次は士道によって飛び入り参加した時崎狂三。
突如士道を暗闇に連れ込み、皆の届かないところで始める狂三のデートは天体観測だった。
ロマンチックなデートに士道と狂三は?
眼の奥が痒いとはこういう感覚の事なのだろうと琴里は思考の片隅で思っていた。
『そして、あちらがシリウス』
『ん、どれだ?』
『ペテルギウスとプロキオンの間に――』
『なんだよ狂三、こっち寄り過ぎだって』
『あら、こちらの方が星が見つけ易い、でしょう』
『まあな。じゃあどこにあるか教えてくれよ。シリウスは間だっけ?』
『ええ。そこから下に――』
甘ったるい会話が鼓膜を打つ度、嫉妬と言う名の羊水に浸かった脳味噌が声でむず痒く揺さぶられ、視神経と繋がってる眼球も揺さぶられる様は不快極まりない。頭蓋の奥を揺さぶられたら爪で引っ掻こうにも掻けない。琴里はいっそ再生の焔をフルに発揮して自身の頭蓋抉ってやれば生きたまま掻けるのではないかと思う程。一応『緊急時にとっておく』と言う令音の進言で踏み止まってるがそれも何時持つのか。
場所は真っ暗闇に天井の穴から申し訳程度に蛍火位の明りが降り注ぐのみ。
それでも二人の状況が分かるのは機関員に渡されたタブレットPCから自立カメラの映像が流れてるからだ。
カメラの映像は向こうも暗闇で暗視モードを示す暗緑色が主体だが、様子を見てると二人の周りだけ暖色系とピンクの靄を纏ってるのではないかと言う空気になってる。
霊力が暴走気味の士道と、飛び入り参加の時崎狂三は空を眺めてた。
それもなんとも仲睦まじい雰囲気で士道と狂三はソファーの上で体育座りになり、毛布一枚で互いの身体を包んで星空を仰ぐ姿は寒空の中に燻る恋の火である。うん。見てて面白いものではない。
歯噛みする。今まで士道が封印のためとはいえ、七人もの精霊とデートさせ、キスさせてきた。自分たちが焚き付け、自らも参加し、背中を押してきた。
なのに、どうしてこんなに胃がムカムカするのだろう。
暗視映像越しの二人は毛布一枚とマグカップに満ちたココアで暖を取り、夜空の星を語り合ってる。
只それだけの、これまで自分たちがやってきたアグレッシブなデートと違ってノーマル且つナイーブなデートにどうして心が苛立つのだろう。
事の始まりは――。
一見すると南国をコンセプトとしたレジャープールだが、微妙に点滅してる空が廃墟感をどことなく漂わせてる。
点滅してるのは燦々と降り注ぐ太陽の空を再現してる天井の液晶パネル。その中の数枚に巨大な大穴が空けられ、その周りの液晶が度々画像を明滅させてるのだ。無論、穴は黒々とした煙が発ちこめてる。
士道攻略作戦の内、四糸乃が成功した。これで後半分。
しかし、突如襲来したDEMに所為でラタトスク自慢のレジャー施設は物の見事に紛争地帯もかくやの悲惨な廃遊園地状態となった。なまじ大部分が無事なのに明かりが点滅してると老骨鞭打ってるようで悲しくなってくる。
だが、琴里は心配ない、というように首を振った。
「安心して。それについては用意があるわ。――さっきセカンドシークエンスを発動させたから、もう準備が――」
パァンッ!
