そんな中、攻略に順位を付ける元凶・狂三が七罪に話しかける。
狂三との会話で彼女が思い付いた攻略法とは?
ジャパニーズホラーの被害者の心境を七罪はこの身を以って実感していた。
「ん、んんんん………ん…ん、んんん!んん…、ん。んーーーーーーーー!」
『七罪ちゃん、返事してください! どうしたんですか七罪ちゃん?』
違いと言うより救いはインカム越しに〈藁人形(ネイルノッカー)〉椎崎が異変を察知して呼び掛けてる事だが七罪としては言ってばかりないで今直ぐ助けて欲しい。全く返事できないのだから。
声だけではない。
場所は薄暗い更衣室。ロッカーと色取り取りの水着が立て掛けられたハンガーの中、七罪は壁に磔にされていた。
蛍光灯が切られ、プールから漏れ出る薄明りしかない暗闇で七罪が磔にされた壁だけが一際濃密な黒さを発たせていた。
そこから青白い細腕が沢山伸びて七罪の口を、両腕を、両足を、胴体を蔦の様に幾重にも絡ませて拘束していたのだ。
「っふふ。動かないでくださいまし」
彼女の前に立つのは一人の少女。
七罪とは違う病弱な肌に華奢だが柔らかな脂ののった肢体。顔を左半分黒髪で覆った、これもまたジャパニーズホラーに出て来る幽霊のようだが綺麗な少女・時崎狂三だった。
尤も、身に纏ってるのは死に装束でなくセクシーな赤いビキニで、長い黒髪は後頭部で結い上げて時計の長針と短針を思わせる一対の簪を交差して刺してる等の違いがあるが。
七罪は考える。拘束してる千手の元凶・狂三は何故こんな事するのか。
確かに狂三は精霊の霊力を狙いそれを封印する事ができる士道に危害を加えてきた最悪の精霊である。士道の前に七罪を襲おうとするのは不思議ではない。
しかし、今はそんな思考を遮るかのように事態は最悪へと進んだ.
七罪の着ているオレンジのワンピース水着。そのスカートの下に壁の白い手が伸びた。
「ん!」
下腹部の冷たい感触に七罪が窄むのも構わず白い手は水着のショーツ部分を引き裂いた。
「!………」
恐怖に加えて陰部が晒されるという強い羞恥と不安が七罪に押し寄せる。
そんな彼女の反応を狂三は愉し気な微笑みで迫り、両手に持った黒いモノを見せつける。
「では……七罪さん」
「んギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ダムの決壊!そう評されるほどの圧倒的な恐怖と羞恥が七罪を襲った。眼球の毛細血管が膨張して血走り、口は吐血する勢いで狂三の千手を振り解いて絶叫を迸らせ、全身を陸に打ち上げられた魚の様に壁面に跳ねらせる。
嗚呼、どうしてこんな事に…………
何故七罪は狂三に拘束され、こうしてこんな辱めを受けねばならないのか。
全ての始まりはおよそ十分前。
七罪はプールに設営されたイミテーションの岩に隠れながら、士道と八舞姉妹の様子を窺っていた。
見つからぬよう少し離れた場所にいたものの、インカムのチャンネルを合わせれば三人の会話を聞くができたため、どんなやり取りが交わされ、どんな結果を迎えたかは知ることができた。
どうやら二人は士道をドキッとさせることができたらしい。さすがは常に自信満々の耶俱矢と、隠れハイスペックの夕弦である。見事一番槍の役目を果たしていた。
とはいえ、別に七罪はそこまで驚きはしなかった。美人の姉妹二人があそこまで言い寄って袖にする男など存在しようがないからである。
それと同じように、他の精霊たちに関しても七罪は特に心配していなかった。我らが女神四糸乃は当然として、十香は無邪気で可愛くスタイルも抜群であるし、琴里は義妹という背徳感と強がりな性格が男心をくすぐる。少々素行に問題がある美九だってあの胸はもはや凶器だし、折紙だって……捕縛術に長けている。皆士道とキスすることができるだろう。
しかしそこで問題となってくるのが、他ならぬ七罪だった。
「ドキッとさせろって……何なのよその条件」
七罪は忌々し気に言うとぎゅうと拳を固めた。
透けて見える悪意。見目麗しい精霊たちの中、一人がっつり平均点を下げている問題児・七罪のことを狙い澄ましているとしか思えない条件である。
