Sword of light,reason to try   作:o-fan

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Sword of light,reason to try

 いざその時になってみると、天使が降りてくることも死神が迎えに来ることもなかった。

 炎に包まれた体は生命を維持するための血流を止め、今はただ、寒い。

 赤い小さな相棒の声も、悲痛な表情でこちらの顔を除く青い髪の少女の声ももう聞こえない。

 憧れ続けた冒険の序章は、小さな村の片隅で剣を振り、まだ見ぬ空の旅へと想いを馳せた日々の走馬燈で埋め尽くされていく。

 焼け焦げた体はポンメルンと赤い竜ヒュドラに見下ろされていたが、魂は体から抜け出して空に上がっていく。

 白く染まった視界が次に見た景色は、つい最近の出来事だった。秩序の騎空団の島、アマルティア島。カタリナが、ラカムが、オイゲンが、帝国軍中将ガンダルヴァに背後を取られて次々と倒れ伏していく。

 現実と違ったのは、ガンダルヴァの剣が鞘から抜き放たれて血にぬれていたことだった。

「つまんねえな。ちょろすぎるぜ」

 声が聞こえたのは自身の遥か後方だった。呆然と立ち尽くしていたルリアの背後で白刃が振り下ろされる。

「!!」

 グランは船の一室で夢から覚める。グランサイファーはあいも変わらず航行中で、丸い船窓からは群青の空に一筋の切れ込みを入れるオレンジ色の光。

 なんの変哲もない、彼らにしては珍しい穏やかな朝だった。だがグランの顔は絶望で口が半開き、荒い息を吐いて毛布に汗の雫を垂らす。

(また、この夢か)

 人懐っこく、勇気と純度の高い好奇心を全開にした日中の彼の表情はそこにはなかった。所詮夢だと切り捨てられないのは、あれはあり得た未来だと心の中で認めてしまっていたからだ。

 偶然と奇跡が折り重なっていなければ、その時々で自分たちの終わりは訪れていたのだと。

 グランは顔を振った。心に起こったこの感情を振り払う方法は一つしかないと、グランは自分の中で答えを出していた。その答えに従い、ベッドを出て汗を拭き、軽鎧を身に着ける。

「ん……むにゃ……おいらは……撫でられるだけの……そん……」

 傍らの小さなベッドで寝言を言う小さな相棒に顔を綻ばせ、起こさないよう気を使いながらに頭を軽くポンポンと叩く。

 顔を引き締めなおすと、剣を取って部屋を出た。まだ人の気配がない廊下を通り、甲板に立つ。

 少し風が強かったが、鍛錬によってこの風もモノにしなければならなかった。船同士がぶつかり合って人が乗り込み、直接斬り合いになることは今まで幾度もあったし、空から襲撃してくる魔物も同じことだった。

 だがグランが今想定しているのはそのどちらでもない。虚空に向かって剣を構えると、自らの記憶を掘り起こし、目の前に勝たなければならない幻影を浮かび上がらせる。

「よう、また会ったな」

 想像し創造されたガンダルヴァは、嘲笑と共に鞘に納めた剣を構えた。

 

「――"死"について?」

 この日ではないある日の夜、仲間であるレディ・グレイにこんな質問をした。

 死した夫と息子を外法で現世に定着させ、そして自身すらも――。

 温厚な彼女もさすがに怒るかと思ったが、それも覚悟の上で聞いた。一度死を体感し、そしてルリアと生を共有している自分はちゃんと理解するべきだと感じたからだ。

 レディ・グレイ、セレストがもたらした死の世界。自分は死を本当に理解しているのか、もしまた死の危機に瀕しても、仲間が死の危機に瀕しても、なにか不思議な力でまたなんだかんだ生き延びるんじゃないか。