「…………………」
「……琴里、セカンドシークエンスとは真っ暗闇になる事なのか?」
十香の言う通り、突然照明と天井の液晶、屋台の明かりその他諸々の蛍光灯の類が全機能を停止したのだ。唯一の例外は屋台で串焼き等を焼くコンロが青白い火を炊くのみ。
「これ、どう考えても停電ですよね」
「それはあり得ないわ! セカンドシークエンスどころかフルパワーでも余裕で1時間以上持つ筈よ! こんな簡単に――」
「この場合DEMの襲撃が怪しい。先程の攻撃で重要な導線が破損したと考ええるべき」
「それもあり得ないわ! 只の液晶パネルにそんなもの組み込んでる筈が……待てよ、天井の襲撃は囮?」
『――ザザッ…琴里、大丈夫か?』
「令音! こっちの状況分かってる?」
『その様子だとそっちも停電だな。どうも電力の供給がストップしたようなんだ』
「原因は……DEMが外部からの電源コードを切った?」
『それだけなら自家発電で直ぐに復旧する筈だ。これは電気系統に異常が起きたと考えた方が良い』
「……やっぱり、天井の襲撃は囮?」
『それは変電室に行けば分かるさ。中津川が私用の端末と無線LAN使って地下施設にアクセスした。川越と幹本がそこへ向かってるところさ。今インカムと自立カメラは中津川の私用端末で動かしてる。……ん、どうした?』
インカムから慌ただしい口論が続く。いやな予感がした。
『……すまない琴里。どうやら変電室が塞がれてるようだ』
「何ですって?」
『どうも何かで変電室のドアが内側から閉められてるようでね。今斧や散弾銃を用意してドアを破壊するが――』
「この状況を鑑みるに、天井の襲撃は囮と見て――」
『どうだろうね。DEMがバンダースナッチを囮にしてここに侵入したには、侵攻が遅すぎる。単に慎重を喫してるだけかも知れないが、それにしては……』
(この停電はDEMじゃない? じゃあ一体)
『おい、何時までこうしてるつもりなんだ?』
「士道、もう少し待ってて。今トラブルを解決してるところで――」
『そんなに慌てないで下さいまし。ところで…』
『なんだよ狂三、眼を塞いだままで何を聞こうって?』
何だろうか。妙に噛みあってないような。
『士道さんの霊力による身体強化。それは視力も強化できるんですの?』
『ああ。せいぜい、10キロ先のコインの柄すらはっきり見えるぜ。でもこうして塞がれてるとな。皆の力に透視能力はなかった気がしたんだが』
『それで充分ですわ。そろそろですし』
何がそろそろなのだろう。どこかで狂三と会話してるのは間違いないが、やけに聞こえ過ぎてる。まるで耳元に直接――。
「って、みんな! 士道と狂三はどこ?」
「え! シドー! どこだーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「だーりーんーー、いるなら返事してくださいーーーーーーーー」
大声で呼ぶが返事は天井に空いた穴から吹き荒ぶ乾燥した寒風のみ。声は直接耳元に聞こえて来るのに気配がまるでないのだ。
まるで既にここになく、声だけ耳に送られてるような。
「我ら八舞の所有物たる士道よ。宴はまだ幕を引いておらぬ。速やかにわらわの前に姿を現すがよい」
「児戯。更なる趣向のつもりなのかは知りませんが、悪ふざけは止めて下さい」
「し、士道さん、怖いです」
『士道くーーーーん、真っ暗闇にするなんて。ひょっとして、この機に乗じて皆の身体をやりたい放題って事?』
「よ、よしのん! 流石にそれは、士道に失礼って言うか、それどころか…その……こんな貧相で栄養失調気味の私の、その……お、おし、り、に興奮してくれただけでも感謝なのにさ、これ以上私の身体を弄んでも却って慰めにしかならないし…」
「な、七罪さん、それは……」
琴里達と同じフロアにいないのは明白。しかし、狂三と会話してる事から別室に移動したと考えるべき。