「おまけに狂三より上のランクでなければ罰ゲームって無理難題追加して」
皆が当然のごとく達成できるであろう条件を、一人だけクリアできないという焦燥。そして、それによって皆に迷惑がかかってしまうという恐怖。まるで決まってるかの様に一人罰ゲームを受けて晒し物にされる憂鬱と諦観。当事者にならなければ分かりづらいかもしれないが、それは存外大きいものなのだ。
「そんな所で見てても、攻略法は掴めませんのでしてよ」
突如後ろから声を掛けられ、振り返って見たら今回の誘惑合戦にランク付けをさせる元凶たる少女が七罪を見下ろしていた。
「時崎……狂三」
「ふふ、ごきげんよう。こうして会うのは初めてでしたわね。七罪さん」
七罪の剣呑な呟きにも朗らかな笑みで返す狂三は流れる動作で七罪の隣に腰を下ろす。
「……何よ?」
「ふふ。そんなに睨まないで下さいまし。お互い初対面なのですし、交友を深めようではりませんの」
白々しい。一見すると朗らかだがこういう手合いに限って内心相手を見下してるのだ。それに琴里の会話に危険な精霊として狂三の名前が挙げられるのが何度かあったのだから。
彼女が具体的にどんな危険性を秘めてるかは要領得なかったが、ことお色気合戦においてもかなり手強い相手なのは見ただけで分かる。
育ちの良さそうなお嬢さまの口調、細身だが七罪と違ってちゃんと柔らかな曲線を描いた肢体、その表面は今にも血管が浮き出そうな生白い肌だがちゃんと艶がのり、儚げな雰囲気を纏う姿は男子全員が憧れるクラスのマドンナである。うん、やっぱり七罪の嫌いなタイプだ。
それでいて唇の湿りを保つ舌使いは肉食獣のなめずりで、指で触る様は自ら慰めてるようで病弱な蒼白の頬は妙に紅潮して口調もどこかイントネーションが可愛い娘ぶりっ子と言うより艶めかしい。
(礼儀正しそうだけど、口調が何となくエロいのよ。何それ? 誘ってんの! 万年発情期なの?)
居るだけで腹が立ってきた。とっとと退散して欲しい。
「私となんかいないで、さっさと士道のところに行きなさいよ。あんたなら楽勝でしょ」
「うーん、そうしたいのは山々ですけど、一位を取ると考えると今は様子見かしら。皆さんの出方を見てからにしようかと。七罪さんは?」
「……そんなの、どうでも良いでしょ」
「自棄にならないで下さいまし。折角の可愛さが台無しですわよ」
「アンタに何が分かるのよ? こんなガリガリでカサカサでモサモサのブスが! そんな社交辞令何の慰めにもならないわよ。アンタより上の順位どころか一人だけドキッ!とさせろってどんだけふざけてんのよ! 私を晒し者にして皆で笑おうって魂胆なの! 吊し上げなの!」
「落ち着いて下さいまし」
「これが落ち着いてられるかあぁーーーーーーーーーーーーーー!」
「でしたらどうして変身せずに街中を歩いていたんですの?」
「え、それは……」
当然の指摘に七罪は癇癪にブレーキをかけてしまった。
それを機に畳み掛ける。
「貴女は変身能力を持つ精霊と聞きましたわ。それに士道さんに霊力を封印されてもある程度は使えるとも。それなのに先日街で見かけた時はそんな様子はありませんでしたわよ。どうしてですの?」
「……それは、あの時は四糸乃が一緒にいてくれたし…」
「貴女自身、身なりも小奇麗にしてましたわよ。それも四糸乃さんの計らいでして?」
「これは私が選んだもので、皆が選んだのは、その――」
「皆? 七罪さんは皆さんに御召し物を繕って貰いましたの?」
「……ええ。まず美九が肌をジェルで――」
怒りの矛を収めた七罪は狂三に自分が霊力を使わなくても綺麗になれる事を実際にやって見せた。
美九がカサカサの肌をツヤツヤに潤してくれた事。夕弦がボサボサの髪を綺麗に洗ってくれた事。耶俱矢が所々に出てた枝毛を切り取って整えてくれた事。その後皆がお洒落な服装を繕ってくれた事。士道(あの時は士織だったが)が化粧をしてくれた事。全てを打ち明けたのだ。
だが、
「成る程。それで御召し物を繕って頂いたという事ですけど、具体的には?」
