真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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DDの話が終わり、今回からは”その後のビッグボス”編が始まります。

このあたりの現実と嘘っぱちをごっちゃにした歴史の背景は95話(ソリダス)でとりあげています。
1999年までの事件で混乱したら93~95を読み直してもらえるといいかもしれません。


世界が湾岸戦争へと向かう中で。
ファントムはどこで何をしていたのだろうか?

答えをここに作り・・・用意しました。


The Accussed (1)

 これから紹介する物語は、伝説だ。

 伝説と言い切っていいと思う。真実は?ある。事実も?大丈夫、ちゃんとある。だが嘘も混ざっていて、それもかなり多く入っては、いる。はっきりと数えることはできないが、それは間違いない。

 

 だから伝説だ。

 

 誰かが聞けば「さもあらん」と面白くもなさそうにうなずくだけだろうし。

 また違う誰かが聞けば「それは初耳だ。本当かい?」と驚いてくれて、さらに喜んでもっと詳しく知りたいといってくれるかもしれない。

 これはそういう「御話」(おはなし)だ。

 

 

 ――ダイアモンド・ドッグズの組織改革をおこなってからの5年、ビッグボスは多岐にわたって様々なことに手をのばしていたことで知られている。

 

 時は1989年12月。

 あの米国の新大統領が、ソ連最後の最高議長とついに直接会談を持つとされる歴史的なそれを直前に、ビッグボスとダイアモンド・ドッグズはトラブルに――とにかく事件が、起きたんだ。

 

 

 それを語る前に、まずは事件当時のダイアモンド・ドッグズについて話しておこう。

 

 混迷のアフガンが彼らの組織を強大な存在へと育てたわけだが。彼らの活動の中心はすでにアフリカへとうつり、そのアフリカではビッグボスの率いるダイアモンド・ドッグズは変人集団、カルト集団だと不気味がられていた。

 

 彼らは確かにすばらしい技術を持つ武装組織ではあるが、全ての依頼を金や利権だけでは決して首を縦の振ろうとしないことが、多かったというのがその理由である。しかも断る理由が、第三者からはまったく理解できない理由だったらしい。

 そんな時は、同程度に頼れる兵士をそろえている連中に依頼が回されることになるが。するとビッグボスは決まってその反対勢力に、自分達を売り込んでいったと言われている。

 

 ある兵士は憎々しげに言った「やつらの手管だよ」と。

 だが調べればわかる。彼らは常にその手で自分達を高額で雇うように動いていたわけではないのだ、ということを。そこには確かに、なんらかの意思が――彼等の頭目、ビッグボスのそれがあったようなのだ。

 

 そしてこの頃、まことしやかにダイアモンド・ドッグズはそんなことだから。深刻な経営難に陥っている、などという噂が流れ始めていた。もちろん証拠はない、表立った話でもない、ただのうわさだけだったが。

 

 

==========

 

 

 そしてビッグボスはダイアモンド・ドッグズの新たな職場を見つけることになる。

 それは以前から彼が部隊を送り込みたいと考えていた地域――そう、アジアへ彼らの武力の輸出しようという計画だ。

 

 

 事の始まりは事件の10ヶ月前。

 アジア内で活動していたダイアモンド・ドッグズの諜報員の一人に接触してきた依頼人から始まる。

 この依頼人は、実に様々な意味で面倒な人物だった。

 

 東南アジアはメコン川を接する山岳地帯。そこはラオス、タイ、ミャンマーを線で結んで別名、黄金の三角地帯とよばれる世界でもまれに見る、闇のマーケットでさばかれる良質な麻薬生産の憧れの地がある。

 

 そもそもにして麻薬の密造は、この地域の貧民が自分達の生活のために最後に選んだ生きるための手段だった。

 だが、その効果はあまりにも絶大で刺激に満ちていた。良質な麻薬の製造で手に入る大金を狙う、そんな欲望に目を輝かせたおかしな連中が、平和で畑仕事(麻薬製造)にいそしむ村人に近づこうとしてくるようになったからだ。

 

