秋津洲ちゃれんじ   作:秋津洲かも

8 / 13
秋津洲の解体

「はい、私は、水上機母艦 秋津洲は解体を希望します」

 

 

 

 

「それでいいんだな?」

 

横須賀提督は確認をとるために再度発言を促す

 

自分の勝利を確認するために

 

「はい、私は解体を希望します」

 

横須賀提督はわざと考え込むようなふりをし、顎に手をやる

 

1つ鼻でため息をし、さも残念だったかのように振る舞う

 

しかし心の内では『    勝った    』その3文字が浮かんでいる

 

横須賀提督はいとも簡単に自分の手元に転がり込んできた勝利に、表情を変えないよう平常心を保った

 

もし万が一、秋津洲が異動を希望した場合に備えていたカードが無駄になってはしまったな

 

秋津洲は自分の思惑通り、自身の解体を希望してきた

 

あれだけの根回しを行ったのだ

 

当然の結果ともいえる

 

だいぶ、お偉いさんの『信頼』を得るために出費がかさんでしまったが

 

なあに、金は天下の回り物だ

 

手元に置いておくだけでは、もったいない

 

資源も資材も艦娘たちも使えるだけ使ってやるのが提督としての務めだ

 

うまく投資をすれば、やがて自分のもとに元本以上の利益が帰ってくる

 

 

 

私は今まで『   敗北した    』ことはない

 

作戦ミスで艦娘を轟沈させたとき、ああ、あの時はかなり焦った

 

すぐさま同じ容姿の艦娘を建造し、無理やり練度を上げさせ大本営からの追及を乗り切った

 

今回もうまくいった

 

あとは詰みの一手を間違えなければよい

 

「そうか分かった、よく考えた結果だろう。では申請書類を作成する。そこのソファーに座れ」

 

横須賀提督はあらかじめ準備しておいた1枚の書類がはさみこまれたバインダーを手に執務机を離れる

 

応接用のテーブルを左右に囲むソファー、その上座にどっかりと腰をすえる

 

それに続いて秋津洲も着席する

 

テーブルの上にバインダーを置く

 

ご丁寧に書類には秋津洲の記入すべき欄に鉛筆で丸のしるしがしてある

 

指で三か所を示す

 

「ここと、ここと、ここに署名しろ。ああ日付は空白でいい。私が記入する」

 

そう言って、秋津洲に万年筆を手渡す

 

記入されていく一語一語に不備がないか書類をじっと見つめる

 

「では解体は3日後、0900とする。それまでに身辺整理を行え。当日は最終的な意思の確認のため大本営の人間が立ち会う。質問はあるか」

 

「ありません」

 

「書類上、表向きは大本営への異動ということになる。他の艦娘にはくれぐれも他言するな」

 

「分かりました」

 

「では以上だ。もどっていいぞ」

 

「はい」

 

秋津洲は立ち上がり、敬礼

 

「今までお世話になりました」

 

そう言い残し、扉へ向かっていく

 

その様子を見た横須賀提督は自分の勝利を祝い、秋津洲に『なにはともあれ、今までよく横須賀鎮守府に貢献してくれた』とでも情けの言葉をかけてやろうかと思ったが、この場にいるのは私と秋津洲の二人だけ、もうすぐこいつはいなくなる

 

そう気を遣う必要もないか

 

扉の閉まる音がした

 

書類を机の鍵のかかる引き出しに入れ終わると、ひとごこちつく

 

ああ、今日はうまい酒が飲めそうだ

 

 

 

 

 

 

秋津洲は部屋に戻る途中、自分の名前が呼ばれた気がして後ろに振り向く。そこには手を振ってこちらにやってくる水上機母艦千歳が見えた

 

「待って待ってー!秋津洲さん、いいところにいたわ。一緒に食堂へ行きましょう」

 

千歳は見るからに機嫌が良さそうだ

 

自分の置かれている状況にも関わらず、自然とほおが緩む

 

千歳は同じ水上機母艦としてこの鎮守府で一番の親友である

 

「なんだかうれしそうかも。何かいいことあったかも?」

 

「うふふ、分かる?今日ね、演習でMVPになったの」

 

「ほんと?それは大活躍かも!どうやったかも!?」

 

「えとね、甲標的で先制攻撃をして、最初に相手の旗艦を轟沈判定にもっていったの!」

 

「じゃあお祝いしないとだめかも!ご飯のあと、間宮さんのところに行くかも!お金なら心配しなくていいかも!」

 

「えへへ、いいの?じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」

 

食堂が見えてきた

 

あの日、もし千歳のカタパルトが故障しなかったなら

 

あの日、もし航空偵察に出撃したのが千歳だったのなら

 

