ダンジョンとアイズと斬魄刀   作:もちもちもっちもち

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決着

 圧倒的だった。

 一太刀で、アイズは理解した。 

 勝てない。

 Lv.5とか、Lv.6とか、そういう次元の話ではなくて。

 アイズでも、クロでさえも、≪猛者≫には絶対に勝てないと、理解してしまった。

 

 

「クロ――」

 

「≪斬月≫」

 

 

 呼び掛けを遮り、クロはこちらに向き直ることなく語り掛けた。

 その呼び声に応えるのは、シロと名乗った、クロと瓜二つの男だった。

 

 

「どうした、≪王≫よ」

 

「アイズを連れて離れろ」

 

「加勢は?」

 

「いらねぇ」

 

「そうかい」

 

 

 それで、会話は終わる。

 口を挟む隙間すらない、長年共にした相棒のような、そんな言葉の応酬。

 折れていない方の腕を震わせ、アイズはオッタルへ向かっていくクロの背中を見送る。

 

 

「…………クロ」

 

 

 遠い。

 

 

「……クロっ」

 

 

 ずっと一緒にいたのに、こんなにも遠い。

 剣があれば、腕が折れていなければ、もっと強ければ。

 遠ざかっていく背中に、アイズは懸命に声を絞り出す。

 

 

「クロ!」

 

 

 ≪頂点≫の強さに折れた、己の心を奮い立たせるように。

 言い訳ばかり浮かぶ、己の弱さを掻き消すために。

 弱い自分は必要ないんだと、そんな己の不安を否定するために。

 

 

「こっちを向いてよ!! クロ!!」

 

 

 アイズの慟哭に、クロは立ち止まりはするも、こちらを振り返らなかった。

 

 

「その怪我じゃ無理だろ」

 

 

 骨折を気遣うクロの言葉よりも。

 こちらを一度も振り返ることなく遠ざかっていく、クロの後ろ姿が。

 かつての両親と、さよならすら言わず去っていった父と母の背中と重なる。

 

 

 ――私を置いて、行かないで。

 

 

 死よりも恐ろしい恐怖に、気付けばアイズは絶叫していた。

 

 

「うああああああああああああああああああああっ!?」

 

 

 ≪エアリアル≫、限界出力。――≪無窮瞬閧≫。

 

 

「アイズ!!」

 

 

 クロの隣をすり抜け、オッタルへ向け一条の矢となって突貫。

 魔力の枯渇、筋繊維が上げる悲鳴。全てを無視し、繰り出された全身全霊の一撃。

 止められない、止めることなど叶わない神風を前に、オッタルは無造作に掌を前に翳す。

 着弾。

 荒れ狂う風の魔力が、周囲へと放出される。

 

 

「まるで赤子の癇癪だな」

 

 

 アイズ渾身の≪無窮瞬閧≫。

 オッタルはそれを片手で受け止め、防ぎ切った。

 

 

「今は眠れ」

 

 

 鳩尾へ一撃。

 めり込む拳に為す術もなく、崩れ落ちるアイズは、意識を失う前に耳にした。

 

 

「万象一切灰燼と為せ」

 

 

 クロの何かが切れる音が聞こえた。

 

 

「≪流刃若火≫」

 

 

 轟炎。

 直後にアイズの意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 灼熱が、大気を焦がす。

 夜のオラリオが、昼間のような明るさに変貌するほど劫火。

 間一髪の防御、それでも防具は焼け落ち損傷は激しく、全身は無残な大火傷。

 咄嗟に利き腕こそ庇ったものの、一部が炭化する、目を背けたくなるほどのものだった。

 

 

「…………」

 

 

 これまで見たどの魔剣でも、クロの≪流刃若火≫の前ではガラクタ同然。

 斬魄刀に宿った魂の中でも最強の攻撃力を誇る炎熱は、レベルで上回るオッタルの≪耐久≫を文字通り紙切れのように焼き払った。

 

 

「……来い」

 

 

 構えと同時に、クロが動く。

 斬り払い。

 動作は緩慢でも、刀から生み出された炎は津波のような強大さを持って、オッタルを襲う。

 迎えるオッタルもまた、全力で斬り払った。

 如何なる障害をも打ち砕く、極限まで鍛え抜かれた剛の剣。

 オッタルの生き様を体現した一撃は、視界一杯に広がった炎を切り裂いた。

 

