秋津洲ちゃれんじ   作:秋津洲かも

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秋津洲の決断

東の水平線上、太陽の端が現れ、ようやく空の色を変えようとしている

 

 

横須賀鎮守府艦娘寮はまだ活動を開始していない

 

廊下の照明は最低限に落とされ、しんと静まり返っている

 

 

 

3階の一番北側にある最も日当たりの悪い場所、308号室も静寂を保っている

 

部屋の中には机が2つ、ロッカーも2つ、そしてベッドも2つ備え付けられている

 

それぞれの1つずつには使用感がなく、片方のベッドの上は荷物置き場になっている

 

もう片方のベッドは布団の中央が盛り上がった形になっているが、人の存在は外からは見えない

 

 

 

 

 

 

アラームが響きわたる

 

条件反射で目が開く

 

しかし、目の前は暗闇

 

秋津洲は布団から顔を出すことなく、腕だけを布団から出し、器用に目覚まし時計をたたく

 

腕が布団に吸い込まれていく

 

中からため息が1つ聞こえ

 

再び部屋は静寂を得た

 

 

 

秋津洲は布団の中で横を向き、腕を枕にしてハムスターのように縮こまっている

 

 

 

 

きっかり5分が経過する

 

布団の山がもぞもぞと動き、のっそりと顔を出す

 

目の下にはクマがきざまれている

 

何も思考をしていない、無表情であった

 

 

 

 

『総員起こし5分前、総員起こし5分前』

 

 

 

 

女性の声が、スピーカーから響く

 

同時に廊下の照明が端から順番に明るさを増していく

 

 

 

秋津洲は上体を起こし、ベッドから降りた

 

下着の上に大きめの白いTシャツの恰好

 

布団を整えて、ベッドの下の衣装ケースから赤いジャージと靴下を取り出し、素早く身に着ける

 

部屋の隅にある洗面台に向かい、洗顔を済まし、目の下のクマをコンシーラーで隠す

 

両手を頭の後ろに回し、髪を集め、ヘアゴムで左側に束ねる

 

一連の動作を機械的に、そして驚異的な速度で終えた

 

ここまでベッドを出てから3分弱

 

いまだ無表情であった

 

この鎮守府に配属されてから何百回と繰り返してきた日常

 

それもあと残り、何回くらいだろうか

 

冷蔵庫から大きめのボトルの茶を取り出し、コップに注ぐ

 

一息に全部飲む

 

これも何百回と繰り返してきた習慣だ

 

 

 

『総員起こし、総員起こし、集合場所 寮前広場、集合場所 寮前広場』

 

 

 

そこで初めて顔に表情が浮かぶ

 

眉根を寄せた

 

昨日は< あれから >すぐに部屋に戻って夕食を摂っておらず、シャワーを浴びてすぐにベッドにもぐった

 

今日は雨が降っていない、朝から空腹の中、走らされるのだ

 

表情が消え扉に手をかける

 

 

 

 

 

食堂は少女たちの喧騒に包まれていた

 

その中で秋津洲は食事にほとんど手を付けないままトレイを持ち、席を立つ

 

これだけ空腹なのに喉を通ろうとしない

 

 

 

 

 

そして

 

朝礼が始まる、あの男が目に入った

 

横須賀提督はいつもと変わらないように、今日の予定・編成・注意事項を伝える

 

ふとその目がこちらを通り過ぎる

 

秋津洲はうつむいた

 

 

 

横須賀提督をはじめ、私以外の艦娘にとってはいつもと変わらぬ毎日なのだろう

 

横目で周囲の艦娘たちを見る

 

でも私は今日、1700に提督室に赴き『返答』を伝えることになっている

 

返答の内容はもう、心の内に決めている

 

朝礼が終われば、その時間まで私は特にすることがない

 

『朝礼終了 別れ!』

 

敬礼の姿勢をとる

 

 

 

 

 

 

かわって、佐世保は雨で一日を開始した

 

朝礼が終わり、佐世保提督は秘書艦である加賀と共に執務室に戻ってきた

 

椅子へ座り、パソコンを起動する

 

パソコンが立ち上がるまでの間に、書類の決裁を済ませる

 

