五河ディザスター+ナイトメア   作:茶漉し

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時崎狂三、参戦

 運動部の大会の雰囲気とはこんなのだろうと、何となく十香は思った。

 来禅高校に通ってからと言うものの、これと言って部活動に所属せず、士道とご飯を食べたり、亜衣麻衣美衣と喋り合ったり折紙と喧嘩したりでそんな事には無頓着だったが会話や校庭を見て、何となくそこはかとない緊張感や高揚感は伝わっていた。

 そしてこの緊迫感を発している目の前の少女を見やる。

 長い髪を黒いリボンで二つに括った勝ち気そうな少女。士道の妹にしてラタトスクの指令・五河琴里である。

 彼女のいつも可愛らしいドングリ型の眼は全てを圧倒するかのような威圧感に満ちていた。

「いい。一つ余計なものが混じったけど、やる事は変わらないわ。寧ろ頑張った娘にはうれしいご褒美が待ってるわ。お互い手加減なしの全力で行くわよ!」

 琴里の鼓舞に十香と隣にいる四糸乃は戸惑ってしまう。

 幾ら士道を救うためとは言え、予想外の事態が起きたのだ。

 そんな事態に余裕綽々なのは四人。

「ふっ、序列争いは我ら八舞の独壇場。それは例えこの魅力勝負でどこぞの馬の骨が招き入れようと物の数ではない」

「確信。夕弦と耶俱矢に怖いものなし。士道のご褒美は貰ったも同然です」

「琴里の言う通り。大した事はない。士道は私が貰う」

「ふふ、ダーリンも良い趣向を思い付きましたねえ。おかげでやる気倍増ですよ」

 耶俱矢、夕弦、折紙、美九は琴里に意気込み満々のようだ。それとは対照的なのは自分達より少し離れている暗い目付きの少女。

「ホント自信満々ねえ。あんな相手に」

 七罪の覇気のない指摘に十香と四糸乃は頷くが、他は聞く耳持たない。

「士道を一日好きにできる褒美は魅力的。手に入れる価値がある」

「それに私、あの人には酷い目に遭わされましたから、ここでギャフンと言わせたいです。ふふふ、きっと可愛いですよ」

「アンタ達ならできるかもしんないけど、私はどうすればいいのよ」

 そう言って相手を憎々し気に見やる。

 向こうにある更衣室から出て来たのは背筋が凍るほど美しい少女だった。

 華奢で蒼白な肌だがその肢体は触ると押し返す柔らかさと滑らかさを持ち、それを赤いビキニで身を包んでいる。

「お待たせしましたわ。せっかく真夏の気分が味わえるレジャー施設にいるのですから、皆さんの艶姿で士道さんを弄りましょう」

 白々しい台詞を艶めかしい声で紡ぐ少女の名を七罪は憎々しげに吐き捨てる。

「時崎……狂三」

 七罪の憎々し気な名指しを狂三は男心をくすぐる微笑みで返したのだった。

 

 

 

 携帯電話を近くの機関員に預けた後、琴里は後ろに振り向く。

「皆、準備は良い?」

 琴里の台詞に十香、四糸乃、耶俱矢、夕弦、美九、七罪、折紙と士道が封印した精霊達は僅かに頷いて見せる。その目付きはこれから最前線突入する兵士のように気合いと覚悟を宿らせていた。

 そして彼女達に呼応するかのように耳元のインカムからも意気込みの強い返事が来る。

『こちらも準備万端です指令。イレギュラーではありますが、これは非常に重要度の高いミッションです。総員、気を引き締めてください』

『はっ!』

 すると、それに合わせるように、琴里がインカムの向こうにいる声の主に意図的にトーンを落とした声を送る。

「……神無月。わかってると思うけど、ふざけた選択はしないでよ? 前に私がいなかったときは、随分いろいろしてくれたって聞いてるわよ?」

 その後琴里は自律カメラを睨み付ける。しかし神無月はそんな刺々しい雰囲気に気づいていない調子なのがインカム越しでも伝わった。

『もっちろんです! お任せくださいっ! 不肖神無月恭平、必ずや士道くんを落としてみせます!』

「その言い方もなんか引っかかるわね……まあいいわ。とにかく、士道はここで止めるわよ」琴里の言葉にインカムから再びクルーの気合いが出てくる。

 事の始まりは今日。士道と皆との間に繋がった経路(パス)が狭窄して目詰まりを起こし、士道がその身に封印した霊力がオーバーヒートして周囲の物を破壊してしまうという事態が起きた。