 

「尽敵螫殺」

 

 

 反射的に翳した大剣の腹に伝わる衝撃は、あまりにも軽い。

 

 

「≪雀蜂≫」

 

 

 ≪流刃若火≫の炎を目眩ましに接近したクロは、オッタルの大剣に再度指先を突き立てた。

 右手の≪流刃若火≫は消え、代わりに出現する、中指に装着されたアーマーリング。

 オッタルからは見えない、クロからは見える、大剣に浮き上がる蝶の紋様。

 

 ――≪弐撃決殺≫。

 

 死の刻印が、大剣を蝕み、呑み込む。

 己の直観に従い、手放した大剣に起こった変化に、オッタルは僅かに双眸を見開く。

 突如出現した蝶が大剣を包み込み、次の瞬間にはそのどちらもが消滅したのだ。

 オッタルの大剣は、彼の膂力にも耐えることのできる≪不壊属性≫。

 しかし、万物全てに等しく≪死≫を与える≪雀蜂≫に、そのような理は通用しない。

 

 

「消し飛べ」

 

 

 ≪瞬閧≫――。

 背中と両肩から噴出する魔力。

 クロの着物の上着が弾け飛び、オッタルの眼前に翳された掌から鬼道の激流が溢れだす、

 

 

「図に乗るな!!」

 

 

 直前。

 一瞬早く、繰り出されたオッタルの頭突きが、クロの拳を砕き、腕をへし折った。

 砲弾のように、クロの体が打ち出される。

 追撃を仕掛けるオッタルの視線の先で、くるりと空中で方向転換するクロが、壁に両足で着地。

 瞬間、掻き消えるように移動するクロの≪瞬歩≫を、オッタルの目は完全に捉える。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 背後に裏拳。

 直撃を確信した拳は、対象を捉えるも、しかし空を切る。

 

 

「搔き毟れ」

 

 

 隠密歩法、≪空蝉≫。

 拳が打ち付けたのは残像。

 振り返ったオッタルの更なる背後に回ったクロは、静かに解号を唱えた。

 

 

「≪疋殺地蔵≫」

 

 

 三本の刃、刀身から生える赤子の顔。

 吐き気を覚えるような醜悪な姿へ、斬魄刀は変化する。

 咄嗟にその場から飛び退くオッタルの腕に、振るわれた≪疋殺地蔵≫が掠り傷を負わせた。

 異変は、その直後だった。

 腕が動かない。

 ≪耐異常≫を有するオッタルには、例え劇薬だろうと効果はないのに、何故。

 

 

「面妖な」

 

 

 言葉を零すオッタルは、冷静に原因を分析した。

 対象の四肢の動きを封じる。それが≪疋殺地蔵≫の能力。

 麻痺とは異なる、動けという脳からの信号を遮断する、自然界には存在しえない異常効果。

 故に、≪耐異常≫であろうと、問答無用で対象の四肢を封じることが可能なのだ。

 

 

「だが、ぬるい」

 

 

 オッタルは猪人(ボアズ)だ。

 多種族よりも≪耐久≫に優れるが、その身に魔力は宿らない。

 あらゆる化け物と相対し、多種多様な攻撃をその身に刻んできた。

 ただ、己の身は敬愛する主君の剣となり、盾となる。それだけをオッタルは望み、努力した。

 やがて、彼の肉体は生物としての限界を超越し、前人未到の領域――神域にすら至る。

 

 

「なっ――」

 

 

 驚愕を露わにするクロの顔面へ、オッタルの拳が迫る。

 動かないという確信があったからこその単純な接近は、受ける筈のない反撃で阻まれた。

 咄嗟に翳した、骨折していない腕越しに伝わる、意識を断つ一撃。

 防御に間に合った筈が、クロの体は吹き飛び、その体を地面に叩きつけられていた。

 屋根の上から、地に堕ちたクロを見下ろすオッタルの片腕は、依然として動かない。

 

 

「その身を持って知れ」

 

 

 しかし、≪疋殺地蔵≫に傷付けられた腕以外は、依然として動いていた。

 そして、≪流刃若火≫による火傷すら、気付けば体のどこにも存在しない。

 

