ぶっちゃけますが、かなりキます。
これでも当初より遥かにマイルドにしましたが、ムカつきはまだまだ高いといわれました。
読む際は注意が必要かもしれません。
DDは生きていた。
彼は確かにマザーベースへ戻ってきた。
だが――それが彼には良かったことか、どうか。わからない。
あの日、動けなくなったスネークとクワイエットを踏み越えて勇猛果敢に飛び出していったDD.
彼はすぐにソ連兵に囲まれてしまう。
「おい、面倒だから撃っちまおうぜ」
「だめだ、確かめなくちゃならないことがあるからな。生かして、捕らえろ」
そういうと包囲の中心で四方にうなり声を上げて回るDDへ。包囲の輪を狭めていく。
DDはソ連兵に捕らわれた。すでに激しい戦闘を潜り抜けていたDDに、その囲みを破るような力は残されていなかった。
彼らにはすでにDDの正体はなかばわかっていたのかもしれない。
ダイアモンド・ドッグズのビッグボスには相棒と呼ばれている戦闘犬がいる、それはすでに有名な話だ。そして事実、DDの体には組織のロゴの入った緊急脱出用のフルトン装置が首周りについている。
「やっぱりそうだ」確認した兵士が言った。
「こいつ、ビッグボスの犬だぜ」
5人がかりで押さえつけられ、動けなくなってうなり続けるDDの上で兵士たちの目が嫌な輝きを見せ始めた。
声を上げた兵士は、ナイフを抜き放つと器用にまずはDDが逃げられないよう、装置を脱がす。お楽しみはここからだった。
彼らはここでDDを発見し、捕らえた事を上官に報告するつもりはなかった。
だいたいにして「ビッグボス――の犬を見つけました。如何しますか?」などと実際に報告すれば、相手の上官は怒りをあらわにして「だからなんだ!?さっさと殺してしまえ!」と叫んだに違いない。
ソ連の大部隊が、ビッグボスとその相棒たちと正面からぶつかった結果。信じられない悪夢のような損害だけをくらわされたのが、つい先ほどのことなのだ。
そうして得られた結果が。手にしたものがビッグボスの犬一匹?
たとえそれが真実としても、クレムリンに素直に報告などしては兵士としての自分達の資質を疑われるというものだ。
部隊の指揮官たちがほしいのは、犬の飼い主であって。狼犬など、むしろ見つけてくれなくて構わなかった、余計なことをしてくれた、そんな気持ちだったのだ。
この時点で、DDは任務を果たしたも同然だった。
あれほど圧倒的な数で追い詰められていた男は姿を消し、その犬が一匹だけ砂漠をうろついている理由はなんだろうか。きっと、足手まといだからだと戦場に捨て去ったに違いないのだ、と。
普通の兵士たちは考えた。
まさかビッグボス本人がDDを発見したあたり、数十メートル以内でもう一人の相棒と2人抱き合って動けなくなっているとは考えなかったのだ。
だが、DDの地獄はここが入り口。
この夜、部隊を引っ掻き回し、戦場を縦横無尽に暴れまわって仲間を殺したビッグボスとその相棒達。彼等への怒りと不満の全てを、この捨てられた哀れな戦闘犬一匹にぶつけてやろうという魂胆である。
「時間がないぞ」「わかってる、手早く済ますさ」
最初に捕らえたとか言う狙撃主は女だったと聞いている。きっと、さぞや楽しんだと思うが。こっちは小汚い捨てられた毛玉の雑巾、それだけだ。
ダラダラと時間をかけて楽しむような相手じゃない。
ヒャウゥーー!
