「……行くぞ」
二人に声をかけたのは、じーさんの姿が完全に見えなくなった後のこと。
「はい」
「うん」
二人からは短い応答が返ってきただけだったが、きっとそれで良い。
(さよならも何も言わなかったからなぁ、あのじーさん)
たぶん成仏したんじゃないかとは思うものの、根拠になるのは満足そうな笑みと薄れ消えていったという現象のみ。
(「なんちゃって! ほほほ、成仏したと思ったじゃろ?」とかふざけて再登場しようものなら呪文の一つや二つお見舞いしてやるところだけど)
名前に反してまともだったあのエロジジイがそんなお茶目をやらかすとは思えない。
(あっちが別れを告げてないんだ。こっちから何か言ってやる義理もなぁ……)
ついでに言うならもうトロワ達を促してしまっている。
(またな)
声には出さず胸中で呟き、俺は歩き出す。
「オイラ途中からだったけど、あれで終わったんだよね?」
「……ああ。あの老人とトロワのお陰で地下墓地を浄化するものが再び動き出したからな。地下墓地内に魔物が残っていたとしてもあれの効果で浄化され死体に戻るらしい」
魔物を死体へ戻すのにかかる正確な時間は解らないが、足止め用のニフラム家具もそのままにしてあるし、気になるようなら入り口に残った家具で入り口を塞いでしまうと言う手もある。
「そっか」
「故に、残ったのはあの男の目的のみだ。妻をこの地に眠らせるという、な」
くまさんのぬいぐるみに遺骨を入れるという斜め上な保管方法を見せてくれたオッサンだが、奥さんを埋葬するとなるとあのぬいぐるみごと埋めるんだろうか。
「……あの男の用事が済めば、この村ともお別れだ」
それはおそらく、あのオッサンとの別れでもある。
「お別れ、かぁ」
「……すまん」
「ううん、いいよ」
ポツリと漏らしたムール君の寂しげな声に若干気遣いが足りなかったかと振り向いて謝罪するが、ムール君は首を横に振り。
「本来ならオイラ、この村にもう一度来ることだって叶わなかった訳だしさ。けど、今のオイラには明日があるから……」
「そうだな」
「うん。まだヘイルさんのことよく分からないけど……」
約定通り一緒に来てくれる、と言うことなのだろう。
「まぁ、何だ。その辺りはおいおい慣れてくれればいい」
出来るだけ駆け足したいところだが、それでも時間は充分にあるのだから。
「さてと、何にせよまずはカナメ達と合流しないとな。ムール、他の皆はまだ入り口の前か?」
「そうじゃないかな。ヘイルさん達を放っておいてもう一つの墓地に向かうってのは無いと思うし」
「そうか。効率優先で動いてくれていてもいっこうに構わなかったのだが、普通はそうなるな」
協力者を放置して自分の目的を果たそう何て不義理な真似をあのオッサンがするとは思えず、そう言う意味で想定の範囲内だ。
「では次だ。この村の死者の弔い方……違うな、墓はどういう形状をしている? 石材を切り出してきて碑の様なモノを立てるのか? それとも枝を組んでシンボルを模るようなモノか?」
「んー、その二択だったら後者、かなぁ? 前は石のお墓もあったんだけどね。石切場は村の外だし、魔物が頻繁に目撃されるようになってから石材を運ぶ人が魔物に襲われる事があってさ」
「成る程、その説明でだいたい解った」
石材の確保に危険が伴うなら、あのオッサンはまず枝を組む方を選ぶ。
(オッサンの体調が良くないのも有るけど、ここのところ良いところ無しだったもんなぁ)
俺がオッサンの立場だったら石の墓が欲しいので危険に身をさらして石材をとってきて下さいなんてとても言えない、だが。
「妻のため世界を旅してまで鍵を探した男が妻のために作った墓標となれば相応のモノでなければならんだろうな」
「ヘイルさん?」
解っている、余計なお世話だってことも。
「マイ・ロード」
「すまん、トロワ。ただでさえ負担をかけているというのにな」
「いえ。大切な人の為に願いを叶えてあげたいという気持ちは魔物も人間も変わりませんから」
「そうか」
こう、何というか。最近のトロワはきれいになりすぎじゃないだろうか。
(ありがたい、ありがたくて申し訳ないんだけど、違和感というかギャップが……)
確か、この村来るまでマザコンの変態だったんだぜ、あいつ。
「ムール、石切場までの案内を頼めるか?」
「あ、うん。けど、合流はいいの?」
「あの男が居るのはこの地下墓地の入り口だろう? なら、ここを出た時点で合流は出来る。その後今ここにいない者に目的の墓地へ向かって貰い――」
俺達はやり忘れたことがあるとでも言って石切場に向かう。
「石材と言ってもピンキリだ。あの設備ぐらいの目方のモノなら背負って戻ってこられるだろう」
しのびあるきしていけば魔物に遭うこともないと思う。
「あの、マイロード」
そんな時だった。
「ん? どうした、トロワ?」
「あ、はい。以前作った容量と重量を無視して何でも入るという袋の失敗作ですが」
「ああ、あったな、そんなモノが」
入れたモノの体積を縮小させるだけの袋にとどまり、人目を引いてしまう胸を隠す為出会った当初のトロワがはそれを乳袋にしていた。
「それがどうかしたのか?」
「ええと、まだ仮定なのですが……あの老人から教わった浄化設備の仕組み……水をくみ上げる部分の技術を応用すると『入れたものの体積を縮小させ、重量を軽くする袋』を作ることが出来るかも知れません」
「な」
なに、このてんさい。いや、あのじーさんもじーさんか。
(つまり、あの設備は水を汲み上げるのにモノを軽くする力を働かせて汲み上げやすくしてたってことなんだろうなぁ)
トロワの説明を聞いてようやくあの設備の仕組みの一つを理解した俺はアホなのだろうか。
「それで、お前はその袋を作ってみたいと?」
「はい」
「わかった、やってみろ」
この状況で却下出来る筈もない。迷わずGOサインを出し。
「あ、光が」
俺達はようやく地下墓地の入り口へと辿り着いたのだった。
サブタイ変更申し訳ありませぬ。
結局村脱出ならず。
さくっと終われると思ったんですが。
次回、第八十五話「誓いと出立」