ダンジョンとアイズと斬魄刀   作:もちもちもっちもち

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対話

「朝帰りとは随分といいご身分だなぁ、負け犬」

 

「最悪だぜクソッタレ。朝一にクソ犬のツラを拝むとはな」

 

 

 二人の殺気立ったLv.6が、黄昏の館前で相見えていた。

 

 

「≪猛者≫にボロカスに負けたんだって? で、今までメソメソ泣いてたってわけか」

 

「外野は何とでも言えるわな。テメェのことは棚に上げて相手のことだけ罵りやがる。負け犬の常套句ってやつだな。あとクソ犬、俺はまだ負けてねぇ、引き分けだ間違えんな」

 

「両腕骨折に頭から血を流してた奴が、ほぼ無傷の≪猛者≫と引き分けか。物は言いようだな。時間切れなら死にぞこないだろうがそりゃあ引き分けってことになるわけだ」

 

「ほぼ無傷じゃねぇ、あの野郎のスキルで怪我が治っただけだ。クソ犬が来んのが遅かったんで見そびれちまったんだろうが」

 

「ああ、本当に残念なことをしたぜ。もう少し駆け付けんのが遅けりゃあ、無様に地べた這い蹲った負け犬の姿が拝めたのによ」

 

「つまりだ。俺より弱ぇクソ犬だったら開始早々に瞬殺だったわけだ。立場が逆なら最初っから観戦してても見逃しそうだからまばたきも出来そうにねぇぜ」

 

「誰がテメーみたいな雑魚よりも劣ってるだぁ? 前に精神疲弊(マインドダウン)でぶっ倒れたこと、もう忘れちまったのか?」

 

「俺の鬼道食らって立てなくなった貧弱野郎に誰が負けたって? まだ寝ぼけてんのかクソ犬」

 

「上等だ負け犬! すぐに泣かせてやる表出ろぉ!」

 

「とっくに表出てんだよクソ犬! 俺が目ぇ覚まさせてやらぁ!」

 

 

 両者の殺気は天元突破。

 直後、彼等の怒りを鎮めようと、エルフの少女が二人の間に割り込む。

 

 

「ふ、二人とも喧嘩は止めてください!」

 

「「外野は黙ってろ!!」」

 

「ひうっ!?」

 

「二人とも朝からなに騒いでんの!」

 

「「邪魔すんなド貧相女ぁ!!」」

 

「ド貧相とか言うなぁああああああああああああ!!」

 

「やめんか! お主等朝から何を騒いでおる!」

 

 

 仲裁に入ったティオナを巻き込み勃発しそうになった争いを止めたのは、ガレスの一喝。

 なおも反抗しそうになるクロとベートの頭に拳骨を落として沈め、ティオナの頭を掴んでアイアンクローで黙らせる頼もしい姿に、レフィーヤは救世主を垣間見たとか。

 三人揃って正座をさせられ、真ん中にいたためか前方と左右から集中攻撃を受けていたクロがげんなりしているところに、彼女は現れた。

 

 

「クロ」

 

「なんだよオカン」

 

「誰がオカンだ」

 

 

 もはや定番化しつつある応酬の後、リヴェリアは踵を返す。

 着いて来い。そう語る背中に、クロは正座に痺れた足を酷使しながら後を追った。

 

 

「昨夜の顛末については、ロキから聞いている」

 

「へーへー、喧嘩を買った俺が悪うござんした。反省しています許してください」

 

「……お前の人付き合いについて、私はとやかく口出しするつもりはない。どうせ何を言っても聞きはしないだろう。だが、次からは周囲への被害を考慮しろ」

 

「へーい」

 

「返事ははいだ」

 

「はーい」

 

「間延びするな」

 

「はいはい」

 

「はいは一回」

 

「…………行き遅れ」

 

「何か言ったか」

 

「は……いいえ」

 

「ちっ」

 

「舌打ちしやがったよ」

 

 

 心なし歩幅を広くして歩くリヴェリアに、面倒だとクロは顔を顰めた。

 普段は凛としているのに、変なところで子供っぽい。

 不貞腐れたリヴェリアには何を言っても無駄なので話し掛けはしないものの、後ろから追従してくるレフィーヤ達を一瞥すれば、碌でもないことだけは確かだ。

 やがて辿り着いたのは、広大な敷地を誇る黄昏の館に幾つか点在する中庭。

 そして、頻繁に鳴り響く剣戟の音に、クロの予感は的中したと確信した。

 

 

「朝っぱらから熱心だねぇ」

 

 

