真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

102 / 136
宿命の

 始まりは唐突だった。

 宣言への返答は実力で返された。

 

 合図も、なにも予兆を感じさせずにオセロットの構えるピストルが火を噴くと、スネークはすでにそれまで立っていた位置からは移動していた。

 続けて2発、跳弾するそれらからも逃れてスネークは物陰へと滑り込んだ。

 

「ボス、そういえば銃はどうした?」

「――部屋に置いてきた」

「気が抜けているんじゃないか?どうする、俺のを貸してやろうか?」

「いや、やめておこう。それに、なれない銃だと調子が出ない」

「そうか、がんばれよ」

 

 言い終わると同時に、オセロットも物陰から飛び出し残る3発を発射する。

 再び跳弾がありえない角度で、スネークがいると思わしき物陰に入っていくが。向こうもそれを待ってはいなかった。

 

(早い、やはりな)

 

 足元を照らす光が、素早く移動を続ける影を知らせている。

 オセロットはシリンダーの6発を素早くリロードする。

 

「さすがだ。6発以上、使うのは久しぶりだ」

「なんでもかんでも、早撃ちで決着をつけようとするからそうなる」

「間違えないでもらおう。あんたもそうはならないと、誰がわかる?俺が確かめてやる」

「オセロット!」

「?」

「お前に、俺は、殺せない」

「なめるなっ」

 

 奇妙な、対決だった。

 武器を持つのは片方で、一方的に相手に向かって撃っているだけ。撃たれているほうは、逃げているだけ。

 それなのに不思議とこの場の雰囲気は片方が特別有利な状況だとは感じられることがない。

 

(迫ってきている。徐々に)

 

 オセロットは、この感覚に覚えがあった。まだ彼が小僧だったころの昔の話。

 戦場で会い、何度も戦った。追いかけ、追い詰め、なのに時には相手にもされずに遊ばれてしまう自分がいた。

 同じ立場となってはっきりとわかる。彼の動きにはわずかに違いはあるようだが、確かにその迫力は本人のそれに近いものがあった。

 

「ビッグボスに瓜二つ、というわけか……」

 

 7発目が放てなくなっていた。

 リロードのわずかな時間にも、この暗い屋上をあの男は音も気配も殺してこの辺りを這いずり回っているはずだ。こちらを獲物として、狩りはこの瞬間にも続いている。

 オセロットのほうも何箇所かに当たりをつけてはいるが、撃てばこちらの位置は知られ。向こうは再び、残る弾数を減らそうと誘ってくるのがわかる。

 

 2度目のリロードはない。

 半径5メートル、その中に今のスネークが接近すると。この銃も無意味化されてしまう。

 

 互いの殺気が、霧のように重くこの夜の屋上の床の上に満ちていた。

 まだ始まったばかりだというのに、この緊張感。そして不覚にも、オセロットはこの立場を喜んでいる自分に気がついていた。

 

「ボス。俺はずっとこの機会を待っていた」

「オセロット――」

「年をとったな。そんな動きで、あんたはサイファーと本当に戦えると思っているのか?」

「――どうだろうな。どう思う?」

「なら本気を出せ!俺はあんたの、敵なんだぞ!?」

「今も、これからも。お前は仲間だ。そして――そしてお前は俺の”古い”友人だ」

「それは違う!」

 

 しびれをきらしたのはオセロットが先だった。

 否定の言葉とともに放たれた2発は、どちらも違う方角に飛び出していき。違う場所で火花を散らして跳弾となると、近しい物陰の一点にむかう。

 その付近の物陰から飛び込むようにして2度、3度と前転を繰り返しつつ飛び出してきたスネークだったが。

 オセロットは容赦せずに続けて3.4と発射する。

 

「お前はボスのお気に入り、俺の友人ではない」

「……」

「そして仲間だった、さっきまでは。いまはもう、違う。オセロットは気高い生き物だ。本来、群れることを良しとはしない」

「――頑固な奴だ」

 

 スネークは転がりこんだ物陰で愚痴るが、その目は真剣そのものだった。

 オセロットも動き出す、彼は彼で有利な体制を維持するためにボスから距離をとらねばならない。

 

