本日、再開記念で2本目の投稿となります。
『父たちが、酢いぶどうを食べたので子供たちの歯がうく』
(イスラエルに伝わるということわざ)
時は198×年。
それを告げる、カズヒラ・ミラーの声は震えていた。
「ボス、核が。すべての核が、無力化された――」
こんな奇跡が実現する日を、迎えることができると本気で考えていた人はどれだけいるのだろうか。
設立から数年、ダイアモンド・ドッグズはMSFに続いて歴史にその快挙を記すことに成功した。この栄光は、人類史が続く未来にわたって必ずや伝えられ続けるものである。
「……こんな日が、来ると。誰が思っただろうか?」
朗々とそう告げるミラーの言葉は、赤く焼ける夕刻の空に消えていく。
ともに戦場で血を流し、生死をともにした仲間たちがその声に耳を傾けている。
「だが!俺たちは忘れてはならないことがある。確かに、核兵器は廃絶された。しかしその技術は、この世界からなくなることは決してないだろう」
ミラーの背後に”あの日”と同じくその光景を見ながら、ミラーの演説にスネークも静かに耳を傾けている。
「核のない世界が続くか否か?それを決めるのが俺達だ。
核のない世界を維持するのか?あるいは再び、人類をあの世界に連れ戻すのか?」
ミラーはそう言って、己の背後にそびえる記念碑を仰ぎ見る。
この日のためにと用意されたその象徴の左右には、スネークの仲間たちが。全てが並び、思いを同じくしていた。
オセロットの目はいつになく優しく。その背後には部隊を代表してゴートとアダマが無言のまま控えている。
イーライの反乱、そこから”救出”されたあの少年は、両手に抱えるほどの花束を――白いオオアマナのそれをしっかりと抱いて階段をのぼってくると、記念碑の前にそれをうやうやしく礼を示しつつ、静かに置いた。
そしてスネークも、そのすべてを目に焼き付けようとしている。
左右には、常に戦場を戦った彼の相棒達――DDとクワイエットを従えている。
彼らが戦っていた、昨日までの戦場で。それは明日から戦う戦場とは違うものだった。
そしてミラーもそれを皆に向かって伝えようとする。
「これからの俺達は、次の世代に伝えていかなくてはならない。あの時代の記憶、そして体験――」
スネークは心の中でそれをひとつの言葉にしてつぶやく。
ミラーはそれを理解したかのように、続けて口にする。
「俺たちの、罪を」(Sins of The Father)
続いて彼のサングラスが、花を置いた少年がスネークの前に立って並ぶ姿を追いながら口を開く。
「このことを子供達が新しい世界に、俺達の意思を継いでくれてこそ……その時、俺達は本当に、勝利したと言えるようになるのだ」
それは喜ばしい今日という日が、未だ道の半ばであるという事実を確認するものであり。明日から、自分たちが戦う次の戦場でのダイヤモンド・ドッグズの目標を定める言葉でもあった。
そうなのだ。
この奇跡を実現させたとしても、まだ世界は暗い中にある。
世界をひとつにする。その実現には、まだまだ多くの障害が残されている。自分たちが戦う戦場は、まだまだ存在している。
自分たちを求める声は、減ることも、消えることもない。
この日を祝福する鳩を、ミラーはあえて用意しなかった。
かわりに式典の最後に海上を渡る海鳥の群れが、閉会を告げる演出を担ってくれた。
彼らが、すなわち”俺達”なのだ。
マザーベースにはまたいつもの日常が戻ってくる。訓練を重ね、武器を管理し、明日に向かう次の任務について班毎にミーティングを行う。
彼らには常に仲間がついている。それは新兵であってとしても、かわらない。
ダイアモンド・ドッグズの装備に輝く光は、かつての仲間の生まれ変わった新たな姿だ。
道は半ばである以上、喜ぶべき時をだらだらと長く味わう時間は自分たちにはない。
それは部下たちばかりの話ではない。
オセロットも、部隊も、スネークの相棒達も。彼らもまた、マザーベースの日常の中へと消えていく。
その一方で、兵士ではない少年兵は。
マザーベースの兵士達とは違い、ここを離れて別の道を歩くことになっている。