許せるはずがないが

 

もしかしたら、解体に追い込まれていたのは千歳だったのかもしれない

 

自分で良かった

 

秋津洲はそう思いながら食堂の入り口をくぐる

 

 

 

 

 

 

佐世保鎮守府提督執務室

 

その室内はいつもと様子が違っていた

 

本来執務机にいるのは男だが今、そこに座っているのは女だった

 

今日は佐世保提督が不在のため、執務は加賀が代行する

 

加賀は手を休めずに書類を片付けながら思考する

 

今頃、提督は大丈夫かしら

 

急用が発生したので今日の日が昇る前に提督は出かけて行った

 

こういったことは今まで何度かあったので、提督の業務はすっかり覚えてしまった

 

『代理 加賀』と決裁印の横に赤ペンで書くのも慣れたものだ

 

何か問題が発生しても連絡はすぐとれるようにしているので、すぐに判断を仰げる

 

あの人は時々、信じられないような単純ミスをするので、私がしっかりしないと

 

ふふ、まあ、今回の急用もあの人なら何とかするでしょう

 

お茶にしようかしら

 

「痛っ・・・」

 

加賀は椅子から立ち上がろうとすると、声を上げた

 

天気の変わり目には古傷が痛む

 

左足のふともも

 

傷をおってから、それを隠すためにニーハイソックスでなく、黒のタイツを身に着けるようになった

 

ミッドウェー海の深海棲艦による大反攻

 

そこで赤城、飛龍、蒼龍そして加賀の正規空母4人は轟沈してもおかしくないような深手を負った

 

飛龍、蒼龍はリハビリを続けその後、性能を若干落としながらも何とか前線へ復帰することができたが赤城はいまだ車椅子での生活を強いられており、加賀も水上走行が困難な状態にある

 

 

 

そんな状況の中、あの子、瑞鶴は正規空母の新しいリーダーとしての役割を与えられるようになった

 

あの子に本当にそれが務まるのかしら

 

瑞鶴に嫌悪をもってそう感じているのではない

 

私にムキになって反抗してくるあの子

 

建造したての頃は「かがしゃん!かがしゃん!」と私の後ろをついてまわり

 

私の作戦からの帰還が遅れると夜の出撃ドックでひとり体育座り、泣きべそをかきながら私の到着を待っていたあの子

 

そして誰よりも厳しく弓の指導をしたあの子

 

もう誰も失いたくない

 

せめて、あの子だけはこの戦争を生き延びてほしい

 

なにもしてあげられない自分の体が恨めしい

 

窓を通して青空を見上げ、あの子の無事を祈る

 

今、瑞鶴は上海にいる

 

 

 

 

 

 

解体当日の朝

 

 

 

昨晩はすんなり眠りにつくことができた

 

秋津洲は布団の中で横を向き、腕を枕にしてハムスターのように縮こまっている

 

聞こえてくるのは自分の呼吸音だけ

 

今日は自然と目が覚めてしまった

 

感覚からするとあと3分くらいかな

 

それまでは布団の外の空気を浴びたくない

 

もぞもぞと動き体が楽なポジションを探す

 

ああ、今日で終わりなんだ

 

あの赤いジャージを着るのも

 

朝から走らされるのも

 

ご飯を食べるのも

 

みんなの顔を見るのも

 

 

 

 

そして

いつも通りの時刻にアラームが鳴り響く

 

 

 

 

 

 

0830

 

朝食を終えた秋津洲は部屋の最終確認をし終えると工廠の隣にある部屋、艤装保管庫に向かっていた

 

本来この時間ならけたたましい音を上げるはずの工廠からは工作機械の音がしない

 

工廠の入り口には本日使用禁止の札がかかっている

 

札に目をやりながら、前を通り過ぎる

 

艤装保管庫へ入室する許可はとってある

 

ポケットの中から鍵を取り出し掲げる

 

しかし手が震えていて鍵穴にうまく入らない

 

さっきまではそんなことなかったのに

 

そうぎりぎりまで私はこの部屋にこようとしなかった

 

申し訳なくて、来れなかった

 

 

 

 

艤装保管庫の中は空調がきいていて高さは10メートルくらい、床は清潔に保たれており、塵一つ落ちていない

 

右を見ると艦種別に整然と艤装が並べられている

 

左を見ると妖精さんの暮らすいささかミニチュアサイズの妖精寮

 

ここには艤装とそれに宿る妖精さんが暮らしている

 

私はまず右に向かい、水上機母艦のプレート、そして私ともう一つの名前が目に入る

 

 

 

『  水上機母艦秋津洲    二式大艇  』

 

 

 

