真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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今回、重要なお知らせが最後にあります。
それではよろしくお願いします。


コドク

兵士の銃口はぴたりとオセロットの頭に向けられているが、その声は逆に震えているようだった。

 

「オセロット、これ以上は。やめて下さい」

「……」

 

 複雑な表情を浮かべていたのは一瞬で、オセロットの顔はいつも見慣れた無表情なそれに戻っていく。

 兵士を見つめるのをやめ、崩れ落ちているカズの方をむく。

 

「2人だけで、と言った筈だが?水漏れが多いな、副司令」

「――おいっ、こっちだ。奴を拘束しろ」

「え、えっと」

「助けてやれ。そいつは一人では、何もできない奴だ」

「こっちだ!手を貸せ、それから拘束しろ。そいつだ、裏切り者だ!」

 

 兵士は動けなかった。

 というよりも、どうしたらいいのか判断できなくなっていた。

 彼らが争う直前の会話、それが間違いでないのなら。例のマザーベースに広がった噂、あれは事実ということになる。ビッグボスは、本人ではなく。別にいるということになる。

 

 そしてさらに、この2人はそれを承知で偽者を助けるのが任務だといっていた。

 思わず見ていられなくてこうして銃を構えて姿を見せてしまったが。話の不穏さを思い出すと、このまま素直に副司令官の指示に従うべきかどうか、迷いがある。

 

 ところが意外なことに、そんな兵士の背中を押したのはオセロットであった。

 

「――いってやれ、奴のところへ」

「そうだ!こっちだ、手を貸してくれ」

「……しかし」

「”俺はもう違う”が。奴はまだ、”ダイアモンド・ドッグズの副指令”殿だ。お前の上司にかわりない、従うべきだ」

「早くしろ!なにをしている!?」

 

 オセロットになぜか諭され、見詰め合っている2人の姿におびえているのだろうか?

 カズは騒がしく自分のところへ来いと部下に怒鳴りつけているが、兵士はオセロットにそういわれてしまえば、彼の勧めに従わないわけにはいかなくなってしまった。

 静かに、ゆっくりとカズの隣へ行くと。失った彼の腕の付け根をつかんで立たせてやる。

 

「……怪我は?」

「ないっ。よし、いいぞ」

 

 杖を失った代わりに、カズは展示されているスカルフェイスのアイマスクが収められたケースによりかかる。

 そして空いた手で、いきなり部下の持つライフルを取り上げようとした。

 

「なにをっ!?」

「オセロットを逮捕するんだ。いや、射殺しろ。これは命令だ」

「なっ、正気ですか!?副指令」

「撃て!奴はボスにも銃を向けた。裏切り者だ!殺せっ」

「彼はオセロットです。ボスの友人です」

「だから危険なのだ!奴は脅威だ、ボスにとっても。俺達にとっても。だからここで今すぐ、殺さなくてはならない!」

「本気ですか!?」

「裏切りは、許さん」

「副指令!」

 

 カズは握ったライフルを放そうとはせず、部下もそれを許しはしなかった。

 混乱が熱をいっそう激しくし、もみ合いが始まろうとしている中。オセロットは奇妙なほど冷静に、静かに眼前の2人ではなく。部屋の中を見回し、何かを探していた。

 

(ふむ、出来そうだ)

 

 そんなことを思うと同時に体が動く。そこに躊躇など微塵もない。

 ホルスターへと収めていた銃が再び電光石火で引き抜かれると立て続けに発射音が響く。それにわずかに遅れて、もみあっていたカズの前に立つ兵士が「あっ」と声を上げ、ゆっくりとそのまま崩れ落ちていこうとする。

 

「おい、おいっ。まさかオセロット、貴様!?」

「ひどい事故だったな、副指令官」

 

 床に崩れていく部下が最後までライフルを放さなかったせいで、カズはライフルを手にすることは出来たものの。それの銃口を握ってしまい。杖の代わりにしないと立てなくなっていた。

 

「事故だと!?今のどこが、事故だというのだ!」

「とぼけなくても見れば誰でもそう思う。カズヒラ・ミラー副指令官。この部屋に設置された、今の一部始終を”お前の監視装置”がすべて記録していたはずだ」

「……」

「それでも俺を殺したいか?いいだろう、やってみろ。だが俺は殺されてやるつもりはないが」

「……彼が死んだのはピストルの弾だ。ライフル弾ではない、調べればすぐにわかる」

「ならここにビッグボスが来るのを待つといい。試しに彼と彼の仲間達に、ここであった状況を説明してやれ」

「オセロット――オセロット、俺をハメたな。最初から」

 

 オセロットは両手を大きく広げると断言した。

 

「当然だろう?なんのためにお前をここに呼んだのだと思う?忠告も、警告も。とっくの昔にお前にはしてやった」

「うぅむ」

「お前がみっともなくも、自分の立場を悪くしているとも気付かずにボスを取り込もうとするのは今日を限りにやめてもらう。それにここからの脱出方法くらいは用意しているのだろう?」