 一刻も早く彼とキスをして狭窄した経路(パス)を拡げれば良いのだが、彼は暴走の影響で精神がおかしくなり、ハイになってしまったのだ。

その所為で士道は彼女達に「キスしたければ一二時までに俺をドキッ!とさせればしてあげる」と条件を出し、そのまま八舞の風の霊力で逃げてしまったのだ。

 既に夕方に迫ったため、行動を起こすには彼を誘い出し、一箇所で攻略する手段にしたのである。

 そのためにラタトスクが用意したこの施設である。

 滑り台や楕円形に一周する流れるプール、長方形のプール槽に傍らにはクリーム色のパラソル。所々に植えられた椰子の樹。液晶パネルの天井には夜だと言うのに燦々と照り輝く太陽が映し出された南国風のビーチ。ここで士道を攻略するのである。

「しかしさすがですな指令。この『ドキッ! 精霊だらけの水泳大会』作戦ならば、士道くんに間をおかずアプローチができるうえ、みんな水着姿でドキドキポイントもバッチリです」

「そうですね。冬に水着というミスマッチさも相まってインパクトも十分。これなら士道くんもイチコロでしょう」

 〈次元を超える者(ディメンションブレイカー)〉中津川と〈早過ぎた倦怠期(バッドマリッジ)〉川越が称賛の声を送ってくる。事実トップの琴里は白のセパレート水着を初め、皆可愛らしい、或いはセクシーな水着を身に着けていた。年頃の少年ならばそれを目にしただけで昇天してしまいかねない夢のような光景である。

 しかし、琴里の反応は頬に汗を垂らして肩をすくめた。

「いえ、この作戦を発案者は私じゃなくて――」

「――不服を申し立てる」

 突如割り込んできたのは黒い水着を纏った折紙だった。

「私が提案したのはこの程度の作戦ではない。今からでも遅くない。方針の転換を」

「あなたねえ……ヌーディストビーチなんて無理に決まってるでしょう!?」

 当然とも言える反論にインカムから臨時指令室の咳き込みが聞こえた。

『……さ、最初はそんな案だったんですか……』

『なんというか……さすが鳶一折紙……』

 〈藁人形(ネイルノッカー)〉椎崎と〈社長(シャチョサン)〉幹本が額に汗を滲ませながら言う。事実プールの皆も頬を林檎みたいに真っ赤に染めていた。「だーりんの裸が混ざると考えても皆の裸体が拝めると思えば、良し覚悟を決めましょう」若干一名腹を括った娘がいたが。

だが折紙はけろっとした様子で言葉を続けた。

「なぜ」

「な、なぜって……」

「その方が確実に士道の意表を突ける。今は士道とキスをし、経路(パス)を広げることが最優先のはず」

「それは……そうかもしれないけど……」

 琴里が内腿を擦り合わせたまま現状維持を躊躇ってしまう。このままでは本当に大変なことになりかねない。

『……落ち着きたまえ、折紙。あくまでジャッジを下すのはシンだ。度を越えた露出は、シンを驚かせてしまうかもしれない』

「なるほど。つまり徐々に脱いでいった方がいいと」

『……いや、そういうわけではないのだが』

 令音はどう説得したものか頬をポリポリと掻いて思案してる時、屋内プールの入り口が突如開いた。同時に口論を中断させるように神無月が号令を出す。

『総員、攻略開始!』

 扉の影から最初に来禅高校の制服と思しき灰色のスラックスが出てくる。

「シドー……?」

「士道さん……?」

「だー……りん?」

 皆が士道を呼ぶ声が途中で止まってしまう。

「おお! 凄いなこれは。気候まで再現されてるのか」

 

