月と薔薇   作:夕音

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 三奈子さまのインタビューが終わり、教室から荷物を取った私は今度こそ駐輪場へと向かう。

 近場なので自転車通学が一番楽ではあるのだが、自転車で通学している生徒の数が少なすぎて、誰かと一緒に帰る機会がほとんど無いのが欠点だった。

 バス停は学園のすぐ前にあるし、最寄り駅は私の家とは逆の方向なので、それを利用している子たちとは通学路で一緒になることがないのだ。

 もう空はかなり暗くなっている。

 朝の時点でもただでさえ少なかった自転車は更に減っており、既に片手で数えられるくらいしか残っていない。

 私は、通学用に両親が買ってくれた自転車の傍らへと近付くと、かけていた鍵を外す。

 

「ごきげんよう。こんな時間に、自転車通学の子を見かけたのは初めてだわ」

「ごきげんよう。そうですね。お嬢様が多いからか、自転車通学の生徒は思っていた以上に少ない気がします」

 

 鍵を外し、鞄をかごに入れると、後ろから声が掛けられる。

 そちらを振り向くと、そこには自転車を手で押している一人の少女がいた。

 風が吹き、彼女の腰まで伸ばされた長い髪が靡く。

 その顔立ちは誰の目にも美少女という表現が適切であり、微笑みを浮かべた彼女からは清楚で物静かな印象を受けた。

 私は、少女へと言葉を返す。

 

「皆さん、電車かバス通学ですものね。ご一緒してもいいかしら?」

「もちろんです。自転車通学だと、一緒に帰れる友人もいないので」

 

 そんなこんなで、彼女と一緒に帰ることになる。

 自転車を手で押したまま並んで駐輪場の出入り口を通り、外へと出た。

 タイヤの回るからからという音が、二人の間に響く。

 誰かと一緒に帰るのは、リリアンに編入してからこれが初めてだった。

 

「一年菊組、岸本綾です」

「一年松組の結城鈴音よ。よろしくね、綾さん」

「こちらこそ、鈴音さん」

 

 自己紹介を交わすと、どうやら彼女は私と同じ新入生だったらしい。

 挨拶を返した私は鈴音さんと自転車を並べ、駅とは逆の方向に進んでいく。

 

「鈴音さんのお家もこちらなのですね」

「ええ。そのせいで、こうして誰かと帰ることがないと覚悟していたのよね」

 

 残念そうな表情で、そう呟く鈴音さん。

 やはり、彼女も私と同じ悩みを持っているようだ。

 自転車通学の生徒が少ないということは、リリアンの近くに住んでいる生徒が少ないということを意味する。

 リリアンがお嬢様学校である関係上、ほとんどの生徒は電車やバスを使ってそれなりに離れた場所から通ってきているので、自転車通学をやめれば解決する問題ではなかった。

 

「私も、他の方と一緒に下校するのはこれが初めてです。と言っても、まだ一週間足らずですが」

「そういえばそうね。部活動か委員会をしていたの?」

「いえ、どちらにもまだ入っていません。せっかくですから、何かしたいとは思っています」

 

 再び高校生活を送れるのだから部活動をしたいと思っているのだが、まだ何をするかは決めていなかった。

 他の新入生と同じようにあちこちの部を見学しているのだが、中学までイギリスのパブリックスクールで育った私の体力は令さまのような例外ももちろんあるが、幼少からリリアンで育ってきたお嬢様たちと比べて一般に高い。

 フェンシング部の時などに張り切りすぎてしまったせいか、そのことがすっかり有名になっていたようで運動部の見学に行くとその場で熱心に勧誘されることが多くなり、一通りの部を回るためにそれを保留にしてもらうのが大変だった。

 目立たないためにはわざと手を抜けばよかったのだろうし、実際にそうすることも考えなかった訳ではなかったが、それに真剣に打ち込んでいる方のことを考えれば、とても手を抜こうという気にはならなかった。

 

「ではもしかして、山百合会のお手伝いをしていたのかしら」

「どうしてお分かりになったのですか?」

 

