「マイ・ロード?」
顔を覗き込んでくるトロワへ何でもないと首を振り、部屋を出る。
(ふふ、ふふふ……)
トロワが下着を完成させ、俺に声をかけようとした直後だった、あの船員がまた現れたのは。
(扉の前で下着が出来上がるのを待ってたとか……まぁ、こっちの出発をすぐに船長に伝えようと考えたなら、部屋の外で待ってるってのは間違ってないよ?)
俺もトロワの作業が終わったら甲板に出て呪文で飛ぶと船員に伝言を頼んでしまっている。
(あの船員は仕事をしようとしただけで、俺は装飾品を作ってくれと切り出す機会を失った)
既にここにいない船員は俺達が出発すると船長へ伝えに行ってしまった。そして、いくらトロワに物作りの才能があるとは言え、ルーラの呪文で飛行中に装飾品を作ってくれとか無茶も良いところだ。
(残されたのは何処かに寄り道するって選択肢だけど、確実に時間をロスする上、まだトロワには装飾品を作ってくれとちゃんと伝えてすら居ない)
第一、イシスにいるカナメさん達だってこちらの状況は知らない。
(心配させちゃうよなぁ、無断で到着が遅れでもしたら)
それならまだルーラで空を飛んでいる内にトロワへ打ち明け、二人でどうするか考えた方がマシだ。出発した後ならいくらトロワでもあの紙切れと接触しようがないし、船員に遮られた話についてだって説明出来る。
(それと、イシスに着いたらトロワに何かプレゼントでも買わないとな。自分のことに手一杯になってるけど、世話になりっぱなしのトロワに何らかの形でお礼はしないとって考えてはいたし)
ただ、贈るとしても何を買うべきか。
「やはり、指輪か」
「えっ」
女性というと宝飾品というのは安易な発想が過ぎるかも知れないが、布製品は冒険で傷んでしまう気がするし、武器防具の様な実用的な品を買うのには置いてる装備が弱いという意味でイシスは向いていない。
(イヤリングは覆面してると隠れて見えないし、そもそもトロワの耳は人前にだせないから駄目で、ネックレスなんかもいつものローブだと隠れて見えないもんな)
なら、覆面ローブ姿でも露出する手か手首につけるものに限られてくる。
(ブレスレットでもいいんだけど腕輪系は複数ジャラジャラつけられないし)
その点指輪なら二つでも三つでも付けられる。
(問題があるとすれば、トロワの指のサイズを知らないことだけど)
サイズの合わないモノを買ってしまっては拙い。
(うーん、となるとトロワを連れて買い物ってことになるかな……当人連れてくのが手っ取り早いし、そもそも何処に行くにもトロワはついてくるだろうし)
スミレさんに見つかりでもしない限りは、大丈夫だと思う。見つかった場合、ネタにされてからかわれることは必至だが。
(そう、だよな……一番気をつけなきゃいけないのは、
もうこのままイシスにまで行くことはほぼ確定だ。なら、トロワへのお礼も俺が普通じゃなくなってることもあの人にだけは知られちゃいけない。
(考えよう、あの人に以上を悟られない様にする為の方策を)
これは別に現実逃避とかじゃない。ここまで来てしまった以上、避けられない問題を事前予測して対策を練っておくと言うだけのことなのだ。
「まず、イシスへの到着からか……」
ルーラで飛んで行く事は伝えてあった気がするし、普通に考えれば、カナメさん達も俺とトロワはルーラの呪文で飛んでくると思っているはず。
(だったら、シャルロットじゃないけど城下町の入り口で空を見てスタンバイしてる人が一人ぐらい居ても不思議はな……いや、入り口で待っては居なくても北の空を見上げている誰かに発見されると言うことは充分考えられるな)
なら、いっそのことレムオルを使うかとも思った。
(いや、透明の状態での着地は危険が伴うし、効果時間を逆算するのも難しい。それぐらいだったら変装した方がマシだけど……)
飛行中の変装は難易度が高く、出発は甲板でと言うことになるので予め変装しておくという手も使えない。とりあえず、ドーサの出番は無いと見て良いだろう。
「到着自体は隠しようがない、か。しかし、まるでこっそりデートする計画でも――」
練っているようだと思いかけて慌てて頭を振る。
(はぁ……そう誤解されるのを避けるために何とかこっそり買い物出来ないかって考えてるのに、本末転倒だよな)
紙切れの影響か追いつめられておかしくなってるのか。
「と、そろそろ甲板か。トロワ、準備は良いか?」
「えっ、あ、ふぁいっ」
「ん? ……っ」
後ろを見ずに問うと跳ね上がったような声が返ってきて思わず振り返りそうになる。危ういところだった。
「考え事でもしていたか? 甲板出でればすぐ出発だ。忘れ物のない様にな」
どの口でそんなことを言うのかとは我ながら思うが、致し方ない。ここまで来てしまったら、さっさと旅立つべきだ。
(イシスなら交易網も出来てるからそっちのツテで性格矯正本を探して貰う手だって有る。今は当場をしのぐことを第一に考えないと)
そして、空に舞い上がれば、俺は二択を強いられる。
(結局、船では伝えられなかったけど……)
空高く舞い上がってしまえば、声は一緒に飛ぶトロワ以外には届かない。決断の時が迫っていた。
グデグデの流れ、打ち壊せるか?
次回、第百十一話「イシスへの空に」