「この……ばかものがああああああああああああああッ!!」
「うちの……うちのアイズたんがあああああああああッ!?」
ロキ・ファミリアのホーム、≪黄昏の館≫でアイズを出迎えた言葉がこれ等だった。
「深層にソロでだと! 私は生き残るための術は教えたが、死地に自ら飛び込むような馬鹿な真似は教えたつもりはないぞ! 自殺志願者でももっとマシな死地を選ぶ! 答えろアイズ! どうしてこんな馬鹿な真似をした!」
「なにしたんアイズたん!? なにがあったんアイズたん!? なにがあったらこうなったんアイズたん!? ほんとなんなん、ようやっと帰ってきた思うたらぼろっぼろよれっよれやし!! ああ!? 腕折れとるやん!? 医者はどこや!! 治癒魔術使える子!! というかクロスケはどこ行ったんやぁ!! あんたん≪回道≫ならもちっとええように応急処置できた筈やろがぁ!!」
そのまま医務室でリヴェリアから治療を受け。
治療中も続く説教が騒がしいからと追い出され。
説教の場所はロキの私室に移っても続き。
「正座」
「……はい」
何故か正座をさせられているというのが、今のアイズが置かれた状況だった。
おっかなびっくり顔を上げると、そこには腕を組んで仁王立ちする緑髪緑目の麗人。
鋭利な眼差しに、目を引く尖った耳。後者はエルフの証だが、彼女はエルフの王族であるハイエルフという種族なんだとか。だが、そんなことよりもアイズが心惹かれるのは、見飽きることのないその美しさ。彼女ほど綺麗な女性をアイズは母親以外に知らない。
「それで、結局聞きそびれてしまったが、何度でも問おう。どうしてソロで深層に挑んだ?」
ロキ・ファミリア副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴは怒らせると怖い。
暗雲たる気持ちで項垂れようとするアイズの脳裏を、一つの疑問が過る。
「――どうして私が深層にいると知っている? そんなところか? 質問に質問で返すのは勿論のこと、説教中に別のことを考えるとは随分余裕だな、ええ?」
「あ、あの……」
「私は優しいからな。特別にお前の質問に答えてやろう」
「……リヴェリア、人の話はちゃんと聞かなきゃダメだよ?」
「ほう……」
どうしてだろう。親切で言ったつもりが、リヴェリアの更なる怒りを買ったようだ。
「……≪天挺空羅≫、それだけ言えば分かるだろう」
先天性魔法、≪鬼道≫。
これは攻撃の≪破道≫、防御・捕縛・伝達等の≪縛道≫、回復・治療用の≪回道≫と細分化され、≪天挺空羅≫とは、対象に魔力を飛ばすことで離れた相手との連絡を可能とする、≪縛道≫の一種。
そして、鬼道が使えるのはアイズが知る限り、一人しか存在しない。
「言っておくが、クロは状況報告をしただけで、責めるのはお門違いだぞ」
「……分かってる。クロは悪くない。悪いのは……私が、弱いから」
「そういう問題じゃないだろ!」
「でも……!」
クロは悪くない。
助けにきたのも、状況報告も、アイズの弱さが招いた結果。
強ければ、何物にも負けない強さがあれば、例えアイズが深層へソロで挑もうがリヴェリアは心配なんてしなかったはずなんだ。
そう、全てはアイズが弱いから――!
「――ストップや、リヴェリア」
その一言で、爆発寸前だった空気が嘘のように静まり返った。
アイズとリヴェリアの視線は、この部屋の主である赤髪金目の少女へ向けられる。
後ろで一つに束ねられた赤髪は、身軽そうな服装と相まって本人の飄々とした印象に拍車を掛ける。だが、普段は細められた双眸から覗く、アイズと同じ金の瞳は自分を真直ぐに射抜いていた。
思わず姿勢を正す。普段は忘れそうになるが、彼女は自分達の主神なのだ。
「リヴェリア、今のアイズたんには何言っても時間の無駄や」
「……意味がないからといって、それはやらない理由にはならないだろう。こうして叱らねば、こいつは今回のようなことを何度だって繰り返すぞ」
「アイズたん、素直やけどそれ以上の頑固もんやもんなぁ」
「というわけやから」と、何がという訳かは分からないが、ロキは普段通りの表情へ戻る。
楽しいこと大好きの神らしい、剽軽で悪戯好きな、いつものロキへ。
「うち、もうアイズたんのステイタス更新せぇへん」
それは、アイズにとってある意味死刑宣告だった。
「な、んで……!」