「え? えっと、十香が可愛いワンピースを選んで、四糸乃が羽織る上着を――」
「それで?」
「夕弦が帽子を選んだんだけど、私が渋ると耶俱矢が鎖やベルト付けた黒服だったり美九がゴテゴテにフリルの付いたドレスにしたり――」
「他には、あしらった物はありませんの?」
何故だろう。狂三の声に曇りが混じる。
「え? これで全部だけど」
「そうですの。……駄目ですわね」
審査で不合格確定を決めた審査員の溜息だった。狂三は首を振りながら視線を下げる。
「そ、そうよね。私みたいボロクズみたいな奴が何期待してたんだろう? 皆がどれだけ可愛くて綺麗な服着てアクセサリー付けたってブスが相手じゃ何にもならないよね。イヤ、寧ろ服達に失礼よね。悪役成金が金銀付けたってドロドロに汚れてマイナスだよね。そんなの誰が見ても目が腐るだけよね。分かってた。分かってたのよ。自分がどれだけ着飾ったところでゴミクズがやっちゃ服やアクセサリーが穢れちゃうもんね。私何浮かれてたんだろう。皆優しいから『可愛い』『綺麗』って言ってくれただけなのよ。アハ、ハハハ、ハハハハ。アレ、私何笑ってんだろう? そっか、あまりに私が無様で滑稽だからそんな自分に笑ってるんだ。アハハ、そうよね。そうだよね。笑いなさいよ! 私が笑ってるんだから笑いなさいよ! アハッハッハッハ! アーーーハッハッハッハ!」
「落ち着けよ七罪。誰もお前を笑ったりしねえって」
いつの間にか士道が寄り添って頭を背中を撫でて落ち着かせる。
「うう、ありがと……」
「おお」
「それより士道、どうしてここに?」
「お前らって初対面だろ。だから打ち解けてて良いなって見てたんだけど、我慢できなくってな」
狂三を睨み付ける。霊力がオーバーロードしてる今の士道は自信過剰になってて余裕を持った笑みを浮かべてたが狂三に向けるものには強い剣呑が七罪にも感じ取れた。
「狂三、さっき会話で聞き捨てならない事を聞いたぜ。七罪のどこが駄目なんだ?」
「七罪さんが駄目なのではありませんわ。只変身が駄目なんですの」
「ほう。具体的には?」
「女の子が変身できる事を貴方達は七罪さんに証明させる。その方法は間違ったものではありません」
「なら――」
「でぇもぉ、貴方達の変身を聞くと、それには重要な要素が欠けてるんですの」
「重要な要素? 何だそれは?」
追及に狂三は士道に隠れてる七罪を一瞥。舐めずるような視線に怯える彼女を気にする事無く形の良い顎に手を寄せて思考のポーズを取る。
「折角のドキッと勝負なんですし。士道さんは他の娘たちのところに行って下さいまし。これは口頭より実践した方がよろしいので」
「気になってしょうがねえ。どれ位掛かる?」
「そうですわね。そんなに時間は掛かりませんもの」
「では七罪さん」と手を繋いでどこかへ連れてくと士道はその場で胡坐を取った。
『どうやら、シンは次の相手を七罪にする気らしい。そのまま動く事はないだろう。七罪の事が気になって他の娘に集中できないしね』
令音の推論に琴里は複雑な表情をする。
耶俱矢と夕弦による攻略が終わった後、次は誰がやるかで話し合う最中、七罪の癇癪を聞いてインカムのチャンネルで聞き耳立てたら何時の間にか士道が加わって結局タイミングを逃してしまったのである。本当は待ってる間に一人位攻略したいのに、狂三が言ってた変身における『重要な要素』が何なのかも気になる。
皆も同様で二人が消えた更衣室を眺めたりインカムで会話を覗こうと耳元を弄ると、
『――ちゃん! 七罪ちゃん、返事してください! どうしたんですか七罪ちゃん?』
『心拍数、血圧上昇! 恐怖の数値が上がってます!』
『自律カメラを起動! 更衣室に飛ばし、状況の確認を!』
『何言ってるんですか副指令! 女子更衣室にカメラを向けるなんて――』
『既に非常時でしょう! まさか時崎狂三が――』
「「「「「「「!」」」」」」」
クルーの慌ただしい叫び、緊急事態を告げるアラーム、絶え間なく叩かれるタッチパネルだけが耳に充満する。自分達の知らないところで何があった?
