強くて挑戦者   作:闇谷 紅

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第六十六話「始まりかそれとも」

「やはり、近づいてくるな」

 

 ある意味当たり前のことだった。

 

(相手はこちらを認識して、近寄ってきている。そして、こちらには接近する推定くさったしたいに備える時間が十分ある)

 

 むろん、この備えというのは戦闘になった場合の備えだ。実はこの村の人間が全員ムール君の様に両方付いてる人だったとしたら、心の準備としては全然足りないし、そもそも何故そんな心の準備が居るんだよと言うツッコミに対しての説明兼弁解を考える時間としても充分ではない。

 

(って、何だよその過程! と言うか、一体誰が俺の脳内にツッコミ入れるんだ)

 

 詰まるところ、やっぱり俺はまだ落ち着けずにいた。

 

(認めよう。ムール君の不思議ボディは俺にとってかなり衝撃的だったみたいだ)

 

 一応、ムール君は俺が想像した以上にぽっちゃりさんだったという可能性がミリ単位ぐらいでは残っている気がすると思うが、そんなことを考えてしまう時点で思考と意識の切り替えが出来ていないのだろう。

 

(とにかく、まずは意識を切り替えないと)

 

 話は後で出来る。だが、動く腐乱死体は待ってくれない。

 

(待ってくれないというか、こっちが待たされてるみたいな感じになってるけど)

 

 相手を待つのは失敗だったか。

 

(待ち受ける間、余裕が出来てしまってつい考え事をしちゃうからなぁ)

 

 この状況で考え事などロクな事にならないのは解りきってるはずなのに。

 

(おのれ、くさったしたい)

 

 ただの死体かと思えば精神的に追い込んでくるとは中々やるじゃないか。

 

(とりあえず、効果範囲内に現れたらすぐ家具を使える様に準備だけしておこう)

 

 ムール君をキャッチする時その辺りに置きはしたが足が生えて逃げ出す機能も無い訳だし、おそらくは置いた場所にあるはず。

 

「……あった」

 

 首を巡らせれば、ムール君が壁に登って明かりを灯してくれたお陰で、ニフラム家具はすぐ見つかり。

 

「……これでいい」

 

 両肩に家具を担いだ俺は、魔物の気配がする方へ向き直った。

 

(まだ距離はあるな)

 

 だからといって慢心はしない。油断もしない。

 

(終わらせよう)

 

 さっさと。

 

(まだ一体目だし)

 

 魔物がやってくる先にもやることはある。

 

(村に繋がってる入り口がないかの確認と分岐の先の確認が済んだら新しく魔物が入り込んだりしないよう軽く封鎖しておかないと)

 

 結局あの夜中に俺がニフラムで消し去った動く腐乱死体の出所もまだ不明なのだ。

 

(いい加減な確認したりチェックしなくて見落としたら後で後悔してもしきれないだろうし)

 

 そもそもトロワにわざわざ家具の改造までやって貰っていると言うのに俺がいい加減な仕事をする訳にはいかない。

 

(そう、例えムール君に両方付いていて動揺しているとしても……って、何思い出してるんだ、俺!)

 

 何故脇に置いておこうと思ったことを思い出す。

 

(お前か、お前かぁぁぁっ、世界の悪意ぃぃぃ)

 

 何処までも、何処までも俺の邪魔をしてくれる。

 

(……じゃなくって、ええと、魔物の気配は……っ、随分近くなってる)

 

 手間が省けたと言うべきか。俺は家具を気配の方に向け、視線と意識も同じ方向へ固定する。

 

(そろそろ姿が確認出来てもおかしくない筈)

 

 考えるのも後悔も今度こそ後回しだ。

 

「お゛ぉうぉあぉぁぁっ」

 

「っ、来たか」

 

 やがて今にも転倒しそうなおぼつかない足取りで歩み寄ってくる腐乱死体の姿が明かりに照らし出され。

 

「今だ!」

 

 効果範囲内に入ったところで家具を起動させる。

 

「お゛ぉぅおぁおぉぉぉぉ」

 

 相変わらず意味のない音の羅列を漏らしつつくさったしたいが光の中に消え去り。

 

「まずは一体、だな。さて」

 

 拍子抜けする程上手くいった魔物の排除に一息つくと振り返る。

 

「他の道を一旦塞いでからあいつの来た道を逆にたどるぞ」

 

 アクシデントを有耶無耶にするという意味でもこの流れはチャンスである。

 

「うむ、ならば私の担いできた家具を使ってくれ」

 

「すまん。ではお言葉に甘えさせて貰おう。今のところ敵の気配は近くにないからな」

 

 オッサンの協力に感謝しつつ通路を家具で埋めると、念のため先程使ったばかりのニフラム家具も同じ場所に設置し、ロープで連動させる。

 

「こんなところか、では――」

 

 先に行こうと俺は促すつもりで他の面々の顔を見回し。

 

「ん?」

 

 明かりを受けてキラキラ輝くモノに目を留める。

 

「な」

 

 それは、壁に貼り付いてのアクシデントの時に懐から零れ、引っかかったのだろう。

 

(きんの……ネックレス?)

 

 思い返すと、確かムール君に預けていた気がするそれは、身につけた男性を「むっつりスケベ」に変えてしまう人格矯正アイテム。男性専用のそれは、まるで悪意でも有るかのようにぼーっと突っ立ったムール君の頭上にぶら下がっており。

 

(ちょっ)

 

 容易にオチが予想される光景に俺は顔をひきつらせた。

 

(こっちが本命かぁ、世界の悪意ぃぃぃ!)

 

 両方付いているなら、男性専用のアクセサリーを装着した場合、効果があったとしても不思議はない。

 

「間に合えっ」

 

「へ?」

 

 今にも落ちてきそうなネックレスの落下地点からムール君をどかすべく、俺は地下墓地の床を蹴ると前方に飛んだのだった。

 

 




 不気味に沈黙したままだった伏線「金のネックレス」、今になってそれが牙を剥く。

 あれを装着したら性格がむっつりスケベにされちゃう。

 逃げて、ムール君。今ならまだ間に合うはずよ。むっつりスケベにならないで!

 次回、第六十七話「むっつりスケベ爆誕」

 目指したのは「城之内死す」レベルの次回予告。


 いやー、ようやく伏線一つ回収出来そうです。

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