強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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番外編6「ぼくちゃんの知らない昨日(???視点)」

 

「おーし、今日はこれまでだ。オラ、さっさと汗流して来い!」

 

 そんなあのアザミって乱暴者の僧侶の言葉に追い立てられ、ボクちゃんはヒィヒィ言いながらぢごくの部屋を飛び出した。あの凶暴僧侶は容赦がない、クズグズしてたらボクちゃんのお尻には蹴りが叩き込まれたと思う。

 

「ううっ、足が、腕が……」

 

 パンパンになった太もも、ふくらはぎ、腕、二の腕、どこも明日になったら地獄の痛みに見舞われるだろう。

 

(動けなくなったら、明日は……駄目だ)

 

 ボクちゃんを追い立てたのは、乱暴だが回復呪文の使い手、動けないと訴えたってきっと回復呪文で癒され、問題解決とばかりに再びぢごくの一日が始まるだけだ。いや、それでは済まないかも知れない。

 

(痛みを口実にサボろうとしたとか言われたら――)

 

 一瞬でもそう考えたことを誤魔化せるだろうか、無理だ。

 

(せめて、自分から「痛くて動きにくいので直して下さい」って言い出した方が殴られたり蹴られたりせずに済……って、これも駄目だ)

 

 自分からやる気を見せたような言動をしたなら、きっとあのぢごくはグレードアップするに違いない。

 

(くぅ、ボクちゃんどうしたら……)

 

 どうすればこのぢごくから抜け出せるのか。これまでのやりとりで、あの乱暴僧侶は死者さえ生き返らせることが出来るとボクちゃんは知っている。死すら救いにも解放にもならないのだ。

 

(意味がわかんない。魔王だって倒されて平和になったって言うのに)

 

 あのお姉さん達は何故こんな苦行を続けているのかが。

 

(強くなれるのは、わかる)

 

 ボクちゃん自身、あの灰色をした水溜まりもどきの動きを前程速いとは感じなくなったし、体当たりされれば痛いが威力はぢごくの始まった頃の方があったような気もする。

 

(きっと、あの乱暴者の僧侶もあれを繰り返して……)

 

 指示は適切かつ、妙になれていたし、クリーンヒットした一撃であの水溜まりもどきを仕留めた時は本当に女なのかを疑ったけど、あのおっぱいは本物だった。

 

「逆に言うなら、続ければボクちゃんもあの領域に足を突っ込めるんだろうけど」

 

 そんなこと、全く望んじゃいない。強くなったってしょせんボクちゃんはあのボクちゃんそっくりな誰かには及ばないのだから。

 

(今更わかるなんて、笑っちゃうよな)

 

 少しだけど、強くなったからあの盗賊(ほんもの)がどこまで化け物じみた強さをしてるのかがわかりだした。あれは、逆らっちゃいけない存在だったのだ。魔王を倒した勇者の師匠だって言うのも、勇者と一緒に魔王を倒したパーティーメンバーだって言うのも、納得が行く。

 

(あれの名前を騙るとか……)

 

 ボクちゃんはどれだけ馬鹿だったんだろう。悔しいが、比べた女の子達の言いようもある程度仕方ないと思えた。

 

(と、女の子って言えば……一緒にこっちに来た娘、大丈夫かな?)

 

 確か、ルシアとか言ったと思うけど、あの娘もボクちゃんと同じで荒事の経験はない駆け出しの遊び人だったはずだ。

 

(男のボクちゃんもこの有様だもんな……)

 

 女の子にあのぢごくが耐えられるのか、と考えた後気が付いた。

 

「あー、女の子も何も、むしろここで男はボクちゃんだけ、か」

 

 あの乱暴僧侶も時々ボクちゃんを庇ってくれたお姉さんも、みんな女の子。

 

「かわいい女の子に囲まれて男はボクちゃん一人、かぁ」

 

 そこだけ聞けばたいていの男は嫉妬するだろう。ボクちゃんだって羨んだと思う、その実情を知らなければ。実際はズタボロにされるまで魔物と戦わされ、許されるのはぢごくのあと、汗を流し疲労回復に眠ることのみ。

 

「……行こう。立ちつくしてたらその分、休む時間が減っちゃう」

 

 今のボクちゃんには女の子の水浴びを覗く気力なんて、ホンのちょっとしか残っていない。

 

「どっちにしても水場には行かないといけないもんね」

 

 ポツリ呟き、廊下を歩き始め。

 

「ど、どうしよう……スー様のお役に立てるなら……で、でも」

 

「ん?」

 

 挙動不審な女の子を前方に見つけたのはそんな時だった。

 

「やっほー、どうしたのかなぁ?」

 

「きゃあっ」

 

 遊び人らしく空元気で陽気に声をかけたのは、その女の子がボクちゃん同様、ボロボロのデロデロだったから。一目で同じ事をしてたと察せるのに、チラチラ見ていた視線の先にあったのは、水場ではなく別の部屋。