 レジャー施設の感想を述べる士道は……太っていた。

 

 スラックスで包まれた下半身と顔は全く変わっていないのに上半身だけが幅広く太っており、影のような黒い布を赤いリボンで巻いて覆われてる。

 余りの変わりように皆が戸惑う中、士道の上半身は硬いブーツの足音を発てて降りる。

「まあ、真冬の東京でこんな南国気分が味わえるなんて、開放的で胸が高鳴りますわ」

「「「「「!」」」」」

 上半身の正体が分かった途端、精霊たちのみならず指令室のクルー達の全身が総毛立つ。

 漆黒の髪で顔を左半分を覆われても尚、人々を引き付けて病まない魔性の美貌を讃えた少女である。しかし、皆は彼女が何者か知ってるが故に緊張で施設内の南国地が一気に寒冷地に変わった。

「く、狂三!」

「ごきげんよう皆さん。とっても楽しそうですね」

「あなた、どうしてここに?」

 当然の疑問に答えたのは士道。

「琴里。ルールの変更、いや追加だ。狂三もこの攻略合戦に参加。そして俺をデレされた皆にはそれぞれランクを付けさせる。な」

「な! 何を言ってるのよ士道?」

「そうですわ。わたくしは面白いものが見れると聞いて強引に連れてこられたのですよ。参加するなんて聞いておりませんのよ」

 琴里はもちろん、狂三も士道の突然の追加に反論する。

 しかし、士道は狂三に意地悪働く子供の笑みを浮かべる。

「へえ。狂三がそんな事言うなんてなあ」

「……どういう意味ですの?」

 余りに含みのある台詞に狂三が目付きを剣呑に染めると士道は明後日の方向を見ながら独り言ちる。

「狂三は半年、そうちょうど半年前だ! あの頃狂三は、俺達の学校に転校してきて、積極的に押してきて囁かな手管のみで俺を振り回した」

「……そうですわね。確かに貴方に会いに来たのはちょうど半年前ですわ。ですが、それがなんなのです?」

「あの時と同じ手管で攻めれば俺を篭絡するのは容易いのに、それを断るなんて。……さては君、彼女達の中でも幼い方だろう」

「私が幼い……ですの?」

「ああ。あの時の手管がまだ身に付いてないから断ったんだろう?」

「……随分挑発してくれますわねえ。わたくしが幼いと」

 狂三が凄絶な笑みを浮かべて士道を舐めまわすように睨む。

 濡れ烏から覗く単眼で睨まれたら誰だろうと陶酔と麻痺、そして精緻さすら感じる少女に睨まれたら恐怖で動けなくなるものだが、士道はそれをシャワーを浴びる程度の感覚で両手を広げて狂三に返す。

「俺ってさあ、狂三の服装とても個性的だけど、似合っていたから言わなかったんだよ」

「ふふふ、ありがとうございます」

 しかし士道はふざけた様子で狂三の真似をする。

「でェ、もォ……【一二の弾(ユッドベート)】で五年前に飛ばされた俺は狂三が過去にファッションの趣向を変えていたの知ったからなあ」

 そう言い返す士道の視線は狂三の服装に移す。それに応じて琴里達も改めて狂三の服装を見やった。

 狂三の今着ている服装は影のような黒が下地だがバスローブみたいに右側左側に着込む形でボタンで留めるものではなく、腰元を覆う白のフリルの付いた大きな赤いリボンで留めていた。ドレスの裾も赤いフリルが施されたが袖口は幅広く、中に何か仕舞い込めそうな余裕があり、スカートはパニエが仕込んでるがその装いは洋服を無理やり着物に仕立て直した和風ゴシックドレス姿だったのである。彼女の私服はあまり目にしないが、基本モノトーンで統一されてるものの、フリルのついたゴシックドレス姿だった。今の服はそれと一見大差ないから気にしなかった、がどこかベクトルが違うように見える。

