真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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モザイク世界ー嘘吐きの過去

 夢と、現の境があいまいなものとなって、どれだけ時間が過ぎたのだろう?

 

 夜のマザーベース、お互いのプラットフォームを結ぶ細く長い道をスネークは一人、誰にも告げることなく歩いていた。

 医療棟までの時間は約50分ほど、何も考えず、なにも感じられず。だが、足だけは動かし続けている。

 暗い夜の海は、冥府の静けさと優しさを同時に感じさせる。

 

(彼女に会いに行こう)

 

 今夜もその思いに駆られ、こうしてここを歩いている。

 

 轟々と、風が激しく体の間を吹きぬけ、遠くに生まれた嵐の音が天上から聞こえてくる。嵐は――戦場からしばらく離れすぎていた。

 だから今の自分に吹き付ける風はなく、それが奇妙な世界に自分を置いている。そんな気にもなる。

 

 多くの人々が、様々な理由で自分の元から去っていった。

 スネークに喪失感や寂しさはない。

 なのに視界がぼやけ、集中が切れるとわからないのだ、もうまったく。

 

 力は失ってはいない。そのはずだ。

 銃を握れば、部下を前にすれば、いつもの自分の役割を果たすことはできる。

 そうだ。自分には仲間が、部下たちがいる。戦友たちがいる。旧友も、いる。

 なのに心の中には徐々に暗い闇が広がり、同時に孤独が冷気となって皮膚の熱を奪っていこうとする。まるで全ての熱を奪われたとき、その時こそお前は死者の仲間となるのだと言われているように思うこともある。

 

 妄執、きっとそれに取り付かれてしまっているのだ。

 

 医療棟に到着。

 階段を上って病室にそのまま向かおうとしたが、角の向こうから巡回兵が来ていてお見合いをしてしまう。

 

「あ、ボス?」

「巡回ご苦労」

「はっ」

 

 自分がここに訪れた用は告げない、労いの言葉をかけ。敬礼を交し合うとそのまますれ違う。

 だが、相手は何か言いたいことがあったようだ。

 

「あ、あのっ。ビッグボス!」

「?」

「自分、自分はですね――自分は、あんな噂。まったく信じてはいません」

「あ、ああ」

 

 例の噂だ。

 俺が、俺が本物のビッグボスではない。偽者のビッグボスを名乗る他人だという。

 一時期に比べればそれはもう、ほとんど聞こえてこない。だが、それでも完全に消えることはない。

 

「自分のビッグボスはわかってます。あなたです。あなたが何者であったとしても、自分の意思はかわりません。だって俺達の――いえ、俺のビッグボスですから!」

 

 必死で自分の言葉を伝えようとしたのだろう。

 マスクをしていたが、彼が精一杯だったことは感じ取れた。

 

「夜の海風は、体によくない。任務後は体調に注意しろよ」

「はっ」

 

 笑みを浮かべて声をかければ、それだけで相手は満足してくれる。

 最近はおりにふれて、こんな告白をよくマザーベース内で受けるようになった。

 だが、俺は最初から変わってはいない。彼等だって、本当は何も変わっていない。

 

 自分の戦場は自分で選べ。

 これは俺がダイアモンド・ドッグズで掲げていることのひとつだった。

 

 彼らの告白とは彼ら自身への確認でしかなく。そのことに俺がいちいち感謝の言葉をかけるのはおかしいので、たいていがこのような受け答えになってしまう。

 

 

 医療棟に入ると、軽いめまいを感じた。

 額からそそり立つ、角のような破片の根元に義手の指を持っていく。

 

――親父、あんたは俺に銃を向けるのか

 

 真っ青な少年の顔が、デスマスクが眼前に現れると続いて炎のイメージが次々とわき上がってきてスネークの脳をショートさせる。

 ただの――ただのフラッシュバックだ。それも軽度の。ひどくはない、医者は要らない。

 

 キプロスの病院にいたときから、スネークの頭部に刺さった破片の影響で。もしかしたらどこかで不意に重度のフラッシュバックに襲われる可能性はずっと示唆されてきていた。

 

