なにアレ、めちゃくちゃ面白かったッ!!!!
まだ買っていない人がいるかもなので詳しくは言いませんが、読んでてすっごい熱くなった!! 新約六巻に勝るとも劣らないぐらいのすごい展開だよあれは!
冗談抜きで思い出すたび鳥肌が立っちゃう!!
初めて読んだ時には、ページめくるだけでワクワク止まらなかったもん!!
兎に角面白いので禁書ファン是非は買って見てください! 絶対損なんかしませんから!!
学園都市の『外』。
交通の遮断に加えて、周囲が高さ五メートル・厚さ三メートルの壁で囲まれ、三機の監視衛星で常に監視している学園都市。その『外側』。
人気の少ないとある場所のとある建物。そこには、数十ほどの人間が集まっていた。
小柄な少年・大柄な青年・初老の老人・黒髪の少女・金髪の女性など、性別・年齢・風貌の共通点がまるでない集団。『夜中に集まる不良たち』というカテゴリには含むには少しばかりおかしな組み合わせだ。
「……いよいよ、明日なのよな」
その中の一人。わざわざ黒の髪染めで染め直したであろう黒髪の青年、
建宮だけでなく他の者もその顔は張り詰めている。
「再三聞くようで悪いが、場所は本当に間違いないのよな?」
「はい。情報が間違いでなければ、
「……そうか」
仲間の報告を聞き、建宮の目が細まる。短く返す建宮の声は、誰が聞いてもわかるほどに固かった。
彼は十字教の一派である『
『天草式十字凄教』は幕府の迫害から逃れつつも十字教を信仰するため、仏教や神道でカモフラージュに偽装を重ねた宗派であり、多角宗教融合型十字教とも呼ばれ、隠密にも優れている。
故に建宮も、彼の仲間である天草式の面々も修道服ではなく、今時の一般人が着るような服を着ている。
……少しばかり奇抜な装飾品を身に付けてはいるが、十分に常識の範囲内だろう。
「…………やっぱり、やるしかないんでしょうか……」
沈黙の中そう口にするのは、天草式の一員である---二重まぶたが印象的な女の子---
「やるしかないだろ。もう……やるしかない……」
何処か自分に言い聞かせているようにして、大柄な男、
「……何か……何か理由があって、
小柄な少年、
一瞬の静寂が、天草式の中に訪れる。目を閉じる者もいた。
「……香焼。その話は既に終わっただろう。今更掘り返すことではない」
静寂を破るのは、天草式の年長組である
彼は、香焼を少し咎めるように声をかける。
「……でも---、」
「
諫早の言うことに食らいつこうとした香焼の言葉を遮って、建宮は座っていた椅子から立ち上がる。
「どれだけ言おうと、どれだけ嘆こうと、どれだけ泣こうと、俺たちのやることは何一つ変わらんのよ。お前ももうわかってるだろ、香焼」
「…………はい。もう、変わんないんすよね……」
俯く香焼の表情は、完全に沈み込んでいる。
香焼の思っていることは、天草式全員が一度は思ったことだ。いや、今でもそう思っている者は少なくない。
建宮もそれをわかっている。建宮もその一人なのだから。
「……どうしても嫌ってんなら、無理に来なくてもいいのよな。お前の気持ちは十分にわかる。辛い思いをする必要はねぇのよ」
そう言って香焼の頭をポンポン、と軽く何度か叩く建宮。
そんな建宮の手を払うように、香焼は頭を大きく振る。その顔は何処と無く拗ねたように、
「……子供扱いしないで欲しいっすよ。それに、誰も行かないなんて言ってないですし……」
「大体……」と言って天草式の面々を見回す。皆の表情は明るいとは決して言えない、言えないが、少なくともこれから起こることを『覚悟』をしている顔だ。
「大体……皆辛い思いを我慢してるっていうのに、自分だけ背を向けて逃げるわけないっすよ」
「逃げることとは違うのよ。これは本当なら、俺たちがやる必要のないことだ。いずれ時が経てば、イギリス清教かローマ正教が
「同じことっす。ここで行かなかったら一生後悔する、そんなことは逃げることとなんら変わりないすから」
「……後戻りはできんぞ」
「する気はないっすよ」
身長差故に見上げる形となるが、香焼は建宮とハッキリ目を合わせる。その瞳に映る『覚悟』を見せつけるように。
建宮斎字は、その『覚悟』を感じ取り、小さく笑う。もう揺らぐことはないだろう、と。これ以上自分が何かをいう必要はないだろう、と。
「……お前さんらも、何か言いたいことはあるか?」
その言葉は仲間たちに向けて。共に歩む同士たちに向けて。
意味のないと自覚しながらも問いを投げかける。かつての仲間を、その手にかけることが嫌な者はいるか、と。
声はなかった。
ただ、瞳が、問いに対しての答えを返していた。
その答えを受け取った建宮は、一呼吸置き、一つの確認---再認識とも言える---を改めてするために大きな声を上げる。
「いいか!!
