ダンジョンとアイズと斬魄刀   作:もちもちもっちもち

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可愛いアイズたんが書きたかった。
原作にないシーンを想像して形にするって素晴らしいね。


帰路

「だらっしゃあああああああああ!!」

 

 

 前方から接近するのは、赤い鱗が特徴的な二足歩行のトカゲ≪リザードマン≫。

 しかし、そんなの関係ねぇと言わんばかりに、負傷したアイズを後ろに背負うクロが採ったのは強行突破一択。

 肉壁と形容できる≪リザードマン≫の大群の中央を飛び蹴りでぶち抜き、そのまま爆走。先程から重いだの疲れただの弱口を叩くクロだが、遅れて追いかけてくる蜥蜴男達へ振り向き、突き出して指で自身の首を真横に薙ぎ、中指を突き立てる余裕。

 この余裕が少しでも女の子への気遣いに向ければいいのだが、生憎とクロの同行者はある意味女をやめてらっしゃるアイズさんである。目の当たりにしたクロの体力と余裕、絶対に負けるものかと静かな対抗意識を燃やすだけだった。

 

 

「……ねぇ、クロ」

 

「ああ!? なんだアイズ! こっちは重い荷物抱えたまま数えんのも億劫になるほどの階層をノンストップで走り続けてんだぞ! 会話に回す体力があると思ってんのか、あ゛あ゛!!」

 

 

 応答が完全にヤの付くそれだが、アイズに気にした様子はなく、先程から気になっていたことを口にした。

 

 

「どうして≪瞬歩≫を使わないの?」

 

 

 キキーッと急停止。その際、はぐれの≪リザードマン≫を轢いてしまったのは不幸な事故だ。

 辺りがシンと静まり返る。

 クロは俯いたまま動かず、そんな彼をアイズが純粋無垢な眼差しで見下ろす。

 

 

「……鍛えるためだよ!!」

 

「そっか」

 

「ったりめぇだ! 他にどんな理由があるってんだ!」

 

「……忘れてたとか?」

 

「んなわけねぇだろ、阿保かバカイズ!」

 

「……バカイズっていうな」

 

「深層にソロで挑む奴が馬鹿じゃなかったらなんだってんだ! 不思議ちゃんか!」

 

「……クロだってソロで来たでしょ。私が馬鹿ならクロも馬鹿だよ」

 

「文句なら似非関西人か行き遅れのオカンに言え! あいつ等がしつこく泣きついてこなきゃあんな危険地帯にソロで行くかボケェ!」

 

「……そう、だよね」

 

 

 自分のために来てくれた、そんな期待をしていた自分に気付き、それが裏切られたことが何故か悲しくて。

 ぽふっとクロの後頭部に体重を預ける。

 長距離を走ったせいか、汗を帯びた髪は僅かに湿り、アイズとは正反対の固い髪質が、今では程よい触り心地だ。

 暫しクロの髪の感触に浸るアイズに、クロは特に何も言わず、代わりに嘆息一つ。

 先程よりと変わらぬ、しかし静かに走りを再開させた。

 

 

「……クロ」

 

「んだよ」

 

「…………ありがとう」

 

 

 口下手な自分では、伝えきれないかもしれないけど。

 それでも、伝えたくて。知ってほしくて。

 

 

「来てくれて、助けてくれて――――ありがとう」

 

 

 万感の想い。

 クロは答えない。代わりに少しだけ、走るスピードが上がった気がした。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

「も、もう走らねぇっ……俺は絶対にこれ以上、走らねえからな」

 

「ん、お疲れさまでした」

 

 

 久方ぶりに浴びた陽光に、心地よさげに目を細めるアイズ。 

 弱点である日光を浴びてしまった吸血鬼のように苦し気に荒い息を繰り返すクロ。

 時刻のせいか、人の流れが少ない迷宮入り口に佇む両者は実に対照的だった。

 本来ならばこのままギルドに向かって、迷宮内で得た戦利品を現金に換金したりするのだが、アイズの所属するロキ・ファミリアが目安にしている月毎のノルマは達成済み。

 遠征時は別として、基本的に軽装のアイズは自身の戦闘スタイルの関係上、荷物は水や食料ぐらいで、戦利品を収集する余裕なんて殆どない。

 よって、アイズの方針はホームへの帰投。クロがくれた回復薬のおかげで腕の骨折を始め、大事には至らなかったとはいえ、それは素人目の判断。後遺症を残してはいけないと、どこまでも戦闘脳なアイズは、そんな怪我をするならそもそも無茶するな! という医者泣かせで罪作りな少女だった。

 

 

「この匂いは……!」

 

 

 クロが回復次第行動開始。そんな指針を立てたアイズの鼻孔を刺激する、至高の香り。

 嗅ぎ慣れた匂いだが、アイズの鼻は些細な違いさえも嗅ぎ分けた。

 それが運命であるかのように振り向いた先で視認した、大好物の名前を刻んだ登り旗。

 

 ――じゃが丸くん!