 貧しい者にとって大金は重要ではあるものの、それ以上に安全と平和が、何よりも必要になった。

 だから”なにものにも近づけさせない”、そんな圧倒する暴力装置を欲しがり、手にした金で相手を探すことになる。

 

 だが、それは別にダイアモンド・ドッグズが誕生する前の話である。

 すでに彼らの中にはそれなりの調和というものが作られ、村人たちは自分達を守る暴力装置も用意していて。そこに新しく武装組織を混ぜなくてはならないような。揉め事を起こす理由はほとんどないと考えられていた。

 

 この地帯の一角に、某国正規軍は将軍職につくハン・チェーなる人物もその暴力装置の一つとして、顔を知られていた。

 ところがそんな彼が、この近くをたまたま徘徊していたダイアモンド・ドッグズの諜報員に接触してくると、ビッグボスへ依頼を持ちかけてきたのだ。

 

「ビッグボスの部隊に、新しいルートで生産地から出荷される荷物の護衛を頼みたい」

 

 将軍は来る世界規模の麻薬合法化をにらみ、原料を増産させたいと考えていたようだった。

 だが、それで自分達の良質な商品を飽和させてしまい、市場価格を落とすことは避けたかった。さらに彼らの商品を使用者に売りつける直前で、勝手に加工することで新商品としてあちこちの棚に自分達の商品と同じく値札が並べられている現状を苦々しく思ってもいた。

 

 そこで彼は生産地で直接、それらを自分達の良質な原料から精製して市場へ送り出そうという考えで動いていたらしい。

 

 しかしそれがまずい事態を引き起こしてしまう。

 大国が、急激に海外から流入するいままでとは比べ物にならないような薬物のラインナップが持ち込まれてきていると察知し、新たな商品の流入を防ごうと輸送ルートへの割り出しにやっきになることで攻撃を強めてきたのである。

 

 そんな中、将軍は新しい荷物の出荷ルートを設定。

 ここを川を流れるように運ばれていく荷物を、まるまるダイアモンド・ドッグズにテストというかデモ走行を頼みたいということだった。そしてもしもこれが上手くいくようであれば、今後はこのルートをまかせたい、とまで言っているらしい。

 それはあまりにも魅力的に過ぎる、そんな申し出であったことは間違いない。

 

 

 だがこの話をビッグボスは半年以上、拒否していた。

 当時は専門家も「傭兵ビジネスとはいえ、犯罪に真っ向からかかわることを。『伝説の傭兵』などと持ち上げられ、プライドの高いビッグボスが嫌ったのだ」と決め付けていたのだが。後にビッグボスを研究するマニアたちがそれを否定する証言を探し出してきた。

 

「”俺たちのボス”は、最初この話にはまったく興味を示さなかった」

 

 そういって語りはじめたのは、当時彼等の諜報員としてスパローと名乗った小男がそう証言した。

 

「確かに当時のビッグボスはアジアにずっと熱い視線を向けていたよ。だが、難しかった。

 俺たちのボスはすでにインドとフィリッピンにダミーの商社を送り込んではいたものの、アジアの国の政治家や経済人には近づけなかったんだ。

 

 中国を筆頭に、ロシア、日本、台湾にインドにコリア。とにかく彼等の目はどこにでもあって、どこかで見られるとそれがすぐに広まってしまう。

 マレーシア沖には、お得意の海上プラットフォームの建設を長いこと予定していたが。それはついに実現しなかったさ」

 

 彼はそう言うと苦笑いを浮かべた。

 

「それから何ヶ月もして、夏の終わりだったと思う。俺たちのボスは、いつものように密かにアジアへと船旅に行ったけど。それもうまくいかずに手ぶらで戻るしかなかった。

 そしたらその帰り道の第一声が、この依頼のことで話し合いたいという。

 

 彼を知らない、お偉い先生方はビッグボスのこのことを。ただの気まぐれだろうというかもしれないがね。

 あの人のことを少しでも知っていれば、そんな言葉は出てこないさ。あの依頼、彼はああなると全部わかって、それでもなぜか引き受けたんだ。

 

 これは俺だけが言っていることじゃないぜ?