「どうしたのよ? 報告しなさい!」
『琴里、更衣室に入った七罪の精神状態が悪化している。これまでと違って恐怖の数値が跳ね上がっているんだ』
「恐怖? 確かに七罪はメンタル超弱いけど、それは人見知りと羞恥で――まさか狂三!」
七罪は狂三と一緒に更衣室に入った。
狂三が言った『重要な要素』はデマで七罪の霊力を肉体ごと食べるための名目だったのか?
「んギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
硝子が割れんばかりの悲鳴が鼓膜を襲って立ってられず蹲ってしまう。耳を塞ごうにも悲鳴は更衣室からではなく、インカムを通じて直に耳に届くため耐えられないのだ。
鼓膜はおろか三半規管をも破壊しかねない絶叫で動けない。どう聞いても七罪に危険が迫ってのは明白だ。
「七、罪…今……助けに」
皆身体を奮い立たせようにもいまだに悲鳴と危険域のアラームが大音量で鼓膜を叩き付けてるため、思うように動かないのだ。
「このままでは……七罪!」
インカムからアラームのみになり、七罪の悲鳴が聞こえなくなった。
「まさか!」
耳を叩く音がアラームのみになって身体が幾分動けるようになったが、それは同時に七罪が既に狂三によって手遅れに。
「七罪! 今助けに――」
更衣室に狂三の影に引き摺られる光景が重なったところで二つの影が現す。
「……え?」
それはいつも通りの微笑を浮かべる狂三と、これまたいつもの様に猫背で俯いてる七罪の姿だった。
「何だ? 無事どころか全然平気じゃない」
「脱力。先程の悲鳴は何だったのですか? 随分人騒がせですね」
先を行く狂三に手を引かれて士道の下に連れてかれる七罪。彼女の身体に特には傷一つない。肌はカサカサで血色悪いが。
「あれ?」
「四糸乃、どうしたの?」
「七罪さん、やっぱり変です」
「……確かに、身体が震えてるではないか。寒いのか?」
『いや、違う』
『……どういう事?』
「令音?」
『七罪の恐怖と羞恥の値がさっきから下がってない。いつ暴走してもおかしくない』
「何ですって!」
遠くの七罪を見る。
「どうしたのだ? 七罪、さっきから震えが止まらぬぞ」
「狂三。一体何をしたのよ?」
『明らかにおかしい』
「分かってるわよ。狂三はもう離れたのに、一体――」
『そういう事ではないのだ』
「「「え?」」」
『思い返してみたまえ。七罪は精神状態の浮き沈みが激しいだろ。一度そうなると霊力を乱用する傾向にある』
七罪は自分自身に重大なコンプレックスを抱え、些細な事で落ち込むと霊力の逆流が引き起こし易いのだ。そしてそのコンプレックスを解消するために逆流した霊力で必ず変身するのだ。
しかし、今の彼女は、
「七罪の外見に変化はない。でも、挙動が少しおかしい」
「狂三に相当酷い事されたって事?」
「恐怖による挙動ではない。あれは寧ろ――」
「……ハァ、ハァ、何だか、妙に色っぽくなってませんか? ……じゅるり」
「み、美九?」
美九の発情はともかく、改めて七罪を凝らす。
赤く染まったうなじ。擦り合わせてる太もも。両の二の腕から覗く対の指先。
妙に胸騒ぎがするというか、七罪から匂いが立ち昇ってるというか、女染みてるというか、見てるこっちまで赤くなってきそうだ。
『とにかく今の七罪は普通じゃない。我々の見えない箇所が変化してるのか、あるいは――』
「……つまり、変身という逃避が今の七罪の思考には抜け落ちる程恐慌状態になってるって事?」
ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!ドックン!