 サーベルと二刀のククリナイフ。

 刃引きが施された訓練用の武器とは言え、アイズとティオネの動きは本気だ。

 常人では目で追えないほどの速度と幾つも地面に投げ捨てられた、折れた武器がそれを物語っている。

 

 

「そういや昨日までだったな、ロキとの約束の期日って」

 

「だからって日付の変更と同時に訓練を始めるのはどうかと思うけどね」

 

「……団長」

 

 

 槍と一緒に壁に寄り掛かるフィンの眼差しは、決して穏やかとは言えない。

 こちらを向くと同時に細められた双眸に、クロは自然と身構えた。

 

 

「まさか、ずっとか」

 

「そのまさかさ」

 

「止めなかった理由は」

 

「滅多にないアイズの我儘だから。それに、今発散させておかないと、ダンジョンで無茶をされては堪らないからね。いくらクロが一緒とはいえ、ダンジョンでは何が起こるか分からない」

 

 

 再び正面へ向き直ると、フィンは有無を言わさぬ口調で問い掛けてくる。

 

 

「昨日、何があったんだい」

 

「……俺が知りてぇよ」

 

 

 会話はそれっきり。

 視線の先では、二人の戦いは終わりを迎える。

 疲れからか、繊細さを欠いたアイズの刺突を払い、ティオネはもう一刀を彼女の首へ添えた。

 アイズの敗北。

 しかし、滝のような汗を拭いもせず、アイズの瞳は依然ギラギラと輝いている。

 そんな彼女を一瞥し、嘆息しながら背を向けるティオネに、アイズは声を掛けた。

 

 

「……ティオネ」

 

「いやよ。団長の前で汗臭くなんてなりたくないもの」

 

「…………」

 

「それに、今のアイズと戦っても面白くないし」

 

 

 立ち尽くすアイズを放置し、ティオネはこちらに向かってくる。

 その際、隣のフィンではなくクロを真っ先に睨む辺り、事の重大さは嫌でも伝わってきた。

 

 

「アイズ、メシ食いに行くぞ」

 

 

 声を掛けるが、アイズはこちらを振り返らない。

 

 

「でも、その前に一風呂浴びて来い。汗臭ぇし、全身ボロボロじゃねぇか。色々と言いてぇこともやりたいこともあんだろうが、まずはすること済ませてから――」

 

「クロ」

 

 

 震える声で、アイズは言葉を紡ぐ。

 俯き、拳を震わせる姿を、クロは黙って見詰め、言葉を待つ。

 

 

「私、クロの足手纏い?」

 

 

 周りの皆が、同時に息を呑む。

 

 

「弱い私は、アイズ・ヴァレンシュタインは、クロの相棒に相応しくない?」

 

 

 クロの脳裏に過る、かつての幼かった少女の面影が、真っすぐこちらを向くアイズと重なる。

 両親に置いてかれ、心身ともに疲れ果て、泣き叫んでいた、幼いアイズと。

 

 ――≪斬月≫の野郎か。

 

 数ある斬魄刀の中で、常時開放型と呼ばれるのは、≪斬月≫の一振りのみ。 

 使用するのに面倒な手順を踏むが、その利便性は他の斬魄刀の比ではない。

 四対一という不利な戦況に、保険としてアイズへの加勢に向かわせたが、失敗だった。

 戦闘力は折り紙付きでも、その気性の荒さは全斬魄刀の中でも随一。オッタル戦では使用できないからと≪具象化≫したが、もっと理性的な者に向かわせていればと後悔する。

 

 ――いや、完全に俺の責任だな。

 

 ≪斬月≫のおかげでアイズは死なずに済んだのだから、クロの判断は正しかった。

 それでも、ガリバー兄弟を倒すというアイズの言葉を信じていなかったことに変わりはない。

 再び同じ局面に直面しても、クロは誰かを≪具象化≫させ、加勢に向かわせただろう。

 それが正しい判断だと今でも思っているし、アイズの命を天秤にかけるつもりも毛頭ない。

 だからこそ、今のアイズの状態は、クロがどうにかしなければいけないことなのだ。

 

 

「アイズはクロの相棒に相応しい――俺がそう言っても、お前は納得しねぇだろ」

 

「…………」

 

 

 沈黙を肯定と捉え、クロは大きく嘆息する。

 どうしたもんかと悩むクロの脳裏に、次の瞬間一人の少女が過った。

 

 

「≪斬月≫の野郎に何か言われたんだろ」

 

「……うん」

 

「だったら、本人に会って直接文句言って来い」

 

「……え」

 

 

 説明しろという周囲の視線も、呆けるアイズも無視して、クロは胡坐をかく。

 ポンっと地面を叩くと、アイズもクロに習い、向かいに正座をした。

 

 

「今から斬魄刀を介して、アイズを≪斬月≫のところへ連れていく。そこで≪斬月≫と話し合え。私はクロの相棒だって、胸張って宣言して来い。納得しねぇんなら、ぶん殴ってでも納得させろ」

 

 

 気の利くような言葉があればいいのだが、生憎欠片も思い浮かばない。

 でも、たぶんだけどこれでいいんだろう。

 

 

 ――迷える子供を路頭に迷わせるほど、ボクは非情な神様ではないよ?