 言ったろ、彼を知っていれば。そう考えるしかないってさ」

 

 彼の言葉が事実であれば、この事件は伝説の傭兵の物語どおりという話になってしまうことになる。

 ビッグボスの伝説。あの荒唐無稽に過ぎる、過剰な演出がまざった物語の数々は、彼のような人間にとっては全て現実の話になってしまうのだろうか?

 

「あの時、アジアで活動していた諜報班の連中はなんとしてもボスの気を変えさせようと猛反対した。

 理由は依頼が犯罪だったから、じゃない。あの将軍には何かあったんだ。

 それが何かは、掴めなかったが。少なくとも彼自身は、米国、ロシア、中国のそれぞれに評判のいい奴や、悪い奴といった友人知人たちがいたことはわかっている。

 

 言葉にあるだろう?

 ”火中の栗をひろうべからず”ってさ。あの将軍の話は、まさにそんな怪しげなものだったんだ」

 

 だが彼等の声は一蹴され、ビッグボスは将軍との間に契約を成立させる。

 その計画が実行されたのは、まさに11月の末日のことだったといわれている。

 

 メコン川中流で将軍の部下からコンテナに詰まった荷物を受け取ったのは、2台のトラックと、護送用の2台の完全武装したジープだけだったという。

 

「あんたらが『ビッグボスの伝説』といって鼻で笑っているが、知っているんだろ?結末はそれさ、間違いない。

 ダイアモンド・ドッグズの輸送部隊は、”信じられないほどの襲撃”をそこで受けたものの。彼らは時間通りにゴール地点に悠々と現れ、誰かの手垢も、傷もついていない荷物をそこで降ろした」

 

 そう、だといわれている。

 ルート上に出ると同時に、ビッグボスの部下達はそれこそ休むまもなく現れ続ける襲撃者に悩まされた。

 チンピラ、山賊、傭兵、そしてしまいには恐ろしく訓練された攻撃部隊と思われる男たち。どこからともなく敵があらわれるたびに、それらのことごとくを逆に叩き潰したと言われている。

 

「信じたくないのだろうが、こればっかりは伝説のとおりさ。

 なぜそう断言できるのかって?それは簡単さ、俺たちのボスさ。あのビッグボス本人が、部隊を襲撃しようとする連中を逆に襲撃して八つ裂きにして見せた」

 

 これは嘘ではないらしい。

 この作戦では部隊の撤収で参加したとされる、ウェアウルフと呼ばれていたダイアモンド・ドッグズの元兵士も近いことを証言していた。

 

「あの任務じゃ、開発の連中にボスが『ゴールまで何があっても走れる車を用意しろ』なんて言ってたらしくて、防弾仕様でも恐ろしいくらい撃たれまくってて、よく走りきったもんだと運転してた奴は顔は引きつっていたけれど、笑ってたよ。

 

 嘘じゃなかったね。あの映画、『ザ ガントレット』のラストシーン。

 あれの撮影から戻ったみたいで、おかげで全員がイーストウッドになった気分で、穴だらけのトラックの横で記念写真取ったり。とにかくおかしくなってて、ゲラゲラ笑ってた」

 

――ビッグボスも?

 

「いや、ボスはそうじゃない。というか、それどころじゃなかったよ。

 あの人は、作戦に5人ほど優秀なのを選んで連れて行ったんだけどね。俺たちが大笑いしていたところに戻ってきたわけだよ。そうしたら――」

 

―ーそうしたら?

 

「笑い声なんて引っ込んじまった。

 全員、頭のてっぺんからつま先まで。真っ赤に染まっていてさ。わかるよな?それは彼等の血じゃない。

 

 だけどビッグボスのそれは一番凄まじかったよ。悪魔がいきなりあらわれたと思ってチビッていた奴もいた。笑わないよ、同情する。俺も、正直やばかったからね」

 

―ーそれは、ビッグボスの伝説にもあります。あれは事実と?