「「「「……はい!!」」」」
天草式の皆が『覚悟』を決めた。
それは苦痛の道。かつて共に笑い合い、背中を預け、共に涙を流し、多くを教えてもらった仲間。
終わった後の、彼ら彼女らに笑顔は無いだろう。それでも、やらなければならない。
これは天草式十字凄教がしなければならないコトだ。
そして。
囚われの少女を救い出さなければならないのだ。
『救われぬ者に救いの手を』、その行動理念を護るため。
「待ってるのよな、
呟く建宮の顔は、苦痛に耐えるように少しだけ歪んでいた。
建宮含む天草式を見るモノは、空に光る無数の星々だけ。
七月五日の、天草式の心とは真逆に夜空の綺麗な夜のことである。
1
学園都市の『内側』。
とある学区の、とある研究所。その一室。
その部屋には簡易ベッド、最低限の着替えが入ったタンス、小さなテレビ、縦一メートル程度の冷蔵庫と、住むのに最低限の物しか置かれていなかった。
床、壁、天井は紙のように真っ白、娯楽用素などまるで皆無だ。おまけに、必要のないほど広い。
そんな部屋の中、簡易ベッドの上に、ラフな服装をした一人の少女が身を預けていた。
「…………はぁ……」
ため息を零す姿はどこか儚げで、それが少女の美しさを際立たせていた。
仰向けに寝ているため、艶のある漆黒の長い髪は薄く広がり、それも合間ってわずかに色気のようなモノを感じる。
その四肢は細く女性特有の丸みがあり、出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んだ身体をしている。それは雑誌やテレビで出てくるモデルたちよりも綺麗で整ったプロポーションであった。
……ぶっちゃけて言えば『エロい』。美しくも幼さの残る顔は、儚げな表情に包まれている。もう誘っていると勘違いしても仕方がない姿だった。
「……私は、いつまでこんなことを続ければいいんでしょう。私は……一体いつになったら、外に出られるんでしょう……」
最低限の家具しか置いていない無駄に広い部屋では、その誰にも言っていない独り言はよく響いた。
少女の独り言は続く。
「テレビで見た景色は、綺麗だと思いながら見ることはできないんでしょうか。特集していたスイーツと言う物は食べられないんでしょうか……」
段々と、少女の声が涙に濡れていく。鼻を啜る音も微かに聞こえる。誰もが当たり前にできることが少女にはできない。
何故ならば―――、
―――少女は生まれてから一度も外に出たことがないから。
比喩ではなくそのままの意味で。正確には
基本はこの真っ白な部屋で生活。その他は『実験』のため、研究所の中にある『実験』の内容ごとに分けられた部屋に行って『実験』を受ける。それを毎日毎日続けてきた。
無論逃げ出すという行動を何度も実行した……が、その度に直ぐさま無力化されてより過酷な『実験』を強いられた。
少女にはその『実験』に何の意味があるのか、少女自身も全くわからない。そんな思考は一年以上前に放棄している。わかったところで何も変わることはないと理解したから。
少女が受けている『実験』の内容を、世間では『酷い』と言うのか『まだマシ』と言うのかは知らないが、少なくとも少女にとっては声が枯れるほど叫び続けても終わらない苦痛の日々だった。今ではもう思い出すだけでも身体が震え、呼吸が荒くなってしまう。だがそれさえも、少女の中では当たり前のことになってしまっている。仕方のないことだと、いつものことだと、どうすることもできないと諦めてしまっていた。
精神的にも肉体的にも多くの苦痛を受け、多くを諦めてきた少女。
それでも。
たった一つだけ。
少女にはどうしても諦めることのできない夢があった。
「―――『自由』は、訪れないんですか……?」
『自由』。
それを手にすることが、少女の夢。
少女が決して諦めることのできないモノだ。精神が疲労し、肉体が悲鳴をあげながらも『自由』を求め続けた。それは自身の現状を理解した時から少しも変わっていない。
顔を涙で濡らし弱音を吐いている今でも、その思考はできる限りの脱出手段を構築・判断している。
しかしその全ての手段は
「『自由』は訪れるモノではない。訪れるのを待っていてはいつまでも『自由』を手にすることなどできんぞ」
唐突に、声が聞こえた。
音が低く、絶対に忘れられない冷たい声。感情を感じさせない
少女は涙を隠すために素早く拭い、寝転んでいるベッドからゆっくりと降りる。
そして、声の聞こえた方―――真っ白な部屋唯一の出入り口―――へと視線を向ける。その眼光は、常人ならばそれだけで気絶してしまうほど鋭く険しい。
「……何のようです……出発は明日のはずですが……」
「なに、最後の『実験』が終わった後だ。私に何か言いたいことがあるのではないかと思ってな」
そこには一人の男が悠然と立っていた。
短く切られた黒い髪に黒い瞳、二十代後半に見える顔立ちと、日本人としてはありふれた容姿をしている。その服装も赤いTシャツにジーンズ、そして上から羽織った白衣という研究員としてはおかしな格好だが、一般人としてはまともな部類だと言えるだろう。
見た目だけ見れば探せば何処にでもいそうな『平凡な青年』に見えるだろう。そう、
少女を見る男のその表情は、凍りついたように完全な無表情だ。目の前で人が死んでも眉一つ動かないと思ってしまうほど、その顔には色がない。
ただそこに立っているだけだというのに、少女は膝を着いてしまいそうな重圧を感じてしまう。石像のように無機質で冷たい瞳がさらに重圧を重く感じさせる。
だが、少女にとってはほぼ毎日嫌という程感じている重圧。流石に慣れてしまっているため、膝を着かずさらに眼光をきつくする。
「何もありません。貴方に言うことなんてなに一つありません。そんなことを聞きに来ただけならさっさと出て行ってください。声も、聞きたくないです」
「ふむ……随分と嫌われてしまっているな。まあ、そんなことはどうでもいいが……用件はただ一つ、明日の『最終調整』についての話だ」
少女の突き放す拒絶の言葉も、男は意に介さず話を続ける。
「出発は明日の午後、詳細な時間は伝えなくてもいいだろう。仮に伝えたとしても、道筋は何も変わりはしない」
淡々と発せられる声に人間らしさなど欠片もない。どこまでも機械的で冷酷な声音で、男は睨み続 けたままの少女に声を掛ける。
「どうした? お前自身が外に出たがっていたというのに、何か不満でもあるのか」
「……あるに決まってるじゃないですか。確かに私は外に出たいと思っています。ですが外に出たとしても、私に『自由』はありません。外に出ても今と変わらず、貴方に縛られたままです。そんなモノ、とても『自由』とは呼べない」
