ハン・チェー将軍の身に降りかかったことは、実はすべてが明らかにはされていない。
だが、元ダイアモンド・ドッグズの兵士たちの証言が正しいというならば。あの日、わずか半日にも満たない時間で。恐ろしいビッグボスは、将軍のあらゆるものを奪いつくし、破壊しつくしたということになる。
彼は”戦場に引きずり出され”、容赦なく徹底的に攻撃されたのだ。
戦闘班でこれに参加したというウェアウルフはその事を実際に見たのだという。
「ビッグボスは、かなり無茶をやっていると俺達は思ってたよ。それでも、作戦中にトラブルは”なにもなかった”のだから、すごい話さ。将軍と、彼の下に居た連中はまったく俺達の相手じゃなかった」
――将軍への攻撃、これはわかりますが。なぜ、ビッグボスはその家族を襲ったのでしょう?
「さぁね……あんたはどう思う」
――報復、ですか?
「ああ、それは間違いないとは思う。あの時の俺達のボスは、本当におっかなかったからな」
――他にも、なにか?
「――あんたが信じるかどうか、だな。俺はそう信じてる」
―ーはい
「俺達のボスはな。多分だが……あの馬鹿をやらかした将軍の子供達を。守ろうとしたんじゃないかな?」
やはり、ビッグボスにはなんらかのカルト的なカリスマがあるらしい。
事実でも伝説でも、彼ら怒れる復讐鬼となったダイアモンド・ドッグズは。将軍とその家族に、凄まじい惨劇をくれてやったことだけは間違いないというのに……。それでも彼の部下だった男達は、それを平然と口にするのである。
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ハン将軍の家族は怯えていた。
そこに兵士達の中から、女性でもあるウォンバットが進み出てきて。彼らと”おしゃべり”を開始した。
「どうも、皆さん。我々はダイアモンド・ドッグズ。ただの傭兵です」
「?」
「我々は昨日、ハン将軍との契約を反故にされ。あまりに大きな金銭的損失を前に我を失い、こうして皆様に報復しに参りました。ここまで理解できましたか?」
「な、なんだって?」
たんたんと状況だけを述べる相手に、どこかまだ余裕があるのだろう。
将軍の家族――大人たちは全員目の奥に、怒りの炎が見隠れしているのが感じられた。
「お、お前達!」
「はい」
「わかっているのか!?俺達の兄貴は、この国の将軍なんだぞ。兄貴が――」
まだ続けようとする将軍の弟の背後から、兵士が警告なしでその頭部を撃ち抜いて黙らせた。
女性達は「ひっ」と声を上げ。老人達は崩れ落ちるその体にしがみついて、声を上げて泣き出す。だが、ウォンバットはまったく容赦する様子は見せない。
「失礼、こちらも時間が押しているのです。ここで皆様には、我々のビッグボスのお言葉をお伝えします」
そう口にすると、情報端末機を取り出してボタンを押す。
空中に映像が浮かび上がり。それが輸送機の中に座る、ビッグボス本人の顔を映し出した。
『俺達が、なぜそこにいるのか。すでに部下があんたたちに告げている頃だと思う』
ビッグボスの声は落ち着いていた。
『俺は、俺達を欺いた将軍への報復を決断した。それも徹底的に。その片鱗は、すでにあんたたちも見ていたはずだ」
「……」
『だがこれで終わりではない。始まりだ。――ハン将軍の奥方はいるな?」
「はい、ボス」
『これから俺は、奴に最後のチャンスをやる。それをどうするのか、あんたたちもよく見ておくことだ』
そういうとビッグボスの顔を映した映像が消え、別のものが――頭部から出血していると思われる、憎悪に顔をゆがませたハン・チェー将軍の姿が浮かび上がった。
家族は息を呑む中、画像の向こう側で声がする。
『家族が聞いている。最後に伝えたいことはなんだ?』
『……』
『時間はないぞ。いいのか?』
『黙れ!俺は、俺は将軍だぞ!ビッグボス、こんなことが許されると思っているのか!?殺してやる、俺の家族に手を出すなんて!!
