「おお、貴殿は」
トイレから出てきたオッサンが、俺に声をかけてきた。
(こまんど? ……じゃなくて、このオッサンは)
誰だとボケるべきか一瞬迷ってしまったが、一応覚えている。ランシールの村で俺がシャルロットと一緒にいたところをデートと勘違いしてくれたオッサンであり、妻の亡骸を捨てざるを得なかった故郷に眠らせるべくさいごのかぎを探していたオッサンでもあった筈だ。
「そなたの手紙のお陰で、妻を故郷に帰すめどがついた。ここであったのも何かの」
「すまん、用が足したい。話は後に」
「おお、これは失礼した」
混んでいた訳ではないが、知っているオッサンに捕まってお話しに付き合わされるというのでも、我慢させられる点では変わらない。
(ふぅ、危ないところだった……って、まだ油断は出来ないか)
ようやくトイレの入り口はくぐれたが、中が使用中というオチだって充分考えられる。行きたいと思って足を運んだ時に限って個室が全て使用中の法則は世界を越えて存在するモノであると俺は信じている。
(そして、そんなことはなく個室に入れたとしても油断は禁物)
例えば何処かの変態娘が「お手伝いします」とか言いながら入って来ることだって考えられるのだから。
(……とりあえず、個室は空いているな)
戸を開けてみるが、中に誰かが潜んでいる様子はない。背中にトロワの質量兵器が押しつけられる様子も無し。
(よし、さっさと済ませよう)
カナメさんもだが、再開したばかりのオッサンも待たせているのだ。
(と言うか、あのオッサンがここにいたって事は、あのオッサンに協力するクシナタ隊のお姉さんもこのバハラタに居るってことだよな)
ランシールへ向かうのにここから船で向かった俺としては、あのオッサンがここにいたことにも、疑問は覚えない。
(普通に考えるなら、次に何処へ向かうかの選択肢は二つ)
トロワが転職可能かを試す為、ダーマに向かうか、クシナタ隊のメンバー強化のためにイシスに行くか。
(一刻も早く各地に散らばってるクシナタ隊と合流してシャルロット達に同行して貰うメンバーを決めようかとも思ったけど……それをやると、な)
周囲に連絡を出しこのバハラタでメンバーが集まってくるのを待っていては、俺の目撃情報を聞きつけたシャルロット達までやって来るかも知れない。
(だったら、落ち合う先を伝えて貰いここから移動、行き先で落ち合った方がマシだし)
神竜に挑むなら、戦力強化は必須。とは言え、その二箇所にも問題はある。
(最悪シャルロット達とかち合う危険性もあるんだよなぁ、どちらも)
イシスは発泡型潰れ灰色ことはぐれメタルを利用し短期間で強くなれるトレーニングルームがあるし、勇者一行所属の魔法使いのお姉さんはそろそろ覚えられる呪文を全て覚える頃だ。
(俺だったら僧侶とか他の職業への転職も視野に入れる)
よって、転職が可能なダーマ神殿にやって来て、鉢合わせする危険はそれなりにある。
「だったら、敢えてオッサンについて行くってのも選択肢の一つだよな。少なくともシャルロット達と行き先は被らないし」
合流指定場所にし辛いという欠点もあるが、合流しないなら、問題はない。
(つまり、こちらへ合流しなきゃいいんだ)
幾人かにはアレフガルドへ向かうシャルロット達勇者一行と合流するように指示を出し、こちらに合流する予定のメンバーについては後で立ち寄る場所を決め、オッサンが目的を果たすのを見届けてからそこで落ち合う形にすればいい。
(原作知識のないシャルロット達がアレフガルドを冒険してゾーマの元に辿り着くにはそれなりに時間がかかるはず)
些少寄り道しても、時間的余裕は十分あるし、神竜撃破が早すぎても拙い。
(はぁ、割と面倒くさいと言うかこれは一人で考えてもどうしようもないな。カナメさんも居ることだし、とりあえずあのオッサンと話して、ひょっとしたら同行させて貰うかもと言った上で、部屋に戻ってカナメさんと相談ってとこか)
おそらく原作知識のことを交えた話になる手前、トロワを同席させるか迷うところだが、あの変態娘がトイレに行ってる間に相談するとかもう一度縛って耳栓もするとか、方法は幾つかあると思う。
(ともあれ、まずは順に処理していかないと……あ、居た)
警戒していたハプニングもなく外に出た俺は、律儀に外で待ってたオッサンを見つけ、声をかける。
「すまん、待たせたな」
「おお。いやいや、先程は配慮が足りず失礼した。そもそも、声をおかけしたのも妻を故郷に帰すめどがついたことと感謝していることを伝えたかったからだと言うに、恩を仇で返すところであったのは、汗顔の至り」
まぁ、礼を言うために声をかけたと言う点では問題もない。
(それに、トイレ事態は取り越し苦労で終わったしなぁ。
噂をすれば影とでも言うのか。廊下に立つオッサンの更に向こう。こちらに向かって歩いてくる褐色でとがり耳の少女に俺はもの凄い見覚えがあり。
(トイレに……エピちゃん、だと?)
俺は謎の戦慄を覚えた。その少女こそ、「エピちゃんる」の語源だったのだから。ちなみに本名はエピニア、元々はバラモスに仕えていたエビルマージの一人である。
(いやー、捕虜にしたらトイレに行きたいって訴えて、バラモスを殴ってまでトイレを借りたのがつい先日のことのようですよ、奥さん)
結局、あの時は間に合わずに悲劇が起きてしまったのだが。
(いや、カナメさんが居るんだから、居て当然のような気もしたけどさ、うん)
その時世話をしたカナメさんに懐き、俺を含む回りがドン引きするレベルでカナメさんを慕っているのだ。
「ん? おお、エピニア殿」
俺の視線に気づいたのか、振り返ったオッサンは、エピちゃんに気づいて片手を上
げ。
(そっか、クシナタ隊と知り合えたなら面識あっても不思議はないわなぁ……さてと)
頭の中の冷静な部分で納得しつつ俺は足を前に一歩踏み出した。
トイレと言えばこの娘ですよね、うん。
次回、番外編1「勇者一行の再始動(魔法使いサラ視点)」
一方、主人公がかち合うのを避けたがってる勇者一行はと言うと……。