 それがついにはっきりとあらわれたのは、あのサヘラントロプスとの決着の時である。

 崩れ落ちたサヘラントロプスの操縦席から地面へと零れ落ちたイーライを狙ったXOF兵が近づく中、同じく大地に転がり落とされていたスネークはその場に駆けつけ、交戦となる。

 

 その時だ、

 ついに現実を喪失するほどの強烈な炎のイメージと、全身がそうした炎の濁流に飲み込まれたような感覚を始めて味わった。ありがたいことにすぐにも正気を取り戻すことができたが、そのダメージからは完全には復活することができないでいる。

 

 XOFらに混じってスネークに銃口を向けたイーライを、スネークはあの時。

 間違って撃ってしまった。

 

(大丈夫だ、大騒ぎ、する必要もない。イーライ――あの少年は俺に銃口をむけた。そうだ、だから俺は撃った)

 

 目を閉じ、目を開く。

 顔を上げるともたれかかるコンクリートの壁に目をやる――”壁の中”を軽やかに飛ぶ美しい、栄えるような紫の蝶が飛んでいるのを見てしまった。

 

 これはマズイな――再び目を閉じ、集中しろと自分を叱咤する。

 幻覚は取り払われた、その確信を抱ける段階になって。足取りは怪しかったが、歩き出すとようやく彼女の部屋の前に立つことができた。

 気分を変えなくては。

 なにかあったと悟られては、彼女の容態にも良いわけがない。

 

 

 スネークは室内に入ろうと扉を開ける。

 すると部屋の中からわずかな風とともに、熱と。そして不快なあの大量の血が放つ独特の臭気が、重そうに、押し寄せてくると顔を襲った。

 

 

==========

 

 

 スネークは呆然と立ち尽くした。

 部屋の中では、ベットの前に立つパスを中心に地獄が広がっていた。

 

「パス……?」

 

 あの時、隔離棟で死んだ仲間を焼く炎の前にいるように。部屋の中では異様な熱気を感じる。

 寄生虫によってところかまわずに喀血を繰り返した部下達の。力の抜けた体が転がる廊下を思い出させるほど、美しく可憐なままに現在に生きているパスは、己の返り血で服を汚していた。

 

 スネークは自分がおかしくなったのか、と自問せずにはいられなかった。

 なぜならば、そんな彼女を見て。奇妙にもその美しさに、透き通る水晶のような輝きがそれでもそこにあることに。ありえないことだが、異性に抱く劣情のようなものを感じてしまっていたからだ。これがまともであるわけがないのだ。

 

「ス、スネークッ」

 

 体の震えは彼女の言葉にもあらわれていた。

 腹部の傷口がまたも開いた。この限界をこえる苦痛を味わい続けたせいで、彼女自身の体が口の代わりに悲鳴を上げようとして体を震わせているのだ。

 

「スネーク!」

 

 再び名前を呼ぶと、首だけではない。ふらりと体をスネークの真正面に向けてきた。

 スネークはパスの体を見て、目をむいた。

 

「何をしている、パス!?」

「スネーク――」

「何をするんだ。そんなことをしては」

 

 スネークもショックを受けていた。とめる言葉が、なぜかどうしても続かない。

 パスの体は、ひどいことになっている。

 あの日、スカルフェイスの指示で開腹させられた奇妙な傷口は、ぽっかりとその穴をまたも大きく開けている。穴を閉じようとして縫われていた皮膚の一部が、ペロンと下腹部に裏返ってへばりついてしまっている。

 

 さらには痛々しいその傷口にパスは両方の指を突きこみ、傷口を”押し”広げながら己の内臓をつつきまわしていた。それはもう、正気の娘のすることではありえない光景だった。

 

「馬鹿なことはやめろ!」

「スネーク、爆弾がっ」

「爆弾!?なんのことだ、何を言っている。パス」

「爆弾が、もうひとつ――」

 

 それでやっと思い出した。

 それはパスがこの病室に運び込まれた日。カズの口から伝えられたことだった。

 