DDの口から今まで聞いたことのない声があがった。
フルトンをはずした兵士が、ナイフの持たないほうの手でDDの左耳をつかみ。その”根元”に刃を押し付け、一気に切り裂いたからだ。
その激痛にDDがたまらず悲鳴を上げ、スンスンと鳴き始めると。とり囲んでいる兵士達は鳴きだしたビッグボスの犬の姿をみて最高だと笑い声を上げた。
いい気分だ。
泣き声にあわせるように、中には嬉しそうに雄たけびを上げる兵士もいたが。真っ赤にそまったナイフと、切り取ったばかりの左耳を指先でつまんで「どうよ?」とばかりに見せて回っている。
だが、次の”お仕置き”が迫ってきている。
残されたDDの右の耳を今度は別の兵士が乱暴につかむ。
それまで泣いていたDDも、なにをされるのか感ずいて。必死に暴れようとするが、男たちはそれを凶暴な笑い声を上げつつ、拘束したまま決して逃れることを許さない。
「おい、自分の指を吹き飛ばすなよ?」「わかってる。見てろ?」
掴んでいた耳の指が、離れた次の瞬間であった。
いきなりずずいっとライフルの銃口が突き出され、火を噴いた。
DDの残っていた耳はそれだけで吹き飛ばされ、その爆音と衝撃を一身に浴びたせいで。口から泡を吹き、DDは死んだように舌を口からはでにボロリとたらし、強張る体から力が一気に抜ける。
「あ、死んだ?」
「なに言ってる?そんなわけがないだろ」
「でも――」
「楽しんでいるのさ、俺たちのためにな。ホレ、こうすれば――」
ライフルを撃った男はそういうと、発射したばかりの銃口を――熱を持ったそれをDDの頭の傷口に押し付けた。それは注意しなければ聞こえないほどに音が小さかったが、生の肉を油のしいたフライパンの中に放り込んだときに聞ける音に近かった。
一瞬だけ、気を失いかけていたDDは覚醒した。
新しい苦痛が、DDを現実へと引き戻したが。そのおかげで肉体は限界を超えた力を発揮してくれた。
笑い転げて気が緩みだしていた男たちの手から逃れたのである。
DDは男達の手から逃れると、自分を囲む兵士の頭上を、助走なしの素晴らしい跳躍で飛び越えた。
おお!ソ連兵達は声を上げて見事に脱出しようとするDDの姿に驚嘆の声を上げたが。表情と声とは正反対に、それぞれが手にしたライフルを構えて発砲を開始する。
砂漠の上を走り続けるDDの周りだけ、砂が巻き上がり続け、弾丸の何発かが命中しても。DDはそのまま走り続ける。
だが、あと少し。兵士たちの視界から、丘の向こうへと姿が消えようという時だった。
ついにひときわ大きな悲鳴を上げ、DDの体が突っ張るように飛び上がって地面の上を転がり落ちると見えなくなってしまった。
「俺だ!あいつを仕留めたのは」
「マジかよ!?俺じゃないの?手ごたえこっちもあったぞ」
「いやいやいや……」
最後に命中したという手ごたえを互いが告げる中、消えたDDの様子を確認しようという兵士はいなかった。
犬である以上、これはただの暇つぶし。遊び事、退屈しのぎでしかない。記録にも残すつもりがない以上、あれがどうなったかなど。もはや兵士たちの興味は別のほうへと向いていた。
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ヘリのパイロットは、自分のいるべき場所で生きた心地をしないままアフガンの上空を飛び続けている。
砂漠の嵐の中を、脱出しようとしているビッグボス回収のため。マザーベースより飛び立つ増援のヘリ部隊の一機に、登場予定だった部隊のかわりにオセロットがただ一人、乗り込んできたのがすべての始まりであった。
そのときの彼は――本当に恐ろしかったのだ。
オセロットはヘリが出動するとわかると、強引にその中に混ざりにいった。この時点では、まだビッグボスとクワイエットの無事はまだ確認されていない。もちろんDDもそうだ。
オセロットがヘリに乗った理由、それはもちろん彼らの安否を気遣ってというのは間違いないが。一番の理由は、マザーベースに残っては、とても理性を保っていられるとは思えなかったというのがある。
(まったく、なんてひどいザマだ)
オセロットは訓練を受けている。自身の感情が、激したとしても。最高潮に達する前に、切り替えて冷静になれるよう。考える癖がついている。
だから本来であれば、あのままマザーベースで。これ以上、あいつに好き勝手やらせないように見張っていなくてはならなかったのだが。彼にとってはこの大変苦しい時期にそれは困難な作業だとわかっていた。
ミラーを殺す。
オセロットがそうしない理由が、今はひとつもない。
そこが問題だった。
まだビッグボスが――ファントムが死亡したとは限らない。クワイエットもDDもいる、任務はまだ失敗していない。
だが……だがもしそんなことになったら――。
明け方近く、ようやく気候が安定を見せ始めたころ。驚いたことに奇跡が起こったようだ。
