秋津洲ちゃれんじ   作:秋津洲かも

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真実

静寂の中を書類が落ちていく

 

冷たいコンクリートの上でカサリと音を立てた

 

一瞬の間をおき横須賀提督は床に落ちた書類を拾おうと、老人へ近づき、手をのばす

 

しかしその手が届くよりもはやく老人は書類を踏みつけた

 

なかば這いつくばる形となった横須賀提督は歯を食いしばり、足の下の書類から目を離し、見上げるようにして抗議をこめた視線を老人へ向ける

 

「この解体申請書類は一度、大本営に提出し、確認を受けたものです。抗議させて頂きます」

 

自分の行いの正当性を示すため、感情をできるだけ出さず平静を装う

 

「ああ申し訳ない、破けてしまった。書類無しにこの場で秋津洲君の解体を行うことはできない」

 

老人は悪びれることなくおどけて、違うかね?と視線を返す

 

「う・・・、お話になりません、一旦執務室に戻らせて頂きます。秋津洲、ついてこい」

 

横須賀提督は老人とすれ違い扉へ向かおうとするが、肩に手を置かれ足が止まる

 

あまりの力に次の一歩が踏み出せない

 

「まあ、待ちたまえ」

 

肩に置かれた手に力が込められる

 

横須賀提督は無理やり体を捻じり、ようやく手から逃れた

 

「主席監査官とはいえ、あまりに非礼ではありませんか。通してください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待てと言っとるだろうがああああ!!!」

 

一瞬、鬼の形相が垣間見えた

 

全ての生物を怯ませるような音が工廠に響く

 

横須賀提督は声を失った

 

提督の地位についてからこんな怒号をくらったことなどない

 

「あー、いやあ、ちょっと君に聞いておきたいことがあるんだ、なに、時間はとらせないよ」

 

菩薩に戻った老人が問いかける

 

「さきの輸送船沈没の話なのだが、本当に君は潜望鏡の存在を知らなかったのかね?」

 

老人の目が細まる

 

そう法廷のあの時の、相手の一挙手一投足を見張り、何一つ見逃さず、全てを絡めとる視線

 

「な、何をいまさら。それはもう終わったことではありませんか」

 

「質問に答えたまえ。君は秋津洲君から潜望鏡の存在について知らされていなかった。間違いないかね?」

 

「間違い、ありません」

 

「その言葉が聞けてうれしいよ。私は今、確信に至った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は嘘つきだ」

 

「な、何を根拠にそうおっしゃるのですか?」

 

「簡単なことだ。艦娘は嘘をつかない。長年、監査官をやっているのだが、今まで聴取に虚偽を返した艦娘はいない」

 

「まあ、優しい嘘という根拠のない、すぐにその場で露見するような嘘をつく子は何人かいたがね」

 

「では秋津洲君にもう一度問おう。なあに緊張するな。ほら、リラックスして。では、君はいつ、そしてどこで潜望鏡を発見したのだね?」

 

突然、矢先を突き付けられ一瞬、戸惑う

 

「じ、時刻は0652、三浦半島沖南西約2マイルの位置で潜望鏡を発見しました」

 

「そしてそれを誰に伝えたかね?」

 

 

 

「横須賀提督です」

 

「嘘だ!私はそんな報告は受けていないし、護衛隊にも伝えていない!」

 

「そうだ、横須賀提督。聴取においても君は報告の話はしなかった。でもね、君から潜望鏡の存在を聞いた艦娘に思い当たりがあるんだ」

 

「そのような者がいるはずがない!」

 

 

 

 

 

「護衛隊の軽巡の艦娘だよ」

 

 

「ありえない!轟沈した者からどうやって報告を受けるっていうんです?」

 

 

「君にはこの質問をしなければならないようだ」

 

 

「君が艦娘を出撃させるとき一番考慮することは何かね?」

 

 

 

「それは・・・戦闘に勝利することです」

 

 

 

「それは頼もしい。では艦娘が轟沈する条件とは?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「まだ気が付かないのかね」

 

 

 

それは艦娘の大原則

 

 

艦娘にかかわる者であれば誰でも知っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦娘は大破状態で戦闘を継続しなければ、轟沈することはない」

 

 

 

 

 

 

 

駆逐艦 睦月のソナーが魚雷を捉えた

 

すぐさま妖精さんが分析をかける、5、10・・・・とてつもない数だ

 

敵は?敵はどこ?