 

 

 あの時、ヘスティアがクロへ手を差し伸べてくれたように。

 切欠だけを与え、それをどうするかは、アイズ本人にしか出来ないのだから。

 

 

「ちょっ、クロ! それって危なくないの!」

 

「やったことないから分かんねぇ」

 

「分からないってクロさん、そんな無責任な!」

 

「斬魄刀は団長でも扱いきれない危険物なのよ。クロ、あんたそれ分かってて言ってんの?」

 

「認めない者には、斬魄刀は誰であろうと平気で牙を剥くぞ。それは同じファミリアの者でも例外ではない。そのことはクロ、お主が一番よく分かっておるはずじゃ」

 

「アイズなら出来るだろ」

 

「クロてめー! 適当なことほざいてんじゃねーぞ!」

 

 

 周りの静止の声が、次々にクロとアイズへ降りかかる。

 此処にいる全員が、ファミリアの皆が、アイズのことを想ってくれている。

 仲間が、家族が、かつては孤独だったアイズには出来たのだから。

 自然と口角を持ち上がり、黙ってこちらを見詰めるアイズへ、クロは告げる。

 

 

「俺の相棒なんだろ? だったらこんくらいのことはこなしてくれねぇと困んだよ」

 

 

 挑発するように、いつもの不敵な笑みで。

 それに、アイズはいつもの負けん気の強い、むっとした表情を浮かべる。

 

 

「アイズにもしもがあった時、お前はどう責任をとるつもりだ」

 

「もしもってのは考えたくねぇし、責任なんてとれねぇが……そうさな、冒険者やめて、どこぞの弱小ファミリアにでも改宗してバイト三昧の生活でも送るか」

 

「……そんなこと、私が許さない」

 

「おう。じゃあ、俺がそうならねぇように頑張ってくれや」

 

「うん」

 

「……まったく、余計なところばかり似て」

 

 

 額に手を当て、やれやれと頭を振るリヴェリアに、フィンは苦笑する。

 

 

「分かった。許可するよ」

 

「フィン! どうして説得してくれないのさ!」

 

「今止めたって、どうせいつかは通る道だろうからね。心配するティオナの気持ちも分からなくはないけど」

 

「だったらあたしもアイズと一緒にいく!」

 

「私も微力ながらアイズさんのお手伝いを!」

 

「残念でしたー。斬魄刀行きの便の定員はお一人まででーす」

 

「嘘つくなー! クロの馬鹿! ケチンボ! 真っ黒クロスケ!」

 

「あーあー、聞ーこーえーなーいー」

 

「クロさんは意地悪人間です!」

 

「褒めんなよレフィーヤ、照れんだろ」

 

「褒めてません!」

 

 

 そんな風に軽口を交わすクロの胸倉が、唐突に掴まれる。

 無理矢理向き直させられた先では、ベートが真剣な表情で睨んでいた。

 

 

「……アイズにもしものことがあったら、俺がテメーを殺す」

 

 

 それだけ言って、ベートは乱暴にクロを放り出し、壁際まで移ると腕を組み、目を瞑る。

 誰もがベートの剣幕に押し黙る中、唯一クロだけは笑う。

 よく言う罵倒の延長線上ではない、本気の殺意を滲ませた殺人予告。

 だが、それでこそクロの知るベート・ローガだ。

 短気で好戦的で弱者を見下す性格最悪な一番気に食わない、でも仲間想いなツンデレ狼。

 

 

「そんじゃあアイズ。楽な姿勢になって斬魄刀に触れ。後は俺に任せろ」

 

「……楽な姿勢」

 

 

 そう呟き、おもむろに腰を上げたアイズはこちらに背を向け、仰向けに寝転ぶと、胡坐をかくクロの足に頭を乗せた。

 

 

「……アイズさん?」

 

「楽な姿勢。準備ばっちり、いつでもいいよ」

 

「…………」

 

 

