「ようやく戻って来れた、か」
無事クシナタ隊のお姉さんから逃げ延び、部屋のドアノブに視線を落とした俺はポツリと呟く。鍵を差し込み、回して鍵を開ければドアノブに手を添えて捻るだけ。
「どうぞ、と言うのもあれだが……入ってくれ」
「あら、ありがとう」
脇に退いてそのままカナメさんを部屋へ入れれば、後にトロワが続き、最後に俺が入る。レディファースト、と言う訳ではない。単に気配察知に優れているのが俺だけだったと言うだけの理由だ。
(冒険をしているからこその癖、だよなぁ)
本来ならダンジョン攻略時に行う警戒をこんな所でしてしまう。職業病と行っても差し障りないんじゃないだろうか。まぁ、それはさておき。
「さてと……何から話すべきか」
ドアを閉め、口を開きつつ二人へ歩み寄りつつ考える。食堂では主に俺が話していたし、ダーマのことを聞きつつ最初は聞き手に回るべきか、それとも忘れないうちに今日の事件について食堂では言えなかった詳細を語るべきか。
「そうね……話して貰えるなら今日のことを聞かせて貰いたいわ」
「わかった。ならば、食堂では話せなかった部分だな」
思い返してみると、今日もなんというか災難に見舞われた日だったと思う。トレーニングルームを開ければ元女戦士が変態特訓しているし、トロワはビキニをはじけ飛ばすし。
「……と、まぁ最終的には俺が失言し、弁解中にお前が顔を見せた訳だ」
「それは……タイミングが良かったのか悪かったのか。いえ、良かったと思うべきね」
「ああ、だな。俺があのまま弁解を続けてどうにか出来たとも思えん」
格闘場から退散出来たのは、カナメさんをダシに使ったことも大きいと思う。
「とは言え、疑惑が払拭できたわけではないからな。トロワ、一時的に席を外すことを許可する。汗を流してくるといい」
「マイ・ロード……」
「気にするな。ここにはカナメも居るしな」
カナメさんにダーマのことを聞きつつ待っていれば、あとはカナメさんが証言してくれるだろう。トロワが入浴してる時、俺は自分と話をしていた、と。
「となると、次はあたしね。ダーマの近況で良かったかしら?」
「ああ、頼む」
迷っていたからこそカナメさんの申し出は渡りに船であり。今度は俺が聞き手に回る中、カナメさんの話は始まった。
「……そうか、まぁ充分あり得る話だな」
最初に聞いたのは、かなりの人数の転職希望者がダーマ神殿に押しかけ、宿屋などが嬉しい悲鳴をあげているという話。反面、希望者の殺到で転職はかなりの順番待ちをしなくてはいけないらしいが。
「スー様達がバラモスを倒したというのが大きかったようね」
ゾーマの存在を知らない人々にしてみれば、旅の大きな障害となった魔物の親玉が死んだ訳だ。しかも、その自称大魔王討伐で活躍した勇者一行の中には転職で新たな力を得た者も居たとなれば。
「ふむ、『俺も転職して一旗揚げよう』なんて考えが蔓延しても不思議はないか。しかし、その状況でよく転職して戻って来られたな?」
「ふふ、それなのだけど、少しズルをさせて貰ったのよ」
「ズル?」
「ええ、隊と隊長の名前をね」
「成る程」
シャルロットには知名度で劣るとはいえ、クシナタさんもイシスで侵攻してきたバラモス軍を相手に戦った英雄だ。特別扱いが効いてもおかしくはない。
「ただ、『勇者様のお仲間が転職にいらした』って騒がれることになったし相応に代償もあったのよね。それでも普通に待っていたら下手すれば一週間以上待つことになっていたかも知れないし、選択の余地は無かったのだけど」
「それは……まぁ、確かにその状況ではやむを得んか。しかし、そこまで混み合ってるとなると今こっちで修行してる面々もすぐに転職して戻ってくることは厳しいな。騒ぎになるのを覚悟するなら別だが」
いきなり予定に修正を入れる必要が出てきたかも知れない。
「そうね。転職希望者が増えたことで神殿側も大変だったらしいわ。転職の為の祭壇を増設するとかも検討されてたようだし、神官募集の張り紙まであちこちに貼られていたから」
「それは……いや、状況を鑑みればそうなっていない方がおかしいか」
大丈夫なんだろうか、ダーマ神殿。転職させてくれる人が過労でぶっ倒れてないといいけど。
「そして、その話の流れでなのだけど……勧誘されたのよね」
「ん、勧誘?」
「ええ。言ったでしょう、神官募集のはり紙があったって。今慢性的な人不足らしくて、僧侶とか賢者でこれはと思った相手には声をかけてたみたい」
「なん……だと?」
確かにカナメさんは頼りになる。だが、人員不足とはいえ、ダーマ神殿まで目を付けるとは。ひょっとして、そこでカナメさんが首を縦に振っていたら、あの祭壇の上で希望者を転職させる神官の一人にカナメさんもなったりしたのだろうか。
「ここは転職の神殿。職を変えたい者が来るところよ。転職をご希望かしら?」
なぜだろう、そうぞうしただけ で おとこ の てんしょくきぼうしゃ が そっち に さっとうしそうな き が しますよ。
「もちろん断ったけど、あの様子だとあたし以外でも該当する職の娘なら声をかけられるでしょうね」
「優秀な人材を求めるのは何処も同じ、か」
思わぬバタフライ効果に顔を苦くしかめつつ俺は天井を仰いだ。
ちなみに、情報屋の人もきりきり舞いらしいです。千客万来で。
次回、第百四十七話「次の話」