迎えのスタッフに連れられ、胸に下げたあのシャバニと呼ばれていた少年兵の形見の品を片手でしっかりと握り締めながら。少年は今度は振り返ってスネークに別れを告げることなく、マザーベースから去っていく。
彼が正しく戦場から決別できるかどうか。
再び重力にひかれるように、堕ちようとする自らを叱咤して胸を張って生きていけられるか。残念ながら、彼らの苦悩に自分たちは力を貸すことはできない。彼らを導ける大人たちの手を借り、彼らが自分を許し、自分を救っていってもらうしかない。
そしてそんな元少年兵に、これからも戦場で戦い続けるスネークがかける言葉もないのだ。
「ボス、すこしいいだろうか?」
その場に残り、全てが日常へと戻るのを見送っていたスネークの元にミラーが寄ってきてそうつぶやいた。
太陽はますます空を真っ赤に萌えあがらせていた。
XOFは。
スカルフェイスは、サイファーを利用し。自身が描いた核の飽和した世界を実現したが。
ビッグボスとダイアモンド・ドッグズは、核廃絶を目指す世界へと間逆の方向に舵を切ろうと奮闘を続けた。
力強いその歩みに、結果が常についてきた。
XOFとスカルフェイスは倒した。
彼らが拡散させた”制御された核”の全てがダイアモンド・ドッグズによって回収された。
サヘラントロプスを擁した彼らが倒れると、サイファーは彼らの存在を歴史から抹消させようとしている。世界はこの恐怖を、ただの過去の痛みとして簡単に忘れようとしている。
倫理か、欲望か?
政治か、軍事か?
究極的には常に世界の問題はこれらにいきついてしまうのだ。
そして人はこの難問に答えられる叡智を、いまだに手に入れられてはいない。霞の向こう側で輝く真理に、ただただ己の手を必死にのばすことだけを今も繰り返している。
もしかしたら、人はこれを手にする日は永遠にないのかもしれないとすら思うことだってある。
だが、真理は未だ手にしなくてもダイアモンド・ドッグズは。ビッグボスはひとつの答えをここに出した。
核のない世界。
ここにたどり着くために、彼は先頭に立ってこの厳しい荒野を歩き続け。彼に続く者達が、後に続くものたちのために道を作らんと大地を踏み固めながら進んで手に入れようとした世界だ。
そしてビッグボスは、またもや奇跡をおこしてみせた。
世界はその偉業に驚き、この男の存在に恐怖を抱くしかなくなる。
人気のないプラットフォームに、スネークとミラーは立っている。
それはMSFの時代、彼らがピースウォーカー事件の総括から、次の戦いへの予感をまえに話し合ったあのときを思い起こさせるものがあった。
時間はかかったが、世界はさらに悪化しようとする中で、彼らはなにかをひとつ成し遂げることができた。これは、それこそが彼ら自身の成果だと万人に向かって誇れるものだった。
「だからといって、なにもかもが上手くいったわけではない」
建物の廊下から外に出ながら、ミラーは苦しそうに口を開いた。
「患者(世界)の様態は、”今のところ”は安定しているが。予断はゆるさない、その状況はこれからも、かわることはないだろう」
希望は少なく、絶望すれば簡単にすべてを無にすることができる。
困難はこれからも続き、楽な戦いなどこれまでと同じようにありはしない。ずっとこれまでそうだったのだ。これからもずっとそうなのだろうということだけはわかっている。
確認しているだけだ、気持ちを新たに、再び覚悟をしているだけなのだ。
「俺達が奪取した核弾頭。それが運搬中に破損、漏出した核物質を回収しようとして数百RADの放射線を浴びる羽目になった」
完全に制御される核。
スカルフェイスの思い描いたそれは幻想に過ぎなかった。安価に作られた、粗悪な核兵器は。なんでもない作業の合間にも、簡単に自壊しようとして。そのたびにマザーベースでは悲劇がおこった。
「だがそれでも環境への影響は最低限に抑えることができた――。彼らの、あの英雄達のおかげだ」
絶望を前にしても、スネークの部下たちは決して希望を失うことはなかった。彼らの必死の努力が、実現した成果が。今日という日のダイアモンド・ドッグズの誇りとなった。礎になってくれた。
彼らは今も、希望の光のごとく輝き続けることでこの世界に、仲間とともにここにいる。