「それ以上、近づくのはやめてもらおう。あんたとCQCでやりあいたくはない」

「どうした?投げられるのは得意だと思っていた」

「――戦争が始まる。アフガンの、アンゴラの話ではない。ビッグボスの、戦争だ」

 

 互いの距離、障害物を無視して直線で12メートル。

 残弾2発を残し、スネークをなんとか引きずり出したが。今のオセロットであっても、仕留めるにはまだ、仕掛けが必要な相手であった。

 

「人々の意思を、ゼロの意識が繋げてしまう前に。ビッグボスは、未来の戦場の中に新しい世界を作ろうとしている」

「……」

「それこそがOUTERHEAVEN――ビッグボスの意思だ」

「戦場の中に、ビッグボスの世界を――」

 

 自分のことだというのに、スネークはオセロットが語るそれについては知らなかった。

 だが、妄想や嘘だと鼻で笑う気にはなれない。

 彼の言葉も、自分の心に響くものがあったからだ。そしてだからこそ、オセロットはここでその話を聞かせているのだ。

 

「今ある国々も、サイファーもそれを許すはずもない。その時はあんたも、再び彼らの攻撃を受けるだろう」

「再び世界を敵に、か」

「だが、それにはまだ時間がかかる。そしてその前に、あんたは、ダイアモンド・ドッグズはあのサイファーにまで手が届くと思うか?」

「……」

「ボス、サイファーはスカルフェイスとは違う。奴の計画は昔からちゃくちゃくと進められていた。あんたの手がどれほど長く伸ばそうとも、とどくものじゃない。無理だ!」

 

 オセロットは銃を向け、腰を少しずつ上げて立ち上がっていく。その動きに合わせるようにスネークも同じく隠れた場所から静かに現れてくる。お互い、一定の距離を保つために微妙に移動しながらも会話は続いている。

 

「スネーク、あんたは神罰だそうだが。その姿は、本物か?」

「これはカズが決めた。ただの、コードネームだ」

「しかしそれが今のあんただ。皆が、そう思っている。スカルフェイスは、XOFはだから敗れたのだ、とな」

「何を言い出す?さっきからお前は何が言いたい、オセロット」

「覚えているか?あんたが”ビッグボスを理解して”裁いたヒューイを追放したときのことを」

「なんだ?」

「”いくらごまかしても”だ」

 

 

――いや。いくらごまかしても、いつか気付く

――自分がどんな人間か

――自分の生き方は”誰でも”、自分に返ってくる

 

 スネークの動きが、止まった。

 あのときのオセロットの言葉は、追放され流されていくヒューイに告げるものだとばかり思っていた。

 

「ボス、これもあんたが言ったことだ。俺もそうだ。”もう迷わない”、俺も”戻らない”」

「オセロット――」

「神をきどって蛇の皮をかぶるあんたの下につくのは、うんざりだ――」

 

 この瞬間しかなかったのだ。

 言葉が終わる直前に、オセロットは己の感情の揺らぎを殺していきなり引き金を引いた。

 弾丸はいつものような跳弾を狙ったものではなく、スネークにむけて一直線に向かっていく。話術でしばらくタイミングをはずしにはずし。感情が揺れたところで、ついに攻撃しかけたのだ。

 

(お前なら、そうすると思っていた――)

 

 だがそんなオセロットの狙いも、戦い方もどちらもスネークは熟知していた。

 まさかまっすぐに狙いをつけてくるとは思わなかったが、それでもこの誘いに乗らないという選択肢はスネークのほうにもなかった。

 

――残り11メートル

――10

――9

 

 自分のこめかみにむかってきた弾丸と交差すると、スネーク自身がオセロットに向かって走り出していた。

 

―ー残り8メートル

―ー7

―ー6

 

 リボルバーには残された一発のみ。

 そして互いの距離はぎりぎりの5メートルまで、あと一歩。

 

 オセロットの勝負は、ここからだった。

 

 

