強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第百十一話「降臨」

「おらぁ、いけっ、そこだぁぁっ!」

 

 格闘場の中は熱気に包まれていた。頭をすっぽり覆うマスクを付けたあらくれが賭の券らしきモノを握り締めたまま熱狂的に叫び。

 

「きゃぁぁぁぁっ」

 

 屠られる魔物の姿に顔を覆ったお嬢様風の少女が悲鳴をあげる。

 

(そっか、踏み込んだって言ってもここ格闘場なんだよな)

 

 本業の方は好評営業中、と言うことなのだろう。俺が向かうべきはこの一般客が魔物同士の血湧き肉躍る戦いを観覧するフロアとは別、どちらかと言えば裏方の人やモンスター達が居るエリアなのだから。

 

(ここを抜けてきたって……ある意味あの踊り子のお姉さん達凄いな)

 

 人の目はかなりあったはずなのだが、試合中だったから殆どの観客の目は魔物達のバトルに向いていたのか入ってきた俺達に向けられた視線は従業員のモノがせいぜいであり。

 

「ここで修行してる仲間に差し入れを持ってきた」

 

 あちらが何か言う前に機先を制して小声で用件を囁けば、一つ頷いた従業員の男性はあちらですと一方を示す。

 

(まぁ、ここに来るのも初めてじゃないしなぁ)

 

 ただ、言われずともわかっているなどと言うつもりもなく、素直に礼を言うと今も修行中であろうムール君達の元へと俺は向かい。

 

「ここ、か」

 

 聞き覚えのある声が漏れてくる控え室の前で足を止め、ドアをノックする。

 

「返事がないな」

 

 だが、内からのリアクションは全くなく。

 

「スー様、あたしちゃんが行ってみる。最悪着替え中とかでも女の子同士なら問題ないし、アバカムも使えるから」

 

「いや、アバカムはプライバシーとかその辺的にどうなんだ?」

 

 後ろで声を上げたスミレさんにツッコミを入れたのは、声の主の片方がムール君だったから。

 

(両方ついてるから拙いですなんて言えないしなぁ)

 

 むろん、スミレさんの強行突撃策へ個人的に難色を示したい理由は他にもある。

 

「……えっと、こう?」

 

「はわぁ、いいっ、素敵すぎですぅ。ん、っ、いいッ、もっと、もっとやってくださぁい」

 

 漏れてくる声の中身もだが、ムール君以外のもう一人分の声が明らかに腐った僧侶少女のものだったのだ。

 

(と言うか、この状況に突入しようとするスミレさんの度胸その他諸々を俺は賞賛すべきなのかな)

 

 おかしくなってない俺でも、やりとりの内容を聞けば強行突入なんて決して出来ないであろう。

 

「スー様、安心して。あたしちゃんの興味と知的好奇心の前にはどんな強固な錠前も呪文の一つであっさり開くから」

 

「どの辺りに安心しろと? そもそも、解錠呪文を使えば誰でも開けられるだろ」

 

 そう言う呪文なんだからさ。

 

「と言うか、普段からあの呪文で人のプライバシー勝手に取っ払ってるんじゃないだろうな?」

 

「スー様、酷い。あたしちゃんだってスー様が来たって大義名分がなかったらこんな事しない」

 

「大義名分が有れば、すると?」

 

「今のは言葉のあやの毛皮を被った本音、スー様はお気になさらず」

 

「気にしなくて良い要素が殆どないのだが?!」

 

 駄目だ、スミレさんをまるで止められる気がしない。

 

(早く帰ってきてくれぇぇぇぇっ、カナメさぁぁぁぁん!)

 

 切実な願いを抱きつつも、カナメさんやクシナタさんはよくこれを御していたなとも思う。

 

(まぁ、クシナタさんは伝家の宝刀、お尻ペンペンがあるしなぁ)

 

 ひょっとしたらカナメさんも何かその手の制御技を会得しているのか。

 

(だったら俺も……って、ああ、どう考えてもセクハラ扱いされて満喫した後社会的に死ぬオチしか見えないっ!)

 

 さりげなく紙切れの影響が出てきてる辺りがオチに説得力を持たせているのが何とも言えない。

 

「大丈夫、責任はあたしちゃんがとると見せかけるから」

 

「見せかけるって何だ!」

 

 とるなら ちゃん と せきにん とってください、おねがいします。

 

「スー様はあたしちゃんが見るに、考えすぎて動けなくなることが多い。だから、あたしちゃんは行動に出てそんなスー様の力になるって決めた」

 

 振り返れば、表情は変わってないのに良い笑顔でもしたかのような雰囲気を纏って宣言するスミレさん視線とぶつかり、俺は胸中で漏らした。

 

「だめだ、こりゃ」

 

 と。

 

「そもそも、このままだと話は進まないし、スー様にも重い荷物もたせたままになるから、あたしちゃん的に看過出来ない。じゃ、そう言う訳で――」

 

 流石賢者だと言わざるを得ない理論武装を見せたスミレさんは俺が反論するよりも早く、脇を抜け、呪文の詠唱を始めようとし。

 

「あ」

 

 ノブに手をかけたドアが呪文の完成前に動いた。

 

「鍵、かかっ」

 

 かかってなかったのかと続けるつもりだったのに、俺は言葉を最後まで続けることが出来なかった。

 

「んんッ、いいッ、痺れちゃいますぅ! 次はこのポーズをとって下さいぃ」

 

「うぇっ? ちょ、こんな大胆なの、オイラ……」

 

 半裸のイラストを片手に恍惚とした表情で紙面をパンパン突く腐った僧侶少女と思い切りひきつった顔で、それでも律儀にポーズをとろうとするムール君が視界に入ってきたのだから。

 

(なに、これ? そもそも、しゅぎょう は どうなった?)

 

 想像よりはるかに健全な光景が広がっていた安堵感より、俺としては目の前の光景に抱いた困惑の方が強かった。

 




・今回のNGシーン

 切実な願いを抱きつつも、カナメさんやクシナタさんはよくこれを御していたなとも思う。
「同性だから何か俺の知らない特別な御し方を知っているとでも言うのか?」
「スー様にはわからない。あたしちゃんの身体を通して滲み出る好奇心のこととか」
「くそっ、止まれスミレ! 何故止まらんッ!」

 あやうく主人公が木星帰りの男になるとこだったぜ、ふぅ。

次回、第百十二話「何やってるのと俺は全力で問いたい」
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