「二人とも、言い訳があるなら聞くけど、何かある?」
金髪碧眼の少年――フィン・ディムナは
その小さな見た目からは想像できないが、アラフォー。その見た目と、ロキ・ファミリア団長という肩書、Lv.6というオラリオでも最高峰の実力を有する傑物。
そんな人間が笑顔で、要するにブチギレ寸前で威圧しているにも関わらず、
「俺の勝ちだな」
「
「さすがは負け犬、言うことまで負け犬根性丸出しだな。鬼道くらって立てなくなった犬っころにできんのはキャンキャン遠吠えするだけってわけか。はっ、これぞ負け犬の遠吠え」
「遠吠えする元気もなくなるほど魔力を使わなきゃ俺と渡り合えねぇとは。男なら魔法なんて小細工に頼らずテメェの身一つでどうにか出来ねぇのか? あっ、出来ねぇから魔法使ってんのか」
「……学のねぇ犬畜生が。魔力使う頭脳プレイに嫉妬でもしたか」
「……人間風情が粋がってんじゃねぇ。達者なのは口だけか」
「喧嘩売ってんのかクソ犬」
「売ってんだよ気付けバカ」
「――ねぇ、僕の話聞いてる?」
「「上等だクソ野郎が!! 表出やがれ!!」」
「うん、これっぽっちも聞いてないね」
クロとベートはこの期に及んで説教そっちのけで勝敗について言い争っていた。
フィンの笑顔が深まり、リヴェリアが嘆息を零し、ガレスが豪気な笑いを飛ばす。
そんな彼等の醸し出す混沌とした雰囲気を前に、アイズは声も出せずオロオロと右往左往。
「こら、あんた達! フィン団長が話してんのに余所見とは何事よ!」
「アイズもこんな奴らほっといてさっさと寝ちゃいなよ。疲れた体を癒す秘訣はよく寝てよく食べることだよ」
そう言って入室してきたのは、褐色の肌によく似た容姿を持つ二人の少女。
姉のティオネと妹のティオナのヒリュテ姉妹は、好戦的な種族であるアマゾネスだ。平時は仲のいい普通の姉妹だが、こと荒事での彼女達を形容するとするならば狂戦士という言葉が相応しい。
ティオネは二人への苦言を呈するが、その視線は既にフィンに釘付けだ。千年の恋も冷める様相の今のフィンを目にし、冷めるどころかより一層に恋の炎を燃え上がらせる。
ティオナも姉同様騒ぎの元凶である二人には呆れ顔。しかし、すぐに表情を切り替え、ボロボロのアイズを気遣う。天真爛漫な表情を曇らせる彼女に、アイズは罪悪感を覚えずにはいられない。
「ド貧相女は黙ってろ」
「ドMスキルに火事場の馬鹿力にアマゾネスにヤンデレってどんだけ属性詰め込んでんだよ。悪ぃが団長はノーマルだ。いい加減猫被んのやめて現実見ろや」
売り言葉に買い言葉。
クロもベートも、互いを罵り合う中に割り込んできた声に条件反射で返しただけにすぎない。
しかし、だからこそそれは他ならぬ彼ら自身の本音。
「「…………」」
この時、アイズは≪氷輪丸≫なんて目じゃない悪寒を全身で感じた。
「……団長、すみませんがクロとベートは私達が預かります。彼等に急用ができましたので」
「ちょっ、待てティオネ!? 目が! 目が怖ぇ! つかヤベェ! その病んだ目向けんのは俺じゃなくて団長だろ!」
「離しやがれティオナ! つかテメー、なに貧相なもん押しつけ――」
「死ね」
「キャウンッッ!?」
「……貧相じゃないもん、ベートのバカ」
そして、ヒリュテ姉妹は来た時と同様に、嵐のように去っていった。クロとベートを連れて。
痛い。沈黙が、重い。
そんな沈黙は、フィンが零した嘆息によって打ち破られる。
「僕がクドクドと叱るよりも、やっぱりあの二人にはあっちの方が効率的だね」
その言葉に相好を崩したのは、巌のような男だった。
戦士という言葉を体現したような、筋骨隆々な体。だが、その顔に浮かぶ表情は対照的な好々爺然としていて、見ていて落ち着く。
ロキ・ファミリアの重鎮、ドワーフ族のガレス・ランドロックは豊かな顎鬚を撫でた。
「懐かしいのう。昔は二人が悪さをするたんびに儂やフィンが説教してやったもんだわい」
「そうだね、ガレス。でも、最近はそうもいかなくなってきた……ホント、強くなったよ。クロもベートも、いつかは来るだろうと、まさかこれほど早くとはね」
そう言って、フィンはクロ達が出て行った出入口を見遣る。。
「……今の二人には、此処は――ロキ・ファミリアは窮屈なところなのかな?」
「仕方なかろう。ファミリア内でクロやベートの相手ができる者は限られる。傍から見れば喧嘩じゃが、アレで二人ともキチンと加減しとるしの。報告を聞いた限り、クロは喧嘩の最中は一度も斬魄刀を抜かんかったというではないか」
「……斬魄刀は当然のこと、ベートが
「苦労を掛けるね、お母さん」
「誰がお母さんだ」
「ごめんごめん。でも、正直二人が羨ましいよ」