少女が求めるのは『自由』、より正確にはこの男から解放されることだ。この男に捕まったまま外に出たところで、それは最早『自由』などとは言えない。
重圧に耐え男を睨むその瞳には、小さな―――だが確かな―――意志が輝いていた。
男はその輝きをしっかりと見て、暫し沈黙する。その沈黙の中、お互いの心中ではそれぞれの思いが駆け巡っていた。一人は手を強く握り締め、もう一人は懐かしむように目を細める。
それはほんの短い時間。
男は一度目を閉じ、また開く。そこには冷徹な眼差しがあった。
「……お前が何を思おうが道筋は変わらん。少なくともお前一人の力ではな」
最後にそう言い残し、踵を返して部屋を去ろうとする。その去り際、「あぁ……」と何かを思い出したように、
「先程の話の続きだが、『自由』は待っているだけでは訪れはしない。が、『自由を手に入れるチャンス』は訪れることがある。覚えておいた方がいい」
それは引き金となった。
少女は数メートル離れていた男との距離を、一秒にも満たない時間でゼロにする。
「お前が……!! そのチャンスすら奪って閉じ込めているお前が……よりによってお前が言うのか!! ふざけるなッッ!!」
憎悪が満ちた目と声。男の言葉は、少女の理性のメーターをあっさりと振り切った。
そして彼女は接近と同時に男の胸倉を片手で掴み、もう片方の手は色が白くなるほど強く握り締められていた。
今の言葉は彼女にとって完全な地雷、男はそれを踏んでしまった。それだけでなく、その地雷をこの男が踏み抜いたことが彼女を激昂させる原因となった。
少女は
答えは単純、ただ普通に床を蹴り、常人には知覚できない速度で一直線に近づいたというだけなのだ。
その証拠として少女がさっきまでいた場所の床は、超重量の物体が思いっきり激突したように大きくヒビ割れ砕けている。少女が床を蹴った証拠としては十分なものだろう。
普通はそんな動きができるわけない。もしそんなことを無理矢理やろうとすれば、待っているのは筋肉の破裂または移動中に体が引き千切れるか内蔵が潰れる結果だ。鍛え方にもよるが、少なくともその後肉体は無事では済まない筈。
その筈だが、男の胸倉を掴み上げている少女の肉体に大きな変化は見えない。当然筋肉が壊れればまともに立つことすら困難だ。しかししっかりと床を踏みしめている少女の体は崩れる様子はない。
胸倉を掴まれ床から足が離れている状態で、男はその様子を見ていた。百八○を超える身長の男をその二十は下の身長の少女が、片手で苦もなく軽々と持ち上げている様はまさに奇妙と言う他ない。
今にも殴りかかりそうな少女、異常な身体能力を持つ彼女に殴られれば大抵の人間は骨まで粉砕されるだろう。なのに男は顔色一つ変えず、モルモットを観察する時と同じような目で少女の全身を見ていた。
「……ふむ、『
「……ッ!!」
少女の激昂など、取るに足らない些細なことだと言わんばかりの態度、それが彼女の怒りを助長させる。
―――舐められている。
少女はそう思わずにはいられなかった。始めから脅威とすら思っていない、脅威というレベルにも届かない小さな存在だと、そう認識されているようで、たまらなく悔しいのだ。
その悔しさと男への怒りの相乗効果によってとうとう腕を大きく後ろに引く。それは男を殴るための行為。明確な殺意を持って振るわれる『暴力』。
そして、少女は固く握り締められた拳を―――人の領域を遥かに超えた速度で―――男の顔面に叩きつける。
音速を超える一撃、それで男の頭は壁に投げつけたトマトと同じように潰れる。
そうなるのが当然だった。
ならば何故。
少女は地に伏せ、男はそれを見下ろしているのだろう。
「ガッ、ァ……!?」
強く地面に叩きつけられ、肺から空気が強制的に吐き出される。だかそれも一瞬のこと、すぐに呼吸を再開して空気を取り込む。そして頭は何故今のような状況になったのかを。
その答は簡単にわかった。男がしたコトは何の異能も絡まない単純なコト。
ただ少女の攻撃を持ち上げられた状態のまま紙一重で躱して、その手首を掴み引き寄せ、それと同時に足で少女の脛を強く押すように蹴った。そしてバランスを崩し胸倉を掴む力が緩んだ隙に抜け出し、少女の背後に回ってその無防備な背中に強烈な肘打ちを食らわせた。
男の身体能力は少女と比べれば遥かに低い。しかし、直線的でどこに向かって攻撃しているのか把握していれば、たとえ一般人でもタイミングを合わせれることで可能な芸当なのだ。
要はただの『技術』によって、人外の如き『暴力』を叩き伏せただけ。
『暴力』を叩き伏せた男はそれを冷たい視線で見下ろす。その視線に込められた意味は、失望・予想通り、そして期待。
「やはり行動が単調だ。怒りに身を囚われているとはいえ小手先のフェイントも入れないとは、それに関しては少々残念だ。……が、『未完成』でありながらここまで『聖人』の力を発揮できていること。これは嬉しい誤算と言えるだろう」
「……ッ!!」
男の言葉は聞こえているが内容などさっぱりわからないため、少女はそれを無視して起き上がろうとする。
しかし起き上がる途中、少女は男に頭を鷲掴みにされる。そして下に向いていた顔を無理矢理上げさせられた。
「無駄だ。今の君では私に勝利することは到底不可能。増しては殺害することも出来ん。それだけの『差』が存在することを理解しろ」
「――――――、」
男が言い放つどうしようもない事実。年齢が一桁の子供が大人に勝てないのと同じこと、それだけの『差』が両者の間にあった。
だが、少女はその言葉を聞いていなかった。正確には聞くだけの
「……ぁ……ぇ……いゃ……」
―――
男に視線を向けた最初から
「いやッ……やだ……はなしてぇ!!」
―――ほんの少しでもこの男から早く離れたい。
今の彼女の頭の中はその思考だけが埋め尽くしていた。自分の髪を掴む手を振りほどくため、がむしゃらに腕を振り回す。子供が暴れているような光景だが、その腕力は、当たれば確実にただでは済まない大怪我を負うレベルだ。男もそれを理解しているため、腕に当たる前に素早く手を離し引っ込める。
当然手を離せば、持ち上げられていた体は物理的法則に従い崩れ落ちる。
男の拘束から離れた少女は、座ったままの状態で己の体を抱きしめる。その姿は男に恐怖し、自身の身を守ろうとしている小さな存在でしかなかった。最早怪物のような力を振るっていた者の姿など何処にもない。ここにいるのはただの怯えた一人の少女だけ。その瞳に輝いていた意志は、今は見えなくなっている。