非常に不味い。今の士道は霊力暴走でハイになってるが、士道の霊力を狙う最悪の精霊・狂三だ。自信を持てる相手ではない。
「く! 令音、士道は狂三と一緒に別室にいるわ。何処だか特定できない?」
『出来ないな。指令室のシステムそのものが機能してないから。今、中津川の端末を介して自立カメラ等の遠隔操作端末を動かしてるところだが、シンと狂三の居所までは――』
「ここから西南西100メートル圏内にいる」
「ん、折紙、どうして分かったのだ?」
「……女の勧」
「なら何で携帯を素早く弄ってるのかしら?」
皆が士道の不在に慌てふためく中、真っ先に突貫する筈の折紙が黙々と携帯電話を操作してる辺り、彼女のストー、もとい用意周到っぷりが窺える。今この状況において助かったのが否めないが。
「指令、これを」
さっきまでアイスクリームの屋台にいた機関員が端末を手渡す。
「ありがとう葛西。既に中津川との同期済みか。流石ね」
端末のブルーライトが照らす機関員の微笑みを後にすると、全員が端末に集まる。
暗視機能が展開する暗緑色の景色の中、士道は狂三により後ろから両目を塞がれてた。
『では士道さん、どうぞご覧下さい』
『……おお、霊力で暗視性も上げられるが、これは中々』
眼の拘束を解かれた士道は上を見ながら感嘆の声を漏らす。
暗視モードに切り替えてるとはいえ、カメラが映す風景はモノクロで統一され殺風景なものだ。カウンターや丸テーブルと椅子、額縁が見えるが、光量が少なくて何の絵か判別できない。
『士道さん、こちらへ』
狂三に誘われたのは3,4人は座れそうなソファー。
そこに狂三は最初に現した和服ドレスに衣装を戻してブーツを脱ぎ、体育座りに座ってる。
士道も水着姿の変身を解いて制服姿になると隣に体育座りになった。
すると狂三は何時の間にか両手にマグカップを持ち、片方を士道に手渡すと、
バサッ!
梟が広い翼を広げるようにブランケットを展開し、自身と士道を頭部を除いて覆いつくしてしまう。まるで頭が二つあるてるてる坊主や人形が二つ顔を出した巾着袋みたいだ。
「ここは、休憩室?」
「琴里、そこってどんなところなのだ?」
代わりに答えたのは令音。
『機関員が休憩や昼食食べるときに利用するとこだけど、店とかはないな。自販機の軽食とジュースくらいだ。しかし二人が持ってるマグカップは狂三の私物だろう』
『お、ココアか。……うん、温かい』
『こういうのも、悪くないでしょう。出来れば外で楽しみたいところですけど、騒々しいのは風情がありませんから』
『ああ、ここでも良いぜ。お前と二人きりで十分だから』
どうやら狂三は休憩室でデートするつもりらしい。
しかし、何故停電させたのだろう。雪山遭難の吊り橋効果なのだろうか。そういえば士道の身体強化に視力強化を聞いていたが、
「狂三、一体シドーと何をするつもりなのだ。あんなにくっついて」
「この状態から察するに、ココアに盛られた催淫剤で更なる泥酔に陥らせ、そこからお互いの衣服を剥ぎ取り、二人が身に着けてるのは毛布一枚のみ。そこから先は――」
「ストーーーーーーーーーーップ!!!! 幾らなんでもそれはアウトよ。それ以上ヤッたら内の機関員が止めに――」
『すまないが琴里、それは無理のようだ』
「な、何ですって!」
『先程から変電室と休憩室に機関員を送ったのだが、連絡が来なくてね。椎崎が様子見に行ったら、入り口前で皆を気を失ってた』
「邪魔する人間が次々と意識消失。『時喰みの城』か」
時喰みの城。領域内の生物の時間、及び霊力を奪い取る広域結界。狂三の十八番だ。
『ああ。誰も『これからの事を邪魔するな』のメッセージだろう』
「我らの所有物たる士道を手籠めに掛けようとは余程死に急ぎたいようだな」
「憤慨。士道を手に掛けようとは夕弦達に宣戦布告と見なします」
「わたしは別に、その、…気にしない。と言うか、これって見ちゃいけないものじゃ――」