「だって、アイズたんが無茶するんは強ぉなりたいからやろ? だったらその術がのうなったら自然大人しゅうなるんとちゃう?」
「……おい、ロキ。さすがにそれは――」
「でも、アイズたんに改宗とかされても困るし、一個だけうちの言うこと守ってくれるんなら、ステイタスの更新、してあげてもええで?」
ロキはぴんっと指を一つ立てる。
「一週間や。ダンジョンに潜ること、鍛錬の類は全部禁止。あっ、言うとけど隠れてコソコソするんは止めといた方がええで。アイズたん、嘘付くん下手やし、それに――」
すっと、閉じられた瞳を僅かに見開くが、続きの言葉はない。
だが、そんなことは言われずとも分かる。
神に嘘はつけない。例えその事実がなくても、今のロキには全てを曝け出さざるを得ない何かがあった。
「ダンジョン潜って、自分の体痛めつけて。そういうことだけが強ぉなる方法やない。時には休むことも大切なんやから。この機会に今まで頑張ってきた自分の体労わってあげてもええんとちゃいますの?」
鍛錬を積まなかった日はなかった。
長期の遠征から帰っても、時間さえあれば強くなろうとした。
憧れた人がいた。そうなりたいと、ならなければと思わずにはいられない、そんな人達が。
不安なんだ、なにもしないことが。何もしないで、あの時こうしていればと後悔しないように。
立ち止まれば、弱い自分と否応なしに相対することになるだろう。
それに、こんな時に足止めを食らったりなんかすれば、クロとの差が更に。
「落ち込まんとってぇなアイズたん! うちも辛いんやで! 一週間や! 一週間もアイズたんの柔肌蹂躙できへん! これ以上うちにとって辛いことはない! でもな、アイズたん! ステイタス更新以外でも寂しゅうなったら何時でもうちのとこに来たらええで! そん時はこのロキ様のゴッドハンドを総動員してアイズたんの知らん世界へ誘ってあげ――」
「結構です」
「アイズたんのいけずぅ!」
何時もなら無意識に迎撃できる筈だったロキのセクハラにすら、アイズは反応できない。
なすが儘にされても不快感すらわかないのは、それだけロキから告げられた罰の重さゆえ。
どうしよう、どうすればいい、クロなら、彼ならこんなとき、どうする――
――瞬間、比喩ではなく、黄昏の館が揺れた。
◆ ◇ ◆ ◇
空気が、連続して音を立てて爆ぜる。
黄昏の館内に数ある鍛錬場の中でも、ここはさほど大きくはない。
しかし、数々の貴重な鉱石が用いられたことによる、他とは比べものにならないほどの堅牢さは、例え第二級冒険者が全力で暴れても耐えうるだけの強度を誇る。
それが、音が爆ぜる度に揺れ続け、崩壊の一途を辿りだしていた。
一閃。武器を用いない手刀が空を裂き、部屋の中央で佇む銀髪の獣人へと向かう。
銀髪の獣人は避けない。避けるまでもないと、霞むように突き出した片足で持って受け止め、防御の勢いを攻撃に転じながらの回し蹴り。
だが、既に相手の姿は目の前になく、銀髪の獣人の背後に回り込んでいた。
突き出される掌底を臀部から生えた尻尾で払い、回し蹴りの勢いそのままに裏拳へ。
相手は屈むことでそれをやり過ごし、がら空きになった腹部に拳打を繰り出す。
銀髪の獣人は逃げず、避けず、防御にも回らず、回転力を集約させた膝蹴りで迎撃。
爆音。決して人体が発してはいけない炸裂音が鳴り響き、余波が四方に拡散。
それは、強者同士だからこそ可能な舞踏。
鋭い拳打、重厚な蹴撃がともに武の極致へ至っているからこそ見える光景。
だが、騒ぎに集まった団員達の表情にあるのは呆れ。
そして、仲間同士である筈の渦中にいる両者にあるのは、互いへの刺すような敵愾心。
「答えやがれ、クロ!」
銀髪の獣人――ベート・ローガは激怒していた。
常日頃どころか、初めて顔を見合わせた時から気に入らない目の前の男――クロを見る目に友好的な感情など微塵もなく、それどころか現在進行形で負の感情は増している。
だが、それはベートに限ったことではない。
「……ロキやリヴェリアへの報告が面倒だから≪天挺空羅≫まで使って、アイズ達に気付かれねぇようこっそり部屋に帰ってさっさと休みたかったのに……」
「ダンマリ決めてんじゃねーぞクロ!」
「うっせんだよクソ犬! キャンキャン吠えんな近所迷惑なんだよ! つかテメェは毛繕いでもしてとっとと寝てろ! そのまま一生起きてくんじゃねぇ!」
「ああ!? いいぜいいぜぐっすり眠ってやろうじゃねーか! テメーみたいなザコをボコボコにすりゃ、寝る前の丁度いい運動になるぜ!」
