斬月≫に切った啖呵を。クロの望みも、アイズの願いも――なかったことにしないで」
そう言って、少女は可笑しそうに口元を緩める。
笑うと幼くなる、どことなくクロと似ている仕草。
「クロが、アイズが相棒であることを望んでいる。あんたが、あいつの相棒であることを願っている。それのなにがいけないの? 気持ちが通じ合うことが、相棒にはなによりも大切なんだから」
太陽みたいな、全てを照らし、ぬくもりを与えてくれる笑顔。
「≪斬月≫のいうように、クロは弱くなったのかもしれない。でも、代わりによく笑うようになった。アイズはクロの牙を抜いても、代わりにあいつに笑顔をくれたんだよ」
少女の手が、アイズの腰へと伸びる。
そっと触れ、包み込むように引き抜かれる愛剣≪デスペレート≫。
≪エアリアル≫に耐え得る≪不壊属性≫を有する、クロから贈られた、アイズの宝物。
「だから負けないで。実力では劣っても、気持ちだけは≪斬月≫に負けちゃダメだよ」
直後、少女の体が光り、その輝きが≪デスペレート≫へと注ぎ込まれていく。
まるで、己の体の一部を分け与えるような、そんな光景。
「どうしてあなたは、私に力を貸してくれるの?」
目の前の少女が、アイズに助力をしてくれている。
その行為の理屈は理解できずとも、何故か思えてしまって。
まばゆい、だけど温かな光の中で、少女は小さく微笑んだ。
「アイズが悲しんだら、クロも悲しんじゃうから。……そんなのやだよ」
泣き笑い、そう表現できる、そんな表情で。
◆ ◇ ◆ ◇
旋風が、天へと昇っていく。
風の中心で、アイズはなおも目を閉じていた。
懐かしい匂い。
でも、少しだけ違う。
鋭く、激しい、そんな自分の風とは正反対の風。
「……優しい風」
大切な思い出の中にあった、
目を瞑っているのは、時間とともに薄れていく懐かしい面影を忘れたくないため。
目を開けないのは、かつては同じだった己の
だから、アイズは目を開けた。
感傷に浸り続ける限り、この涙は止まってはくれそうになかったから。
「あなたみたいな風に、なりたいな」
思い返せば、少女の言動全ては、誰かを想ってのものだった。
突き放し、寄り添い、叱り、励ましてくれた。
クロを想って、少女はアイズに力を貸してくれた。
「だから、今度会ったら、たくさんあなたとお話がしたいな」
魂へと直接語り掛けてくる。
アイズの心の馴染まない異物は、決して自分を認めた訳ではない借り物に過ぎないから。
それでも、貸し与えてくれた名前と解号。
その想いに、アイズは答えたかった。
「夕闇に誘え」
光が、≪デスペレート≫を包み込む。
静かに、その形を変貌させる。
刃が縮まり、柄が伸び、柄頭が輪形に、四つの遊環が踊り鳴り――。
「≪弥勒丸≫」
生まれ変わった姿は錫杖。
揺り鳴らされた遊環が、戦場に新たな風を吹き込んだ。
≪弥勒丸≫って何者なんだろうか?(すっとぼけ