 世間一般で言う≪膝枕≫になったアイズは斬魄刀に手を添え、見下ろすクロを見上げる。

 咄嗟に感じた殺気に顔を向けると、壁際にいたベートが殺意満々でいきり立っていた。

 両方からヒリュテ姉妹が止めていなければ、すぐにでも噛み付いてきそうだ。

 

 

「殺す! 今すぐあの野郎の息の根止めてやる!」

 

「どーどー、落ち着きなさいベート」

 

「俺でも出来ねぇことしやがって! ぶっ殺してやらぁ!」

 

「し、仕方ないなぁ! そんなにしたいんなら、あたしが代わりにしてあげても――」

 

「テメーの固ぇ足なんかで眠れるか! 寝違えたらどうすんだ筋肉女!」

 

「べ……ベートのバカぁ!!」

 

「ぎゃうん!?」

 

 

 ティオナにぶっ飛ばされ、げしげしと足蹴にされるベートを合掌。

 行儀よく待っているアイズを見下ろすと、こくりと頷いた。

 

 

「……行きますか」

 

「行きましょう」

 

 

 そうして、クロとアイズは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 雲が、上から下へ流れていく。

 いつの間に眠ってしまったのか、ぼやけた頭を振りながら、アイズはゆっくりと立ち上がる。

 

 

「……なに、ここ」

 

 

 建物が、足元を横たわる。

 地面が右に、空が左に。

 下に建物が、上に建物が。

 上下左右、目に映る全てが出鱈目な風景で構成された、そんな世界が目の前に広がっていた。

 

 

「……クロは――」

 

「何しに来やがった、アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

 

 聞き慣れた、しかしクロとは別の声。

 振り返った先で、彼は初めて会った時と同じように、未完の大刀を担いでいた。

 

 

「……≪斬月≫」

 

「おめぇがその名を呼ぶな。虫唾が走んだよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「……ちっ、調子狂うぜ」

 

 

 ≪斬月≫もとい、シロはガシガシと頭を掻き、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 あの時と同じ、でも違う。

 いつの間に着替えていたのか、戦闘装束と腰に掛かる頼もしい重み。

 鞘から抜き放った≪デスペレート≫を真っすぐシロへ向ける。

 

 

「何の真似だ」

 

「あなたに言いたいことがある。今日はそのために此処に来た」

 

 

 もう逃げない。

 もう迷わない。

 誰にも渡さない。

 

 

「私は――アイズ・ヴァレンシュタインは、クロの相棒」

 

 

 言葉を、想いを口にする。

 

 

「俺は言った筈だ。おめぇが俺達の≪王≫の牙を抜いたって、おめぇがいるからあの野郎は弱くなったって。弱者にクロの相棒は務まらねぇ」

 

「……シロの言う通り、私はクロの足手纏いかもしれない」

 

「だったら――」

 

「でも!」

 

 

 恐怖を捨てろ。

 

 

「私は強くなる」

 

 

 前を見ろ。

 

 

「クロが弱くなった分、私が強くなる」

 

 

 進め。

 

 

「今は弱者かもしれない。足手纏いなのかもしれない」

 

 

 決して立ち止まるな。

 

 

「それでも、私は強くなるって決めた」

 

 

 風のような、英雄のような、彼に。

 

 

「牙が抜かれたのなら、私がクロの牙になる。盾になる。剣になる」

 

 

 アイズが憧れ、目指した背中に、絶対に追い付いて見せる。

 

 

「クロのためなら、私はなんでもする。なんにでもなる。それが、私の覚悟なんだ」

 

 

 そして、いつかきっと、クロの隣に並び立つんだ。

 

 

「くだらねぇ」

 

 

 アイズの覚悟を切り捨て、シロは大刀を構える。

 こちらを見下し切った双眸が、アイズを射抜く。

 

 

「口では何とでも言えんだよ。言葉じゃなく力で示せ。俺を納得させてみろ」

 

「……最初から、そのつもり」

 

「へっ、泣き虫が一丁前な口利くじゃねぇか!」

 

 

 あの時は怖かった、反転した瞳。

 でも、怖くない、怖がらない。

 どこかで見ているだろう、クロに情けないところは、絶対に見せない。 

 だから、アイズは紡ぐ。

 

 

目覚めよ(テンペスト)!」

 

 

 勝利の風を呼び込む、唯一無二の祝詞。

 己の勝利のみ信じ、アイズとシロの戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 

 




やりたかったぜこの組み合わせ。
次回、アイズvs≪斬月≫のガチバトルだってばよ。


追記。
息抜きで始めた≪美柑と黒猫と金色の闇≫がとんでもない件について。
ハーメルンの読者ってヤンホモが好きだったんだね(白目
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