「ふざけんじゃないわよ! 私の見てる、もとい、カメラに映ってる以上ヤらせるものですか」
『では士道さん…』
「駄目――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!」
インカムに大絶叫をぶち込んだのに狂三は涼しい顔。インカムの電源を切ったな。
『まずは三つ横に並んでる星を探して下さいまし』
「星? 天井のシミ数えてる間に済まそうって!……星?」
『ああ。あれだな』
『ええ。後は両端の星の上下にも星があるでしょう。それらと線で繋いでみて下さい。天秤に見えますから』
「天秤に見える……狂三、何を言って――」
「ひょっとして、天体観測ですかぁ…」
「…………………………………………………………………………………………………へ?」
美九の推測に琴里の思考に急ブレーキがかかる。確かに天体観測もデートの一つに数えられる。只、それは雲一つない晴天で夜間帯と限られるため、今までやってこなかったから失念していた。
『ああ。その内右側がベラトリックス、左側がペテルギウスだろ』
『ええ。ペテルギウスから上に四つ星を繋げて棍棒を掲げるように。ベラトリックスからは右から鎌のように下に垂れ下がる感じで星を繋げて下さいまし。オリオンは左腕に尻尾の付いた毛皮を下げてますので、あの鎌はそれを表してるのですわ』
確かに天体観測だった。テラス付きの休憩室を真っ暗にして雲一つない星空を共に堪能する事。それが狂三のデートプランなのだろう。
「……全く、紛らわしい事を」
「誰よ、セクシュアルな展開だって言ったの?」
勿論、皆の視線は折紙に注がれるが、
「まだ油断できない。何しろ二人の身体は一枚のブランケットで包まれている。進行次第では身に着ける物はそれ一枚のみになる」
「いや、そうなる可能性あなただけだから」
しかし今の相手は最悪の精霊である。最重要警戒レベルに上げるのは正論だ。
もし緊急事態になったら限定霊装を展開してまで押し入ろう。士道に何か言われるかも知れないがそんなの些末な問題である。
それを一早く察知するために全員がタブレットにおしくらまんじゅうな窮屈極まる格好で注視する。一人「あーん、これ最っ高にすてきですぅ」若干恍惚とトリップしてる輩がいるが。
『ペテルギウスの真下にある星・大犬座のシリウスとそこから左、小犬座のプロキオンを繋げて冬の大三角になります』
『これが冬の大三角か。しかし、大犬座はちゃんと胴体に頭と手足に尻尾付いてるけど、小犬座は星二つに線繋げただけだぜ。無理して残す必要ないのに』
『ですが、オリオン共にするのがあんな大型犬では可愛くありませんわよ。殿方は大きい方が好みかもしれませんけど』
『随分不満だな。やっぱり狂三も女の子なんだな』
『士道さん、わたくしを何だと思ってるのですの?』
『悪い。可愛い顔をこんな至近距離で拝める機会なんてそうそうないからさ、ついからかっちまった』
『全く、お上手ですわね。お返しに――』
言葉より早く狂三が一舐め。士道の頬を舌でなぞった。
霊力でハイになった士道もこれには身を捩じらせたが直ぐに体勢を直すとブランケットが僅かに縮まったような気がした。更に身体を密着させたようだ。
それに応じるように狂三も更に二舐め、三舐めと頬に唾液を刷り込む。
くちゅくちゃくちゅっちゅちゃ。
端末とインカムからどこか動悸を乱すような水音が木霊してきた。顔に血液が登るのもはっきり感じる。
「………………………………………………………………………………………………………」
なんだろう。妙に面白くない。
士道にはこれまで8人もの精霊をデートさせてきた。これ以上の濡れ場になるよう背中を押してきたのも一度や二度ではない。
無論、その気になってきたら機関員を突入させて阻止させるが狂三が結界張ってる以上できない。