(ど、どうしよう? 恥ずかし過ぎる。もう心臓の音すら駄々漏れてて穴に入りたい。死んでこの下品な心音を止めたい)
もういっぱいいっぱいだった。心はもう逃げたくてしょうがないのに心許なくて動けない。このまま士道に背中見せた途端恥ずかしさのあまり気絶してしまいそうだ。
とりあえず今は、
「ね、ねえ士道、となり…いい?」
「…あ、ああ…いいぞ」
精神がハイになってる士道すら流石に七罪の挙動を計りかねてるらしい。寧ろ七罪の抱える羞恥が伝染してるようだ。
(うう……やっぱり感ずかれてる。)
自分でも分かる。顔はもう水分が蒸発寸前だし全身だって震えて立ってるのが奇跡なのだ。
隣に座るのはもうこれ以上立ってられる自信がない意味でもあるが、
肩と彼の腕が触れ合った。
(!……………)
フリーズした! 彼の熱で余計に加熱したのだ。
(もう逃げたい……。)
だがもうここまで来た所為か身体が動かない。浸かった両足はプールに固定され意味がない。クールダウンの涼も全然足りない。
(もう、どうすれば良いの?)
もういっぱいいっぱいだった。
しかし、助け舟は冷酷にもインカムから来る選択肢。
①未熟なカラダを活かしての無邪気なアプローチにドキドキ。
②余裕溢れる大人のお姉さん的対応でギャップ勝負。
③老獪なロリババア的魅力で勝負。
(できるか嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああああああ!)
内心絶叫する。①なんて七罪の身体の状態上不味い。②も駄目。①よりかはマシだがこの幼児体系じゃ駄目に決まってる。③も論外。そもそも老獪なロリババア的魅力って何?
もう背中が冷や汗でドロドロになってる中、死刑宣告とばかりに迫られたのは②。
「そ、そんなのって――」
『確かに、今の七罪はできる精神状態じゃない。体勢を立て直すか?』
「でも……」
『琴里に助けてもらおうか?』
「……うう」
逃げたい。でも士道が目の前にいるのだ。ここで逃げたらこの先もアプローチができない気がする。
顔、というか全身は熱で水蒸気爆発寸前。眼も涙で潤んで視界も効かない。息も上がってる。唯一の幸いは肩の寄せ合いで士道が隣にいる事。
それだけを胸に全身に残る一つまみ勇気で顔を上げた。
そして、
「う……う、ふーーん、(ハア)士道くん、そんなに……(ハア、ハア)ワタシが(ハア、ハア)いいの?(ハア、ハア)仕方のない……(ハア、ハア)子ねえ(ハアハア)」
もう無酸素状態とも言うべき上がった息の所為で覚束ない台詞で士道の肩を、胸元を指で登った。
しかし、
「………………………………………………………………………………………………………」
「(ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ)」
(あ、あれ? 完全に滑った!)