――爆弾が爆発したんじゃ……

――しっかりしろ、スネーク。爆弾は、ちゃんと摘出されただろう?2つとも

 

 スネークは自然と体が、操られるように手を前に出すと落ち着けというしぐさと一緒に言葉が漏れ出ていく。まるで舞台の上の演出にそう俳優のように、決められた感情、決められた台詞で。この結末の変わらぬ物語を続けようとする。

 

「おいおいおい、大丈夫だ。爆弾は、摘出した」

「……」

「摘出したんだ。全部」

「もうひとつ、あった」

 

 そうだった。

 ”あの時”もこの娘は、頑固にそういって。ヘリのハッチを開けると、夜のカリブの海へと身を投げ出していった。

 ”だが”スネークの言葉通り、パスの体はそのまま暗い海の中へ娘を飲み込まれ。10年近い時を経て、奇跡が起こり、再びお互いこのマザーベースで再会することができた。

 

 そうだ。

 だから彼女は、こうして生きていた。

 

「嘘――」

「本当だ、大丈夫だ。君は、大丈夫だったんだ」

「そんなはず、ない」

「思い出せるのか、過去を?考えてみろ、君はなぜ俺といると思う?」

「……」

「落ち着け、パス」

 

 パスは海に落ちたが、後頭部を海面に叩きつけられたせいなのだろう。命は助かったが、記憶に問題が出るようになった。

 彼女の中の時間が、1974年のあのときのまま。凍り付いてしまったのだ。

 過ぎていく時間を彼女は認識できていない。あの頃の記憶だけの中で、ループした生を続けている。

 その時の会話が記憶とズレを感じると、途端に会話の方が破綻してしまう。

 

 これも同じだ。

 だが、もしかしたら彼女の調子が良くなっている兆候なのかもしれない。

 

 スネークは願っていた。

 彼女と再び、お互いに話し合う日が来ることを。

 彼女が認識しないまま過ぎ去ってしまった日々に、どれほど多くの変化があり。新しいものが生まれたのかということを。

 

「嘘よ」「本当だ」「そんなはずはない」「落ち着け、思い出してみろ。そうすればわかる」

「思い出す?」

「ああ」

 

 不安と苦痛に震える少女が、いきなり消える。

 かわりにそこに立つのはまるで別の誰か、があらわれていた。

 

「じゃあ、スネーク。ビッグボス、あなたが代わりに思い出せるというの?」

「――っ!?」

 

 血に汚れたパスが、それまでの震える声から一変して冷たい声で辛らつな問いをスネークに発してきた。

 それまで苦痛にゆがんでいた顔が、震えていた体も、そんなものはなかったというように。ピタリと動きをやめると、その亡羊として、熱に浮かされているようだった視線がピタリとスネークに向けられた。

 

 スネークは。

 言葉が、詰まってしまった。

 彼女から異様なプレッシャーを感じ、信じがたいことだが今度はこちらの心の中に。恐怖が、生まれようとしている。

 

「俺?俺が、思い出すだって?」

「ええ、そうよ。あなたが私の代わりに思い出すの。そして教えて、なにがあったの?」

「なにが――」

「キューバの収容所、あのブラックサイト。あれから起こったこと、すべて」

「……お前と――パス。俺はお前とチコをあそこから救出した」

「そう」

「――ああ」

「続けて。聞いてるわ」

 

 おかしなことになったと思った。

 なぜ、俺が彼女に問い詰められているんだ?そうされなくてはいけないんだ?

 

「パス。落ち着いたなら――」

「それから?続けて、私。聞きたいの」

「パス」

「スネーク。私には思い出せない。平和の使者、女子学生の、これだけ。だから、教えて?」

 

 自分に逃げ道はないようだった。

 

「あの攻撃は、スカルフェイスの率いたXOFのものだった」

「そう」

「MSFは――」

「壊滅した?」

「壊滅だって!?いや、そうじゃない。MSFは”壊滅しなかった”んだ。完全には」

「……続けて」

「パス、お前が――”君”が落ちた後。”XOFのヘリから攻撃を受けた”んだ。ヘリは墜落した、むこうのヘリと激突しながら。それでも、運よく俺たちは全員助かった。あれは、運がよかった」