そんな少女を見ても、男の顔は何も変わらない。凍てつく瞳が少女を写すのみ。そして男は抵抗もできない少女へと、無慈悲にこう告げる。
「君はただ……そうやって私に怯えていればいい。そうしていれば、いつかはその怯えも感じられなくなる。その時こそ君が『自由』を得る時だろう」
そう告げ、少女から視線を外す男。彼はそのまま部屋を出て行く。
今度は、止める者はいない。
扉がゆっくりと閉まり、扉越しに聞こえる靴音が遠ざかっていく。それでも少女は動かない。震える体を必死に押さえつけているだけ。震えることしかできない。
暫くその状態が続き、恐怖の感情が引いてきたのか小さく震えた声で呟く。
「……『自由』って……多分、そんなモノじゃないですよ……自分の意志で道を選んで……自分の意志で歩くことが……『自由』じゃないんですか……」
少女に外の世界など一切わからない。知っているのはせいぜい液晶モニターに映る、限られたごく一部の世界のことだけだ。
本当は想像よりもっと汚い世界なのかもしれないし、逆にとても素晴らしい世界なのかもしれない。もしかしたらテレビの情報は全て偽りで、本当はまるで違う世界なのかもしれない。
少女が思い描く幻想を裏切るような世界なのかもしれない。
だけど。
それでも。
少女は外への憧れを、『自由』を手にすることをやめない。
まだ彼女は、自らの道を選んで歩いていないのだから。
少女は上を見上げる。
そこにはいつも通りの白い天井のみ。
彼女に、まだ空は見えない。
2
「……主任!!」
男が部屋に入っての第一声がこれだ。
大声を出したのは、この研究所にいる者の中でも比較的若い研究員。まるで、頼りなる先生が来た時のような顔だ。彼の声にこの部屋にいた全員が男に視線を向ける。その視線には始めに声をかけた若い研究員とは違い、「やっと来たか……」や、「待たせやがって……」など少々傲慢な態度が見え隠れしていた。
その中の一人、三十代程の男性がが椅子から立ち上がり男へと近づいていく。その顔には貼り付けたような笑顔。
「これはこれは主任、ご無事で何より。先程あの実験体のいる部屋から大きな音がしましてなぁ。主任に何かあったのかととても心配しておりました」
「あの部屋で『実験』の中よくやることが起こっただけだ。結果はいつも通り、ただ場所が違ったというだけの些細なこと。気遣いはいらん」
取り繕った上辺だけの言葉。流石に何年も聞いていれば鬱陶しく感じるのも面倒になっている。男はいつも通り適当に言葉を返す。
「それよりも……」と、部屋にいる面々を見渡し、男性に疑問を投げかける。
「何故全員ここにいる。私が呼んだのは
そう言って男は、先程大声で自分を呼んだ若い研究員---善野を見る。
その冷たい視線にビクッ!! と大きく反応する善野。男は善野を少しばかり臆病な人間だと既に認識しているので、その反応は大して気にしていない。
しかし、善野自身はそのことを知らない。びびった姿を誤魔化そうとすぐさま善野は男の疑問を否定する。
「い、いえ……僕も知りません。僕が来た時には、皆さん集まっていたので……、」
「なるほど……善野君は理由を知らないと。ならば君たちに直接聞こう。何故、人が滅多に来ないこの会議室に、君たちが全員揃っている?」
それはこの部屋にいる善野と呼ばれた研究員と、男自身を除く全員に対しての問い。
この部屋は会議室として使用されているのだが、実際使うのは年に二回あるかないか。ほぼ毎日、使用はおろか入って来る者すらいない部屋なのだ。
だというのに、今この部屋には研究所で働いている者全てが集まっている。会議があるのなら事前に知らせがはいるはず。……というよりも、一番始めに男に連絡が来ることになっている。それがないならば、会議で集まったという可能性は鼻から存在しない。
「私達が集まっている理由、それをお答えする前に幾つかお伺いしたいことが御座いまして……。よろしいですかな?」
「……ある程度は構わん。ただし、以前知らせた重要機密関連以外でなら、だ」
「ありがとう御座います。では早速一つ目、あの実験体―――『原石』の少女について」
『原石』。
一般的には、数ある『学園都市の中でも不思議な噂』の一つとして語られている存在。簡単に言うならば、学園都市の『開発』を受けず超能力を発現させた天然の能力者だ。
何故そのような存在が生まれたのかは様々な説があるが、有力な説として、『彼ら彼女らのいる環境が【開発】と同じ効果をもたらし、超能力を発現させたのではないか』と言われている。
その数はとても少なく、世界に僅か五十人程度。学園都市でも今現在で半分も保有していない。それ程希少なのだ。
そして、この研究所ではその『原石』について調べている。
「……あの少女がどうした」
「率直に尋ねますと……アレ、
『アレ』とは間違いなくあの少女のこと。この中年の男が、彼女を人として扱っていないことがよくわかる発言だ。
その言葉に反応したのは男ではなく善野だった。
彼は酷く慌てた様子で、
「な、何を言ってるんですか! あの少女の力を見たでしょう! あ、あの人間の領域を遥かに超えた身体能力、アレが『原石』でないなら何だと―――、」
「―――疑っているというわけか」
善野の言葉を遮り男は言う。
「『原石』とは異なる未知の『ナニか』、私がその情報をを隠していると、上層部はそう睨んでいるわけか」
「えぇ、その通りです。そして『ソレが真実ならば聞き出せ』と、そう言われましたよ。……正直な所、私は『間違いない』と確信しています」
『間違いない』。
つまりあの少女は『原石』ではないと、そう言っている。
貼り付けたような笑みが、本当に面白そうな笑みに変わる。
「理由としては、AIM拡散力場を
AIM拡散力場。
正式名称はAn_Involuntary_Movement拡散力場。能力者が無自覚に発してしまう微弱な力のフィールド全般を指す言葉で、あまりにも微弱であるため学園都市の精密機器でなければ観測できないモノだ。
AIM拡散力場は、たとえ天然の能力者である『原石』であろうと例外なく発生させている。
「あのナンバーセブンですら、不安定ながらAIM拡散力場が観測されている。どんな能力者でも観測可能なモノが、あの実験体からはほんの少しも観測できない。アレが『原石』でない理由など、これだけでも十分でしょう」
「納得いかなければ他にも理由を挙げますが?」と、自信満々に尋ねる中年の男。ニヤニヤ笑うその姿は、他者に嫌悪感を湧き上がらせる。若い研究員はそれを尻目に、男を心配そうな顔で見る。