『あーっ、ごほっごほんっ!ちょっと、そのまま士道のメーター振り切るつもり? もう少し急げないかしら?』
「あら、せっかく盛り上がるところでしたのに、催促が来てしまいましたわ」
『ま、琴里もあれでかまってちゃんだからな。自分差し置いて楽しむのが気に入らないから突っかかってくんだよ。許してやってくれ』
『ふふっ、炎の精霊さんも人の子ならぬ、お子様だったという事でしょう』
「誰がお子様よ! 私は司令官としてこの場を仕切る責任があってね――」
『あーー悪いな狂三。お前もあいつに痛い目見られたから分らんでもないが、勘弁してくれ。こうして俺がこんな状況作って皆振り回してる訳だし』
『つまりこのデートに四苦八苦してるから許せと? まあ士道さんの頼みですしね。良いでしょう。では講義にもどりますわよ』
『よろしくお願いします、先生』
『うふっ』
再び天窓に向くと指だけ出して星座のルーツを語り始める。
士道も科学の授業で天文学の知識があるのか、時々狂三に星や星座に関して豆知識や意見を出してた。これだけ見ると共通の趣味を持った友人の会話である。
どうやら狂三は星座の講義をしながらボディランゲージを繰り返して攻める腹だったようだ。所謂「星々が綺麗だね」「君の方が綺麗だよ」と近づくパターンである。
しかし琴里達が密着のたびにそれにブーイングしてそれを霊力で強化された聴力で聞いた士道が宥める状況が繰り返され、どうも停滞気味である。
これなら狂三が上位にランクインする様子はないようだ。皆の誰かが罰ゲームに遭う事態は回避された。
琴里は着々と進まない状況に焦りより安堵の心象で端末を見て結論を出した時だった。
『なあ狂三、他にも星座あったような気がするんだが?』
『あら、わたくしとしたが。どれでしたか?』
『ほら、オリオン座の真下、大犬座の真横にある奴だよ。あれって確か……』
『……うさぎ座』
ボソッとした語調で返す狂三。しかし何だろうか。どことなく言葉に陰りが出て来たような。
『へえ、うさぎ座か。どんな構成何だっけ?』
『………オリオン座の真下に2等星のアルネブと3等星のニハルを中心に右側の星に線を引いて頭に。そこから真上にある二つの星を繋いでウサ耳に。…左側からは二つの星を三角形に結んで胴体を描きまして、……更に真横から尻尾。ニハルと胴体の星から真下の星に線を引いて足を描くのですわ』
妙に沈んだ声で星座構成を説明する狂三に士道も気付いたのだろう。只でさえ毛布でおしくらまんじゅうなのに顔を寄せて顔に覆い被さる。
「な! シドー! 狂三に何を?」
「な、何がどうしたのよ?」
「おおおおおおいいいいいいい士道! これは近づき過ぎでしょーーーーーー!」
「抗議。審査員自らが参加者にアプローチ掛けるのは明らかな謁見行為です。直ぐに狂三から離れなさい」
「し、士道さん、何を?」
『うっひゃーーーー士道くん! これは流石にいけないんじゃないの!?』
「だーーーーーーりーーーーーん! まさかこのまま狂三さんの唇奪うつもりじゃ、私も私も!」
「……やっぱり、か弱さアピールして誘惑するって事ね。あの女、やっぱり嫌い」
「どうする。フラッシュバンの音、大音量で流して気絶させる?」
多種多様な動揺を見せる中、士道は狂三の顔に重ねるが…
『大丈夫ですわ士道さん』
意外にも両手で士道を逆に押し返す。
しかし、男子を押し出した時露になった狂三の顔はどこか弱弱しい。
『そんな風には見えないぞ。うさぎ座の辺りから様子が変だぞ。なんだか気落ちしてるみたいだ』
霊力でハイになってる士道も狂三の様子に困惑気味のようだ。口調がどことなくいつもの様子に戻ってる。
『別に。只うさぎ座は好きになれないのですわ』
『……どうしてか、聞いていいか?』
尋ねる士道に狂三は今にも泣き出しそうな顔で天井・天窓の向こう側にあるうさぎ座を見つめながらポツリポツリと語りだす。士道の拳を支えに。
