だがそれは嘘だ!
今回はそういうお話。
それはきっと夢だと以前は考えていたのだ。
「来ないかと思いました」
「病院には、生きているうちに来ないとな」
「でも、どうやって」
「ホーム(故郷)には口の堅い知り合いが多い。空港までは、大げさだったが。あとは――」
「……」
「乗り心地は酷かったが。見ろ、お茶でこれだ」
「軽い火傷、のようですね」
「……また、すぐに行かなきゃならん」
「ええ」
「――どっちだ?」
「右です」
「包帯でわからないな。左は?」
「左の方は……あなたの言われたとおりに」
「目が覚めたということは?」
「2人とも、どちらもまだ」
「一度も?」
「ええ、2年間ずっと。週一回の検査でも小康状態をたもったまま」
「ああ、ふん」
「その――2人はいつまでここに?」
「このままだ。動かすと危ない。それで誰にも気付かれていないんだ。それが一番だ」
「はい」
「君には――君の働きには、感謝しているよ。これからも彼らの事をまかせたい」
「最善は、尽くします」
「うん……私のここでの時間はわずかだ。2人、話したい。いいかい?」
「はい。なにかあればコールで知らせてください」
「わかってる」
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その夢の始まりから最後まで、会話というか言葉は同じだが。なぜか場所がいつも一定しない。
いつだって、そこはおかしい。
きっと”舞台”が、狂っているのだ。
最初は真っ暗な舞台上で、たったひとつのライトの下。それはおこなわれていた。
だが、それが今では常に大仰にステージどころか背景から全てが変化して、少なくとも同じであっても繰り返し見たとて飽きたと感じることはない。
時に、大銀河の無重力世界の中、互いに宇宙服を着ないで漂っていたり。
月面の上に立って、それをしたり。
もちろん海中でもそうだ。光のほとんど存在しない深海でも、輝くような太陽の光にあふれた浅瀬でも。波の上だってある。
高山では猛吹雪の中、からっと晴れた太陽の下、霧にまみれてなにもわからなくなっても、雨が降っても。
とにかく夢の中で知るのは、ただ一つの芝居だけ。
車椅子に座る、体の弱った男が。ほとんど一方的に誰かか、もしくはこちらに話しているということだけ。
始まりはいつも闇の中で彼が、誰かと話している声で始まる。
舞台はそこから始まる。幕が上がるのは、彼が姿を見せたそのときがそうだ。
自分はそれをじっと見つめ続ける。
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「待たせたね。すまなかった、友人とは久しぶりだったのだ。許してほしい」
答えないこちらに、彼はいつも礼儀正しく話しかけていた。
目の前で眠り続ける。そんな意識のない男に彼は、ここまでする必要はなかったはずだった。
「まず君には、なによりも感謝していると、伝えたかった。本当だ、ありがとう。
彼が窮地に追い詰められたとき、君の献身が。あの男をこの世界へと残る助けになったのは間違いない。素晴らしい、本当に素晴らしい忠誠心だ。
君には、私の礼など聞きたくはないかもしれない。
私は言ってみれば、君が敬愛する上司の敵。あいつの忠実な部下なのだから、本来は私など顔も見たくないと思っているかもしれない。すまない、私は、わがままなのだ。
ここにきた理由。
君にも、会っておきたかった理由。
その一つが、お礼だった。それふぁら――ちょっとすまない、失礼するよ」
そういうと彼は、胸のポケットから真っ赤なハンカチを取り出そうとした。
顔に、口元に麻痺でもあるのだろうか。言葉を切る直前、急に発音が不明瞭になっていた。
だがそれにも負けない強い精神力で持って、難しくなった体の動きをしっかりとコントロールしているのが。今の彼の姿なのだと、それでわかった。
取り出したハンカチで口元をごしごしと音が出るのではないかというくらい強くこすると、それをまたポケットに戻していく。