 

「この俺をとめたくば、この命を断つ以外に術はないぞ」

 

 

 スキル、≪超速再生≫。そして、発展アビリティ≪耐異常≫熟練度S。

 四肢を失おうと再生し、肉体へのあらゆる異常を軽減、排す。

 オッタルのステイタスを前に、≪疋殺地蔵≫の効力は十全には発揮されなかったのだ。

 しかしと、オッタルは内心舌を巻く。

 神の恩恵(ファルナ)を数値化したステイタスとは、覆すことのできない絶対的指標。

 だからこそ、Lv.6(クロ)Lv.7(オッタル)と渡り合えている事実は、本来有り得ない筈なのだ。

 

 

「斬魄刀、か」

 

 

 それを可能にする、常識外の特殊武装(スペリオルズ)

 持ち主の手を離れ、地面に突き立った、≪疋殺地蔵≫から変化した斬魄刀を、オッタルは畏怖の籠った眼差しで見下ろす。

 ≪超速再生≫が追い付かず、≪不壊属性≫を消滅させ、≪耐異常≫でも完全には防げない異常効果。

 オッタルは、斬魄刀と担い手のクロに心から感服していた。

 

 

見たな(・・・)?」

 

 

 相対していた敵が反転した姿形。

 背後に立つ、意識を失ったアイズを担ぐシロに、オッタルは振り返る。

 

 

「……なに?」

 

「どんなにすげぇステイタスだろうが、あの斬魄刀の前では意味をなさねぇ」

 

「どういう――」

 

 

 本能が、警鐘を鳴らす。

 

 

「ようやくその気になりやがったか」

 

 

 向き直ったオッタルの背後で、シロは嗤った。

 

 

「喜べ、≪頂点≫」

 

 

 両腕は不自然に折れ曲がり、全身には無数の傷跡。

 頭から血を流しながら、突き立った斬魄刀の傍に立ったクロもまた、嗤った。

 三日月のような、裂けるような、そんな笑みだった。

 

 

「たった今、お前の敗北は確定した」

 

 

 唱えるは、この戦いを終焉へと誘う言葉。

 

 

 

 

「砕けろ――――」

 

 

 

 

 戦いが終わる。

 

 

「こんの……阿呆がああああああああああああっ!!」

 

「へぶしっ!?」

 

 

 ぐきっくるくるくるぼきっばた。

 

 

「…………」

 

 

 空気が死んだ。

 オッタルは沈黙した。

 シロは呆けた。

 

 

「今何時やと思うとるんや! どんだけ周りぶっ壊しとるんや! こんな夜中に騒いでご近所様に迷惑やろうが! 罰として晩メシ抜きやクロスケぇええええええええええええ!!」

 

 

 何かが致命的にズレた光景が広がっていた。

 大怪我を負うクロに馬乗りになり、容赦なく拳を振るう、彼の主神ロキ。

 

 

「ちょっ、まっ……ロキてめっ」

 

「ああ!? 親に口答えする気か自分! うちはそんな子に育てた覚えはないで!」

 

「テメェの絶壁でガキが育つわけ――」

 

「愛のムチ!」

 

「ビンタ!?」

 

 

 マウントポジションを取り、クロを撲殺する勢いのロキを見て「さすがは神……」と一人感心するオッタルは、意外とピュアな心の持ち主なのかもしれない。

 

 

「……ちっ、しらけちまった」

 

「おい、むかつく顔した白いの」

 

「……あ?」

 

 

 シロの前に降り立つのは、ロキの眷属であり、此処まで彼女を運んできたベート。

 警戒心と敵愾心を漲らせ、殺気交じりの眼差しをシロへ向けた。

 

 

「俺に蹴り殺されてアイズを離すのと、アイズを離してから俺に蹴り殺されるの。どっちでも構わねーからとっとと選べ」

 

「……おめぇ、このガキのこと好きなのか?」

 

「んな!?」

 

「ひゃははっ、分かりやすい奴」

 

「殺す!」

 

「弱ぇ犬ほどよく吠えるってな」

 

「ぜってー喰い殺す!!」

 

 