 狂三は確か実体がある分身を作る事ができるが、その内面は確か過去の狂三の再現体と本人は言った。目の前にいる1彼女は和風のゴシックドレスに趣向をしていた頃の狂三なのだろう。

「成程。それでわたくしが幼いと挑発するとは、随分調子に乗ってますわねえ」

「でも狂三がギブアンドテイクで動くのも知ってるぜ。だから頑張った暁にはこれをやろう」

 士道は右手を自身の顔の横にかざすと右手から頭部ほどの大きさの透明の球体が出て来た。

 見た目は大きなシャボン玉に近いが表面が夜色、青、赤、橙、紫、緑、白色の光の波が回って動いる。

 精霊達は見て直ぐに分かった。あれは自分達の霊力そのものだと。

「さっき俺は皆のやり方にランクを付けるといった。君がもし自分のランクより下に一人いたらこの霊力の二倍。二人いたら三倍。つまり俺を一番ドキッ! とさせられたらこれの九倍の量の霊力を君にあげるよ」

「な! 何考えてるのよ士道!」

 琴里は息を詰まらせた。

 狂三は士道。ひいては彼の身に封印した霊力を奪うために彼を狙う精霊である。彼女に霊力を与えて強力になったらどれほどの脅威になるか……。

「なるほど。確かに魅力的ですわね」

「それに結局ここまで来たんだ。手ぶらで彼女達のところに帰ったら、不味くないか?」

「そうですわね。確かにあなたの案は魅力的ですわ。対価が低ければ、ですけど」

「そう。これが手に入らない可能性。それは最下位だ。もし俺をドキッ!とさせるランクが最下位だったら……」

 士道は右手に霊力の球体を保持したまま器用に左手で携帯電話を取り出す。

「メアドを寄越してもらうぜ」

 最下位の罰にしては妙に軽いもので士道を除く皆少しフリーズしてしまう。その時インカムから補足が入った。

『……成程。それが目的か』

「どういう事、令音?」

『……時崎狂三はいまだに危険であり、不確定要素の塊。連絡手段だけでも設けて今後の攻略に繋げようという腹だろう』

「ふうん。一応考えなしに連れて来た訳ではないって事か」

 つまり攻略合戦に見せかけて狂三には意図的に最下位にして攻略の糸を設ける腹積もりと琴里は思ったのだが、令音はそんな展開を否定する。

『いや、ランキングを付けると言った時のシンの精神状態に乱れはなかった。つまり本気だ』

「?……令音、どういう――」

 十香の疑問に答えたのは士道だった。

「当然お前らも、張り切ってもらう為に罰ゲームを設けるぜ」

「罰ゲーム……ですか」

「ああ。もし皆の中で狂三より下のランクになっちまったら、例えば……」

 顎に手を添えると士道は最初に十香を指さし――

「十香は一週間きなこパン抜きとか――」

「なに!」

 それだけで十香の顔は青褪めてしまう。

 それを無視して指を四糸乃に代え――

「四糸乃はよしのんとしばらく別行動」

「そ、そんな! 士道さん!」

『うっひゃーーー! 士道くん随分鬼畜な事を思い付くねえ。それとも、四糸乃と二人っきりになって何しようっていうの?』

「そして琴里は――」

「……何よ?」

 士道はインカムを口元に向けて小言を発すると自分の口元を多い隠す。その後令音から『シンが二人だけで話たいそうだ』と耳打ちした。チャンネルを二人だけの会話にしたのだろう。

(最後におねしょしたのは――)