『ギリシャはエーゲ海南東部・ドデカネス諸島。その中にレロス島という島がありますわ。メディテレニアンスタイルの白亜の家が立ち並ぶ綺麗な島で観光名所として名高いですわ。島全体を見渡せる城が自慢でしてね。それは11世紀にたてられた東ローマ帝国のお城だそうですわよ。
最初、その島には野うさぎがいなかったのですわ。ですが、誰かが妊娠したうさぎを島に連れ込みましてね。島民はうさぎの珍しさからこぞってその子を増やしにかかったのですわ。
そしてうさぎは次第に島のどこにでも見るようになったのですわ。
でも、野うさぎ達は数を増やすとその子たちは島民の作物に口を出して、島民達を飢餓に追い込んだのですわ。
島民達は直ちに野うさぎ達を狩りつくし、作物の被害はなくなったのですわ。
これ以降島民達は戒めとして空高くにうさぎを捧げて星座とする事で忘れないようにしたのですわ』
『悲しい話だな』
士道は簡潔に感想を述べる。その表情に暴走時のハイな様子は見られない。
『ええ。そして、同時に身勝手でありますわ。自分の都合で可愛がって、かといって管理せずに放置して、自分達にとって害悪だからと手のひら返して殺して、それを忘れないようにその子を星にして自分勝手にも程があります』
『……だから人間が嫌いなのか?』
『ええ。自分の都合で育てて、育てた子達の繁栄が自分の予想と違うからと排除して、考えれば分る結末ですのに。それで、忘れないように誰もが見える夜空に墓標を立てましたけど、そもそも何を忘れないようにするんですの?』
『それは、うさぎの生じゃないのか?』
『そうとも言えませんわ。だって、自分にとって可愛いからってよく考えもせずに育てて、数が増えて作物を荒らしたからって狩りつくして。因果応報と言いますわね。当時の人々はうさぎに祟られるのを恐れて神々の住まう星空に奉っただけではありませんの? 何しろうさぎ達が増えたのは、人間の望みではありませんか。望みの果てが自分にとって害悪だと気付いて、更なる望みが絶滅とは。結局は自分のためではありませんの。うさぎ達は、人間の加害者ではなく、最後まで被害者なのですわ』
星空に視線を固定する狂三の口調。
その鈴鳴るソプラノには人への怒りとうさぎへの悲しみが含まれていた。
『君は、あのうさぎに共感してるのか?』
『……どうしてそう思いますの?』
『だって、数を増やせるって君たちも同じじゃないか』
狂三は陰りのある貌のままバネ仕掛けみたいに士道に振り向く。その右目は戸惑いと怒りが浮かんでた。
『狂三は実体と自我がある分身を作ることが出来る。そして君たちは狂三の言う事に逆らえず、身を捧げるしかない。そんな自分達とあのうさぎの境遇が似てると俺は思ったんだけど』
【八の弾(ヘット)】撃った対象の過去の姿を実体化させる刻々帝(ザフキエル)の力の一つ。
目の前にいる狂三も時崎狂三が自身に向けて放ち、実体化させた分身体だ。
しかし、実体化されたのは昔の狂三。だから自我もその過去の狂三のものを再現されており、本体とは個別の自我なのだ。
『なあ君、本当は狂三とは別に生きたいんじゃないのか?』
『何故そう思いますの?』
『だって、こうして俺とデートしてくれるからだよ』
狂三がどういう理由で士道や精霊達、他の人々の時間を吸い取り、力を蓄え、分身体を増やして戦力を整えてるかは分からない。
しかし、こうして出来た分身体は士道と会話し、誘惑合戦に付き合い、こうして自分なりに考えたアプローチを仕掛けてくる。狂三の行動に従順なら、士道とは関わりもせず逃げる筈だ。
『でも、わたくしがそうだからと言って、それで何か変わりますの?』
『俺と一緒に居よう』
余りにド直球な答えに狂三もモニター見てる皆もフリーズしてしまった。
「なっ何だと?!」
「なっ!」
「驚愕!」
「ふぇっえ?」
『うっひゃーーーーーーーーーーーここで告白?!』
「あらーーーーー」
「…………」
「やっぱり」