 そんな甘えを心の片隅にもってしまった。その甘えを、彼女に叩きのめしてほしかった。

「そうねえ……。この世界には確かに色々と裏口があって、生と死の境界が曖昧に見えてしまうのも、仕方ないことかもしれない」

 彼女は優雅に足を組んで座りながら、細い右手をグランに伸ばす。指がグランの頬に触れる。その指と腕は瘴気をまとい始めると、彼女の"息子"の腕がまとわりついていた。

「でもね団長さん。例え世界にどんな事があろうとも、死は別れ以外の何物でもないわ。私たちは死んでからも家族一緒にいられるけど、今生きている他の親子とは決定的に違う。わかるわね?」

 そう言われて思い出されたのは、アルドラを抱え上げて笑顔になるアギエルバや、マリーに「背、伸びたんじゃない?」と言われ頭に手を置かれて恥ずかしがるスィールの姿、それらを憂いげに見つめるレディ・グレイ。

「今私に寂しさはないわ。でもね、一度死んだ人に意志が残ってしまうのは一方では残酷なことなのよ。生きているうちにやりたかったこと、やっておけばよかったと思うことが溢れて止まらないの。いつまでも、いつまでも……」

 運が良かったんだ。俺は。ルリアに出会えて。

「団長さん。もし死について考えが止まないなら、あなたの事を大切に思う人を思い出して。あなたのやりたい事を思い出して。死はその全てを奪ってしまう。死が救いなんて言う人もいるけど、そんなの悲しすぎるわ」

 レディ・グレイの笑顔は、おぼろげに思い出せる母親に似ていた。

「あなたたちはまだ若い。悩みや迷いもあるけれど、帰る船があって、大切な仲間たちがいる。自分の中で守りたいものが何なのかちゃんとわかっていれば、今団長さんの中で燻っているものも、きっと晴れると思うわ」

 

 レディ・グレイはいい事を言った。想像のガンダルヴァの剣を弾く。

 簡単なことだ。自分にとって死に救いなどない。仲間たちも、ルリアとビィの笑顔も、守るためにはなりふり構ってなどいられない。

 強さがほしい。みんなを守る力を。剣速が遅い、踏み込みが甘い、攻防を一つの動作の中に、奴の硬い筋肉を穿つには急所を狙え。

 もも裏、脇下、手首、首筋、目、鼻、人体で鍛えようのない場所を正確に。刃が降りかかるなら反撃して無力化するしかない。手加減? できるほど俺は強くない。そもそも普通に倒すより危険度が跳ね上がる。ルリアの命を危険にさらす気か!

「くっ!?」

 剣が手からこぼれ、乾いた音を立てて甲板を滑っていく。手に力が入らなかったのではなく、ガンダルヴァに弾かれたのだ。想像が現実を凌駕するほどにのめりこんでいる。死の恐怖が訪れる。

「……っ!」

 いつまでたっても死がこない。そこで初めて、グランはこれが鍛錬だと思い出した。荒く息を吐いて尻もちをつき、安心と共にびっしょりとした汗を一気に噴き出す。

 10回ほど息をつき、呼吸を整える。正常時と変わらないくらいに戻ると、立ち上がって剣を取りに行き、また中段に構えなおして目を閉じる。

(……もう一度だっ)

 目を開く。歯を引き絞る。次こそは、みんなを、危機にさらす、こいつをっ。

「狂おしい悲鳴が聞こえてきそうだ」

 振りかぶろうとした剣が止まる。驚きのまま声の後方へと振り返る。そこにいたのは騎空団の仲間だ。ただの仲間ではない。全空最強の名をほしいままにする十天衆、その中でも一の剣の使い手、剣光シエテ。

 グランは目をパチクリさせると、シエテの後方にもう一人いるのに気付いた。リーシャだった。

「おはよう、シエテ。リーシャ」

「お、おはようございます」

「おはようグラン。剣の鍛錬に精が出るのはいいことだ。いいことだが……」

「え……?」

 シエテは表情を引き締め、剣の柄に手をかけている。声色は暗く冷たい。

 シエテの傍らのリーシャは驚いていた。シエテと言えばその二枚目と言える顔と飄々とした態度と物言い、十天衆のリーダーという肩書に似合わぬ気さくな人物という印象があった。