内容は演習場使用許可、艤装使用許可、使用弾薬燃料その他物品使用返納書など慣れたもので一見しては、ぱたぱたと決裁印を押していく

 

何百回と繰り返してきた作業だ

 

決裁済み用のトレイに書類を一束入れると

 

ちょうど加賀がお茶を運んでくるのが見えた

 

「提督、どうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

加賀はそのまま執務机の左隣、わき机に身をおさめ、書類仕事を始める

 

「今日は朝からよく降るな」

 

「ええ、そうね」

 

互いに向かい合うことなく会話をする

 

仲が悪いというわけではなく、これこそが穏やかな日常である

 

佐世保提督は湯呑を口から離し、外を見ながら

 

「こんな天気の中、演習させるのはちょっとかわいそうだな」

 

「実戦での天候はいつも晴れとは限りません、必要なことです」

 

「そうか、そうだな」

 

こういった他愛のない会話を延々と繰り返した

 

 

 

湯呑を机に置き、マウスを手にメールのチェックにとりかかる

 

一番面倒な仕事だ

 

一日に何百通、何か事件事故が発生すれば千通を超える

 

その大半はすぐにゴミ箱行きだが

 

歓談会の誘いから自衛隊・海軍のOBの葬式、隊員の結婚式などは

 

参加の可否をいちいち返信しなければいけないので正直、参ってしまう

 

隣に座る加賀は今、それらの電報を処理しているはずだ

 

メールのゴミ箱への直行を妨げるためにわざわざタイトルに『重要』『必見』『重大案件』などの言葉を連ねる者が年々多くなってきた気がする

 

特に下手に知恵をつけた若い奴に多い

 

はあ

 

しかしいくら手を込んでも

本当に必要なメールというのは大体、直感で分かる

 

これはいらない、これもいらない、これはいる、いらない、いらない、これは後で見よう

 

削除の数字があっという間に増えていく

 

 

お?

 

 

その中で変わった送り主を見つけた

 

『大本営海軍軍令部主席監査官』

 

俺、なにかやったっけ?

 

見るからにあまり関わりたくない役職だが、メールを開き内容を確認する

 

件名は

 

『鎮守府の物品管理状況について』

 

良かった、まあ些細なことだな

 

件に関しテレビ会議を行いたいから、可能な時間を知らせてほしいとのこと

 

今日は特に急ぐ仕事はない

 

こういう気が進まないものは日を跨がずにさっさと済ませてしまおう

 

1315と記載し、メールを返信する

 

昼食を摂った直後は頭が若干鈍る、こういった案件をうまくやり過ごすための知恵だ

 

俺は会議が始まる前に何か軽くかじって、昼食は終わってから摂ろう

 

汚い大人になってしまったな

 

30分程したら先方に確認の電話をいれよう

 

 

 

 

 

横須賀は昼過ぎ頃から筋状の雲が南から入ってきた

 

 

わずかに肌に感じる程度の生温かい風が吹いている

 

 

演習を終えた艦娘たちが帰投し、その声が聞こえる

 

 

開いた窓からは夕食の準備が始まったのか湯気の匂いが提督執務室に混じっている

 

 

今日やるべき執務は既に完了した

 

 

時計を見る

 

 

 

1657

 

 

 

そろそろか

 

物事を成すには下準備が肝要だ

 

根回しに根回しを重ね、抑えるべきは抑える

 

そうやって既成事実を積み重ねていけば既に結果は出たもの同然である

 

さっさと済ませてしまいたい

 

今日は一杯やるか

 

 

 

 

 

扉がノックされる

 

無表情の秋津洲が入室してきた

 

執務机の前で敬礼

 

「休め、さて、昨日の質問の返答を受けようか」

 

一拍をおかずに言葉が返ってきた

 

「はい、私は、水上機母艦 秋津洲は解体を希望します」

 

 

 

 

(続く)

 




次回、 秋津洲・・・・・どうなるかも?


※設定を書き損ねました
作品内では艦娘を束ねるのが海軍軍令部であり、自衛隊は陸・海・空自の別の組織となります
海軍軍令部及び自衛隊は大本営の管轄下に置かれています
ご了承ください

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