強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第三十六話「突発的な出来事と」

 

「ちょ」

 

 反射か、それとも意図的なものか。俺の腕は変態娘の誇る双子山脈の間にがっちりロックされ、感じた柔らかさに上擦った声が漏れる。

 

「と、トロ」

 

「嫌ッ、助けて……助けてママン、助けてマイ・ロー」

 

「っ」 

 

 焦り半分、それでもいくらか抱いていた疑いは、弱々しい救いを求める声で吹っ飛んだ。

 

(トロワ……)

 

 たった今聞いたばかりの声は演技で咄嗟に出るようなものではなく。

 

「嫌ぁ」

 

「くっ」

 

 悪夢に魘される幼い子供のように首を振りつつぎゅっと抱きしめてくる腕を引き抜くことなど出来る筈もない。先程の力ずくな除霊が原因の可能性もあるのだから。

 

「トロワ……大丈夫だ、俺はここにいる」

 

 耳元で囁き、自由な方の腕で、トロワの頭に触れる。

 

(甘く見すぎてた……取り憑かれるのがどういう事なのかを)

 

 そう言う意味で、これは俺の落ち度だ。

 

「トロワ……」

 

 だから、頭を撫でてもう一度呼びかける。

 

「んんッ、あ、あれ? おはようございます、マイロード。えっ、ええと、この態勢はOKと言うことですね? ああ、ようやくママンに赤ちゃんが出来ましたって報告出来ます。初めてがこんな埃っぽい廃屋ってのは、あれですが……、マイ・ロードと一緒なら場所なんて関係ないですよね? こう、町中で群衆に見られながらだって私はOKですよ、マイ・ロード?」

 

 とか、いきなり目を覚まして寝言を言おうものなら、俺の感傷を返せとばかりに色々出来るというのに。

 

「魘されて、目を覚まさないままではな……」

 

 これではただ、案じることと後悔することしか出来ないじゃないか。

 

「トロワ……」

 

 再び、名を口にし。

 

「あ……マイ・ロード。そこに、いらしたんですね」

 

「トロ、ワ?」

 

 逆に呼び名を口にされ、思わず顔を見るが、変態娘の瞳は閉じたまま。

 

「……んぅ、えへへ」

 

 声が届いたのか表情が和らいだのは良い。

 

(わり と しあわせそうな ねがお に なったのもいい)

 

 だが、魘されていたことを鑑みると、強引に起こすことも出来ず。

 

(いろんな意味で、この姿勢、辛いんですけど……)

 

 柔らかいものに挟まれた腕は動かせず、上から乗っかることも出来ないため、一見覆い被さるような前屈みの格好でありつつ、体重を支えてるのはほぼ下半身なのだ。

 

(最悪のパターンは腰に来てトロワの上に倒れ込んだ瞬間、この変態娘が目を覚まし、誰かに目撃されるってオチかな)

 

 今いるこの場所は、俺の担当エリアではなく、塞いだ洞窟に近いと言う理由でトロワを運び込んだただの元民家だ。他の班の面々が通りかかっても不思議はない。

 

(まぁ、無防備な状況だからこそ周囲の気配は探ってるし、目撃される恐れがないからこそこうしていられるんだけど)

 

 それでもきついものはきつい。

 

(不自然な姿勢への負荷は身体のスペックが補ってくれる、くれるのだけれど……)

 

 こう、腕に感じるむにゅっとした感触の方はいかんともしがたい。

 

(計算しての行動でないってのもある)

 

 しかも、卑猥な絵やら像を目にしたのが、この辺りの魔物達を一掃する少し前。背を向けてなるべく見ないようにしていたとは言え、腕に伝わる感触で思い出してしまったりはする訳で。

 

「あのホロゴースト共、本当にろくなことをしないな」

 

 嘆息しつつも前屈みになる理由がもう一つ追加されそうになる俺の目は遠い。

 

(呼びかけを続けるなら、モシャスの呪文は使えない)

 

 声まで変わってしまうし、効果時間の問題もある。

 

(ムール君に変身するならこのタイミングもありだけど、流石にトロワをこんな状態にした上で他人とくっつけようと画策するとか、なぁ)

 

 いくら何でも俺の面の皮はそこまで厚くない。

 

「出来るのは耐えて待つことだけ、か……」

 

「んん……あ、あれ?」

 

 ただ、つぶやいた ちょくご に め を さますってのも どうなんだろうか。

 

「まい、ろーど?」

 

「目が覚めた、か?」

 

 良かったと思う反面、ぶっきらぼうな言い方になってしまうのは仕方ないと思う。

 

「マイ・ロードぉぉぉっ」

 

「ちょっ」

 

 だからといって捕まえていた腕を放して抱きついてくるとか、反則だった。

 

「ありがとうございます、ありが」

 

「ま、待て、落ち着け」

 

 感謝してくれるのはいい。だが、今はタイミングが危険すぎるのだ。

 

「何があった? いや、言いたくないなら話さなくても良いが……」

 

 いきなり抱きついてくる、のはあるいみこいつなら仕様だなとも疑問を口に出してから気づいたが、それ以上にあんな変態ゴーストに取り憑かれていた相手にかける言葉としては無神経だったと言い直し。

 

「えっ? あ、す、すみません」

 

 多分、返ってきたのはワンテンポ遅れた落ち着けの方の反応だったと思う。慌てて手を放した変態娘は顔を真っ赤にして俯き。

 

「そ、それに、ご心配とご迷惑をおかけしました」

 

 上目遣いでチラチラ見上げて謝罪の言葉を述べるトロワは、何と言うか。

 

(あるぇ? なに、これ?)

 

 おれ の しってる とろわ じゃなかった。

 

 




先生、トロワちゃんの様子が変なの!

次回、第三十七話「なぁにこれぇ」

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