 だが、グランは知っている。この声は、七星剣の力を完全に開放し、シエテがその力の一端をグラン達に見せた時と同じだ。

「グラン、どうして俺が剣の柄に手をかけているのか、わかるかい?」

 グランはその言葉に驚いていたが、心当たりが見つかった。

 "強い力を持つ者には、それ相応の義務が生じる"

 グランがシエテのその言葉を思い出したのは、ガンダルヴァを倒したその先が予測できたからだ。

 ガンダルヴァ程の使い手を倒せば、今度帝国はまたガンダルヴァ以上の戦力をこちらへ投入してくるかもしれない。それこそ、七曜の騎士に匹敵するような。

 強い力を持つ者には、強い力を持つ者を引き寄せる。戦いの泥沼を脱するには、敵意のあるもの、全てを。

「シエテ、俺が持っているこの思いは、悪意なのかな」

「降りかかる火の粉を振り払うには仕方のないことだ。剣拓を取るために色々な剣士と手合わせを申し込んできた俺がいうことではないかもしれないが……」

 シエテは剣を抜いた。グランは剣を持っているが、構えていない。

「所詮は殺しの技術。相手が人であろうが魔物であろうがそれは変わらない。大切なのはそれを忘れず、敵意の感情にとらわれないことだ。でなければ」

 シエテはグランの鼻先に剣先を向ける。

「感情にとらわれた技術は、感情のまま人を殺す」

 敵を殺し、返り血を浴び、みんなを守れたと喜ぶ日が来る。

(違うな……)

 グランは笑みを浮かべた。

(俺が望んでいるのはそれじゃない。俺が望んでいるのは……)

 目を閉じる。ラカムとオイゲンが酒を飲んでハメを外している。ロゼッタがイオに化粧を教え親子のように笑い合っている。

 カタリナとルリアが手をつなぎ、時間を忘れてショッピングしている。ルリアがこちらに気付き、花のような笑顔を向ける――。

「ありがとう。シエテが仲間でよかった」

 シエテはその言葉を聞くと、一度驚きで口を開き、次いで表情を崩して苦笑した。既に張り詰めた空気はなく、シエテはバツが悪そうに剣を鞘に納める。

「参ったなー。お兄さん割と危機感持ってたんだけど。グランにとっては、こんなやり取りだけで済んじゃう問題だったようだね」

「え、えっと? 一体何が……?」

 リーシャはいまいち理解できていなかったようだ。二人がこれから鍛錬するのかなくらいにしか思っていなかったのかもしれない。リーシャはグランよりか幾分清廉だった。

 ガンダルヴァを退けたあの時、共に戦ってくれたのはリーシャだった。

(それを忘れて、俺何やってるんだろ)

「リーシャ、少し鍛錬付き合ってくれない。リーシャと二人でしたいんだ。一緒に、強くなりたい」

「!? はっはい! 望むところです」

 二人でしたいという言葉のせいか、リーシャの頬が少し赤くなり、声が多少上ずっている。

「じゃ、俺は朝ご飯までもうひと眠りするよ。頑張ってねー」

 シエテはあからさまにあくびして踵を返した。グランの声に手をひらひらと振る。

(俺、なんであんな怒ったんだ?)

 シエテが自室に戻りながら自問する。七星剣を覚醒させた使い手が自分の殺意にとらわれる等、剣光として見逃すわけにはいかない。それは義務であり、怒りは介在しない。

 なら、さっきグランに問うた時に起こった怒りの理由は何だ。その理由に思いいたると、シエテは一人苦笑いした。

「……嫉妬だったのかね」

 グランの想像上の相手に思いを馳せる。いつかその想像が自分に塗り替わるのも悪い気がしないと、頭の片隅で思いながら。

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