「フィン……」
「自分の全力に全力で応えてくれる。そういう信頼関係っていうか、ライバルとか、そういうのはやっぱりいいなって思うんだ。男の子だからかな? たまに訓練に誘っても、二人とも遠慮ばかりだからさ」
「憧れられるとは得てしてそういうものじゃわい。憧れを持った相手には勝てない。勝てる訳がないと心のどこかで思っとる。二人が遠慮するのはそういう理由からじゃろうて。……全く、少し前まで後ろにいたのに、気付けば横にいるんじゃから、若いとは末恐ろしいものじゃ」
「あれ? ガレスはもう二人に追い越されてもいいと? それとも引退でも考えてるとか?」
「カーッ、冗談ではない! 儂は生涯現役! この命燃え尽きるまで冒険者じゃ! まだまだ若いもんには負けるわけにはいかんわい! ほれ、フィン! 別の訓練場へ行くぞ! 体が滾って仕方がない!」
「奇遇だね、僕もだよ」
部屋から出ていくフィンとガレスから迸る闘志に、アイズの皮膚が僅かに泡立つ。
クロやベートのように周囲へ被害を出すような真似はしないだろうが、ロキ・ファミリアが誇る最高戦力、Lv.6同士の戦いだ。
ロキに自己鍛錬の類を禁じられてしまったが、見取り稽古くらいは構わない筈。
観戦に向かおうと二人の後を追おうとするアイズの肩に、その手は置かれる。
「……お前達が感化されてどうする」
呆れたようにそう零すリヴェリアの二つ名は、彼女の魔法特性から≪九魔姫≫。
Lv.2への昇格時にもう一つの候補、≪
しかし、その話題を耳にした時のロキの表情は、口よりも雄弁に物事を語っていた。
「アイズはもう休め。ティオナではないが、休むことも大事な仕事だ」
「……でも」
「ほう? そこまで元気があるというのなら、久々に私が付き合おう。強くなるのに必要なのは肉体面だけではないということを教えてやろうじゃないか」
「ごめんなさい」
鬼教師、リヴェリア先生再誕の予感に、アイズは即座に休息を訴えた。
「……リヴェリアはどうするの?」
「フィンやガレスを見張りにな。不要だとは思うが、あの様子じゃあタガが外れる可能性もなくはない。全く、これだからうちの男共は……」
「リヴェリア、二人のお母さんみたい」
「あんなに年を食った子供を持った覚えはないぞ」
「……子供、いないの?」
「馬鹿者。私はまだ未婚だ」
こつんとアイズの頭を小突き、リヴェリアは部屋を後にしようと踵を返す。
アイズもそれに習い、部屋の出入口へ。
鍛錬場とアイズの自室は部屋を出てからは正反対の方向。
軽く手を上げ、リヴェリアは背を向け鍛錬場へ。
踵を返したアイズの耳に、その声は届いた。
「まさか、私の≪ヴィア・シルヘイム≫が耐久限界まで削られるとはな……展開していなければどうなっていたかと想像するだけでぞっとする」
足が止まり、急いで振り返った時には、既にリヴェリアの背中は見えなかった。
≪ヴィア・シルヘイム≫。リヴェリアが有する魔法の中では最硬の強度を誇る障壁。
アイズは、クロとベートの喧嘩には立ち会っていない。説教の場に居合わせただけだ。
二人の喧嘩とは、リヴェリアがそこまでしなければいけないほどの規模だったのか。
喧嘩の理由よりも、その事実にアイズは愕然とせずにはいられなかった。
「クロ……ベートさん……」
遠い。
こんなところで立ち止まっている場合ではないのに。
どうして、どうして、どうして――。
アイズと彼等の間に存在する差は、あまりにもかけ離れたものだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「……不幸だ」
≪黄昏の館≫に乱立する尖塔の中で最も高い場所で寝そべり、クロは一言零す。
地上にいるよりも強い夜風が、傷身にも傷心にも冷たく吹き込む。
「なんなの? ほんとなんなの今日は? 朝早くに似非関西人とオカンに無理矢理ダンジョンにほっぽりだされて、深層まで全力疾走で往復して、疲れて帰ってきたらクソ犬に絡まれて、終わったら終わったで暴力姉妹からリンチって……くそ、俺が一体何したってんだよ。ちくしょう、グレてやる……」
ブツブツと未練がましく。
見上げた空に浮かぶ月に、何故か浮かぶのは笑顔でサムズアップするヘスティア。
これはもう末期だなと、神々で溢れかえったオラリオでは全く持って有難味のない言葉を口にする。
「神様、不幸な俺に祝福を」
「――なんや、えろう落ち込んでんな」
あまりにも予兆なく、突然現れた気配に、クロは無警戒に後方を仰ぐ。
予想通り。酒瓶にグラスを二つ掲げたロキが、クロを見下ろしていた。
「……無乳神かよ」
「よーし、その喧嘩こうたろうやないか。表出ろやクロスケ」