 

左の輸送船によるノイズでそこまでは感知できない

 

魚雷の針路は・・・?

 

いけない!

 

こちらに、輸送船に真っすぐ向かってきている

 

なぜ?ここまで来て・・・あと少しで横浜港なのに・・・

 

●●さんは私の100メートル以上前方にいる

 

気付いてるはず

 

 

なのに・・・指示は無い

 

前方、豆粒程度の大きさの軽巡は足を止める気配がない

 

え、気付いていない?

 

このままじゃ、取り返しのつかないことになる

 

「●●さんっ!こちら睦月!応答してください!」

 

睦月は無線機に呼びかけるが、軽巡は他の無線を受信しているようで繋がらない

 

ようやく前方の軽巡の足が止まる

 

え?●●さん、どうして避けないの?

 

このままじゃ、

 

まさか輸送船の盾になる気?

 

あ・・・

 

だめ・・・

 

避けて!

 

避けて!

 

避けて!

 

避けて!

 

避けて!

 

避けて!

 

あ・・・

 

 

 

いやっ!

 

目をつぶろうとするが、それも叶わない

 

 

 

 

 

 

 

軽巡●●は水面に叩きつけられ、意識を取り戻した

 

「っ・・・う・・・」

 

くらくらする

 

視界が真っ赤だ

 

急激な加速度を体に受け、眼球に血が溜まったのだろうか

 

必死に首を振る

 

仰向けに倒れたまま、頭だけを起こす

 

ようやく視界が戻る

 

胸の上に何かがいる

 

妖精さんがぐったりしつつも私に微笑みをむける

 

あなたたちが守ってくれたのね

 

手をつき上体を起こし、状況確認を始める

 

足は?

 

 

 

足は動く

 

頭から血が滴っている

 

体中がきしみ、今もなお、殴りつけられているように痛い

 

艤装はほぼ砕け落ち、煙をくすぶらせている

 

間違いなく大破、それもぎりぎりだった

 

味方の偵察機が上空を旋回している

 

その音に混じり

 

誰?後ろから声がする

 

「・・・・・っ!・・・・●●さんっ!」

 

睦月の声がする

 

睦月が駆け寄り、体を支えてくれる

 

 

ああ、あなたは無事で良かった

 

本当に良かった

 

 

 

 

そのとき背後の艤装に小規模な爆発音

 

体が引き裂かれるような痛み

 

再び、ここが戦場であることを自覚する

 

いま、何をすべきなのか?

 

 

急げ!

 

 

「睦月!あとの2人と合流して、潜水艦を沈めて!」

 

「でもっ、潜水艦がどこに潜んでいるかなんて分かりません」

 

私は記憶をたどる

 

無線を聞いてから前方へどれくらい進んだか

 

先ほど聞いた位置から逆算する

 

「方位0-9-0、距離およそ700っ!」

 

「そんなっ!ソナーもまともに使えない状況でなぜ分かるんです!?」

 

「間違いないわ」

 

「私はいいからっ!はやく!行きなさいっ!」

 

「このまま●●さんを放ってなんかおけません!」

 

「行きなさい!」

 

 

「嫌です!」

 

 

「行きなさい!」

 

 

「嫌です!」

 

 

「行きなさいったら!」

 

 

「嫌です!」

 

攻防が続く

 

埒が明かない、そう思った私は睦月の頭をやさしく撫でる

 

「もう・・・分かったわ・・・、私はすぐに退避するから、ね・・・、いい子だから、ね?」

 

「う・・・絶対ですよ、や、約束ですよ?」

 

睦月の泣き顔を久しぶりに見た

 

 

泣かないで

 

あなたは明るい笑顔が一番なの

 

「うん約束よ、正直ちょっと体、辛いの。だからね、はやく倒してきて。迎えに来て」

 

「分かりました・・・」

 