 

 否、それだけではない。

 移動販売でもしているのか、売り子だろう女の子が携帯している旗は二本。

 片方は遠目のためハッキリと視認できないが、見慣れた造形からいって≪じゃが丸くん≫で間違いない。しかし、だったらもう一方はなんだというのか。

 

 拡大、拡大、拡大、拡大、拡大!

 

 第一級冒険者のなせる業か。

 優に百メートルを超えた先ではためく登り旗を彩る単語を正確に捉えた時には、アイズにクロが助けに来てくれたことに匹敵するほどの衝撃を与えていた。

 

 

「――じゃが丸くんの新作ください」

 

「うきょわああああああああああああ!?」

 

 

 百メートル先にいた筈の人間が一瞬で眼前に出現すればこんなリアクションをとるのではないか。売り子の女の子の反応は決して過剰ではない。

 これから味わうじゃが丸くんの新境地を想像し、キラキラと輝くアイズの瞳が、凍り付く。

 

 

「なっ――」

 

「ああっ、ボクのノルマが!?」

 

 

 両手を振り上げた状態で固まる売り子が持つのは、中身のない箱のみ。

 飛び上がるように驚いてしまった結果は、周囲に飛び散るじゃが丸くんという絵面。

 アイズの行動は迅速だった。≪エアリアル≫を使う手もあったが、疲労の溜まった現状ではコントロールできずに暴発させてしまう危険性がある。

 故に、現状での最善解は肉弾戦での超短期決戦。愛剣を用いれば戦果の向上は見込めるが、それはじゃが丸くんを傷物にすることを意味する。

 そんな真似、一体に誰にできよう。嫁入前(実食前)のじゃが丸くんに刃を向けるなんて真似、他ならぬアイズに――!!

 

 

「じゃが丸くんは、私が守るっ!」

 

 

 そこから先のことを、アイズは詳しくは覚えていなかった。

 ただただ必死だった。守りたいものがあった。無我の境地とはあの時のアイズを指す言葉だ。

 掌、肘、爪先、果てには頭まで使って、落下するじゃが丸くんを救った。

 売り子の女の子も持っていた移動販売用の箱を使って次々とそれに収めていく。

 しかし、現実は無常で残酷だ。世界はいつだってこんなはずじゃないことばかりなのだから。

 

 アイズがそれを捉えたのは、単なる偶然。

 ひと際遠くへと飛んで行った、残り一個のじゃが丸くんに。

 売り子の女の子からでは遠すぎる。

 今アイズが動けば、今まで助けてきたじゃが丸くんを危険に晒してしまう。

 守れないのか。弱いから、力がないから、愛するもの(じゃが丸くん)を守れないというのか。

 

 

「――よっと」

 

 

 それは、文字通り救いの手だった。

 間一髪のところでじゃが丸くんをキャッチしたのは、遠く離れた場所でダウンしていたクロ。

 早い。じゃが丸くんに意識を向けていたとはいえ、前の前に現れてから漸く気付けた、その異常ともいえる急加速と急静止。

 

 移動補助体術、奥義の歩法――≪瞬歩≫。

 

 目の当たりにした技術に感銘を受けつつ、ハッとする。お礼を言わなければと。

 所々にじゃが丸くんを乗せた、傍から見ればヘンテコなポーズのまま言おうとして、

 

 

「クロ――」

 

「ヘスティア様じゃないですか!」

 

 

 クロはそのままアイズを素通り。

 

 

「ん、君は……もしかしてクロ君かい?」

 

「はい、クロ・シロクロです! お久しぶりです、ヘスティア様!」

 

「おお、本当にクロ君だ! 最後に会ったのって何年前だい? ちょっと見ない間に随分と男前になったじゃないか!」

 