「しゅ、主任……」
「…………」
男は口を閉じたまま、何も語らない。無表情のままその場に佇んでいる。
何も考えていないのか、無表情の仮面の裏で思考を駆け巡らせているのかは、この場で男を除き誰もわからない。しかし、その沈黙という空白はこの場面では『無言の肯定』と同義。中年男(正確には上層部)の問いに対して「その通りだ」と言っているようなものだ。
「……ふむ、残念ですなぁ。仮にも三年間、貴方について来た我々としては実に遺憾なことです」
そう言い、中年の男は白衣の下の懐に右手を伸ばす。それが合図のように、他の研究員たちも同じく懐に手を入れる。
「…………?」
行動の意味が理解できずに首を傾げる若い研究員。だがその不思議そうな顔は、次の瞬間には青ざめる。
それは、懐から抜かれた手に握られていたモノを見たからだ。
「け、拳銃……ッ!?」
それは、部屋の灯りを受けて黒光りしている『人を殺すために作られた』モノ。
その銃口は、未だ沈黙を貫いている男に向けられていた。さらに、銃口は一つではない。幾つもの銃口が男に集中している。
向けられている男と、顔面蒼白の善野と呼ばれる研究員以外、この場の全員が銃器を取り出していた。
「今まで三年、貴方と共にいたのでわかりますよ。貴方が情報を素直に提供する筈がない、と言うことぐらいねぇ。なので、始めからこのような手段でいかせてもらいます」
既に指は引き金に掛かっている。後は指に力を入れるだけで弾丸は射出され、男の身体を簡単に貫くだろう。
善野は現在の状況を正しく認識し、同時にこれは『交渉』でなく『脅迫』なのだと理解した。男が断ればその時点で、銃弾の蜂の巣が確定することを、ハッキリと理解した。
理解した上で。
善野は次の行動にでる。
「……善野クン。何のつもりかね?」
「……主任の『盾』のつもりです」
腕を大きく広げ、男を守るように立つ。
善野は今、目の前の状況を冷静に判断して、その後に起こる結果も予想できている。
『このままでは主任が殺されてしまう』と、ほぼ確信に近い状態で予想していた。そして善野は『殺されるから自分が守らなければ』と、微塵も抵抗を感じることなく、実行に移した。
相手は複数、一人殴り飛ばしたとしても他の連中がその間に主任を撃ち殺してしまう。撃たれる抑えることなど到底不可能。なら自分が盾になって、主任が逃げるだけの時間を稼ぐのが至極当然だと、そう判断した。
そして当たり前のように、後ろの男に話しかける。顔と視線は銃を構えた者たちに向けながら。
「主任。合図しますから、それと一緒に後ろのドアから逃げてください。ここに来るまでの途中、人っ子一人いなかったので恐らく連中の仲間はいません。だから主任は外の出口まで余計なことは考えずに走ってください」
「…………」
その声に、怯えはなかった。
先程までの酷く弱気な姿は何処にもなく、堂々とした様はまるで別人。
『男が殺される』と理解した瞬間から、スイッチが切り替わったように善野は臆病な人間ではなくなった。
中年の男は善野の行動に始めは驚きを露わにしたが、大した障害ではないと判断したのか、再びニヤニヤとした不快な笑みを作り出す。
「ふむ、善野クン。君は今自分が何をしているのかわかっているのかね? 君は今、我々を裏切った犯罪者を庇っているんだぞ」
「解ってますよ。解ってるから、こうしてるんです」
「その男を逃がしてしまえば、後に何をするかわからんよ? あの実験体のデータを利用して、我々の住むこの学園都市に―――その
つまり、それだけの効果と価値があの少女にあるということ。
それだけの価値を見出しているということ。
もし、それだけの価値を持つ少女のデータを、学園都市の『外』に持ち出されれば? ソレが全世界にばら撒かれてしまったら?
学園都市の超能力とは異なる―――増しては『原石』ではない―――謎の力。そんなモノの情報が出回ってしまえば、学園都市の地盤が崩壊してしまうのは火を見るより明らかだ。『上』だけではない。学園都市に住む二三○万人もの人々にも間違いなく被害が届く。さらに二三○人の八割は学生、 被害は連鎖的にその親族にも及んでしまう。そうなってしまえば学園都市は取り返しのつかない状態になる。
男を逃すことは、そんな未曾有の危機を引き起こす可能性があるのだ。
「あり得ません」
だが。
善野はそれをハッキリと否定する。
「…………何故?」
「何故って……そんなの決まってます。主任は、そんなコトをする人じゃありませんから」
そう言い放つ。
学園都市を危機に陥れる人間ではないと。
何の根拠にもならないことを言う。
「は、ははは、はっははははははははははははは!! 可笑しなことを言うねぇ。その男は三年間我々を騙し続けていたんだよ! そんな男を『そんなコトをする人じゃない』!? はっはっは、これは傑作だ!」
面白くて仕方ない様に大声で笑う。善野の言葉は、テレビの中に映るヒーローが実在すると信じてる子どもの戯言と大差がない。そんな戯言を吐く善野を嘲笑ったのだ。
中年の男だけではない。銃口を向けている者全てが、善野を嗤う。科学者でありながら幼稚な根拠を語るものだと。
嘲笑に晒される善野。だが彼の顔は―――笑っていた。
「……わからないでしょうね。自分の利益や保身ばかり考えてる貴方たちには。人の押し殺した善意・優しさ・苦痛、貴方たちには多分一生理解できませんよ」
ただの戯言だと嗤う者たちを、善野は笑う。
「
根拠なんてモノはない、だが確信できた。
自身の身体の奥底から湧き上がってくるこの感情は、正しいモノだと。
だから従う。だから守る。凶器を向ける彼らに立ち向かう理由など、それだけで十分だ。
そう―――、
「お前らみたいなクソ野郎の前に立つ理由なんて、主任を守る理由なんて、それだけで十分だッ!!」
それは彼の内に芽生えたナニかが、完全に開花した瞬間だった。
誰かを助けたい・守りたいという己の善意。この身に大した力はない。だけど、それでも守ると決めた。だから守るのだ。
一人の若い研究員に宿ったのは、愚かで甘い
「は、ははははははは!! ならば後ろの男諸共、仲良く死になさい! そして自分の選択を、あの世ででも悔やんでいろ!! 存在するならの話だがなぁ!!」
だが無情にも時は過ぎる。
中年の男はそんな
指に少しばかり力を込め、狙いを頭に合わせる。そして一発の銃声が部屋に響き、弾丸が邪魔者の命を無惨に奪い去る―――、
「
―――
なのに、まだ銃声が鳴っていない。それどころか、まだ引き金が引かれていない。