 

 頭の奥に、痛みが走った。

 あの頃の記憶は、今でも苦手にしている。思い出すのが、気分がいいとか悪いとかいうのではない。

 敵の攻撃によって危うく本当に死に掛けたという恐怖が刻まれてしまった結果だ。だから、正直自分もあの時におこった出来事を”思い出す”ことは簡単ではなかった。

 

「MSFは、どうなったの?」

「再開した。ただし、しばらくは俺とカズは姿を隠していた。

 米国の、サイファーの目を逃れようと。俺達はアマンダとチコのFSLNに偽名で同志として加わった。それで数年は、革命兵士として架空の人生を過ごした」

「なにがあったの?」

「国連だ。米国が主導で、結局MSFへの監視と規模への疑問を投げかけ続けた。その声に同調する声は、減ることはなく。増え続けていった。MSFという組織は成長を止め、徐々に衰退をはじめた」

「……」

「あれは、そうだ79年だった。

 ソモサ王朝が、MSFよりも先に終わってしまった。パス、アマンダ達の革命はついに成功したんだぞ。だがーーそこで俺達も考えなくてはならなくなってしまった。

 

 アマンダにはビッグボスと名前を取り戻して、新たな政府に参加してくれとしつこく頼まれたが。それはできなかった。

 喜びに湧く革命戦士達の中で、”姿を偽り続けた”俺とカズは重大な決断をしなくてはならなくなった。

 

 王朝最後の大統領となったアナスタシオ・ソモサ・デバイレが亡命先のマイアミでメディアに騒がれている頃。

 俺とカズはMSFを公式に解散宣言をおこなった。

 

 戦場を失い、成長を止めればあとは衰退するだけの組織に力はなくなってしまった。

 だが、カズはその資産は隠し。新たにMSFから離れて設立したプライベートフォースへと流した。ここに俺の、俺たちのアウターヘブン。ビッグボスの意思は南米に残すことができた」

 

 MSFには可能性は、まだまだあったはずだった。

 だが、あの時はそうした未練を断ち切り。諦めなくてはならなかった。

 

 冷たい少女の追及も、まだ止まらない。

 

「新しい傭兵会社には、参加しなかった。その理由は?」

「MSFと、MSFを離れても。FSLNでの俺達の活躍はあの辺りでは有名になってしまった。アマンダ達を攻めるわけじゃないが、革命成功後にはもう。俺をビッグボスと呼ばないやつはいなかったし、いつの間にかMSFがFSLNを米国への報復として強力にバックアップしていたという”伝説”が出来上がってしまった。

 

 それはもちろん真実ではなかったが。人々の間違った噂を止めることは、俺にもカズにも不可能だった」

「米国、サイファーへ。あなたが報復した?」

「そうじゃない。そんなわけがない。ただ――そういう噂が立った、だけだ」

 

 南米は、安全と危険の満ちた奇妙な場所になってしまった。

 気軽に道を歩こうものなら、人々は名前を叫びながら集まってきて大騒ぎし。その様子を遠くからスコープ越しに見て忌々しげに舌打ちする暗殺者達がいる。

 以前ほどの力はなくとも、MSFの名前と存在だけは強大なままだった。スネークの理想と現実のズレが、あまりにも酷かった。そこにとどまる未来はなかった。

 

「それで?」

「オセロットだ。彼と、話した。むこうから、連絡があった。

 奴はソ連に戻っていた。なんで再びそんなことを選んだのか、きっとなにかあったのだろうと思うが。理由は知らない」

「……」

「電話でいきなり言ってきた。『あんたが探しているものを、俺は知っている』と」

「なに?」

「新しい戦場。そして新しい組織」

 

 少しだけだが、声に力が戻ってきた気がした。

 気分も少しだけ上を向き始めているように思えた。

 

「MSFは、成長の途中で限界を迎えて衰退してしまった。もっと上手に、する必要があった」

「それが?」

「そうだ。ダイアモンド・ドッグズ、俺達の新しい家」




続きは明日。
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