突然の爆弾発言に皆が動揺するのも構わず士道は続ける。
『俺のところに来るんだ。君はそっちに居続けるべきじゃない』
『わたくしを受け入れるつもりですの?』
僅かな、しかし即答を示す躊躇いの首肯を返すだけ。
だから狂三も余計に動揺する。
『考えなしにも程がありますわよ。『わたくし』は貴方方が求める「わたくし」ではありませんわ』
『皆や琴里にとってはそうでも、おれにとっては君なんだよ。だから来い』
『理解できませんわ。士道がどうしてそんな無駄な存在である『わたくし』に何故そんなに拘るのか』
『見ていられないからだよ。君たちが何度もその命を散らされるのを、それを狂三に呼び出されて生を得られたのに、目的のためだけにしか生きられないのを』
また士道の言葉に陰りが曇ってくる。
先月。学校の屋上で狂三と話し合ってた士道はそこを折紙に見られ、そして精霊化した折紙に狂三を目の前で殺された過去がある。
そして折紙が去った後、狂三は何事もなく現れたのだ。何時の間にか分身とすり替わり、自分は死なない様にしたのだ。分身体を犠牲に。
士道はそんな狂三の変わり身を非難したが、狂三はそれを気にした様子はなく、それどころか目の前で殺された分身体を再現してみせると豪語したのだ。
例え何人殺されようが自分がまた再現させると。
それでも士道は、目の前で殺されるのはとても許容できなかった。何しろ狂三の死には実妹である真那も一枚噛んでてそれに苦しんでるのだから。
それに彼女達も、本当に全員が本体に従順に従い、それには死による使い潰しを受け入れるとは思えないのである。
『もし君たちがそれすら許容してるって言うならあいつが、俺とのデートを楽しむ訳ねえよ』
『…………士道さん、七夕のあの娘の事を、まだ』
気付いた時には士道も狂三も同じ表情をしていた。
悔しいような、今にも泣き出しそうなそんな寂しさに耐えてるような見ていられない顔。
何時までそうしてたのか。
やがて狂三はそっと瞼を閉じると頭を振った。
『それは他の「わたくし」でも同じ事が言えますの? 「わたくし」達の中には色々な思考の持ち主がいますわ。人間に強い憎悪を持つお方や「わたくし」達でさえも心を開かず、只黙って従う方、今の在り方に許容と通り越して感情の出し所が破綻した方もいらっしゃいますわ。士道さんは、そんな「わたくし」達全員にも同じ台詞が言えますの?』
『ああ』
即答だった。これはもう躊躇いなく。ハイさが戻り始めた様に。
彼は理解してるのだろうか? 他の分身達全員を受け入れろと狂三が言ってる事を。
『どうしてそこまで…』
『だって楽しいからさ。こうして話し合って、一緒に何かやってデートするのが。君にも、あいつも、そしてまだ会ってない君たちも。そんな君たちが只使い潰されるなんて我慢できないんだ。だから皆、俺と一緒に居よう』
熱を取り戻した士道は狂三を抱き寄せる。それはもう、今にも消え入りそうな霧を抱く様に。
抱かれた狂三はそんな士道を押し返すと結露した瞳で見返す。
『あの娘がどうして「わたくし」に逆らって貴方とデートしたのか、分かりましたわ』
『じゃあ――』
『早とちりしないで下さいまし。士道さんと一緒に居るかどうかは、これから見て判断しまし。貴方と一緒に居る価値あるかどうか?』
士道はその答えで充分なのか笑顔で頷いてくれる。
『ただ……』
一声出すと、狂三は徐々に力抜ける様に士道の肩にしな垂れかかる。
『あの娘の相手が、貴方で良かった』
そう言って士道の肩に寄りかかりながら目を閉じてゆく。
それと同時に画面が急にホワイトアウトした。やたらと華美なファンファーレも
皆が突然の目晦ましから持ち直すと既に目の前には士道と狂三の二人がいた。
それだけではない。さっきまで真っ暗だった照明や天井の映像が灯ってる。
「よ。狂三の番は終わったぜ。次は誰だ?」
「……その様子だと終わったみたいね。ちょっと待ってて」