 

「あ、あなた……」

 

「いやー、見たとこボクちゃんと同じトレーニング帰りっぽいからさぁ、水浴びしなくて良いのって思ってさ」

 

「えっ? あ、ご、ごめんなさい。気を遣わせてしまって……」

 

 首を傾げるボクちゃんの前で自分の身体に目をやったその娘は顔を赤くすると恐縮した態で謝ってきたけど、ボクちゃんが聞きたかったのは謝罪じゃない。

 

「気にしないよ? それより、理由を教えてくれないかな?」

 

 ハタハタ手を振って尋ねた理由は、好奇心と下心。とても褒められた理由ではない。

 

「そ、その……誰にも言わないでくれますか?」

 

「うん、いいよ。ボクちゃん約束する」

 

 話してくれるというなら、やすいものだと思った。そもそも触れ回る気なんて無いのだから。同じ立場の女の子がやろうとしてること、なのだからこのぢごくから抜け出す手がかりが手に入るかも知れないし、これをきっかけに目の前の女の子と仲良くなれるかも知れない、とも思った。

 

「この部屋、効率を優先した修行の為のお部屋なんです。ただ……スー様に使ってはいけないとも言われていて」

 

「え? あれより効率が良いのに?」

 

 なんだあのぢごくを抜け出す方法があっさりあったんじゃないかと興味を持ったボクちゃんは、そのままその部屋について詳しく尋ね。

 

「なに……それ?」

 

 そして、後悔した。

 

(あの水溜まりもどきの群れで出来た風呂へ魔物の好む匂いだとか餌を付けて身を投じる?)

 

 模擬戦という名のぢごくを味わったから、それがどれ程えげつない事なのかもわかる。まして、そんな苦行を行おうとしたのは可愛い女の子なのだ。

 

「なんで、そんな……」

 

「スー様のお役に立ちたくて……私のこの身体、スー様に頂いたものですから」

 

「……いた、だいた?」

 

 訳がわからなかった、ただ。

 

「私、生け贄だったんです。魔物が暴れて、国の人々を傷つけないよう、魔物の住処に運ばれて――」

 

 それでもまだ序の口だった。女の子の話はボクちゃんの想像を絶していた。以前に生け贄にされた娘の亡骸の一部が散らばる中、置き去りにされる恐怖。そして、生きながらに魔物へ食われ命を落とすに至る苦痛。

 

「その後も、何人も生け贄になった娘が命を落としたのに、一時しのぎにしかならなくて」

 

 そんな絶望一色で塗りつぶされた女の子の国を救い、蘇生呪文で生け贄になった女の子達を生き返らせたのがあの、ボクちゃんのそっくりさんだったのだという。

 

「け、けど……あの人は盗賊じゃ」

 

「スー様は、盗賊になる前に賢者をしてらっしゃったそうですから」

 

「じゃ、じゃあ、あの人は……」

 

 乱暴な僧侶に庇ってくれたお姉さん、この娘。綺麗なお姉さん達が、そっくりさんを慕う理由をボクちゃんはようやく理解した。同時にあのアザミって僧侶がボクちゃんに暴力を振るう理由も。

 

「……そっか」

 

 命の恩人で国の恩人、そんな人のフリをして好き勝手してる人間が居たら、どう思うか。ボクちゃんだって許せないと思う。

 

(にもかかわらず、あのお姉さんはボクちゃんを庇って)

 

 天使かと思った。同時に今すぐ戻って床に頭を擦りつけて詫び、感謝したい気持ちに駆られたが、それはやっちゃいけないことだった。目の前の女の子との約束を破ることになる。

 

「ゴメンっ、キミの恩人にボクちゃんとんでもないことを」

 

 だから、出来るのは目の前に居るこの娘への土下座だけ。

 

「ちょ、あ、あの、顔を上げて下さい! あ、あなたのこともスー様には聞いてますから」

 

「へ?」

 

 女の子曰く、そっくりさんは自分にも責任があるとお姉さん達に言ったのだそうだ。自分そっくりである事で被害を被った犠牲者であるし、制裁は既に自分の手で済ませている、とも。

 

「そう、なんだ」

 

「ええ。ですから」

 

 あまり気に病まないで下さいと女の子は言ったが、それではボクちゃんの気が収まらない。埋め合わせはちゃんとすべきだろう。ただ、それをするにも今のままでは叶わない。

 

「賢者、か」

 

 経験を積んだ遊び人は賢者になれる。アリアハンにいた頃に聞いた話で目標への足がかりが出来た。話をしてくれた女の子に礼を、続けてはぐれメタル風呂は止めるよう言うとそこで別れ、ボクちゃんは水場へ向かい歩き出したのだった。

 




もう一人のヘイル、覚醒回。

本当はここまで前回の番外編で終わらせたかったんですけどね。

次回、第百七十三話「なんか変わってた」
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