「悪ぃが今日はもう店じまいだよ。売るもんも買う気力も欠片も残っちゃいねぇっての」
「ちっ、おもろないやっちゃな」
ロキは小さく呟き、寝そべるクロの隣に腰を下ろす。
置いたグラスにそれぞれ酒を注ぎ、片方を手に取ってそのまま口にした。
コクコクと細い喉がゆっくりと浮き沈みし、嚥下した酒の味に満足したのか、見慣れた者でしか気付けない程度にまなじりを緩める。
クロもロキに習い、残されたグラスを持って一口。
「ほんま、今日は助かったわ。ありがとうな」
「……無理矢理頼んだ奴がよく言う」
「しゃーないやろ。人集めとったら時間がかかるし、ぎょうさんおればそれだけ足は遅おなる。その点、クロスケは早い、強い、おまけに人探し上手ときた。こんなお買い得な子、使わんでどないするんっちゅうんや」
「俺はアイズの保護者じゃねぇぞ」
「せやな。クロスケはアイズたんの相棒で、女房役。うちが昔クロスケにそう言ったし、そうなるように仕向けた」
「…………」
「怖いんよ。あの子、ほっといたらどっか遠くに行ってしまいそうで。せやけど、囲い込んで大事にしとくっちゅうんは、あの子の可能性を殺すっちゅうことや。あの子はそれを望まんし、うちもそんな真似しとうない」
口に広がる程よい苦みなんてなくても、ロキの独白は嫌が応もなくクロの頭を覚醒させた。
クロがグラスの中身を半分も飲まないうちに、ロキはグラスに並々と酒を注いでは呷っていく。
酒の力でも借りなければ話せない。ロキの独白は、主神として情けないものだったから。
「……なんであの子があんな無茶な真似したか、分かっとる?」
知ってる、ではなく分かってる。
やっぱり神は騙せない。
「俺がランクアップしたから。自惚れじゃなきゃ、だがな」
「……分かっとんならええ」
自分の限界を突破するような、特別な経験を積む。
ランクアップに必要な条件であり、アイスが深層にソロで潜った理由。
理解はできる。冒険することがランクアップに必要不可欠である以上、深層へのソロでの挑戦は、強者と対峙し、自分を極限状態まで追い詰めるという意味でも最も手っ取り早い。
「ままならんなぁ。あの子の傍にいるには強ぉなきゃいけへん。でも、その強さがあの子を追い詰める。ほんま、ままならんわ」
「なんでランクアップしたのにこんなこと言われなくちゃいけねぇんだよ」
「相棒なんやから一緒にランクアップすればええんや。クロスケ、今すぐランクダウンしてこい、うちが許す」
「お前ならアイズのためとか言ってマジでやりそうだな。……やめろよ、ほんとやめろよ?」
「フリか? おし、ここはうちが一肌脱いで――」
「脱いでもなんにもありゃしねぇだろ」
「天罰下すぞ」
「やめてください、死んでしまいます」
アイズが強くなりたい理由は、彼女自身から少しだけ聞いたことがある。
両親のようになりたい。具体的なものなんてない、あまりにも漠然とした指標。
アイズは強い。レベルはともかく、剣技だけならオラリオ最強との呼び声高い。
だが、それですら満足できない。
クロには、アイズが御伽噺の英雄に憧れるような、実現不可能な憧憬を抱いているように見えて仕方がなかった。
――オラリオ最強くらいなら、そのうちなれんだろうに。
誇張でもなんでもなく、クロはそう思っている。
アイズの打ち立てた、ランクアップ最短記録。彼女の成長速度は異常だ。
アイズは近いうちに必ずランクアップする。そして、
それが、高々自分との差が一つ開いたくらいであそこまで必死になるとは。
――わけわかんねぇ。
残った酒を全て飲み干す。
嚥下した酒の味が、僅かばかりに沸いた苛立ちを沈めてくれた。
すっと差し出される、酒瓶の飲み口。
問答無用で並々と酒を注ぐと、ロキは自身のグラスをクロに突き出してきた。
「これからもあの子と一緒にいたってな、クロ」
「……言われるまでもねぇっての」
ちんっ。
差し出されたグラスにグラスを打ち付けた音が、夜のオラリオに静かに消える。
「――しゃあ! 湿っぽい話はこれで終いや! 今日は飲むでー!」
「おい」
「なんやなんやクロスケ! うちの酒が飲めへんっちゅうんか!」
「なにこいつめんどくさい」
「えんやで、酔った勢いでうちの玉肌に偶然触れてもうても。酒場の席でのラッキースケベは合法や、神様のうちが言うんやからそうなんや!」
「はっ」
「鼻で笑われた!?」
主神と眷属。
まるで旧知であるかのように、対等であるかのように、戯言を肴に、酒を飲み交わす。
クロとロキの夜は、静かに暮れていった。
ベートくんLv.6にランクアップ。
クロの影響を最も受けているのはアイズたんではベートくんなのかもしれない。