「とりあえず、だ。修行中だった者は修行に戻れ」
貴重な急速にレベルアップ出来る修行場を遊ばせておく理由なんて無い。理由を口の端に乗せれば、納得したのか何人かのお姉さんが格闘場の中へと戻っていった。
(ふぅ、これで何人かは減らせたな)
紙切れの影響が気がかりなこともあるが、場に人が多ければ多い程何かやらかした時のフォローがし辛くなる。
「ムール、お前も修行に移れ。遅れた分を取り戻さねばならんだろう?」
「あ、うん。それじゃ、ありがとうヘイルさん」
俺が指摘すればムール君も礼を言って去り、残ったのは、スミレさんと元女戦士、縛られた腐少女とおそらくは修行の休憩中であろうお姉さん達。
(さてと、これで更に人は減った)
何故か話を拗れさせそうな人がかなり残ってるが、帰らせる理由も思いつかないし、そもそも賢者であるスミレさんは油断出来ない。
(下手に「どっか行け」ってやったら、居座られては邪魔だと考えてるって把握されかねないし)
微妙に不安だが、人数が減っただけ良しとすべきなのだろう。
「さて……」
問題は、ここからどうするか。
(誤解を解いて、腐った僧侶少女を更生させることが出来れば大成功だけど)
それをやるには、元女戦士とスミレさんに要らんことを言わせず話が出来ないと難しい。
(いきなり、むりげー なんですが)
だが、やるしかないというのも理解している。
「とりあえず、こんな所で立ち話する訳にはいくまい。適当な部屋に移るぞ?」
人の目がある場所で、縛られた人間まで居るのだ。奇跡的に誤解を解くことに成功しても俺達の会話を見ていた通行人が誤解とかをしたら目も当てられない。
(うん、どこか の もとおんなせんし が すでに ちょうきょう とか いっちゃった き も しますけどね?)
あれは忘れよう。と言うか、忘れたい。
「じゃあ、あたしちゃんは修行場の方に行くのを提案してみる。ホイミスライム風呂を用意するにもそれがベスト」
「却下。どれだけ拘ってるんだ、それに」
とりあえず、スミレさんにツッコミを入れつつ嘆息すると、縛られた僧侶の少女へ近づき。
「他者への風評被害をやらかしてくれた輩だ。幾つか行き違いというか誤解はあったようだが、罪には罰が無くてはいかん」
「ん゛んぅ、んーんぅ?!」
「ふっ」
猿ぐつわをされても尚、何かを言おうとしている腐少女を俺は担ぎ上げ。
「行くぞ?」
とりあえず、格闘場の中に向かって歩き出す。
(みんなに言ってると見せかけたさっきの言葉、通行人にも聞こえてるはずだし)
スミレさん達を放り出し、街頭演説よろしくさっきのは誤解だと主張する訳にもいかない。やれるだけのことはやったのだ。
(後は宿に帰る前にイシスのお城に出向いて国家権力に縋るぐらいしか手がないもんなぁ)
調教云々と元女戦士が言い放ちやがったあの時、俺は周辺にいた通行人のこととかに意識を向けられるような状況ではなかった。ぶっちゃけ、何人が聞いたかも、聞いた人物が誰であるのかも不明なのだ。
(一人一人に誤解を解いて回るのが不可能である以上、他に方法なんてないし)
イシスはあくまで一時の滞在先。これからも行動を共にするであろう仲間の方が誤解を解くべき優先順位は高い。俺は早足で出来るだけ人目につかないように観客の居るチケット売り場の前を通過し。
「スー様、お話をするなら丁度良い広さの休憩室があります。さっきまで私達が居た部屋なのですが、そこでどうでしょう?」
「休憩室……か。わかった」
少し考えてから、後をついてきたお姉さんの一人の提案に頷いた。部屋のことまで頭が回っていなかったのもあるが、行き当たりばったりの行動の結果を鑑みたからでもある。
(また鞭とか拘束具だらけの部屋なんてオチは流石に嫌だしな)
修行でこっちに通ってくるクシナタ隊のお姉さんならそうそう間違ったチョイスはしないだろう。そう思った直後だった。
「あー。それじゃ、後であの部屋に行けばいいと。了解」
「スミレさん、後でって?」
「ちょっとお花詰みというか」
「あー、なるほどね。あたいもご一緒していいかい?」
突然の発言にお姉さんの一人が訝しめば、答えたスミレさんに元女戦士がそちらへの同行を申し出て。
「ん゛んーぅ」
「ん? ……あ」
何故か再び自己主張を始めた罪人を前に、俺がそれへ思い至れたのは僥倖だった。
「待て」
「ん、どうしたのさ、あたいらを呼び止めて?」
「いや、縛られたままではトイレに行けんだろうと今気づいてな」
危ういところだった。もう少しで新たなエピちゃんを出してしまうところだったのだ。
(ムール君を歪ませようとしたこいつが恥ずかしい目に遭うこと自体は別に構わないけど、タイミングが最悪すぎるもんなぁ)
意図的にトイレに行かせなかったことにされる可能性がある。
「元戦士なら力だってあるだろう? 悪いが、こいつも連れて行ってくれ」
「ふぅん、そう言うことなら任せておきな」
「ああ、頼む」
つい先程やらかしたばかりの相手に頼むのには抵抗があったが、俺の予想が当たってるなら時は一刻を争う。背負っていた腐少女を引き渡し。
「スー様、こちらです」
「ほぅ」
トイレ組と別れると、お姉さんに促され通路を進み、やがて提案された部屋へと辿り着く。
「……内部はあの僧侶を捕縛した部屋と変わらんのだな」
「本来の用途はあちらもこちらも魔物を連れた魔物使いの控え室ですからね」
「成る程」
だからあの時は、抜け出した部屋の側に鞭とかがかけられていた部屋があったのだろう。納得しつつ、中へと足を踏み入れ。
「……しかし、トイレにしては遅いな」
それから暫し、スミレさん達を待ちつつ会話で時間を潰していた俺が外に意識を向けると近づいてくる気配があり。
「スー様、お待たせ! あたしちゃん、ついでにホイミスライムを借りてきた」
「借りてくるな!」
ガチャリとドアを開けて顔を見せたスミレさんにツッコミを入れた俺は間違っていなかったと思いたい。
間一髪のところで新たな犠牲者の増加をくい止めた主人公、だが借りてこられてしまったホイミスライム。
スミレさんはあくまで自分の提案を貫き通すつもりなのか?
次回、第百十八話「名前はホイミン」
待て、誰もホイミスライムの名前なんて聞いてない。