 真っ赤な顔に全身の毛を逆立て、ベートは激昂する。

 対し、満足したのか、シロは抱えていたアイズをベートに放り投げ、慌てるベートはキャッチ。

 横抱きに抱えたアイズが規則正しい呼吸をしていることに安堵し、慌ててシロへと向き直ったが、既に彼の姿は何処にもなかった。

 

 

「こんばんは、ロキ」

 

「……うちの前によくツラだせたな、フレイヤ」

 

 

 美の女神、フレイヤはオッタルの隣に立った。

 

 

「提案なんだけど、痛み分けという訳にはいかないかしら? 私のファミリアの子、ガリバー兄弟にオッタルの武器、色々と被害を被ったわけだし」

 

「そっちから吹っ掛けてきたんやろうが。自業自得って言葉、知らんのか」

 

「じゃあ、貴方に貸した≪鷹の羽衣≫。アレを貴方にプレゼント――」

 

「フレイヤ」

 

 

 底冷えするような声音で、ロキはフレイヤを睨む。

 

 

「可愛い子供達に手ぇ出したんや。その首差し出しても、うちは許さへんで」

 

 

 空気が張り詰める。

 なおも笑みを絶やさないフレイヤの前に、オッタルが守護しようと立ちはだかった。

 ベートはアイズを、そしてロキを守るべく、≪猛者≫に相対する。

 まさに一触即発の状態。

 そんな彼等の間に、クロは立ち塞がった。

 

 

「おい、クソババァ」

 

「ふふっ、なにかしらクロ?」

 

 

 神をも恐れぬ物言いに、美の女神は頬を紅潮させる。

 

 

「周囲への被害の弁償と謝罪。今後一切アイズには手出ししない。これで手打ちにしてやるよ」

 

「んなっ!?」

 

「あら?」

 

 

 フレイヤは意外な者を見る目で、ロキは慌ててクロに詰め寄る。

 

 

「正気かクロスケ! 自分被害者やろ! 損害食うたんやろうが! なのになにぬるいこと言うてんねん! 毟り取れ! 骨の髄まであの色ボケ性悪女のもん搾り取ったらええんや!」

 

「生憎、金欲も物欲も今んところは間に合ってんだよ」

 

「ほなら、さっきの条件! 絶対におかしいやろ!? なんでアイズだけやなく、クロスケも手出しできへんようにせんのや!」

 

「そんなの決まってんじゃねぇか」

 

 

 クロは見上げる。

 オッタルは見下ろす。

 

 

「勝負はまた今度だ。次は俺が勝つ」

 

「……抜かせ、小僧が」

 

 

 二人の位置が、そのまま両者の実力を現していた。

 しかし、クロの目に諦めはない。

 オッタルもまた、不敵な笑みで応えた。

 

 

「分かったわ、クロ。貴方の条件、受け入れましょう」

 

「ちょっ、待たんかいフレイヤ!」

 

「当事者が納得しているのなら、口を挟むのは無粋というものではないかしら」

 

「いけしゃあしゃあと……!」

 

 

 ぎり……と歯軋りするロキだが、既にフレイヤの視線は互いに火花散らすクロとオッタルに。

 怒髪天を衝くロキと二人の魂の輝きに陶酔するフレイヤは、同じ顔色でも対照的な赤。

 起伏の乏しいお子様と豊満な肢体を持つ大人の美女は、表情からして差があった。

 

 

「では、私はこれで失礼するわ。行きましょう、オッタル」

 

「はっ」

 

「ロキ、それから彼女の子供達。また機会があれば会いましょう」

 

 

 そして、あらゆる生命を魅力に溺れさせるような、そんな女の笑みをクロへ向ける。

 

 

「私、諦めないから」

 

 

 ≪回道≫で治療した親指で首を掻き切り、中指を突き立てる手振りで、クロは返事を返す。

 体を震わせ、甘い吐息を口から零し、真っ赤になった顔を隠すようにフレイヤは顔を背けた。

 

 

「……あかん、フラれすぎてやばいもんに目覚めとる」

 

 

 恐ろしい者を見る眼差しで、ロキはフレイヤが去っていった方向を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

 明転。

 ゆっくりと、アイズの意識は覚醒する。

 

 

「ベート」

 

「あ?」

 

「アイズたんのおっぱいの感触はどうや」

 

「っ!?」

 

 