「ははっ、そりゃあ神様のヘスティア様からすれば数年はちょっとですけどね……そういうヘスティア様は全然変わんないですね。ちっこくて可愛いまんまです」

 

「むっ、子ども扱いしないでくれないかい? 見た目はこんなでも、中身は立派な大人のレディなんだから」

 

「生意気言ってすんませんでした! 以後気を付けます!」

 

「うむ、分かればいいんだ分かれば。素直な子はボクは好きだよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 アレは一体誰なんだろうか。

 初対面の売り子の女の子――ヘスティアは勿論のこと、それ以上に長年一緒にいるクロに戸惑いや違和感を通り越して不気味ささえ感じる。明日は≪オラリオ≫は未曾有の危機に陥るのだろうか?

 敬語どころか素直に頭を下げるクロを、アイズは初めて見た。

 呆けるアイズを余所に、二人は会話に花を咲かせる。

 

 

「――マジっすか!? ヘスティア様もファミリアを?」

 

「そうだよ。といっても団員ゼロで拠点もゼロ、ないない尽くしさ。今はヘファイストスのところに厄介になりつつ、ファミリアのため資金作りの一環でバイトしてるんだけど……拠点はともかく、肝心のメンバーがね……」

 

「ヘスティア様……」

 

「そうだ、クロ君! 突然だけどボクのファミリアに――」

 

「ダメ」

 

「わひょっい!?」

 

 

 救出したじゃが丸くんを飛び上がって驚くヘスティアの持つ箱に収めつつ、言葉を続ける。

 

 

「クロはダメ。絶対に渡さない」

 

「……俺はいつからお前の所有物に――」

 

「クロは黙ってて」

 

「あれ、これって俺の所属先についてだよな? 俺の話だよな? なんで発言権がねぇの?」

 

「君は……」

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。所属はクロと同じ……」

 

 

 ヘスティアにも見えるよう、クロの服の袖に巻かれた白布を掴んで突き出す。

 そこに描かれた道化師のエンブレムに、ヘスティアの双眸が零れんばかりに見開かれた。

 

 

「ロキ・ファミリア……!! まさか、クロ君!」

 

「あー……はい。そのまさかです」

 

「よりにもよってどうしてロキのところなんかに!? ――はっ!? まさかクロ君、無乳好きなんていう特殊な趣味が……!!」

 

「いやあんな絶壁には微塵も興味ねぇです」

 

 

 クロはヘスティアに深く頭を下げた。

 

 

「……すいません。あの洗濯板には恩義があるんです。だから……すいませんっ」

 

「い、いいよクロ君気にしないでくれ! 非は改宗を強要するような真似をしたボクの方にある! 君は全く悪くはない! 悪いのは全てロキの奴だ! クロ君がこんなに苦しんでいるのも、勧誘活動が悉く空振り続くのも全てはあの無乳神が悪いんだから!」

 

「ヘスティア様……っ! でも、微力ですが協力します! 俺、いい穴場知ってんですよ! 長いこと誰も使ってないから埃だらけですけど、中は結構広いですし、何より今も誰も使ってないはずだからタダ同然の場所!」

 

「本当かい、クロ君!」

 

「マジです、ヘスティア様!」

 

「クロ君っ!」

 

「ヘスティア様っ!」

 

 

 ぐわしっと両者は抱擁を交わす。

 その様子を横から眺めるアイズの視線の先では、クロの胸板で巨大な二つの塊がむにゅりと形を変えた。

 自分のそれ(・・)を見下ろす。何故か敗北感を覚えた。

 顔を上げ、クロを見る。幸せそうだった。何故かイラッとした。

 

 

「クロ」

 

「あ? なんだアイズ、今忙しい――いでででで!? アイズてめっ、耳が千切れででで!?」

 

「……それじゃあ、私達はこれで」 

 

「そ、そうかい、引き留めて悪かったね。あと、じゃが丸くんを拾ってくれて――」

 

「全部ください」

 

「――ありがとうって、ええ!? さ、最初の時もだけど、君はいつも突然だね……」

 

 

 クロの耳を引っ張ったまま、もう片方の手を動かそうとして骨折していることに気付いて。

 ヘスティアも気付いたのだろう、応急処置が施された患部に注がれる瞳に心配の色を宿すが、アイズは頭を振って心配ないとアピール。

 

 

「よし、じゃあここはボクが奢ってあげよう!」

 

「あの……さすがにそれは……」

 

