強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百一話「こうかいちゅう」

「……動き出したな」

 

 トロワを放置する訳にも行かず、客室の天井を見上げて、ポツリと呟く。

 

「おおよその方向と情報は伝えているし、あの船長なら船が迷走することもあるまい」

 

 魔物が出た場合は出張らないと行けないかも知れないけれど、それ以外で俺が甲板に向かわないと行けない理由はないと思う。

 

(と言うか、聖水を撒いてこれば魔物も出ないんだよなぁ。うーん……)

 

 トロワがすぐに起きるなら起きるのを待つし、暫く起きてこないのならこっそり抜け出すのもありなのだが。

 

(いっそのこと寝てるトロワを背負って行くとか? いや、それならトイレに行くと書き置きして一人でこの部屋を出た方がマシだろうし)

 

 ちらりと眠ったままのトロワを一瞥すると俺は部屋の隅に自分で置いた鞄へ目をやった。

 

「……そうだな、書き置き出来るように筆記具を取り出しておくか」

 

 聖水を撒きに行くかどうかは別として、実際トイレに行きたくなることだってありうる。

 

「ペンとインクと……これはインク壺じゃなくて聖水の……まぁ、丁度良いか。さて」

 

 歩み寄って拾い上げた鞄から最終的に聖水と紙、ペンとインク壺を取り出すと鞄は床の上に戻し。

 

(ここまでやったなら聖水撒きに行った方がいいな。まだ港を出てすぐの筈だし)

 

 羊皮紙を広げるとペンを手に取った。

 

「とりあえず……トイレにたつとでも書いておく、か」

 

 聖水を撒いた後にでも実際トイレの方まで足を運べば、書き置きも嘘ではなくなる。

 

「これで良し」

 

 伝言を書き終えた俺は羊皮紙をトロワの側に置くと、踵を返しドアへと歩み寄り。

 

「すぐ戻る」

 

 寝ているのは解っていたが、一度だけ振り返り告げてから部屋を後にした。

 

「……とりあえず、起きてくる前に戻ってこないとな。しかし……」

 

 失敗したなと歩きつつ思う。

 

(酔っぱらったら元の性格とか、あんなのどうやって予測しろって言うんだとは思うけどさぁ)

 

 酒なんて飲ませなかったらあんな事にはならなかった筈であり。

 

(航海しつつ後悔とか……笑えない)

 

 ギャグとしては寒いとか言うレベルじゃないが、ダジャレでも飛ばさないとやっていられないというか。

 

(とりあえず、トロワは今後飲酒禁止……かな。まぁ、起きてみたら元の性格に戻ってたとかだとその禁酒も無意味なんだけど)

 

 もちろん、目を覚ましたらきれいなトロワに戻ってくれることを俺としては祈っているが、きれいなトロワに戻ってくれたとしても酔っぱらった時の事を覚えているとまず間違いなくめんどくさいことになる。

 

(まぁ、解っていたことだけど……)

 

 聖水を撒いた後部屋に戻る足取りは、重いものになりそうだった。

 

(聖水を撒いて、トイレに行って……あのカップルとも今日中に挨拶しないとな)

 

 サブリナさんとカルロス。この船旅に同行した一組のカップルの内、男の方とはまだ会ったことがない。

 

(船の船員はだいたい一度は見た顔だから消去法で知らない顔が居たらそれがサブリナさんの恋人だってのは解るんだけどね)

 

 原作だとモブキャラの格好だった気がするものの、流石にこの世界の人間は職業年齢性別が居同じなら全員同じ顔でしたなんて恐怖展開はない。ちゃんと一人一人違う顔であるし、職業柄制服のあるような人を除けば毎日同じ服を着てもいない。髪の色だって個人差があって様々だ。

 

(クシナタさん達ジパングの人はどの職業になっても黒髪だったしなぁ)

 

 するつもりはないが、俺が転職した場合、どの職業でも髪は銀色になるのだろうか。

 

(今の身体の持ち主は最初遊び人だったから、理屈からすると黒髪の筈なんだけどな)

 

 この世界に来た時点で盗賊の身体だったから、銀髪なのか。

 

(ま、いいか。今考えないといけないのは、そんなことじゃない。きれいなトロワに戻ったが記憶が残っていた場合のフォロー内容とか、シャルロットに再開した後のこととか、考えるべき事は他にあるんだから)

 

 後者は一週間の猶予があるものの、前者は部屋に戻ってすぐ必要とされるもの。

 

(時間的猶予は殆どない……無いけどフォロー、か)

 

 何かないかと考えて見るも、良い言い回しは思いつかず。

 

「……甲板に着いてしまったな」

 

 降り注ぐ日差しの下、ポルトガからまだ離れていないからか空にある海鳥の姿を認めて肩をすくめ。

 

「おっ、旦那。お連れのべっぴんさんはもう良いんですかい?」

 

「いや、まだ寝ている。だからこそ、と言うのもあれだが船はもう港を出ただろう? 魔物除けに聖水を撒いておく必要があると思ってな」

 

 こちらの姿を見つけ声をかけてきた船員へ、俺は手にしていた聖水の瓶を掲げて見せた。

 

「あー、確かに。じゃ、お願い出来やすかい?」

 

「ふ、もとよりそのつもりだ……しかし、危ういところだったかもな」

 

「へ?」

 

「あそこだ……」

 

 呆ける男に瓶の封を切りながら、視線で海の一点を示す。

 

「職業柄気配の察知には自身があってな。まだ遠いが、あそこを漂ってるのは魔物だ」

 

「ほ、ほんとですかい? あ、確かに……」

 

「色と大きさからして『しびれくらげ』だろうな。潮の流れや風向きなどもある。接触するまでどれぐらいの猶予があったのかは素人の俺には解らんが、どのみちこれで終わりだ」

 

 開けた瓶を逆さにして振りまく、ただそれだけの事だというのに、効果は覿面だった。

 

「うおっ、あいつら急に遠ざかり出しやがった」

 

「ふ、あの様子なら聖水の効果が残っている限りは安全だろう。次は夕方頃にもう一本撒けばいいか」

 

「流石旦那だ。ありがとうございやす。あのクラゲ共刺されると痛ぇの痺れるのって」

 

「礼には及ばん。邪魔されたく無かったのでな」

 

 トロワが目を覚ました後に魔物と遭遇し呼び出される事を鑑みれば、やらねばならぬ事だったのだから。

 




また髪の話してる。

次回、第百二話「北へ」
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