 ふわふわとした温かい背中と心地よい振動。

 もう一度夢の世界へ誘われそうになる、そんな誘惑に駆られてしまう。

 

 

「な、なな、なっ……!?」

 

「うちは真面目に聞いとるんや。さっさときりきり吐きぃや」

 

「し、知るわけねーだろ!」

 

「なあなあ、今どんな気持ち? アイズたんおんぶして今どんな気持ち?」

 

「うっせんだよクソ神! 黙って歩けねーのかテメーは!」

 

「自分の鼻が利くことをええことにアイズたんのことクンカクンカしたんやろ。ずーるーい! うちもアイズたん背負いたい! 後ろからだとスカートの中身しか見えへんもん!」

 

「テメーの眷属になにやってんだ!」

 

「あほう! 自分の子供(眷属)の趣味趣向をチェックするんも(主神)の立派な仕事なんやぞ! 今もほら! こうしてアイズたんの意外と少女趣味のパンツを――」

 

「…………」

 

「――残念でした! いっつもと同じスパッツでした!」

 

「だ、だだ、だから何だってんだよ!」

 

「めっちゃ聞き耳立てとったくせに、男なんやから恥ずかしがることないやろうが。これだからムッツリ狼は」

 

「ふざけんなああああああああああああっ!!」

 

 

 ぽんぽんと肩を叩き、ベートに自分が起きていることをアピール。

 その場に下ろしてもらい、振り返ると諸手を挙げて喜び近付くロキが。

 だから、アイズも近付き、拳を握りしめて、

 

 

「へぶっ!?」

 

 

 民家の壁までロキをぶっ飛ばした。

 顔面を抑え悶絶するロキに、アイズもまたスカートの抑え、呟く。

 

 

「……ロキのえっち」

 

「ぐっはぁ!?」

 

 

 振り返ると、ベートは何故か鼻を抑えていた。

 

 

「ベートさん、私を運んでくれてありがとうございます」

 

「お、おう。いいってことよ」

 

「……すみません、私汗臭かったですよね」

 

「は?」

 

「さっきロキが、ベートさんがくんくんしてたって……ごめんなさい」

 

「はあ!? いやあの……きき、気にするこたーねーぞ! それにあれだ、全然臭くなかったし!」

 

「……本当、ですか?」

 

「ああ! むしろ良い匂いだった、ぜ……」

 

「――やっぱ自分、アイズたんのことクンカクンカしとったんやないか」

 

「テメーは黙ってろおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 騒がしい主神と眷属の会話を傍から眺めるアイズはふと、違和感を覚える。

 骨折が治っている。体中の傷も癒えている。

 そして、そんなことよりも気になった、気付いたことがあった。

 

 

「ロキ」

 

 

 今のアイズが置かれた現状と夜のオラリオに当然あるべき静寂。

 フレイヤ・ファミリアの襲撃は終わり、ベートに担がれロキと一緒に帰路についている。

 そこまでを分析し、しかしとアイズは口を開いた。

 

 

「クロは、どこにいるんですか」

 

 

 ロキは笑顔で答えた。

 

 

「クロスケならその辺ほっつき歩いとるで」

 

 

 すらすらと淀みなく、さもそれが真実であるかのように。

 

 

「ちょーとおいたしたから晩メシ抜きや! っていうたら不貞腐れてもうてな。たぶん今日はホームには帰ってこんのとちゃうやろうか。あっ、でもアイズたん、一応お礼言うとかなあかんで。アイズたんの怪我、クロスケが≪回道≫で治してくれたんやからな」

 

 

 でも、笑顔になる直前、刹那にも似た時間に垣間見せた、ロキの表情。

 それに気付きながらも、アイズはそれについては追求しなかった。

 怖くて、今クロに会うことが躊躇われてしまって。

 目を伏せ、返す言葉を震わせる。

 

 

「そうですか」

 

 

 アイズの答えに満足すると、たっとロキは駆け出し、ベートを追い越し先頭に躍り出る。

 瞬間、夜風がアイズの髪を浚う。

 そんな時に流れてきた、聞こえてきた声が、アイズの鼓膜を小さく揺する。

 

 

「そうや」

 

 

 その声は、風に攫われてしまうほど小さく、儚い。

 

 