「オセロットォ」

「もう気付いたはずだ。冷戦は終わる。すぐではないが、その日は遂に訪れる。

 旧約聖書にもあるだろう。2頭1対、神によって生み出されたベヒモスとリヴァイアサン。

 ソ連は大地を貪欲に求めたが、スカルフェイスの裏切りによってサヘラントロプスを失い。ただでさえ危険とされた経済の復活が急務となった。アフガンも遠くない未来に、戦場はなくなる。

 

 そして米国も、それは変わらん。

 自分達で、自分達の敵は強大だと吹聴し。こちらは力を貪欲に求めた。

 冷戦が終われば、彼らのこの冷戦という公式は破綻し、自分の巨体のせいで苦しみだす。新しい敵が必要となり、新しい体制や時代を求めるようになる」

「オセロット」

「同時に世界に電子の網が下りてくる。ゼロの意思が、世界に侵食していく。

 その前に!ビッグボスは世界に楔を打ち込もうとしている。そのために、俺たちは今日。ここでビッグボスを、俺たち自身もビッグボスからの解放を果たす!」

「……認めない、そんな世界を。俺は認めない」

 

 カズは絞り出すような声を発しつつ、ようやく己の脇にライフルを挟み込み。フラフラとしながらも、オセロットに銃口を向けようとする。

 頼りなくブレる重厚を見つめるオセロットは、しかしそれをまったく危険なものとは見なしてはいない。

 

「自己満足、程度の訓練しかしない貴様の腕で。俺は殺せないぞ。カズヒラ」

「黙れ、オセロット」

「聞け、カズヒラ・ミラー!夢を見る時間はこれで終わりだ!

 この先に未来、生きていたいというなら俺と同じく。すぐに逃げたほうがいい!

 セーシェルの夜明けの海は必死に泳ぐだけでは生き残ることは難しいぞ。だがお互い、未来に予定がつまっている。ここで死ぬなら、その程度だとあきらめてもらおう」

 

 オセロットの反対の手に、いつの間にかスイッチが握られていた。

 カズの顔色が変わるが、オセロットはわざとわかるようにそのスイッチを床に落として見せた。

 

「もう押した、爆破はすぐに始まる」

「貴様ぁ」

「優秀とは言ったが、やはり貴様は馬鹿だな!カズヒラ・ミラー!!」 

「オセロット。おのれ、オセロットォ」

 

 カズはオセロットの目的をついに完全に把握することが出来た。

 だが、それでは手遅れだった。

 彼は最初から、このスカルフェイスとXOF。サイファーへとつながる情報が集められたプラットフォームを海の底へと沈める算段をつけていたのだ。

 

 ミラーを殺す、殺さないとやってはいたが。

 実際はそんなことはどうでもよかったのである。

 

 直前にビッグボスを襲い、深夜の”聖櫃”で2人会話を交わした姿はオセロットの言葉通りなら映像が記録として残ってしまっている。今のカズに、これを表に出ないように画像を抑える方法はない。

 オセロットは2つのプラットフォームを沈めて姿を消す。そこでカズがのこのことマザーベースへ戻れば、当然最後に交わした会話の内容について問いただされる。

 

 カズはそれに答えることは出来ない。

 

 ビッグボスの――このスネークの真偽はオセロットとの間のことではないのだ。

 本物のビッグボスも、そして皮肉なことにあのゼロが、サイファーとの間にあったMSF壊滅の直後から交わされた”呪わしい契約”なのだ。

 全てをここでぶちまけようとすればカズは単身で、サイファーとビッグボスに敵対することになる。

 

 そしてオセロットは念入りに、もみあうカズと兵士を演出させ。一人を死体に変えた。

 ダイアモンド・ドッグズの部下達は副指令のよどみない証言だけでは納得するには足りないと言い出すかもしれない。

 

 ここで自棄を起こして兵士達に「ボスは偽者だ」と叫んでも。

 その理由がいえない以上、人心はどうしたって離れていってしまう。

 オセロットの言うとおり、カズヒラ・ミラーの運命はこの瞬間には決められてしまった。

 

「これでお別れだ。さらばだ、友よ」

 

 オセロットの別れの言葉と姿に、カズは気がつくことはなかった。

 足元の底のほうから、連続する爆破音とともに振動が伝わってきていた。それは彼の記憶のそこにある、あの夜の恐怖をすぐにも思い出させていた。

 

 カズはライフルから弾倉を引っこ抜いて床に放り出すと。

 それを杖代わりにして必死の形相でその場から逃げ出した。死にたくはなかった。死ぬつもりはなかった。

 オセロットもそのときにはすでにこの場所から姿を消している。最後の時が、迫ってきていた。

 

 

 