もう涙で士道の顔が見えない。代わりに後ろで状況を見守ってる精霊達のヒソヒソ声が聞こえる。無論、士道の声はない。だから七罪の心は余りに長い時間(実際には15秒にも満たない)沈黙と小言で限界に達した。
「ご、御免! もう無理! ぐぎゃっ!」
脱兎の如く逃げ出そうとして両足がプールに浸かってるのを忘れてた。
顔から地面に激突し、ワンピースがめくれて黒い紐が食い込んだだけのなめらかなお尻が露になる。
「痛た…え! ひゃっ!」
突然七罪の背中に生暖かくて粘性をもった液体が襲い掛かった。
「え! 何! 士道『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオサプライズアターーーーーーーーーーーーーーック! クリティカルヒットーーーーーーーーーーーーーーーーーー! 未成熟なバディーに、これまたブオオッ!『副指令! それは言っちゃいけません!』『早く押さえて!』『ちょっと中津川君!『いやーーーーーーーーーーーーー!血がーーーーーーーーーーーーー!『解析官!包帯を、輸血を「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!なっつみちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!」「美、美九?」『いいから解析官! 止血して『何のこれしき――――――『川越さん!』『幹本さん! 何やってんで『いえ、これは『消してーーーーーーー! 動画消して――――――――!『そ、そんな? これも今後のデートに必要なブグオゥッ!『川越さんまで『グウウウ………我々は、屈しな――『箕輪さん、今から全員を呪縛に掛け『させるか嗚呼――――――!』
「ちょっと皆? 何をやって――「何やってんのよ美九! 酷い顔だよ!」「フウウ、フウウウ、七罪さん、七罪さん(ハア、ハア)」「どうしのだ美九?」「七罪さん、七罪さん(ハアハア)」「み、美九さん?「あっちゃーーーー美九ちゃん完全にケダモノになっちゃったよう。四糸乃、逃げちゃおう」「恐怖、こちらに気づきました」「げ、目付きヤバッ!」「み、皆さん、七罪さんは(ハアハア)何処ですかあ?」「し、知らない知らない!」「まあいいです。皆さんを堪能しながら七罪を探すとしましょう」「ひっ!」「これ以上止めるのだ美九!」「十香さん!いっただっきまああああああああああああっす!」「ひやああああああああああああ「うえええええええええええええええ『ひいいいいいいいいいいいい』「止めなさい! 誰か美九を止めなさい!」「できるか嗚呼ああああああああ!」「拒否。耶俱矢を食べても美味くありません」「頼むから静まれえええええええ」「誰か何とかひぎゃっ!」「フウウ、フウウウ、琴里さん、怖くないですよおお……」「こ、琴里!」「いっただきぎゃわっ!」コキリッ!「誘宵美九、拘束。誰か、縄か紐みたいなもの持ってきてくれない?」「でかしたわ折紙。浜木、ロープ持ってきて、縛るわ」「やーーーーーーーーん、緊縛プレイですか折紙さん? 確かに可愛い娘に虐められるも悪くありませんけど――「皆、士道のアプローチにおいて美九は最後にしてそれまで放置しましょう」「あーーーーーーん、放置プレイは寂しいですう」「指令、これを」「鎮静剤ね、助かるわ浦田」「琴里さん、美九さんは?」「もう大丈夫よ。折紙が関節極めてくれたから」「よくぞやった折紙よ。荒れ狂う獅子を鎮めたもうとは」「賛辞。流石ケダモノと成り果てた美九に恐怖せず果敢に立ち向かう姿。耶俱矢と夕弦も見習わなくては」「士道の貞操は渡さない」「いや、襲われそうになったのは七罪なんだけど…」「ん、そういえば七罪は何処へ行ったのだ?」「あ、あの、更衣室で狂三さんと一緒に…『いやあー酷い癇癪起こしちゃって、狂三ちゃんに宥めてるところ。でも、一体どうしてこうなったんだろっ?』
「……そうね。どうしてこうなった?」
道に迷った旅人の顔で琴里は能天気に青空を映す天井を仰いだ。
『落ち着いたかい、琴里?』
「……ええ。そっちは?」
『一段落したよ。それと良い知らせが』
「何?」
『七罪は無事シンをドキッ!とさせる事に成功したよ。これで後5人、いや狂三を含めて6人と言ったところか』