 オセロットは唐突に構えていた銃をおろすと、狙いをつけたとは思えぬあらぬ方向にむけて最後の一発を発射した。

 それは壁で跳ね、床に跳ね、そしてもう一度壁に当たって跳ねた。

 これほど回数を多く、軌道を変更しては弾丸に残された運動エネルギーもたかが知れている。だが、とにかく今は本人に命中させることこそが重要であったのだ。

 

 ビッグボスはオセロットとの距離を、ついに5メートルまで近づいてきていた。

 そんな駆け続けているスネークの背後から低い位置を、ひざ裏めがけてオセロットの最後の一発が迫っていく。

 

 オセロットの予測はこの時も正確無比であった。

 弾丸は彼の望んだとおりの場所に軌道を飛び続けた。

 だが、皮肉にもそこにはスネークの脚はなく。彼の黒い迷彩柄のBDUパンツとその下の皮膚をわずかに裂いただけだった。

 

 

 2人はがっしりと互いの襟首をつかむ、柔道で言うところの相4つという姿勢で固まった。

 

「悪くない、戦いだった」

「――まだだ、スネーク」

「もう、銃を置け。オセロット、俺の勝ちだ」

 

 組技となる直前、あきらめきれなかったのだろう。オセロットはシリンダーの中身を新たに入れ替えようとしたが、やはり間に合わなかったのだ。

 オセロットはいまだにオセロットの銃をつかんだままであるが、その本体のシリンダー部分を上からスネークの義手が押さえ込んでいる。これでは弾をこめていたとしても撃鉄をおこせないので撃つことはできない。

 

「どの道、お前を、カズが行かせるわけがない。お前たちはダイアモンド・ドッグズには必要な存在だ」

「その話はもう終わった。もう手遅れだ」

「お前は俺に必要な男だ、オセロット」

「知らん!」

 

 押し合いが始まり、もみ合う二人は壁や換気装置に互いの体を打ちつけ。時に拳を入れながら、隙をうかがう。

 だが、最終的にオセロットがスネークを背負うと。力の限りコンクリートの床に叩きつけようとした。スネークはすぐにも立ち上がるが、お互いが荒い息のまま相対する。

 

「俺のほうが、CQCは上だ。オセロット」

「ボス、今あんたを投げたのは俺だぞ?」

「そうだ、ああ。わかってる」

 

 うなづきながら、同時に義手に握るものをこれ見よがしに顔の横に持ってくる。

 スネークの義手はオセロットの銃をしっかりと握っていた。

 

「終わった後で、こいつは返そう」

「いらん。あんたから、俺が取り返すだけだ」

 

 スネークがズボンのベルトにそいつを挟んで構えると、オセロットは逆に懐からナイフを取り出した。

 

「仲間には銃を、ナイフを向けるな。これがあんたの決めたルールだ」

「ああ」

「だが今の俺には、どうでもいいことだ」

 

 リズミカルにオセロットはナイフを繰り出し、スネークは刃をかわす。

 生身の皮膚と違い、堅い義手に傷を増やしていく。

 次にオセロットは前に出ようとして。スネークを後ろに下げさせようと、大きくナイフを持つ手を振り上げた。

 

 それがチャンスだった。

 

 スネークは初めて大きく後ろに下がった。オセロットの望みをかなえてやったのだ。

 だが、それは体だけで彼の2本の腕はそこにのこって振りぬかれるオセロットの腕を待ち構えた。

 あの蛸のような独特のぬるりとした動きみせてスネークの腕はオセロットの腕に絡みつく。スネークにそのままナイフを奪われまいと、あわてるオセロットの上をいく。

 

「ぐっ!?」

 

 苦悶の声を上げると同時に、オセロットの体が横に半回転して床にたたきつけられた。

 投げられたわけではない。転がされただけだったが、オセロットは自身の右腕の付け根から来る苦痛が信じられなかった。

 だが間違いではなかった。苦痛は嘘をつかない。彼の手に握られたままのナイフがそこに突き立っていた。

 

「そいつ。無理に動かして、血管や神経を傷つけないほうがいいぞ。オセロット」

「まだだ、まだだ終わっていない」

「――そうか」

「ここからだ、スネーク」

 