「ボス、奪取した核弾頭。全ての解体は終了している。貯蔵室に並ぶそれらはこれから30年、冷却期間が必要ではあるが――。その後ならば砂漠や海に不法投棄、することはできるようになる」
「あと30年――」
スネークは重い口を開いた。
この式典の中で、初めてのことだった。
「俺達の戦いが、それでも終わることはないのかもしれない」
「ああ、そうだな。ボス」
「そして俺達は、再び歴史に干渉してしまった」
「それは?」
「新たに俺たちを許さぬ存在が。敵となってその姿を俺達の前にあらわし、立ち塞がるのだろう」
「また、俺たちは追われることになるのか――」
苦い思いがともに頭の中を横切った。
「これまでと同じように、俺達の孤独な戦いは変わらない。新たな敵も、また驚くような怪物が出てくるのもわかっている」
「俺達は負けることは許されない……」
「そうだ!」
スネークの言葉に力が入った。
「俺達は勝ち続けなくてはならないが、次の目標は。はっきりとそれでみえてくる」
「なんだ、ボス?」
「千年紀の終わり。俺達は、俺達のままで生き残らなくてはならない。そこで俺達は、世界に問わなくてはならない」
「俺達が世界に?」
「そうだ。世界はひとつにならねばならない。俺たちを認め、全てが共存する。そんな新しい世界をつくりださなくてはならない」
協調し、共生する。
それは簡単なことではない。相手に恐怖するのではなく、信じること。それは人が考えるより、ずっと困難なことなのだ。そして平和の前には、そこに続く真紅のカーペットが――兵士たちの流す血が、それも信じられない量のそれが必要となる。
「ならば、ボス」
「ああ」
「俺達もまた、変わらなくてはならない」
ミラーの言葉にも力がこもる。
「核廃絶を実現させた俺たちの成果を、無駄にするわけにはいかない。俺たちを排除しようとする存在に、膝を屈するわけにはいかない。
俺たちにはさらに、大きな力が必要だ。
さらなる強大な軍事力を、なにものにもここに近づけさせない力を。
それが俺達の正しさを、世界に証明させることにつながる」
「そのとおりだ、カズ」
「同時に俺達は世界を監視しつづける。核製造の動きがあれば、それを見逃すことなく即座に部隊を送り込み。これを完璧に無力化してみせる。
皮肉な話ではあるがな……」
ミラーの悩ましげな最後の言葉は、スネークの耳には入ってこなかった。
真理は未だに影も形もわからぬものの、しかし彼らが必要とする「なにものにも近づけさせることを許さぬ力」については、別だった。
それは闇の中でも、今のスネークならはっきりと形を感じ取ることができた。
どこかで複数の、鋼鉄の歯車が互いに噛み付き合い。それによってあげる音は、悲鳴か、咆哮か。
戦場に現れた巨大な鋼鉄の歯車。
メタルギア――。
自分の隣に、自分の部下達と一緒にそれが並んだ時。
今の自分たちを恐怖の目で見つめる敵達の目には、それがどう映るのであろうか?
鉄の角を生やした鬼が、毒々しい笑みを浮かべた。
世界はスネークのコードネームを知るだろう。
天罰(パニッシュド)の時間はこれからだが、やつらはそれを認めることはないだろう。
ならば自分は毒になろう。毒蛇となって、噛み付いてやるのだ。
パニッシュド・”ヴェノム”・スネーク
この毒に、世界はどう立ち向かう?
毒に苦しむことで、世界はゆっくりと焼かれていく。だが、その炎は決してすべてを焼き尽くすことはないはずだ。
ただ、こちらを受け入れるだけでいい。それで世界に毒がいきわたる前に、毒の抗体が彼らの中に生まれるはず。そしてこれからの世界に共存することを可能とする。
まずそれこそが、世界がひとつになることへの道となる最初の一歩となるのだ。
スネークは世界を見つめている。
彼が放つ炎が大地を焦がしていくが、彼にあせりの表情はない。確信、それが彼の中にあるからだ。
――だが、炎はついに消えることはなかった。
気がつくと、青い星の緑の大地が真っ黒な炭となり。そこには灰しか残されてはいなかった。
そのときが繰ればきっと毒蛇も理解することができるのだろう。
人々は、強大な力をもったビッグボスへの恐怖を捨て去ることができず。
彼への強い報復心を、手放すことができなかったのだ、と。
続きは明日。