「気にしないでおくれ。その代わり、買ったじゃが丸くんはクロ君と分け合うこと。さっき君にじゃが丸くんを拾ってくれたお礼と、クロ君との再会祝いも兼ねてるからね」

 

「……ありがとうございます、ヘスティア様」

 

「うん! どういたしまして、アイズ君!」

 

「――いい加減離せつってんだろがバカイズッッ!!」

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 茜色に染まる迷宮都市≪オラリオ≫のメインストリート。

 行き交う人々に混じる中、大小二つの影が彼等から伸びていた。

 

 

「っつつつ、あーいて……ったく、今日は厄日か? ヘスティア様と再会できたのは嬉しいが、それ以外はほんと最悪な一日だったぜ」

 

「……大丈夫?」

 

「アイズさんや、誰のせいでこうなったと思っていやがるのですか?」

 

「無事ならよかった」

 

「聞けやゴラ」

 

 

 安堵の息を吐き出し、じゃが丸くんをパクリと一口。

 口一杯に広がる幸せという名の味が広がり、自然と頬が緩む。

 いつも食べている小豆クリーム味とは異なる、ジャガイモ本来の旨味を最大限引き出された新作≪グランカルビ味≫は当たりだった。

 アイズに習うように、クロも袋からじゃが丸くんを取り出し、豪快に噛り付く。

 自分ではちょっとしか齧れないのに、クロは一口で半分以上。男の人って凄いなと思った。

 

 

「……塩じゃもの足りねぇ。醤油以外はやっぱ邪道だな」

 

 

 聞き捨てらない言葉の発生源をギンっと睨み付ける。

 

 

「素材本来の味を引き立てる塩こそ究極にして至高。醤油なんて濃いソースはじゃが丸くんに相応しくない」

 

「……おいアイズ、喧嘩売ってんのか? こんな気の抜ける味が究極? 至高だぁ? 腕だけじゃなく頭までやられちまったんじゃねぇだろうな」

 

「クロこそ、まともな味覚とは思えない」

 

「小豆クリーム味なんて激甘喜んで食うオメェにだけは言われたくねぇ! つかなんで下味に塩使った料理の上に塩振りかけなきゃいけねぇんだよ! どんだけ塩大好きなんだ!」

 

「せっかくのサクサクした食感を台無しにする醤油は許せない。そもそもソースの存在全てが許せない」

 

「あのべちょっしたのが最高なんだろうが!」

 

「クロは変」

 

「んだとぉ!」

 

 

 互いに譲れないものを賭けた戦いが今、始まったのだった。

 至近距離で火花を飛ばし合い、互いの主張をぶつけ合うも足は止まらない。

 心なし速足で進む二人の足取りに迷いはなく、何度も通った帰路を正確に辿っていた。

 

 

「……クロ、ヘスティア様とはどういう関係?」

 

 

 会話が途切れた瞬間、さも今思い出したようにアイズは切り出す。

 ずっと気になって、だけど機会のなかった疑問を。

 

 

「お前には関係ねぇだろ」

 

「…………」

 

「……はぁ。……別に、昔ちょっと世話になったってだけだ。それだけだよ」

 

「……そう」

 

 

 会話はそれでお終い。

 気にならないといえば嘘になるが、クロはこれ以上聞いても喋ってはくれないだろう。

 長年の付き合いでそう判断するが、微妙に悪くなった空気を解消する方法は分からない。

 口下手な自分では、一言二言で会話なんてまともに続く筈もない。どうしようもなかった。

 自然と俯くアイズの頭が、ポンッと突然叩かれた。

 

 

「クロ……?」

 

 

 クロはこちらを向かず、正面を向き仰いでいた。

 アイズもそれに習い、前を向く。

 

 

「あ……」

 

 

 黄昏の刻が、目の前に聳え立つ建物の存在を際立てる。

 幾つもの尖塔が乱立する、一見出鱈目で、だけど違和感を覚えない外見。赤銅色の壁が沈む太陽の光が反射し、幻想的な光景を作り出していた。

 何度も見てもこの時間帯のそれは綺麗で、それ以上に安心する。

 

 

「――おかえり」

 

 

 正面は向いたまま。

 だけど、覗いた横顔は穏やかで。

 

 

「……ただいま」

 

 

 ロキ・ファミリアのホーム≪黄昏の館≫。 

 アイズの、クロの、帰る場所。

 帰ってきたんだ。そう実感できた。

 

 

 

 

 

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