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「ひゃっ! どうしたんですか琴里さん」

「ちょっと、いきなり何なのよ?」

「静粛。落ち着いてください。琴里」

「……はあ。弱みを持ち出されたのねえ」

 幾皆に聞こえないようにしたからと言って発せられると防ぎたくなる。事実琴里がどうして奇声を上げたのか皆分かってない様子だった。

 改めて士道を睨むが彼はそんな形相を気にも留めない。

「そういう訳だ。皆には張り切ってもらうよ」

「あ、あなたねえ……」

「なんだ琴里。ひょっとして狂三に勝つ自信がないのか?」

「な、なんですって!」

「お前半年前に俺達を狂三から助けてくれたじゃないか。まさか俺のかわいい妹さまが、狂三には色仕掛けで勝てないから参加させないって狭量な事言わないよな?」

「へえ、言ってくれるじゃない。いいわ。参加させてやるわよ。狂三をこの攻略合戦に」

 未だに弱みをチラつかせられた後遺症が残ってるのだろう。全身に悪寒が奔ったような小刻みな震えが返信を苦渋なものにさせている。

 しかし、復帰を示すように踏鞴踏んで士道を指さし返すと狂三を上回る眼の据わった凄絶な形相で宣言した。

「その代わり私! いえ、私達の内の誰かが一位になったらその娘は士道を一日自由にできる! それを了承しなさい」

「いいぜ。最初からそのつもりだしな。王様ゲームで折紙が出した王様の中の王様(キング・オブ・キングス)だ」

 その後士道は狂三に向き直り、右手にある霊力の球体を眼前に出す。

「さ、どうする?」

 狂三は勘弁したように肩をすくめると霊力球に手を伸ばす。

「了承ですわ。士道さんの挑発に乗ってあげましょう。その代わり、わたくしが一位になったら『士道さんを一日好きにできる』褒美も追加ですわよ」

「契約成立だな」

 まるでハイタッチするように霊力球を一瞬で吸収。いつの間にか球体の中に入ってた士道のインカムを受け取り、優雅な足取りで更衣室に向かう。

『それでは皆さん、士道さんを落とすためのお色直し、暫しお待ちを』

 白々しい台詞がインカム越しに皆の耳を打った。

 

 

 

 そして現在に至る。

「それで誰から行くのです? わたくし新参者ゆえ、先鋒は控えたいのですけど」

 着替え終わった狂三を置いて精霊達は円陣を組んでこの予想外を話すが、

「……で、どうするのよ?」

「何言ってるのよ? やる事は同じでしょ。皆全力で士道をドキッ! とさせる。一位を取るつもりでね。それで狂三を最下位に叩き落すわよ!」

 最悪の精霊相手に強気を通り越して物騒極まりない発言に数人たじろいでしまう。

「いや琴里。狂三は強敵だぞ! 一体どうやって?」

「十香、あの時とは事情が違うわよ。それにあいつは私が半年前に追い出したんだから。全員で袋叩きにすれば良いでしょ」

「で、でも狂三さんは、とても綺麗で、怖い人です。そんな人と、どうやって……」

『うーん確かにそうだね。狂三ちゃん、一度士道くんに責任取らせようと迫った事あるし』

「気にする事はない。私は気にしない。既成事実さえ設ければ形勢逆転」

「だからそれはダメって言ってるでしょう!」

「ホント自信満々ねえ。あんなの相手に」

「七罪。ここまで用意したんだから腹を決めなさい」

「全く。あのような生娘を何故恐れの退く必要がある?」

「安心。確かに耶俱矢は狂三の事を知ったかぶってますが、夕弦と掛かれば勝つのは容易い事です」

「ってちょっと、知らないって言ったら夕弦だってそうじゃん! 狂三の事全然知らない癖にアタシだけ馬鹿にしないで!」

「既知。夕弦は狂三の事は知ってます」

「じゃあ行ってみてよ!」

「説教。耶俱矢には勉強不足です」

「やっぱり知らないじゃない!」

「そっかぁ。二人、いや四糸乃さんもあの時私が操ってたから覚えてないんですね」

 美九が得心顔で頷く。

 それを聞いて思い出した。美九攻略で激怒した美九は四糸乃、耶俱矢、夕弦を始めとした大勢を操って士道を攻撃した事があった。

 そんな美九にDEMに誘拐された十香を救出すべく狂三の協力で再び彼女に赴いた事があり、その過程で美九と狂三は一戦交えた事があったが先の三人はその時の事は覚えてないのだ。

