「とりあえず……」
起きたことだし、トイレにでも行ってこよう。俺はそう思った。
(ここでトロワに声をかけるとかきっと悪手だもんなぁ)
トイレに行って、戻ってきて、支度を済ませ、皆が起き。
(その時点で「あれ、ムール君がいるぞ?」って事が発覚した方が騒ぎにはなりにくい筈)
ベッドの中で両者が目覚めるという最悪の事態は避けられたのだ、なら、このまま有耶無耶にしてしまおう。
(理想的なのはムール君が先に起きてベッドから出て、その後トロワが起きるパターンだけど)
順番が逆だったとしても、二人同じベッドにいるところをトロワに目撃されるよりはムール君だけ寝てるベッドを見られた方が余程マシだ。
(どっちにしてもこの状況で俺が部屋に居るまま二人目が起きたら説明を求められそうだし)
俺自身、一人で考える時間が欲しい。
「なら、他に手もないな」
俺はベッドサイドから部屋の鍵をとると、トイレに行ってくるという書き置きを変わりに残し、部屋を出る。
「よし、誰も居ないな」
仮にも盗賊だ。気配が無いかは確認していたが、万が一と言うこともある。
(部屋から出てくるところを隊のお姉さんに目撃されて、「ムール君がスー様の部屋に行った筈なんだけど」とか話を振られたら……)
今はムール君も男性と思われてるだろうから、問題ない。だが、ムール君の秘密が漏れ、男性ではないと知られれば拙い事になるかもしれない。
(ムール君が何時来たかも記憶にないし、取り越し苦労の可能性も残ってはいるけど、こういう事は念を入れないと)
ただでさえ世界の悪意が向けられたかのように物事が悪い方向へ悪い方向へって転がってくることがあるのだ。
(現にムール君がベッドに潜り込んでいたなんて想定外の出来事に見舞われたばっかりだもんなぁ)
だからこそ、こうしてトイレに向かう廊下の曲がり角で誰かとぶつかるなんてイベントが起きても俺は驚かない。
(ま、気配察知出来るからあり得ないんだけどね)
仮に透明化呪文でスミレさん辺りが姿を消して尾行していたとしても、気配までは消えていないから気づける。
(忍び歩きまでされると厳しいけど、賢者と盗賊の両方を極めてるのはまだ俺ぐらいだし、クシナタ隊のお姉さんがここまで来るとしたら、おそらくは神竜との戦いの直前くらいの筈)
クシナタ隊で賢者に一番乗りしたスミレさんも盗賊への転職はまだなのだ。焦ることはない。
「さて、と。トイレはこのさ」
ただ、気配を悟れない相手への警戒は不要だとしても、別の問題が発生することはある。
(これは……誰か居るな)
進行方向に感じた気配。トイレは各部屋共同のようだから先客が居ても不思議はないのだが。
(位置からすると多分女性、人数は一人、そこまではわかる)
問題は、誰か、だ。
(厄介なのはスミレさん、元女戦士、そしてあの腐った僧侶少女……かな)
挙げた三人なら誰であったとしてもロクでもない結果になりそうな気がするのは、俺の気のせいだろうか。
(って、あの三人なら気配察知出来ないし、透明化呪文と忍び歩きでやり過ごせば――)
出会わずトイレに行くのは可能だとも思う。
(しかし、最悪のケースを考えたからの発想だよな)
透明化呪文の効果時間だけがネックだが、その辺りは足りなければ呪文を唱え直し、調整すれば良いだけのこと。
(この調子で部屋に戻ってから無難に事態を収拾する方法とかも思いつくと良いんだけど)
そう都合良く行くとは俺も考えていない。
「レムオル」
まずは気配を殺してトイレへ向かうことだ。
(透明になってれば見つかることはないし、まず先にいるのが誰かだけでも……)
確認しておくのは悪くない。
(行儀が良いとは言えないけど、独り言でも呟いていてくれれば、昨晩何があってああなったかの手がかりになるかも知れないし)
もっとも、ムール君を嗾けた張本人があの後どうなったか楽しみですぅとか言ってた時には平静でいられる自信はない。
(とは言えここまで来て確認しない訳にもなぁ。さて、誰が居……え゛)
姿を消したまま気配の主が視界にはいるところまで進んだ俺は、想定外の正解に固まった。
(クシナタ隊とは全く関係ない別の宿泊客、とか)
貸し切りで宿を借りてる訳じゃないのだから、こういう事も有るのだろう。
(透明になってて良かった)
とりあえず、この失敗は自分の胸にだけしまっておこう。
(で、問題は部屋に戻ってからかぁ)
天敵三名と出くわさないのが逆に不気味だが、常識的に考えればこういう事があっても不思議はない。なら、俺が考えるのは事態の収集法であり。
「そうだ」
そして、俺は閃いた。
(
呪文には無限の可能性がある。だから、俺は全力を尽くすことにした。僧侶と魔法使いの会得する呪文全てを行使可能なこの身体の真価を発揮して。
うーむ、最近スランプ気味っぽい。何とか脱したいところなのですが。
次回、第百二十二話「予定したとおりに」
さて、主人公、窮地をどう乗り越えるのか。