 山百合会に手伝いを頼まれていることを言い当てられ、驚いてしまう私。

 昨日の顔合わせを含めても薔薇の館を訪れたこと自体まだ今日が二度目であるし、その噂が既に広まっているとはとても思えないのだが。

 だが、三奈子さまは既に知っていたようであるし、私の想像を超える速さで広まっているのかもしれない。

 

「やはりそうだったのね。同じクラスの子が、薔薇の館に入っていく綾さんを見かけたと話していたから」

「そうなのですね」

 

 肯定の意を示した私に、鈴音さまは納得したように頷く。

 誰かが見かけていたらしい。

 

「綾さんは、姉を作る気はあるの?」

「いえ、まだ完全に姉妹制度を理解していませんから。中途半端な気持ちでロザリオを受け取るのは相手の方に失礼だと思うので」

「そう。あなたが外部入学だからかしら。そんなことを言う子は珍しいわ。中等部の時から、みんな姉妹に憧れているのよ」

「クラスには、初対面の先輩からロザリオをいただいたという方もいて驚きました」

「早く妹を作りたくてそわそわしているのは、二年生の方も同じなのではないかしら」

「そのようですね」

 

 リリアンで育ってきた少女たちは、姉妹制度への憧れはとても強いらしい。

 初対面の先輩がいきなりロザリオを差し出されたという話を聞いたのには驚いたが、姉を作りたいという一年生の憧れはもちろん、二年生も妹を作りたいという憧れを持っているので、何かのきっかけで少し接点が生まれた後輩にその場でロザリオを手渡すことも全くないことではないようだった。

 まずは姉妹ありき、それから絆ということなのだろう。

 よく考えれば、部活か委員会を除けば学年の違う生徒同士の接点などほとんど無いし、それまで互いのことをほとんど知らなかった二人が姉妹になってから絆を紡いでいくのも、立派な姉妹制度の形なのかもしれない。

 少なくとも、私が所属する一年菊組にもその日初めて会った先輩と姉妹になったという子も何人かいた。

 

「鈴音さんは、何か部活をなさっているのですか?」

「ええ。私は中等部から引き続いて美術部とオーケストラ部に入っているわ」

「弦楽器と絵ですか。多才でいらっしゃるのですね」

 

 季節的にまだ空は明るいが、時間はもう六時に近くなっている。

 この時間に下校するということは、何か部活をしていたのだろうと思い尋ねてみると、彼女は美術部とオーケストラ部に所属しているそうだった。

 全く異なる二つのことをこなしている鈴音さんに、私は感心を覚える。

 

「どちらも、小さな頃から習い事でしていたの。いつの間にか趣味になっていたわ」

 

 そう言って、柔らかな微笑みを私に向けた鈴音さん。

 その後も、私たちは肩を並べながら会話を交わす。

 友人と一緒に下校することなどほとんど無いかもしれないと思っていたので、ゆっくりと話をしながら下校することができたのは、何気にこれが初めてだった。

 自転車を漕いでいないので家までには普段より長い時間を要したが、鈴音さんと会話をしているとその時間もあっという間に過ぎる。

 気がつくと、別れを言う時間が近付いていた。

 

「ここが私の家です。話にお付き合いくださってありがとうございました」

 

 どうやら、鈴音さんよりも私の方が学校の近くに住んでいるらしい。

 三月に引っ越してきたばかりの新居の前に到着した私は、立ち止まって彼女にお礼を言う。

 

「素敵なお家ね。私こそ、綾さんとお話できて楽しかったわ」

「また、駐輪場で会うことがあればご一緒していただけますか?」

「もちろんよ。ぜひまたお話したいもの」

「私も楽しみにしています。では、ごきげんよう。お気をつけください」

「ありがとう、綾さん。ごきげんよう」

 

 また一緒に下校することを約束した私たちは、そうして別れを告げる。

 少しの間彼女の背中を見送っていた私は、自転車を止めると鞄から鍵を取り出し、玄関の扉を開けた。




綾の卒業までプロットを作っていますが、オリキャラは綾を含めて3人しか登場しない予定です。
鈴音はそのうちの1人です。

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