『本部、こちらC3班。3号の脚底部に到着。これより確認を開始』
『了解』
ウォンバットは通信を切ると、チームに進むよう目で合図を送る。
マザーベースへの攻撃と思われるこの騒ぎが起きてから45分が経過しているが、未だに敵の姿を見たとの報告はどこからもあがっていない。
混乱の中で、司令部は中央プラットフォームへの防備と監視を強化しつつ。巡回部隊を複数、これを放流した。
ウォンバットとワームも、それぞれが部隊を率いてプラットフォームの上から下まで。余すところなくすべてを確認して回っているのだ。
「このD棟は脚底部と唯一つながったルートです。次の階段を下りた先に、そこへと下りていく梯子があるはずです」
「わかった。全員、気を抜くなよ」
ゴム弾を発射するS1000ショットガンをしごきながら、自分が先頭に立って階段を下りていく。
「どっち?」
「左です。7メートル先にある右の扉の向こうが目的地です」
「……」
ここはなんというか、異様な静けさに支配されている。
パイプ内を通っている水気が、ポタリポタリと床に落ちるだけでかなりの音として認識することができる。本当に無音の世界だ。
(辛気臭い――墓場みたいで嫌だな)
緊張感みなぎる中でも、ウォンバットはまだまだ余裕なのか。そんなことを考えている。
スクワッド時代も彼女は新人であったが、この部隊でもそれはあまりかわっていない。なのに、あの時の勇名が皆に衛生兵の彼女をリーダーと認めさせ。そして実際、そう悪くない指揮ぶりだとちょっと思っている。
言われた先にある扉を男たちが気合を入れてあけると、レッドランプに照らされた部屋の中へと侵入を果たした。
「扉がもうひとつある。この先なの?」
「もう2つあります」
「急ぎましょう、この調子だとすべてのプラットフォームを調べる前に朝になる」
最後の扉を抜けると、そこは巨大な吹き抜けとなっていた。
レッドランプに照らされた、たったひとつの下にのびている梯子だけ。ウォンバットは下に向かって軽く覗き込む。
飛び降りる、なんて選択肢はありえないだろう。こうして見ても軽く30メートル以上はある。
「これから降りる。あえて、言っておくけど――武器を持って梯子を滑り降りようなんていう間抜けはうちにはいないと思ってる。思っていいのよね?」
笑い声が出る。
まぁ、あえて言ったのでそれでいいのだけれど。せっかくなので念を押すことにする。
「挑戦者がいるなら、先頭を譲ってあげるわよ。あと、家族には『残念ながら息子さんは間抜けにもビルの屋上から飛べると思っていたようです』とも書いてやる」
「ひでぇ」
「いない?死後の世界にいきたい冒険者は?
なら、兵士しかいないと理解していいわね。下まで降りるわ」
無線に耳を傾けながら、掴む梯子のひとつひとつを確実に降りていく。
司令部はどうやら混乱しているようだった。ビッグボス、カズ、オセロットが自室にはいなかったようだ。安全を確認した中央プラットフォーム内にも彼らの姿はないのだという。
(なにかがおこっているというの?)
この混乱が始まって1時間を過ぎようというのに、あのビッグボスがどこにも姿を見せないというのは不安になる。なにかあったのではないか?思えば、MSFもこんな混乱の中で当時。XOFの襲撃を受け、海に飲み込まれていったのだと伝説は語っている。
今日の自分たちが、そうならないと誰が保障してくれる?
「――司令部?」
『こちら司令部、なにか?』
「C3です、脚底部に到着。これから――」
吹き抜けの中はなぜか機械音のようなそれでやかましい。
耳からはそれを聞き分けることで精一杯であったが、ウォンバットの感覚に違和感がひっかかった。
『チームC3?どうしました?』
「すいません――今、ちょっと」
ウォンバットは情報端末でもある無線を握り締めながら、必死に違和感の正体を探ろうとする。
彼女に続いて、ついに部下の全員が到着した。
『C3?ウォンバット、どうしました?』
「……おい、下がれ。音を立てるな、武器を構えろ」
「隊長?」
『C3?C3、ウォンバット?』
ウォンバットはゴム弾を持ってきた自分をしかってやりたかった。そうだ、ボスは言っていた。”こんなもの”は戦場でどれほど役に立つのか、わからないと。
やりたくはなかったが、狙撃兵からライフルを”取り上げ”て構える。
脚底部のハッチに向けて複数の銃口が向けられるが、これに何の意味があるのかわかっているのはここにいる中でウォンバットだけだった。
「……なんです、これ?」
「しっ!静かにして。もうすぐ、もうちょっと――」
言いながらウォンバットは弾の装填を確認するとスコープをのぞく。
すべての感覚が、何かを察知して接近を告げていた。あと数秒、そして相手はこちらにまだ気がついていない。
ウォンバットの感覚がわからない部下たちは一応は彼女の指示に従うも。こんな場所で皆で突っ立って構えていて、どうするんだという疑問からどこか懐疑的だった。
キュイ、キュュイ。
それはいきなりのことで、男たちは両目を大きく開いて驚いた。
目の前にあるハンドルが勝手にゆっくりと動いている。その向こうには誰かがいるのだ、間違いない。
ウォンバットは無線を切った。
だが同時に、ハンドルは動きを止めた。その瞬間、ウォンバットはまずいと思いながらもなぜか声を張り上げた。
「出て来い!こちらはすでにお前を確認している。出てこないなら、こちらから攻撃するぞ!」
これで相手もこちらが女だとわかったはず。
そして仲間にはできるだけ床の上にある蓋状の扉から離れるよう。部屋の壁際へ下がるように、手で指示を出した。
普通、扉の向こうから「お前たちを攻撃する」と言われたら敵はどう反応するだろうか?