 ナイフを突き立てたまま、オセロットは立ち上がった。ナイフの痛みで、目がチカチカする。

 右腕は動かせないが、左腕がまだ使える。拳を握りしめる。

 

 スネークは黙っていた。

 まだ、オセロットが諦めていないのだと知ると。あの深みのある両腕を指先まで伸ばすCQCの構えを見せた。

 

「来い、オセロット」

 

 本当に勝負というものがあったのなら、すでにこの時点で終わっていた。

 オセロットが弱かったわけではない。このスネークが、あまりにも常識離れした”ナニカ”であったというだけのことだ。

 

 必死に食いついてくるオセロットは、動く左腕と両足をつかって攻撃を続けるが。

 スネークはそれらを悠々と裁きつつ的確に、最後の一撃を叩き込まんとして。そこでオセロットが必死に逃れる、という流れを繰り返した。

 

(俺がこの流れを変えなくては)

 

 戦う前から覚悟は決めていた。

 オセロットは突然、猛然と右腕を振り上げてスネークの横顔から襲いかかった。

 ナイフは刺さったままだ、下手をすれば一生腕が動かなくなる危険もあるが。それを考えていない、必死の攻撃である。

 スネークも、いきなりそれまでの戦闘のリズムが変わって猛攻を開始するオセロットに対処しきれず。珍しく、なんども顔をたたかれて頬を腫れ上がらせた。

 

 それでもコンビネーションからのボディーブローをもらったところで、スネークの反撃が始まった。

 左右の見事な連携がオセロットの顔を捕らえ、振り回す肘はさけられたが、続くソバットで大きく体を後方へと吹き飛ばす。

 壁にたたきつけられ、痛みにゆがむオセロットの顔だが。抵抗はまだやめようとしない。

 

 顔を突き合わせて再び対峙する。

 今回は距離をつめるスネークも、それを迎え撃つオセロットも大きく息を吸い。止めた。

 そして暗闇の中を、互いの肉を激しく打つ音が始まった。時に太鼓をたたくがごとく、異様な音を立ててそれは続いている。

 

 何かを力いっぱい殴り続ける時、人は息を止めてそれを行う。

 息を止めている間だけ、筋肉は極限まで張り続け。体内に残る酸素を燃料として肉体を激しく動かし続ける。1分をすぎてようやく、2人は息を吐きだした。

 

 

 どちらも見事にぼろぼろになっていた。

 だが、オセロットは一際激しく攻撃されていた。

 右腕の付け根にはいまだにナイフをはやしたまま、顔の左目の上は。スネークの肘鉄をもらった結果だろう。真一文字に皮膚が裂けて出血している。

 脚が震え、ついにオセロットは膝をついた。

 

 

==========

 

 

 ビッグボスは流れ落ちる自身の鼻血をぬぐった。

 顔は別にしても、蹴りでいくつかいいものをもらい。ひびが入ったところもあるかもしれない。

 だが、終わりだ。

 

「オセロット、勝負はついた。もういいだろう」

「……」

「去りたいというなら、好きにしろ。カズはなにかいうだろうが。俺が何とかする」

 

 なにか、憑き物が落ちたような感覚であった。

 キプロスでイシュメールにつれられ、続いてオセロットによって自分はアフガンへと導かれ。今日まで生き延びることができた。だが、明日からは違うのだ。

 2人の道は、別々となる。

 

「ほら、お前の銃だ。受け取れ」

「――ああ、ボス」

 

 スネークはベルトに挟んでいたオセロットのリボルバーを抜くと、片膝をついている本人に差し出した。

 うつむいていたオセロットはちらと一度だけ目を上げると、それを――握った。

 

 それはただの礼儀の問題、銃を受け渡す際に注意するわずかな約束事であった。

 オセロットに彼の銃を差し出した、”銃口を自分に向ける”形で。そしてオセロットは差し出されたそれを、握った。自分が長年使い込んだ、なれた感触の残る銃把の部分を。

 

 暗闇で一発の銃声が鳴り響いた。




続きは明日。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。