「信じてもらえないかもしれないが、私はこれでも軍人だったんだ。今もそうなのだが、こんな体なものでね。少しややこしい立場に立っている。
引退の真似事でもすれば、周囲はあきらめて私をほうっておいてくれるかとも思ったが。まったく、こちらの都合などお構いなしで、仕事仕事、仕事だ。
おかげで、このザマだ。
部下だった友人は私と会ってもくれないし。それに同じようなかつての部下がまさか私を恨んでいるとは思わなかった。世界は、不愉快なほどなんでもおこりえる。理路整然としたものはなく、なにものかの意思で理由もなくそれは――」
ここで男は激しく咳き込み始める。
ハンカチを再び取り出し、口元にやって必死になにかを鎮めようとしている。
「すまないね。なにをいおうとも、私も、結局は仕事人間だった。
今日、ここにいるのは出来るだけ急いでおきたかったというのもあるが。それ以上のものがあることを、君にも理解してほしくてね。私の思いを、感じ取ってほしかったといったら言いのだろうか。
とにかくもう一つは、君にしか頼めない事。新しい任務を引き受けてほしいと思ったから、ここに来たんだ」
男はモゾモゾといすに座りなおすと、その目の輝きに深い闇が黒く黄金の輝きを与えてこちらに向けてきた。
「君の経歴を調べさせてもらったよ。
おかしな話だが、似ても似つかないはずなのに。不思議と懐かしいあの時、彼女とともにあいつを見出した頃を思い出してしまった。
家族はいない、戦場が全て。
MSFには多くの友人たち、君の唯一の家族たちがいたが。彼らはあの襲撃のせいで海底に引きずり込まれてしまった。……君の家族だった彼らの、お悔やみを申し上げる。
あの事件。
あの事件は、私にしても苦い思いを残す出来事だった。無論、そんな言い方で許してもらおうなどとは言わないが。あれは起こってはいけない出来事だった。本当にそれは、申し訳ないと思っている」
彼の謝罪の言葉に返す言葉はなかった。
というよりも、そもそも感情というものがこちらにはまったく湧き上がってはこなかった。
記憶の扉の向こうにいけないせいで、彼自身に抱かなくてはならない怒りや憎しみが。その理由もわからなかったということもあったのかもしれない。
「繰り返すが、そこで君に任務を一つ。お願いしたいと思っている。
あの男。ビッグボスを助けるために全てをささげた君なら、きっと快く引き受けてくれると思っている。
任務の内容は、ただ一つ。
あの男が目覚めた後。君が、彼の代わりにビッグボスとなってもらいたい。わかるね?」
驚く、というものは自分になかったはずだが。
彼が告げると、それにこちらの肉体が反応したのか。自分の体が震え、喉が鳴り、苦しげに息を一度だけ吸った。
「驚くのもわかる。だが、理解できるはずだ。
ビッグボスは敵が多い。
今は世界が、彼がこうして生きているということをまだ知らないが。彼が目覚めればきっと、その存在を邪魔に思うやつらが次々と出てくるはずだ。
だから君にビッグボスになってもらい。彼に変わって、彼の敵の目を君に引き付けてほしい。
当然だが、これは危険で、不可能にも思える難しい任務だ。なにより、終わりがはっきりと今は答えることが出来ないということもある。
下手をすれば、君の残りの一生を全てビッグボスとして過ごすことにもなるかもしれない。だから君には、完璧なビッグボスとなるように。あいつを良く知っている私が手を貸そうとしているんだ」
彼は胸の前で組んでいたそれを組み替えながら、いい諭すようにこの驚くべき任務について話を続ける。
「君を裸(ネイキッド)でいきなりビッグボスになれ、などと放り出したりはしないつもりだ。世の中には伝説を築いたあいつは単独で任務をおこなったのだと本気で信じる馬鹿共がいるが。いくらあいつでも、そんなわけがない。
単独での潜入という危険(リスク)を問題としないために、エージェントには常に的確なフォロワ-達が必要なのだ。
もちろん君にもビッグボスとして、君を支えてくれる連中を、私は用意している。