「絶対につこうたらアカン。何があろうと、例え仲間が危機に陥っても。大切なもんを得たからこそ、その力を使わんかったことを後悔するようなことがあろうとも」

 

 

 でも、その言葉を向ける相手への労りが、万感の想いが、それには込められていた。

 

 

「≪鏡花水月≫だけは、絶対につこうたらアカンのや」

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 人気のない、寂れた道を一人の神様が歩いていた。

 

 

「まったく、何だったんだいさっきの騒ぎは。凄い音してたし、ちょっとの間だけど昼間みたいに明るくなったし。誰かは知らないけど、本当に近所迷惑な連中だよ」

 

 

 ぷんすか怒り、普段は結われたツインテールを下ろしたヘスティアの髪は湿っていた。

 僅かの上気した頬は、先程まで新居で入浴していたからであり、簡素な衣服だけ纏っているのは、突然の騒ぎに廃教会から飛び出してきたからだ。

 しかし、渦中へ向かい文句を言おうにも、既に辺りは元の静けさを保っていた。

 骨折り損のくたびれ儲けだよと、知り合いの神に教わった諺を静かに漏らす。

 

 

「……帰ろう」

 

 

 踵を返し、思い浮かべた我が家を想像するヘスティアだが、その表情は暗かった。

 誰もいない廃教会の地下室を思うと、どうしても昼間の光景が頭を過ってしまうのだ。

 クロがいて、アイズがいて、自分がいた、穏やかで賑やかな、楽しかった時間が。

 

 

「あれ?」

 

 

 とぼとぼと足取り重くクロに帰路につくヘスティアの視界の端が違和感を捉えた。

 近付くと変わる確信に、ヘスティアは駆け出す。

 

 

「クロ君!?」

 

 

 月明かりさえ届かない裏路地で、彼は膝を抱えて俯いていた。

 

 

「どうしたんだいクロ君! こんな時間に、しかも上半身裸で! 斬新なファッションだねと褒めればいいのかい? それとも露出癖にでも目覚めたのかと驚けばいいのかい? 一体ボクにどんなリアクションを期待してるんだい君は」

 

 

 クロがゆっくりと顔を上げる。

 瞬間、クロの瞳に懐かしさを覚えたヘスティアは、一転して穏やかな表情を浮かべた。

 

 

「……ヘスティア様?」

 

「ボク、これから夕食なんだ。クロ君も、よかったらどうだい?」

 

 

 言葉に詰まるクロに、ヘスティアは手を差し伸べた。

 

 

「迷える子供を路頭に迷わせるほど、ボクは非情な神様ではないよ?」

 

 

 目を見開くクロは、次の瞬間には破顔し、差し伸べられた手を掴んだ。

 

 

「では、すみませんが晩飯、お呼ばれさせてもらいます」

 

「ふふん、せっかくのお客様だ。夕食はパーティーと洒落込もうじゃないか」

 

「ちなみに献立は?」

 

「じゃが丸くんと各種トッピング! 全種類を網羅したボクに死角はないのさ!」

 

「醤油味は?」

 

「うぐっ!? さ、さすがに極東の調味料についてはボクもカバーは仕切れないよ」

 

「すみません。冗談ですよヘスティア様」

 

 

 今にも駆け出してしまいそうな足取りのヘスティアをクロは正面から見つめる。

 見上げるヘスティアとの身長差。

 見下ろすクロは、年相応に、でも少しだけ泣きそうに、それでも無邪気に笑ったのだ。

 

 

「誰かと一緒に食べる食事が、美味くないわけないじゃないですか」

 

「……うんっ」

 

 

 だから、ヘスティアも無邪気に微笑んだ。

 重かった足取りは嘘のようで、今は羽のように軽い。

 

 

「クロ君、今夜は君を寝かせないよ!」

 

 

 だって、もう寂しくなかったから。

 

 

 

 

 




アイズたんよりも他の女神がヒロインをしている件について。
ヤンデレドMな構ってちゃんと包容力天元突破な神様等々、可愛い美女美少女が書けて作者は満足。
戦闘についてはこれが限界なんだよ、オサレは当分いいよもう。


あっ、≪美柑と黒猫と金色の闇≫の方も投稿したんでよければご覧あれ。
なんか予想以上に好評のようで作者ビックリ。
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