その指は、引かれる前に止まっていた。
「…………は……?」
中年の男は理解できなかった。
何故邪魔者を殺していないのか、何故銃声が響かないのか、何故引き金を引いていないのか。
―――何故、自身の視線が邪魔者の後ろにいる
それは中年の男だけではない。
長く口を閉ざしていた口を開いた。しかしたった一言、文字数にすればたったの五文字。
それがどうしようもなく、彼らにに響いた。
「……あ……しゅ、主任……?」
例外なく善野も、後ろにいた守っている
見た目は何も変わっていない。
―――なのに、何かが変わったと感じる。
外見じゃない、中身だけがガラッと変わったような錯覚を覚えた。実際そんなことはないが、そう感じてしまう程違い過ぎた。
「やはり私の予想は正しかったようだ」
その音が耳に入ってくるだけでも膝を付いてしまいそうになる。
普段の
しかしコレは、その比ではない。今までが児戯かと思う程、とても冷たく恐ろしい。
背筋は既に凍りついている。この声を聞きたくないと思い、意識を手放してしまいそうだ。
何とか必死に意識を繋ぎ止めている善野に気づいているのかわからないが、男はゆっくりと善野に近づき―――その肩に手を置く。
「君は
ゾッとする程冷たい声。だが、善野はその中に、僅かながら暖かさを感じた。
「君は教師になるべきだ。確か、教員免許を持っていたな。『必要だから取った』と言ってそのまま放置していた物があっただろう」
まったくの想定外。肩に触れられた時点で話しかけられるとは思ってはいたが、まさか教師になれなんて言われるとは思わなかった。
この場にそぐわない内容、今男を守ろうとしている善野に対して言う台詞ではない。
呆気にとられた表情で固まる善野をそのままに、男は語り続ける。
「君を
そう言って、ほんの一瞬微かに苦笑いする男。その姿だけ見るならば、日常に現れるよくある風景の一つだろう。
だがそれも、場を支配する威圧感の中では獲物を狩る捕食者の笑みにしか見えない。
「ひっ……ぁ、ぁぁああ……」
中年の男の口から震えた弱い声が漏れる。理性では抑えられない、本能からの恐怖。頭の中は既 に、冷静の二文字が消え去っている。ただ恐怖によるパニックでめちゃくちゃに混乱していた。
―――其処にいるだけなのに、武器も何も持っていないのに、こっちをまるで見ていないのに、どうしようもなく恐い。
全身が大きく震える。ガチガチ……と、歯が打ち鳴らされる。手に握った銃も照準が定まらず大きくブレる。銃口を向ける者全員が似たような状態だった。一人の男を恐れて膝をつき、泡を吹き、意識を半分飛ばした者さえいる。
これは男の害意を持った攻撃ではない。張り詰めた糸のような状況を緩めようとしただけ、場を抑えようとしただけの行為なのだ。
だが糸を緩めようと行った行為は、その糸自体を消し去ってしまい新たな糸を作り出した。しかもその糸がさらに張り詰めた状態で。
男は戦意を失い震える者たちの光景など無いように、ごく自然な動作で懐からある物を取り出す。
それは一枚の大きな封筒。その厚さからして中身は多く入っているのだろう。
「過程を飛ばすが、この中に私からの推薦状が入っている。すまないが学校の方は勝手に決めさせてもらったよ。一応君の性格のことを考慮した上だが、もし気に入らない場合は一緒に入れてある書類に、他の君に合った就職先をリストアップしてある。教師以外でも君に合う職がきっとある筈だ」
そう言って男は封筒を差し出す。差し出された善野は、それを生返事で受け取ることしかできなかった。
思考が追いついていなかったのだ。男の異様な変化・突如崩れ落ちた研究員達・渡された推薦状、そのどれもが善野にとっては初めての経験。似た出来事などこれまで一度もない新しい事象だ。故にどう反応すればいいのか、どう行動すればいいのか解らず、目の前で次々と起こる事象をただ見ていることしかできない。
そこに強烈な威圧感が拍車を掛け、思考の回転が遅くなる。
その状況のまま、沈黙が続く。
静寂がどれほど続いたのか、正確な時間はわからない。だが先程まで起きていたことを理解するだけの時間はあった。
固唾を飲み込み、善野は口を開く。
「主任……貴方は、一体―――、」
―――何者なのか。
何よりも先に、今すぐに問いたかったこと。今の科学者の姿ではない、
それは男の核心に迫る問いだったのだろうか、男はまぶたを閉じ、数秒程度黙り込んだ。そして意を決したように答える。
「……私は―――、」
長年隠していた秘密を暴露するように重々しく、言いづらそうに。冷たい瞳が僅かに揺れる。
善野は待つ。次の言葉を、何一つ聞き逃さぬよう全ての意識を男に集中する。
男の正体を問いたのには、実はそこまで深い理由はない。頭を整理した時、自然と頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出して言っただけだ。
聞けば何かが解るわけではないが、何故か知りたかった。
男の次の言葉にだけ、耳を傾ける。
だからだろう―――、
「な、ななな何なんだ……一体貴様は、何なんだぁぁぁああああああああああああああああああッッッ!!!!????」
―――次の行動に反応が遅れてしまうのは。
中年の男が唾を飛ばし、理性の欠片もない絶叫を上げ、その手にまだ持っていた銃の引き金を引く。
狙いは
「……ッッッ!!??」
突然行われた凶行。それに気づき善野は慌てて振り返る。
しかし遅過ぎる。
発砲音と共に放たれた弾丸は空気を裂き、善野が振り向くよりも遥かに速く飛んでいく。
―――間に合わない。
直感的に理解した。何の能力も持たないただの人間である自分が、不意打ち気味に放たれた銃弾を回避できるわけがないと。
そもそも、回避できたとして、一直線に進む弾丸はそのまま後ろの男に当たってしまう。
命をかけて守ろうとしている人を、自分の命欲しさに見殺しにするなど笑い話にもならない。そんな選択肢を善野は取らないし、取りたくない。
どっちにしても、善野はこの弾丸を避けられない。放たれた時から結果は決まっている。
―――なら、最後は文字通り『盾』になって死のう。
それで男が生きられるなら、喜んで撃たれよう。そう思い、振り向く途中で目を閉じた。できるなら数秒後まだ息があるように願い、次に襲ってくる激痛に備える。
「―――させるわけにはいかないな……」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
(……あれ?)
善野は心の中で呟いた。
―――どうして、まだ考えることができる?