君には彼らを利用して、この任務を。完璧に遂行してもらいたい。そう、期待しているんだよ」
最後の言葉には今までにない力強いものがあった。
「正直に言うと、君には少し申し訳ないとも思っている。
本来ならばこのような任務。私自身もリスクを背負って、この難題に挑むことに何のためらいもなかったのだが……残念ながら、私にはもう時間がないんだ。
私の新しい友人――その少女が任務に失敗してね。私もそれに巻き込まれてひどいめにあってしまった。
彼女のせいだとは思ってないよ。彼女は彼女なりにベストを尽くした、それは理解している。ただ――神という奴はいつだって皮肉がすきなんだ。私は嫌いだがね」
輝く瞳と相成って、顔にかかる影がこの男は恐ろしい男なのだと告げているようだった。
「とにかく、その日がきたら。君にはビッグボスとして任務を遂行してもらう。
同時に私からこの任務に引き受けてくれる君に、一つ大きなプレゼントを用意させてもらった。きっとこれは君にも喜んでもらえると思う。
今回、君達MSFを襲った男がいる。
私は奴を、この国には2度と戻って来れないようにした。あいつは今、見知らぬ国で身動きも取れないと泣き叫んでいるようだが。それも永遠には無理だ。
彼を、私が君に差し出そう。君は任務としてビッグボスでありながら、君自身の家族を殺した男を討つことができる。仇討ちが出来るということだ、わかるね?」
体を前に乗り出し、こちらの目を覗き込もうとする彼の体から一気に力が抜ける。
同じようにあの恐ろしい目の輝きも消え、元の体の弱っている男へと戻っていく。
「窓の外は綺麗なんだね、ここからは見える世界は美しい。君も彼と一緒に目が覚めたら、ちゃんと自分の目で確かめるといい。私は――私の部屋には窓がない。
たぶん、もうすぐ窓も扉もない部屋にしか、私は心穏やかにすごすことは出来なくなるだろう。
だから未来にこの難しい任務を、ビッグボスを任せる君にだけ。伝えておきたい。
こうなったのは全て、私の責任でもあった。私は弱気になり、彼女を使ってあいつを――ビッグボスをもう一度、なんとか取り戻そうと考えた。結果はこのとおりだよ、大失敗に終わってしまった。
それどころか、こんな重荷を君に渡して。私は肝心の時には君の力にはなれないと言い訳するしかない。酷い男だと、卑劣な男だと、蔑まれようとも言い訳はできない。
だから私のことなど、覚えていてくれなくてもいいんだ。
そのかわりに奴を、あいつを君の力で助けてやってほしい。守ってやってほしいんだ。
おかしなことを私が言っているのだと、君も思っているのだろうね?
そうかもしれない。だが、それでいいのだよ。
あいつは違うと言い張っているがね。私に言わせるなら、彼がグチャグチャ言っていることは我々の未来でならきっとたいした問題ではないのだと、わかっていないのだと思っているんだ。
私と彼は、同じゴールを目指している。それは、疑うまでもなくはっきりしているところだ」
そう言って「ふふふ」と低い笑い声を上げていた。
「もしかしたら、未来には私も彼もいないが。それでも世界はひとつになれるかもしれない。そう思いたいね。
これは、これは――本当に皮肉な見方だとは思うのだけれどね。そんなふざけた世界も、あるのではないかと。いや、そんなわけがないか」
この記憶、いや、夢なのだろうか?
これはここで唐突に終わってしまう。
ライトが消え、男が消え、すべてが消える。そして自分だけがそこに存在だけしている。
闇の中で一人、その記憶を前に静止している。
これはボーナストラック的に書いたもので、ここら辺に入れるといいかと思い発表しました。
「パンドラの箱」というタイトルだったのですが。なかなか意味深な仕上がりをしたと(思いついた当初はもっとオカルトっぽかった)タイトルも変更しました。
MGS5にも収録されているDead or Aliveの曲名を与えました。
そういえばこの曲は、カズ救出のあたりでも出した名前でしたっけ。
続きは明日。