 

 

「行きなさいっ!」

 

右手で睦月の背を押し出しながら、力の限り叫ぶ

 

睦月は名残惜しそうに半身でこちらを何回も見ながら、他の2隻と合流するため去っていった

 

 

 

 

 

遠のいていく睦月の姿を見ながら思考する

 

私にはまだやることがある

 

後ろから割り込んできた自衛艦はどうやら輸送船の盾になるつもりらしい

 

けれどももう輸送船は助からない

 

大破孔から海水が侵入し、みるみるうちに傾斜していく

 

私が船員の救助に向かっても、この体では役に立たない

 

救助は自衛艦に任せるしかなくなる

 

その自衛艦を死守するのが私の使命だ

 

次こそ私は沈む

 

かすっただけで致命傷になるだろう

 

だが

傾く輸送船からこぼれ落ちていく人達を見て、躊躇はしなかった

 

私は自衛艦を背にして立つ

 

きっと来るはず

 

ここに第2射の魚雷群が

 

何も見逃してはいけない

 

 

 

 

 

来た!

 

 

 

遠方に雷跡が見えた

 

 

5つ

 

 

単装砲を連射する

 

 

残弾を全て!

 

 

1つ水柱が上がる

 

 

あと4つ

 

 

ありったけの爆雷を前方にばらまく

 

 

3つの水柱

 

 

残りは1つ

 

 

もう使える武器はない

 

間に合わない

 

いや、守るんだ!

 

誰の意志かは分からないけれど

 

第二次世界大戦を経て

 

人のために

 

そのためにもう一度生まれてきたのだから

 

 

足の艤装が意志に従い、最期のうなり声を上げる

 

 

あの子、腰は大丈夫かしらね。体を大事にしてね

 

 

一緒にカレー食べにいけなくて、ごめんね

 

 

睦月ちゃん、怒鳴ったりしてごめんね

 

 

約束・・・守れなくてごめんね

 

 

呉鎮守府のみんな・・・

 

 

最期に浮かぶ顔は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

提督・・・

 

 

さよなら

 

 

 

 

 

 

「君は軽巡洋艦●●君に潜望鏡の位置を伝え、それが睦月君に渡った。つまり、そういうことだ」

 

「当時の事を改めて睦月君から聞いたよ」

 

「秋津洲君、二式大艇はあの高度でよく潜望鏡を見つけたね。他の艦娘では成しえなかったことだ」

 

「そんな・・・私は・・・何もできませんでした。何も・・・っ」

 

「いいや、良くやった。輸送船は残念だったが、自衛艦2隻を守れた。迅速に救助が行われ、被害を最小限に食い止めることができた」

 

「・・・・・っ」

 

「法廷でのことを謝罪しよう。君は、君の妖精は優秀だった。あ、ああ、ほら泣くんじゃない」

 

私の泣き顔に少し戸惑った笑顔の老人に頭を優しく撫でられる

 

私はその場にうずくまり、感情のままに泣いた

 

 

 

 

「さて、横須賀提督。秋津洲君は、君に潜望鏡の位置を伝えていた。そして君は軽巡洋艦●●君にそれを伝えた」

 

「間違いないね?」

 

「まあ、そのおかげで助かった命もあるのだから、君には感謝しないといけないね」

 

「それでも君は法廷において嘘を語った。とりあえずそういうことで大本営に向かおうか。他にもまだまだ君に聞きたいこともあるしね」

 

 

 

横須賀提督は初めての『  敗北  』に青ざめ、呆然と立ち尽くす

 

 

「ここはちょっと寒い。いつまでも、ここにいる必要もあるまい、さ、行こう」

 

老人は私の手を取り、出口へと促した

 

 

 

扉を出ると一人の男性がいた

 

あわてて煙草の火を消している

 

老人はその人ににこやかに話しかける

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあ佐世保提督。偶然だね。少しの間、ここ、横須賀鎮守府の指揮を任せるよ」

 

 

 

 

 

(第1章 艦!)

 




読んでくれた皆さん!
本当にありがとうございます
おかげでここまで書ききることができました

批評等お待ちしています
では、また・・・

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