何故、自分は死んでいないのだ。
(まさか……外した?)
あり得ないと、すぐさまその推測を自身で否定する。
中年の男との距離は実に五メートルあるかないか、余程大きく銃口を逸らさない限りそうそう外す距離ではない。
ならば既に死ぬ一歩手前の状態で、己の感覚全てがおかしくなっているのか。
それも否定する。今現在の自身の状態を正しく認識しているからだ。
男の『盾』になろうと大きく腕を広げた態勢になっている自分の肉体は、肩透かしを食らったような気持ちで少し力が抜けているが未だ恐怖で緊張しているのがわかる。
目の前が真っ暗なのは、目を閉じたまま未だ開けていないからだということがはっきりと自覚できている。
それに何より、鼓膜に響く絶叫が自身のものではないからだ。
(一体何が起きたんだ……?)
聞き覚えのある声。まるで痛みを誤魔化そうとするように、意味もなく腹の中から絞り上げた声だった。
その声の主が何故、そんな声を出している。耳だけではわからない、だからまぶたを開く。瞳に写す。視界に納める。目から情報を取得する。そうすれば疑問は解ける筈だから。
しかし。
それでも。
解らなかった。
視界に映る光景が理解できなかった。
―――まず始めに映ったのは白だった。
―――次にそれが白衣だとわかった。
―――誰かが自分に背を向け立っているのがわかった。
―――その人物が誰なのかがわかった。
そこまでだった。
それ以降は理解できなかった。
声の主はやはりあの中年の男。今も尚、聞くに耐えない断末魔のような声を上げている。よく見ればその手は、真っ赤な液体で濡れていた。
それは血液。人間の体を循環する液体が、裂かれた皮膚から溢れ、空気のもとに晒されている。まるで
わけが解らない。撃ったのは中年の男の筈なのに、何故床を這いずり回っているのだ。銃も弾き飛ばされたようにして、離れた場所に転がっている。
そして善野の目の前にいるのは、
何だこれは、と善野は思う。
(何で、守られているんだ……)
『守る立場』だった筈なのに、何で今は『守られる立場』になっている。
どうしてだ、と現状に至った理由を考えるよりも先に、『守る人に守られた自分』に憤った。
ふざけるな、と。
自分は何をしている、と。
何故守られてしまう、と。
何故男を傷つけてしまう、と―――。
ハッと、そこでようやく『男が撃たれた』ことを正しく理解した。
「主任ッッ!!!!」
すぐに駆け寄る。
背中側から出血は見られなかったことから、弾丸はまだ男の体内に入っている筈。
弾丸を取り出すなど善野はできない。なら今のところは出血を抑えるため傷口を塞ぎ、出血が収まったその後に救急車を呼んだ方が賢明だろう。
焦りながらもそう考え、服を脱がそうと素早く行動を開始しようする。
だが―――、
「…………傷がない?」
奇妙な光景に思わず呟く。
銃弾を受けた正面側には一つとして赤いシミがなかった。それはつまり、出血していない。服にも撃たれた痕跡が一切ない。
カラン……、と男の足元から音が聞こえる。
そちらへ視線を移せば―――そこには一個の銃弾が
無傷の男・当たることなく床に転がる銃弾・血を流す中年の男。物語のような現実ではあり得ない『都合のいい展開』がこの場で起きていた。
だが、そんな『都合のいい展開』を生み出すことのできるモノを、善野は知っている。
「まさか……超能力、なのか」
誰に向けて言ったものではなく、一人呟く。
学園都市で生み出されるモノ。それしか思い浮かぶモノはなかった。
学生だけが『開発』を受け発現するモノを、
仮に超能力だったとして、それは如何なる能力なのか、それにも見当がつかない。
ならば受けた運動量を散らす
……まさか本当に『ダメージを他者に移し替える』能力だとでも言うのか。そんな系統の能力、最低でも善野は見たことも聞いたこともない。都市伝説でもそんな類の話は耳にしたことがない。
かの学園都市第二位のように特異にして
「いや、違う。これは超能力ではない」
だが、男はその前提を否定する。
「『能力開発』を受けられるのは学生だけだ。そこに例外は存在しない。……もっともできたとして、私にとってはメリットよりデメリットの方が大きいからな」
「デメリットって、『開発』を受けて副作用なんて―――、」
「
「『私達』……あの『受けたダメージを他者に移し替える』能力みたいなモノを扱う人が、主任以外にもまだいるんですか」
「『受けたダメージを他者に移し替える』か。大雑把に言ってしまえば君のその推測は正解だ。たった一度の発動でそこまで見破られてしまうとは、これだけで君が優秀だとわかるよ」
「はぐらかしている、つもりですか。僕が聞いているのは『超能力ではない別のチカラを扱う者達がいるのか』、です。答えてください!」
若干声を荒げて言うが、子供に効果はあっても男には何の効果もない。
今の問いに対する答えは間違いなくイエス。そうでなければわざわざ逸らそうとする理由がない。
だが男が逸らしたいのは『超能力ではない別のチカラを扱う者達』の有無ではなく、おそらくは
『ソレ』はチカラを扱う時、どのような法則の元扱っているのか。『ソレ』は組織で活動しているのか、それぞれ個人で活動しているのか、などの『ソレ』についての詳細を避けようとしている。
『ソレ』については知られてはいけないことなのだろう。いや、知って欲しくないと言った方が正しいかもしれない。
「…………君たちが知らないだけで、『異なる法則のチカラ』を扱う人間は多くいる。まあ、多くと言っても学園都市の総人口よりは少ないから安心してくれ」
「……悪いがこれ以上は話せんよ」と言って男は口を閉ざす。
おそらくこれが男にとって最大限の譲歩だろう。本来は話す必要すらないのだから破格とも言える。
それに善野自身もこれ以上深く尋ねるつもりはない。善野がどうしても聞きたかったのは男が何者なのかだ。全てではないが、教えてもらうことができたからそれでいい。
「ありがとうございます。……最後に、別のことで一つだけ、いいですか?」
「ああ、一度ならばいいだろう」
「はい。―――では早速、あの『原石ではない』少女について、聞きたいことがあります」
善野は心なしか、体に掛かる圧力がさらに重くなった気がした。冷たい視線が質量を持ったかのように己の体に突き刺さるのを自覚する。
思わず悲鳴を上げそうになるのを必至で飲み込む。膝が笑い、今にも倒れこみそうになる。
だがここで倒れるわけにはいかない。ここで倒れてしまえば、もう二度と