「あ゛あ゛!? 確かにそうだな! 寝る前に犬一匹調教するのなんざ片手間ありゃ十分だわな! 前々から気になってたんだ! 近所のペットが夜に吠えていい迷惑だなってよ!」
「蹴り殺す!」
「殴り殺してやらぁ!」
その言葉を残し、クロの姿が掻き消える。
獣人としての動体視力をフルに活用しても、クロの≪瞬歩≫を完全に捉えることはできない。
なら、そんなものには頼らなければいい。
瞬間、ベートが放った蹴撃は音速を超える。
虚空に向けて放たれた一撃は、予定調和のように現れたクロに突き刺さろうと襲い掛かる。
咄嗟に両腕を交差させるが、ベートの蹴り技はその程度で防げるほど生易しいものではない。
メキリと骨が軋み、宙に浮いたクロの体が鍛錬場の壁まで吹き飛び、激突。
生じた粉塵が立ち込める中、クロが吹っ飛んだ場所をベートは睨み付けた。
「アイズのあの様はどういうことだ!」
返答の言葉はない。
それでも構わず、ベートは言葉を続ける。
「テメーはアイズの相棒だろうが! だったらどうしてアイズがあんなにボロボロになってんだ! なんでテメーは無傷で帰ってきてんだ!」
嫉妬。
ベートの言葉は実に理不尽で、彼の言動の全てはただの八つ当たりでしかない。
そんなこと、他ならぬベート自身が一番理解している。
「俺だったら! 俺がアイズの相棒だったら……!」
それでも、叫ばずにはいられない。
アイズの相棒がクロではなく、自分だったら。
そんなもしもを考えたことは、一度や二度ではない。
普段は物静かで感情をあまり表に出さないアイズが唯一、年相応な少女のように喜怒哀楽を露わにする相手。
そんな彼女の感情の先いるのがクロではなく、自分であればと、何度も。
「――そういうことは俺じゃなく、アイズに言え。このヘタレ犬が」
高まる魔力の波動。
咄嗟に回避行動に移ろうとするが、
「縛道の六十一、≪六杖光牢≫」
周囲に展開した光がベートの行く手を阻み、そのまま収束。
突き立った六つの帯状の光板がベートを拘束した。
「んな!?」
必死に拘束を外そうと暴れるベートに、粉塵から抜け出たクロが恨みがましく睨む。
ベートがいる手前しないが、本来なら転げまわるほどに痛む両腕をクロは根性でやり過ごす。
そんなクロの内情など知りもしないベートは、彼を睨んだ。
「てめっ、クロ! 鬼道使うなんてきたねーぞ!」
「鬼道じゃありませんー、縛道ですー」
「似たようなもんだろうが!」
「君臨者よ。血肉の仮面、万象、羽搏き、ヒトの名を冠す者よ。焦熱と争乱、海隔て逆巻き南へと歩を進めよ」
「無視してんじゃねぇええええ!!」
本日最高にあくどい笑顔を浮かべながら、クロは高まった魔力を宿した両掌を突き出す。
「焼犬になりやがれ! ――破道の三十一、≪赤火砲≫!」
掌から射出された火球は、真っすぐにベートに向けて突き進む。
回避も、防御も、迎撃すら≪六杖光牢≫で拘束された現状では不可能。
負ける。そんな思考すら浮かび出しそうな絶望的状況に、光が差す。
クロの背中。崩壊した外壁の一部から僅かに漏れ出た、
「クソがあああああああああああああッッ!!」
変化。
≪赤火砲≫の直撃寸前、ベートの身にそれが起こる。
人と獣という均衡で保たれたベートの体が、獣化という現象によって獣側へと傾き出す。
≪六杖光牢≫を破り払い、≪赤火砲≫を弾き飛ばし、眼前で唖然とする敵を睨み据える。
「≪
スキル、≪
月下でのみ発現可能なこのスキルは、行使者のステイタスを爆発的に上昇させる。
月明かりが十分とは言えず、不完全な獣化故に本調子ではないが、ただでさえ高いベートの身体能力が更に向上するこのスキルは、
「喧嘩にルールもクソもあるか! テメーの喉笛は今ここで噛み切る!」
「……いいぜ、やってやらぁ……! 今更泣き付いたって容赦しねぇぞベート!」
姿勢を低くし、四肢をフルに活用する、獣人ではなく獣としてのベート本来の戦闘スタイル。
体術の≪白打≫、移動の≪歩法≫、魔法の≪鬼道≫にクロは噴き出す魔力の全てを注ぎ込む。
「「――お前にだけは絶対負けねぇ!!」」
ライバル。
二人の関係を表すのに、これ以上に相応しい言葉はないだろう。
第二ラウンドのゴングは、≪黄昏の館≫に激震となって打ち震えた。
クロとベートはだいたいこんな感じ。
たぶんベートが本作では原作と最もかけ離れたキャラになっていると思う。