「そういえば、この中で狂三に会った事ないの七罪だけだっけ?」

「ええ。でも士道の会話に度々出て来たから『士道がまだ霊力を封印していない危険な精霊』って事は察しがついたわ」

 本人を横目で見ながら「あんなケバい奴とは思わなかったけど」ボソッと口にする。

「でもあんな息吸ってるだけで男が寄ってくるような誘蛾灯染みた奴にどう立ち向かえば良いのよ?」

「ひょっとして七罪、情報が欲しいの?」

「……まあ、一応」

 考えてみればここにいる全員が狂三の事を正確に把握してる訳ではない。琴里はこの際、情報共有をした方が良さそうだ。

「分かったわ。狂三の情報を教えてあげるわ」

「うむ。分かったぞ!」

 最初に言ったのは十香。

「七罪、狂三はな――」

「……うん」

「まるでわけがわからんかったぞ!」

「へ?」

「半年前、突然ブワアっと出て来て、あっという間に捕まってしまったのだ」

「え、ええと――」

 十香の擬音がかった説明では全く理解できない。

「あの、七罪さん」

「何四糸乃?」

「狂三さんは、士道さんにあの…その……」

「落ち着いて。幾らなんでも四糸乃が言いたくないならいいわ。それで四糸乃がつらい思いしたくないもの」

「あ、ありがとうございます。でも――」

 でも四糸乃は顔を赤らめ――

「狂三さんは、士道さんに、スカートを捲られて、責任取ってほしいと、言って――」

「な! な!」

 余りの内容に七罪も呆然としてしまう。幼くてもスカート捲られるのは恥ずかしいのだ。

「ふん。あんなカマトト大した事ないわよ。ちょっとか弱いフリしてるだけで。一度士道を襲ってるのよ。今じゃ通じないわよ。第一結婚なんて私が許さないわ」

 微妙に据わった目で一蹴する琴里に七罪は冷や汗を流す。

そこに躍り出てきたのは美九。

「もう怖いですね琴里さん。七罪さん、安心してくださいね。ワタシが狂三さんの事、手取り足取り教えますから」

「ならば美九よ、我の脇腹を弄るのは控えてくれんか?」

「不快。美九の挙動を鑑みても狂三の情報に繋がるとは思えません」

 そういう二人から赤みが指していた。美九が両脇に耶俱矢と夕弦に挟まれる形で円陣組んだからセクハラを受けてるのだろう。二人にしては手痛いミスである。尤も、七罪が美九を避けて組んだのも一因であるが。

「そんな事ないですよ。ちゃんと真面目に答えます。狂三の能力は――」

「う、うん」

「強いて言うならば――」

 …………ゴクリッ!

「天国です!」

「…………………………………………………………はっ?」 

「いきなり沢山出て来て、皆同じ顔ってのが少し味気ないですけど、美九にとっては天国そのものですっ。そういうのを酒池肉林っていうのですね」

「え、ええと……」

 頬を赤らめて滔々と語る美九に七罪は全く要領を得なかった。

 そんな時、向こうから士道と狂三が催促の声を出す。

「おーい。誰も来ないのか? だったらこのお色気勝負。狂三の一人勝ちにさせるぜ」

「まあ士道さん、器量の良い案、ありがとうございます」

「げ、どうするのよ」

「ふ、招かれざる客など、障害にすらならん。兵(つわもの)とは戦場に魁(さきが)ける者。ここは、我らが行かせてもらおうか」

「自負。夕弦と耶俱矢にお任せです」

 八舞姉妹の先行と同時に自然と円陣が解散となり、皆バラバラになってアプローチを見守る事になる。

「結局、ぶっつけ本番で、それであいつに勝つしかないって事?」

 アプローチのスタイルも分からないまま狂三に勝たねばならなかった。

 流れるプールの端で天井のディスプレイに移る太陽をバックに大きく伸びする狂三を恨めしく睨み、気付いた彼女はそれを朗らかな微笑で返すのであった。

 

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