先程の閃光は変電室の機能が正常に戻って照明含めた施設が再起動したのだろう。
つまり変電室を占拠してた狂三の分身体がデート終了を察して出てったのだ。
施設の機能が戻った以上、やる事はセカンドシークエンスへの移行だ。
「令音、現在の進捗状況は?」
『それに関しては問題ないよ。正常に施設が作り替えられる筈だ。ただ…』
「どうしたの?」
『確か琴里、このデート合戦は誰が一番ドキッ!させられたかをランク付けして、トップはシンからご褒美が貰えて、最下位は罰ゲームを受けるんだったね』
「それが何って……」
その時琴里は気付いた。いや、思い出した。
施設が再起動した時、耳元にドキッ!させたと告げるファンファーレが流れた事を。それが先の四人よりやたら派手だった事に。
「ま、まさか!?」
『ああ。シンを一番ドキッ!させた事にしては現時点で、狂三が暫定一位だ』
「な!」
確かに不味い話である。
狂三は士道の霊力目当てにこのデート合戦に参加した飛び入りで、そんなぽっと出に後れを取った場合、士道は狂三より下の順位に入った精霊に罰ゲームをやらせるといった。
つまり先にやった八舞姉妹、七罪、四糸乃は罰ゲーム決定。残った琴里、美九、折紙、十香は狂三以上のアプローチで攻めなきゃ犠牲者になり、狂三はより強大な霊力を得る事になる。
正に追い詰められたのだ。
「何よそれ!? あれのどこに士道をドキッ!とさせる要因があったって言うのよ!」
『さあ。確かに天体観測はデートの定番であるが、そこから雲行きが怪しくなって、シンの方から狂三を口説き始めたからな。その時の会話に何かあるようだが』
結局当事者にしか分からない話をしてたという事か。
狂三のアプローチは天体観測という定番だが、彼女が避けた「うさぎ座」の話から彼女達分身体の話になってそれから士道が口説き始めたのだ。
「そ、そう言えば狂三さん、七夕の時のとか言ってましたけど」
「七夕? そう言えば、その日士道と狂三会ってたわね」
思えばあの時士道は妙に必死だった。狂三が引き下がってからはその場に残した物見た途端、商店街にある一際大きな竹に登って一番上に短冊を飾った。下手したら大怪我し兼ねない高さだと言うのに。
「うむ。決して戻らぬ郷愁に付け込むとは。流石は悪夢の名を冠する精霊。敵ながら天晴よ」
「憤慨。共有財産たる士道との思い出を利用するとは、最悪の精霊なだけあって狡猾ですね」
「全くズルいですう。七夕に一体何をやったっていうんですか? わたしも混ぜて欲しかったですう」
「恋は心って言うけど、ホント男って何よ? 身体がボッキュッボン!だってのに世の中にはタイミングだとか、シュチュレーションがどうとか、全く意味分かんないわよ! 一体どっちなのよコンチクショーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「な、七罪さん、落ち着いて」
「つまり、狂三が一位という事か」
「問題ない。私達が追い抜かせば罰ゲームは免れる」
「それはそうだけど、何だか、ねえ……」
一応の理解はしたようだが、まだみんなの心境は納得出来てない様子だった。
「ありがとよ。今はそれだけで充分だ」
「ありがとうございますわ。こんな拙いデートに満足して頂けて」
「そんな事ねえよ。合格を告げるファンファーレ。今までと違うだろ!?」
「ええ」
「一応のトップを得たんだ。これをプレゼントするよ」
そう言って士道は右手をかざすと、また霊力の塊が球状に形成される。
しかし、今度は左手もかざすと左手には手鏡が現れたのだ。
「士道さん、それは…」
「何、ちょっとしたプレゼントさ。要らないかもしれないけど、その時は吸い取ってくれ。でも多分、君たちには必要かもしれないからさ」
言い終わると手鏡の光を浴びた霊力はなくなり、代わりに士道の右手には一個の円盤が握られていた。