男と目を合わせて言葉を発する。
「貴方は、何の、ために、あの少女を利用するんです」
「『家族』のためだよ。何にも変え難い大事な『家族』のためだ」
言い切った。
そこに一切の躊躇いも迷いもなく、断言した。
「……あの少女の心を傷つけてまですることが、本当にその『家族』のためになるん、ですか。」
「…………どうだろうな……」
意識を何とか繋ぎ止めている善野の目に、自虐的な笑みを浮かべた男が見えた。見間違いなのかどうかも、点滅する思考は答えを導き出してはくれない。
---ならそのことは置いておいて、今は口を動かそう。
「貴方みたいな
己の感情を殺してまで少女を追い込み、己の胸の内に沸き立つ善意を封じ込めてまで少女を傷つけ、挙句の果てにはボロボロになるまで徹底的に利用する。
こんなことをしてまで、誰かを笑顔にすることができると言うのか。
「―――貴方は間違ってる。そんな方法じゃ、大事な『家族』を幸せにするどころか、悲しませるだけだ。自分でもわかってる筈なのに―――、」
「どうして、始める前からやめなかったんです。
それを最後に、善野を立ち上がらせていた何かが切れた。
ガクンッ、と人間が意識してできない動きで膝をつき、そのまま前のめりに倒れようとする。
「……………………」
それを男―――
支えたからこそわかる、全身の力が抜けた状態で気を失っていることに。いや、むしろ良く持ったと言うところだ。鷹島自身、あの威圧を受けて始めに倒れると思っていた。会話して推薦状を渡すことはできないと予想して、気を失った彼に持たせようと考えていた。
だが彼は耐えた。意識を手放せば苦しむことはなかったのに、それでも鷹島のことを案じていた。
「……私が善人ならば、あの少女を生み出さなかったさ。いや、それ以前に私は『家族』の元を離れなかった筈だ。君の言うことは見当違いだよ、善野君」
そう言って善野を床にゆっくりと寝かせ、上を見上げる。
視線の先にあるのは、部屋を照らすライトに何の変哲もない天井だけ。
鷹島が見ているのは天井ではなく、自ら離れた『家族』だ。もちろんそこにいるわけではない。鷹島の記憶の中の『家族』を思い浮かべているに過ぎない。
思い出の中の『家族』がどんな風に笑っていたか、数年たった今でも鮮明に覚えている。忘れるわけがない、心の底から楽しそうな笑顔。
(今の私に、この笑顔を見る資格はない。今まで、始める前から多くを犠牲にし過ぎた。幾つもの命を手に取り、握りつぶしてきた。無関係な何の罪もない一般人すら手にかけた。そんな外道が今更『家族』の元に戻りたいなど、間違っても思ってはいけない)
そうだ。己は善人などではなく堕ちに堕ちた外道。誰かを理由に犠牲を許容している吐き気のする存在だ。
―――善野君が言った
己に言い聞かせる。
無理矢理納得させる。
それが正しいのだと己を洗脳する。
そうでもしなければ、この揺さぶられた
まぶたを閉じて、大きくゆっくりと息を吸って―――吐く。再び外気に晒された瞳にあるのは絶対零度の冷たさのみ。
「…………私は止まらない、あともう少しで全てが終わるのだ。まだ犠牲が必要ならば、幾らでも作り出してみせる。それで私の望む物が手に入るなら……」
「だから―――、」と顔を体ごとある場所に向ける。
その場所は、激痛のあまり気を失い床を力なく転がっている中年の男を含めた、鷹島を殺害しようとした研究員が集まっている。
半分以上は既に意識を保っていない。辛うじて意識を保っている者も、既に恐怖のメーターを振り切ってまともな精神状態ではない。
そんな彼ら彼女らに向けて、鷹島は無慈悲にこう告げる。
「君たちも
どこまで冷酷な声音に、どこまでも狂気の色はない。極めて冷静に告げた言葉は正気の色一色であった。
それが帰って恐怖を生み出す。正気のままに行われる狂行、それは下手な狂気よりも更に残酷で狂っている。
研究員達に唯一救いがあるとすれば、現状を現実であると正しく認識していなかったことだろう。
3
七月五日の深夜(正確な時刻は不明)。
とある研究所の職員が、僅か一名を残して集団で行方不明になるという事件が発生。
研究所の調査を行った
一人だけ行方不明にならなかった善野という男性に事情聴取を行ったところ、集団失踪の犯人は『顔を隠した謎の能力者』とのこと。どうやら善野という男性は身を隠し、奇跡的にも見つかることはなかったようだ。
身を隠していたことから、その『謎の能力者』がどうやって他の職員を消したのかは不明である。
尚、念のため善野という男性の身元を確認し、更に念を押して
結果は『シロ』、彼が犯人という可能性は消えた。
……本来ならば
彼は現在、第七学区の病院で検査入院をしている。一応何かされた可能性を考慮してのこと、問題がなければ明日か明後日には退院できるだろう。精神状態の方については、そこの病院にいる医者なら一日かそこらで落ち着かせることができる。故に問題はない。
だが、『謎の能力者』がこのまま善野を狙わない保証はない。よって我々の部隊から数名、彼の護衛に当たることになった。誰が当たるのかは後ほど伝える。
『謎の能力者』については、今まで通り調査を続けてくれ。そいつについての情報は今のところ一切ないため、できる限り早急に手掛かりを見つけられることを祈る。
では、解散!!
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動機さえ見つかれば、自ずと的が絞れるんだが……ま、今んとこは気長に行くじゃん。
どうも皆さん、作者のサイジです。
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はい。わかってます、わかってますとも。皆様が何を言いたいのかよーくわかりますとも。
ホンットすみませんしたぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!←スライディング土下座
気づいたら約三ヶ月ッ!! ずっとほったらかしにしてましたッッッ!!!!
感想が来ていることにも気づかず、コメントを返していない!! 感想を書いてくれた方本当にごめんなさい!! そしてありがとうございます!!
遅れた理由については完全に家庭の話になってしまうため、書くことができません。ご容赦ください。
これからは少しは早く投稿できるように頑張ります!!
誠に申し訳ありませんでした。
見てくれてる人、いるのかなぁ…………。