 マザーベースにつながる小さな貨物プラットフォームを、ダイアモンド・ドッグズの兵士達は”聖櫃”と呼んでいた。

 そこには彼らと、彼らの仲間だった勇者達による”激動の1984年”のすべてが収められてはいたが。兵士達はこの場所を、なぜか近寄りたがらずに避けていた。

 

 彼らの輝かしい勝利の記憶には、常に悲しい仲間の無残な死がついて回っている。

 今も戦場に出向いて戦う彼らにとって、死者との面会に近い思いを抱くその場所は奇妙なことに墓にいることと同義になってしまっていた。

 

 その全てが今、明け方でいっそう暗い海中へと引きずり込まれていこうとしている。

 

 第3の少年、そうよばれた超能力者の記録の一切がそこにはあった。

 

 炎の男、さらに過去の戦場から蛇に恨みの炎をたぎらせた”敵”も。ここで静かに安置されていたが、最後が来てもいつかのようにむくりを体を起き上がらせる、なんてことはなかった。

 

 己を”ビッグボスの息子”と称した危険な少年兵、イーライ。そして武器を、戦場を求めた狡猾で純粋な少年兵達。ダイアモンド・ドッグズに回収された彼らの記憶も、ここには残されている。

 

 スカルフェイス、彼に率いられたXOF。

 彼らが目指した奇怪で異様な平和の実現。その野心の記録は大半は別に封印されてはいたが、残る記録はここに収められていた。もはや現実からは抹消されてはいたけれど、文書やフィルムなどの形はまだここにはあったのだ。

 

 そして――。

 そして、サヘラントロプスである。

 

 蛇ではない蛇に、ビッグボスではないビッグボスに。

 スネークの前に立ちふさがるように何度も霧の中から現れた巨悪の象徴、メタルギア。

 

 敗者となり、一度はダイアモンド・ドッグズの勝利の証として晒される屈辱をうけた存在も。

 今はその時のように毅然として2本の足で立ち上がり。勝者を悠然と見下ろすことはもう、できない。

 そこに存在しているだけの死者の隣で敗者にふさわしい姿で、なにものかに許しを請うように体を小さくして鋼鉄の床に這いつくばっている。 

 

 

 これらの全てが無慈悲に海中に飲み込まれていこうとしていた。

 プラットフォームを支える支柱が破壊され、傾いたプラットフォームの中で全てが一方の壁に向かって重力に逆らえずに滑り落ちていく。

 

 綴じられ、まとめられていた文書や写真はぶちまけられ。

 もはや動くことのない遺体は、ガラスケースを突き破ってケース類のうえに暴力的に投げ出されている。

 そしてサヘラントロプスは――。

 壁にすがるようにしていて、ここでもやはり許しを請うているようにしか見えない。

 

 その一切を海水が満たしていく。

 暗い部屋をわずかに照らしていた非常灯は、水没した数十秒後に光を失った。

 数分後には、建物自体が沈みながら引き裂かれ。海中に全てが撒き散らされたが、その全てを海底がやさしく受け止めた。

 

 

 

 マザーベース内では、まだ混乱が続いている。

 ヘリは新しい爆発音の場所を特定し、その海上を飛んで崩落の一部始終を照らし続けていた。

 そうすることしかできなかったのだ。

 

 スネークはワーム達を率いて、その様子をひとつはなれたプラットフォームの海上から見つめていた。

 

「ボス……あれは?」

「――間に合わなかったんだ」

 

 それ以上をスネークは口にすることは出来なかった。

 オセロットはこの夜、宣言どおりに全てを完璧にやりきってみせた。

 ダイアモンド・ドッグズとビッグボスは、オセロットとミラーから解放された。この先には彼らの助けは期待できない。

 

 自分でやるしかない。

 蛇は1人、孤独になった。

 

 

==========

 

 

 後日、この事件の決着がついた。

 プラットフォーム沈没の後、行方不明となった2人の男。

 オセロットとカズの処分が決定したのだ。

 

 一連の騒ぎを仕組んだと思われるオセロットは追放。ただし、その首には高額の賞金が別にかけられることになった。

 同じく生死不明のカズは殉職として扱い。その働きと忠誠に報いるという意味で、ダイアモンド・ドッグズの副指令官という立場は永久に彼のものとして封ずることになった。

 

 両者とも、ダイアモンド・ドッグズを構成する重要な存在ではあったが。

 特に運営面では強い影響を持っていたカズヒラ・ミラーの抜けた穴は大きく。静かに再出発を始めていたダイアモンド・ドッグズは上層部の組織改変が急務となる。

 

 だが、それでも時は刻むのをやめることはない。




次回は当分、未定。

ここが限界のようです。
まだ3~5回分程度の原稿は(一応は)完成しておりますが。ラストにも関係して、かなり面倒くさいことになっていることからこのような判断となりました。

未定、とはしてありますが。
今月中には続きを、という意思はまだあるので。この先は連載再開の続報をお待ちいただきたいと思います。

それでは、また。

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