ウォンバットにはこの敵からの殺意を感じ取れなかったので、あえてそれをつきつけることで反応を待とうとしたのだ。
動きを止めていた扉のハンドルが、いきなり力強く。そう、遠慮せずにぐるぐると回り始める。
「相手を確認する。発砲は禁止、わかったね?」
「了解、隊長」
ハンドルがついに回りきって再び動くのをやめると、ウォンバットは部下の一人に命じて扉を開かせた。
「動くなよ。投降しろ!」
「――ウォンバットか?これ以上、体の穴を増やすのは勘弁してくれ」
「ボス!?ビッグボスですか?」
慌てて銃口をむけるのをやめさせると、相手の姿を確認する。
そこには思ったとおり、どうやら水泳をしてきたばかりのビッグボスが困り顔で両手を挙げて降伏していた。
「こんな時間に、なにをしてるんですかっ。いえ、それよりもどうしたんです?」
「いろいろあったんだ」
「色々って――。本部は混乱しています。ボスも、副指令やオセロットがいないって」
「そうか」
「隊長、無線で知らせたほうが」
「そうだ。そうね、急いで――」
戸惑う中で連絡を入れようとする部下の手を、スネークは止めた。
「ボス?」
「俺のことはまだ、秘密にしてくれ」
「……こちらC3、本部聞こえますか?」
『C3!?よかった、連絡が取れなくなったので。どうしましたか?』
「いきなり電波がとぎれたようです。こちらは何もありません。脚底部に到着、これから海面を見てきます」
『まだ暗いので外には出ないように』
「了解――C3、アウト」
連絡を終えるとウォンバットは慌ててビッグボスの足元にしゃがみこんだ。彼の足から出血していることに気がついたのだ。
「撃たれてますが、弾は残っていないようです」
「ああ、確認したからな。それでも海水はキツかった」
「無茶しましたね。うちの班長、感染症を疑ってボスを数日は入院拘束すると騒ぎますよ。きっと」
「――ウォンバット、お前は俺と来てもらいたい。いいか?」
ビッグボスはいきなりだった。
「構いませんが、なにがあったのかまだ教えてもらっていません」
「今は駄目だ。お前の部下たちにも頼みたいことがある」
「はい」
「できるだけほかのやつらに見つからないように本部にいってもらいたい。あと、ひとつだけ……」
ビッグボスの命令を聞くと、部下達は了解しましたと答えて先にここから立ち去っていく。その間も、ウォンバットの治療は続いていた。
「私達は、どうするんですか?」
「ワームと話したい。あいつの力も借りたい。あいつだけ、呼び出す方法はないか?」
「できます。スクワッドで使っていた周波数でなら、あっちのiDroidが拾うはずです」
「……そうか」
「これでいい。どうですか?動けます?」
「ああ、悪くない。いい腕だ」
「運がよかったようです。ダメージが少ないよう、骨や筋肉の間を縫うように貫かれてます。これなら傷口もそんなに残らないと思います」
「腕がいいからな、奴は」
「え?」
「なんでもない、準備はいいか?」
ビッグボスが何も武器を持っていないことを知っていたウォンバットは、自分の腰に下げたハンドガンを渡す。そして傍らに部下が置いていってくれた狙撃銃に手を伸ばした。
「おい、ウォンバット。お前、衛生兵じゃなかったのか?」
「え?」
「何でお前が狙撃銃をもっているんだ?それは――」
「え、えーと。それはですねぇ」
スネークの目が何かを思い出すと、やれやれと呆れた表情を作り。ため息を吐き出す。
「さっきの連中の中にショットガンを持っていた奴がいたな。あいつは確か、戦闘班で狙撃兵の訓練をしていた」
「あ、あははは」
「青いテープが巻いてあった。ゴム弾を使うやつだ。ウォンバット、お前――」
「す、すいません。ボス」
「いや、いい機会だ。今度から狙撃も、俺がみっちり教えてやる」
「薮蛇ダッタか」
言いながら2人は立ち上がる。
「時間は、最初の爆発からどれだけたった?」
「約1時間です」
「――間に合うといいが」
先行させ、司令部に送った連中には自分がいなくてもこれまで通りの行動を引き続き続けるように。ただし、例の”聖櫃”と呼ばれているプラットフォームには誰一人近づけるな、とだけ伝言していた。
この夜、最後の舞台はあそこだ。
いや、もう開演の時間は過ぎてしまっているのかもしれない。
続きは明日。