「え? ああ、そうだったわね」
士道の鼻血の所為で目的をすっかり忘れてた。今は七罪が士道の攻略をやったのが始まりだった。指令失格である。
「で、次は誰が行く?」
我ながら空気の読まない発言である。さっきまであんなパニックが起きたばかりで何でそうなったのか分からないのに。皆も同じ心境なのだろうが何時何処にでも例外はある。
『はいはーい、次は四糸乃がいかせてもらうよー』
マイペースな道化の不意打ちに一番戸惑ったのは相棒の四糸乃。
「……! よ、よしのん……?」
「……確かに。今は悠長に思う時間の余裕はないものね」
「い、いえ、私はまだ……」
『四糸乃―、ここは頑張りどきだよー? いつも助けてもらってる分、士道くんを助けてあげなくちゃ! そのために、さっき作戦会議もしたんじゃなーい?』
「……っ」
どうやら彼女なりに勝算を用意したのだろう。胸元に拳を作ると意を決した表情で士道の方に行った。今士道はプールの水面にプカプカと浮いている。
四糸乃が士道に声を掛けてる間に琴里がインカムを付ける。
「で、あのパニックは何なの?」
『うむ。皆最初から状況を整理しようか』
「うむ、まず狂三に連れられた七罪の様子がおかしかったな」
「ええ。悲鳴上げて何かあったと思ったら表面上は何事もなかったように見えたわ実際は霊力が暴発してもおかしくない恐慌状態だったのに」
「うむ。それでいて妖艶なる魔女の幻影を纏わずに妖しき薫香を漂わすとは、一体どういう呪術の類を行使したのか?」
「同調。耶俱矢と琴里より幼い体型なのに、後姿は淫婦の雰囲気でした」
「夕弦! あたしはそんなに貧乳じゃない!」
「……夕弦、後で裏に来なさい。話し合いましょう」
八舞姉妹の感想は尤もだった。七罪は心理状態とは裏腹に皆にも分かるほど色っぽい雰囲気を出してた。
身体を真っ赤に染め、下半身を震わせ、妙に恥じらいを見せて見てるこっちまで伝染するほどだった。特に士道と肩並べて選択肢をやった時の様子は凄まじかった。
頬は林檎みたいに上気し、潤んだ上目遣いで士道を見る様は期待してるようで、荒い息遣いは発情したケダモノが今にも舐めてきそうで直に呼気を肌に当てられるとくすぐったいようなむず痒いようで、士道の上半身を登る小さな手は今にも力の限りを掛けて押し倒してきそうに見えた。
折紙の肉食性と狂三の妖しさを混ぜた感じの危うさを七罪が発してて遠くで見守ってる琴里達すら羞恥心を想起させた。
「その後限界が来て、逃げようとして失敗したのよね」
「そしたら、士道の顔から…血が……」
「……うむ。我らが所有物たる士道の艶貌が生命の泉と成り果てる姿は、一種の感動を覚えたぞ」
「告発。耶俱矢は士道が突然鼻血を噴き出して、顔を青くして気絶しました」
「夕弦! それは言わない約束でしょっ!」
「憤慨。ケダモノと化した美九から耶俱矢抱えたのはどこの誰ですか?」
そうなのだ。士道は七罪の逃走が失敗した途端、盛大に鼻血を噴き出したのだ。
それに同調するかのように指令室の男性クルーと美九が暴徒と化した。
「ホント、何を見たのよ」
向ける視線の先には未だにロープで床に転がされてる美九が折紙の監視の下、四糸乃と士道のやり取りを見て息を上がらせていた。どうやら四糸乃が士道の腹に乗って日焼け止めを塗ってる姿に興奮してるようだ。もうアイドルの姿ではない。
「令音、指令室で何があったの?」
『ああ。神無月が七罪の艶姿に興奮してNGワードを言おうとしたので箕輪が止めたんだよ。他にも中津川が鼻血噴いたり、川越と幹本が私的に動画を持ち出そうとバックアップを取ろうとてんやわんやだったんだ』
「大の大人が何やってんのよ……」
それだけ七罪の艶姿がショックだったのだろう。しかし、士道と言い、美九と言い、どこに指令室と美九を興奮させる要素があったのだろう。
『時崎狂三の仕込みが余程ショックだったのだろう』
「でしょうね。で、その仕込みって?」
『なに、大した事ない。只七罪にマイクロビキニを穿かせただけだ』
「なんだそういう事…てっえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「どうしたのだ琴里! マイクロビキニとは一体何なのだ?」