周囲のどれよりも大きな機体

 

 

特徴的な顔つきをした私の戦友

 

 

近づき

 

そっと大艇ちゃんを撫でる

 

深い緑色のジュラルミンから少し冷たい感触が伝わってくる

 

「いままで、本当にありがとう」

 

言葉に伝えきれないほどの気持ちをこめる

 

 

 

するとその声に気付いたのか

 

大艇妖精さんたちが駆け寄ってきた

 

「あきつしまさーん!」

 

「ほかんこへようこそー、ごいりようでー?」

 

「おひさぶりでーす!」

 

あっという間に取り囲まれる

 

みんな本当に嬉しそう

 

それが逆に心に響いた

 

「おはよう、みんな元気にしてた?」

 

「げんきですよー」

 

「しゅつげきですか?せいびですか?」

 

交代要員も含め全員で10名、ずっと一緒だった

 

「ちょっとしばらく出かけないといけないの、だからみんなの顔を見にきたの」

 

「どこにいくです?」

 

「少し遠いところよ」

 

「いつからいくです?」

 

「ごめんね、すぐ出発しなきゃいけないの」

 

「いつもどってくるです?」

 

「っと、きっと・・・・きっとね・・・・」

 

 

こうなるとは会ってしまったら、きっとこうなってしまうとは分かっていたけど

感情が制御できない

 

「どうしてないてるです?」

 

「どこかいたいです?」

 

「きゅうごはんをよぶです!」

 

私を心配した妖精はわたわたと心配そうな顔をしている

 

「ううん、大丈夫、どこも痛くないよ」

 

「ごめんね、もう行かなきゃ、みんな、いままで本当にありがとうね」

 

 

 

私が立ち上がり、退出する気配を感じると妖精さんたちはすぐに私に向かい整列し、気をつけ、敬礼する

 

 

 

みんなの顔を一人ずつしっかりと脳裏に焼き付けておく

 

 

 

絶対に忘れないよ

 

 

 

私は『敬礼』を返す

 

 

その2文字に、最大の感謝をこめながら

 

 

 

 

 

 

『解体』とは建造とは逆

 

建造が資源を用意し、建造妖精の技術により特殊な開発資材を用いて第二次世界大戦の船霊を宿す作業であるとすれば、解体とはその資源と船霊とのつながりを断ち切る作業である

 

しかし、建造において、どこからどのようにして船霊がやってくるのか

 

そして解体において、分離された船霊がどこへ行くのかは解明されていない

 

 

 

 

 

0850

 

音のしない工廠に入る

 

横須賀提督は一瞬こちらを見るが、すぐに目をそらし、エレベーターのかごのような四角い小さな部屋に顔を向き直す

 

大体3、4人が中に入れば一杯になってしまうような小さな部屋

 

扉の横にタッチパネルがあり、提督は何か操作している

 

 

「水上機母艦 秋津洲 参りました」

 

「ああ」

 

返ってくる音はそれだけ

 

静寂が戻ろうとしたとき、後ろから一人の男性が入室してきた

 

立会人だろう

 

目をやると海軍軍令部のあの法廷にいた笑顔の老人と視線がぶつかった

 

「久しぶりだね、元気にしていたかね?こうしてまた会えて嬉しいよ」

 

笑顔に隠れ、本気で言っているのかは判断できない

 

私が黙っていると、横から

 

「主席監査官殿、初めまして、横須賀鎮守府提督●●です。本日はよろしくお願い致します」

 

「ふむ、こちらこそよろしく頼むよ。さて、準備はできているのかね?」

 

「はい、あとは意思の最終確認を済ませるだけとなっています」

 

「ほう、準備がいいね、助かるよ」

 

老人は鞄から書類を取り出すと

 

笑顔を私に向ける

 

「では、さっそく。君は横須賀鎮守府所属 水上機母艦 秋津洲 で間違いないかね?」

 

「はい、間違いありません」

 

「解体希望の理由は戦闘意思の明らかな欠如及びPTSDによる精神的苦痛の緩和のため、これで間違いないかね?」

 

「はい、間違いありません」

 

「では次に横須賀提督、君は横須賀鎮守府所属水上機母艦 秋津洲の解体を了承している。これに相違ないかね?」

 

「はい、相違ありません」

 

「よし、ではあとは私のサインを解体申請書に記入するだけなのだが」

 

 

老人の笑顔が濃くなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その必要はない」

 

 

 

 

 

その言葉と共に

 

 

 

 

解体申請書類を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破り捨てた

 

 

 

(続く)

 






次回、秋津洲 ほんとにもー!どうなるかもー!

改めて、次回 クライマックス! 「 真実 」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。