ビッグボスとクワイエットを救出したと、無線が入ったのだ。
「オセロット、聞かれましたでしょう?自分達も―ー」
「まだだ。このまま飛んでくれ」
「……了解」
幾分かは血の気が戻ってきたが、それでもまだ不気味に静かな彼はそう言うとヘリの外を見ている。
ビッグボスは発見されたが、そこにDDはいないらしい。
すでにオセロットはDDのフルトン装置を何度か作動させようと試みていたが。回収班からの連絡によれば、上空に昇ってくる存在はなく、装置が動いた形跡はないのだという。
自分が訓練を施した戦闘犬が、戦場でわざわざあの2人から離れたというのはなにか理由があってのことがあったのだろう。
オセロットのこめかみに皺がより、眉がつりあがった。
オセロットにとっても、DDは特別な存在なのは間違いない。
ビッグボス――ファントムのために用意した。自らが訓練を叩き込み、そのすべてをスポンジのように吸収した優秀な生徒。
一人と一匹で戦場を駆け抜けるのをずっと見てきた。そしてそこに自分がいない、その寂しさのようなものも味わった。
そのDDに何かがあったときのため、オセロットはDDの体内に緊急時に動く。発信機のようなものを埋め込んでいた。それは本当に最後の手段のために用意したものであったが、どうやら役に立つ日が来てしまったらしい。
懐から自身の情報端末機を取り出すと、さっさと装置を起動させた。
嵐の過ぎたばかりの、穏やかな砂漠の上を飛びながらこちらの呼びかけに、答えが戻ってくるのを期待する。
「パイロット!」
「え、はいっ」
「西に向かって40度、そっちに進んでくれ。すぐだ!」
「了解」
わずかに、本当に小さいが反応はあった。
DDはそこにいる。
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DDは確かに生きていた。
だが、当然だが無事ではいられなかった。
数発の弾丸は体内に留まったまま、失った耳の傷から流れ落ちる血は止まっていたが。左の前足を貫いた2発の弾丸のせいで、かろうじてそこにまだ足がついているというひどい状態にあった。
バランスを崩し、左右によろよろと必死に歩き続けるDDだが。その目には、しっかりと自分の帰る場所を思い描いている。
あの海上のマザーベース。
ビッグボスがいて、オセロットもいる。
彼を愛する仲間たちが、そこで待っている。
だがそれはあまりにも遠い距離だ。
いくら狼犬と思われたDDの底なしの体力といえど、傷ついた今の彼がそこまで歩き続けることはかなわないだろう。
そしてなにより――彼の地獄は、まだ終わっていない。
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後ろでオセロットが細かく方向を指示することで、パイロットも彼が何をしようとしているのか。さすがに理解していた。
「オセロット!ここにはあと1時間もいられませんよ」
「大丈夫だ、そんなにかからん」
「わかりました」
どうやらDDは近いようだ。
話した感じでそう思い、パイロットも地上を気にしてのぞくようにする。
依然として回りは夜であったが、明け方が近いせいで地上は奇妙に砂が輝いて見える。今ならきっと―ー。
「パイロット、いたぞ!」
「――どこですかっ、指示を」
「約3キロ先だ。降下しつつ、急げ!」
驚いたことにオセロットの声はあせっていた。
指示に従いながら、ヘリは先を急ぎつつ。ゆっくりと高度を低くしていく―ー。
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ようやく静まったアフガンの夜に、鼻腔を刺激する血の匂いに熊が反応した。
DDの流す血と、孤独に震える”獲物”の恐怖を感じ取ったのだ。
血と恐怖、それは肉を食らう獣にとってなによりも極上の飯を意味する。
……だが、まだ時間は夜である。
そして熊は実は寝起きが悪い。つまりまだ眠いのだ。そして腹もすいてないし、走り回りたいわけでもない。
なので今日のところは見逃してやることにした。この熊は再び体を丸めると、再びまどろみに身を任せる。
大きないびきはすぐに聞こえる、本当に寝てしまったのだ。
だから、DDは熊に食われる心配はない。
太陽の昇る時間が近づく中、血と恐怖の匂いに奴等が反応した。
アフガンの砂漠に住む狼犬である。
6頭ばかり、全てが顔を上げるとまずはしきりに鼻を動かし、匂いを探り続ける。発達した器官から次々と脳へ情報が送られていく。
相手は一匹、傷つき、血を流し、弱っている。
そしてこちらの縄張りの中を堂々と縦断しようと――迷い込んできていて、こちらに気がついていない。
「わふっ」
群れのリーダーの意思はすぐに下され、低く唸っただけだった。
6頭は静かに駆け出していく。愚かな侵入者を、これから襲撃して八つ裂きにしてやろうというのである。
続きは明日。