マイクロビキニ。身体のプライベートゾーンを必要最低限覆う水着、と控えめに言ってるが実物は水着と言う名の紐である。全面積はハンカチかそれ以下。自分達の握り拳で余裕で隠せて日本に住む人間の尺度で測れば間違いなく水着なんて呼べる代物ではない。そんなので泳いだらいとも簡単に解けてそうどころか着るだけでも生理的に拒否反応起こしたくなる。勇気には色々あるがどんな理由があってもそれを着る勇気も度胸も決して出てこない。
「じゃ、じゃあ、あんなのを穿かされた状態で士道のとこに連れてかれたって言うの?」
『ああ。七罪が選んだオレンジのワンピースタイプのボトムを剥いで、その下にね』
聞いただけで眩暈がしてくる。もうアレルギー起こすんじゃないかってレベルの紐ビキニ着せられて異性の前に出ようものならあのけたたましいアラームも悲鳴も納得がいく。少なくとも琴里は着た途端に全身が羞恥と霊力暴走で煉獄化。そしてメルトダウンするだろう。
寧ろあの長い時間(実際には一分にも満たないが)羞恥で発狂寸前に苛まれながら妖艶極まりないお姉さんモードの誘惑をやってのけた七罪を褒めるべき。拍手喝采である。
「……それで限界がきた七罪の転倒で、その…士道が……見ちゃったって事ね」
『ああ。それで興奮値九〇超え(クリア)と同時に神無月と中津川も、絶頂(クリア)してしまったのさ。そっちでは美九がたまたま七罪のお尻が見える位置にいたのだろう』
それであのパニックが起きたとなるとやるせないが無論七罪に罪はない。彼女が一番つらいかったのだ。寧ろ責めるべきは、
「皆さん、七罪さんは医務室にお連れしましたわよ。尤も、課題はクリアできたのですから問題ありませんよね」
元凶が戻ってきて精霊達の眼尻に剣呑さを隠さない。
「狂三、なんてことしてくれたのよ」
「でも効果はありましたわ咎める権利があるのでして?」
「幾らなんでもリスク高過ぎでしょう! 貴女が同じに逢ったらどうするのよ」
「確かに、見られたくありませんわね。士道さん以外に、ですけど」
「…………そうだった。あんた士道が選んだ過激な下着を穿いて披露したのよねえ」
「え! 本当ですか? 狂三さん! 見せたんですか? だーりん! どんなの選んだんのですか? やっぱり七罪さんが着てたような隠しきれてなくてスケスケになってて! 色は狂三さんにイメージに合う黒! いや誘惑する雰囲気だから赤! もしかして天使のようにピンクブドゲォ!」
「ちょっちょっと美九!」
「災難。続いて美九まで鼻血なんて」
「……琴里、下着とはそんなに危険な下穿きだったのか? 知らなかったぞ」
「いや、危険なのはそれを見た人だから」
言って俯せで地面に鼻血を塗りたくる美九を指差す。折紙によって手足を背中に縛られそれでも背筋運動と腹筋を地面に着き、引っ込めたジャンプで皆の足元まで這って来る様は恐怖を覚えた。熱された鉄板の上で跳ねる海老が今にも噛みつこうと迫ってるみたいで一瞬美九には見えなかった。物凄い背筋と腹筋である。
七罪の臀部を見て興奮するとて鼻血出さなかったのに狂三の攻略秘話を想像してこれとはもう餓えたケダモノである。
「でも理に適ってる。見せるのではなく隠し、重要な場面で一部のみを見せる。七罪はそれに失敗したけど、基本は踏まえてる。私も考えてた案よ」
「……こっちにも大物がいたわね」
「時崎狂三、敵に塩を送るとは。余裕ね」
「そういう訳ではありませんわ。別に見せなくても、穿いているだけで、女の子は色々な勇気をくれるのですわ」
「……そうなのか?」
「ええ。ですので、七罪さんには友情と成功の証としてこれをあげましたわ」
「あげたって……ひゃっ!」
琴里を含め、全員が目を剥いた。
狂三が見せたのは黒くて布面積の少ないシースルー素材のきわどい下着だった。
「って! それランジェリーショップで士道が選んだものじゃない! そんなの着られるかあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
琴里の絶叫が皆の気持ちを代弁していた。
その後、DEM襲撃の迎撃後に行った四糸乃の秘策が七罪と同じものだったためにクリアしたが、序列は最下位なのは言うまでもない。