 

「知りたくないね。知る必要もない。

 誰よりも一番にビッグボスが激しいから。一緒についていった奴らもそうならざるを得なかったのだと俺は考えてる。

 あの時の、俺たちのボスは。間違いなく鬼、だったんだよ」

 

 伝説ではビッグボスは部隊を忍ばせ。

 襲撃者達の遺体を粉々に砕いて回ると、わざと地上にばらまいてまわったというものがある。彼らの証言はそれを事実、としているが。とても素直に信じきることはできない。

 

 そして、問題の12月がやってくるのである。

 

 

==========

 

 

 スパローはこの時の事について、小ずるそうな顔で子供のようにキラキラと目を輝かせてかなり詳しく語っている。

 

「任務が成功したその瞬間から、この仕事はおかしなことになってしまった。

 ”彼等のルートは危険”とわかり、”荷物は無事”に到着したというのに。なぜか依頼人のツェー将軍(これは間違い、彼は将軍の名前を間違えて覚えていた)が癇癪を起こして、俺たちへの――ダイアモンド・ドッグズの支払いを拒否したんだ」

 

 これはただのトラブルではない。ビッグトラブル(大きな問題)と言わねばならない事態だった。

 

「俺は当時、まだ半人前の――まぁ、新人研修みたいなやつだと思ってくれよ。

 それで若いのを連れて仕事をしていたんだ。 俺は奴をマーヴェリックと呼んでた。

 

 奴は『やはりだまされてた。ビッグトラブルだ』なんていってため息ついてね。俺達はそれをみて笑ってたものだから、わけがわからないと馬鹿な顔をして怒っていたな。

 

 俺たちは全部知っていたのかって?いや、知らない。

 命令を受けて動いていた奴はいたとは思うが、当人以外には知らされなかったし。それでもビッグボスに不安も、不満もまったく感じてなかったよ」

 

――それは、ビッグボス本人も?

 

「そりゃもちろんさ!」

 

 ビッグボスはすぐに、契約を果たすように促すため。将軍との直接会談を要求した。

 2人があったのはマルタ会談がはじまる直前、実に10時間を切っていた。

 

「ビッグボスは運転手と支援班の2人だけ。だが相手は将軍の部下の兵士たちに加え、山中に作らせた彼の秘密の砦の中の一室で行われた。将軍が文句があるなら聞きに来い、というから。ビッグボスは躊躇しないで行ったんだぜ。

 

 会談は最初から茶番のまま、ずーっと続いたと聞いているよ。

 将軍はいちいち不満を口にして、ビッグボスはそれを契約文で封じ込めにかかる。もう和解はありえない、すでにそこにいる誰もがわかっていたことさ」

 

――それなのに、ビッグボスはそんな少数で会いに行ったのですか?

 

「俺たちのボスは、結局どこまでを知っていたのかは知らない。

 だが、俺は少しだけだがわかっていることがある。ルートを走る襲撃者の中に、ひとつだけ明らかにおかしい奴らが混ざっていたんだ。

 高いレベルの訓練が施された男たち、だが装備は戦場ならばどこにでも売っているもので、それなのに中古品は一切使っていない。新品ばかり装備する、部隊章もつけていないあきらかにおかしな連中。

 

 間違いないと思うね、あれは中国人だ。

 俺はあの時、将軍は中国とつながっていたんだと思ってる。

 

 中国はアフリカへの興味を強く持っているようだったが、ビッグボスはそれまでに何度か彼等のビジネスを邪魔していた可能性があった。

 また、金で動かないボスの態度にも苛立っていたんじゃないかな。あわよくば暗殺、もしくは最低でも部隊に汚名を着せてアジアに近づかないようにするつもりだったのかもしれない」

 

――中国の、部隊ですか

 

「ああ。将軍は中国に何かを要求されて、その片棒を担ぐ羽目になったんだと思う。ところが、それは思ったとおりにはならなかった。

 最初に飛びつかせるためだけに散々、甘いことを口にしたとあって。ビッグボスとのこの話をなかったことにしようとしたんだろう」

 

 そう、あの日。

 ハン・チェー将軍は間違いなく、それをビッグボスに了承するように迫っていたはずなのだ。




続きは明日。

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