いいか、お前は俺が殺す!俺が絶対、貴様を殺してやる。お前だけじゃない、お前の――』
画面に向かって吠え出したそこで、いきなり将軍の姿が消えた。
そのかわりに暴行を加えられているらしい音と苦悶の声が聞こえると、『時間切れだ、将軍』という声とともに。画面には銃を握る手が現れ、引き金が2度―ー。
『残念なお別れだったが、本人がいいのだから仕方がないな』
再び場面は変わり、ビッグボスが出てくる中。子供達も泣き出しているが、兵士達は微動だにしない。
『将軍の奥方、今のは見たな?これで、俺達の報復は半分だ』
「え、半分?」
聞きまちがえだろうか?
すでにきずかれた死者の山を前に呆然として、思考が停止しかけている家族にビッグボスの言葉は続いた。
『契約違反において、将軍は俺達に元の5倍の金を出すと約束していた。それは将軍自身と、その家族全てを奪っても足りない額になる』
「お、お願いです。どうか、お慈悲を」
『……』
「夫は死にました。義父も義母も、子を2人に失ったのです。それで、どうか――」
『それでは足りない、と言っている。話を聞くんだ、奥方』
「殺生な!夫を失った今、私が――」
『殺れ』
画面から無慈悲な宣告が発せられ、目の前で失った息子たちのために泣いている老夫婦に銃口が向けられ、火を噴いた。
「そんな!なんてことを!」
『まだだ。まだ足りない』
「やめて!もうやめてください!屋敷にはお金になるものがあります。お金なら払います、言ってください。こんなこと、いつまで続けるつもりですかっ」
『――奥方、気がついていないようだから教えよう。おい、俺達は屋敷の金に手をつけたか?』
「いいえ、ボス」
『高価な美術品は?宝石は?』
「いくつかは傷をつけてしまいましたな。しかし、手にしてはいませんよ」
『聞いての通りだ。俺達は、別にあんたの金に興味はない』
残されていた将軍の妻と、その子供たちは絶句していた。
相手が、このビッグボスとか言う狂人が流れる血、それ以外を求めてはいないのだとわかりかけてきてしまったのだ。すると、今度は恐怖で命乞いを始める。
『いい塩梅のようだ。ウォンバット、終わらせよう』
「了解です、ボス」
新たな指示が下り、兵士が動く中でビッグボスは錯乱しかけている将軍の妻に落ち着くよう求めると、それを確認することもなく一方的に話を進めていく。
『俺達の意思は伝えた。俺達は、将軍に報復する。
奴の金を、奴が稼いだ金の恩恵を享受する、お前達すべてからそれを求める』
「ひ、ひどい!」
『将軍の妻であるあんたには、やってもらうことがある。そしてその間は、俺があんたの子供達を預かる』
「ひっ、嫌だ!そんなっ」
『これからはあんたが、ひとつのことに集中する。それがいつの日か終わったとき、その時はあんたの子供たちを解放してやろう。これは約束ではない、契約だ』
「やめて、やめて……」
『この契約を、拒否はさせない。これは必ず、飲んでもらう。あんたの旦那が、俺達にそう強要したように』
子供達が、少年と少女達が拘束される中。無力な女性は、嘆くことしかできなかった。
だが、さらにそんな彼女の前に兵士たちがなにかの黒いバッグを持ってくると、中身をその場に放り出した。
妻はそれを見てまた悲鳴を上げた。
美しい裸の女性だった。
だが、死んでいる。長い黒髪のある後頭部に一発、それでぽっかり穴が開いていた。
『将軍が囲っていた愛人の一人だ。我々はこれからそこから失礼させてもらう。その後、地元の警察がそこに話しを聞きにくることになっている。
安心していいぞ、奥さん。あんたは彼らに自分が無罪だと、主張するんだ。そしてそうなるように努力しろ』
「え、えぇ!?」
『あんた自身ができる、すべての事をやって。法廷で無罪を勝ち取ってみるといい』
「こ、子供達を、取り上げないで――」
『なら、一刻も早く。自分にかけられる嫌疑を晴らせ。あんたが”綺麗な体”になった時。子供はかえしてやる』
呆然とした中年女性の手に、ボアが取り出した銃を握らせた。
それは、夫と浮気した女性を撃った銃だった。
ビッグボスによる”貴重なおしゃべり”の時間は、こうして終わる。
宮殿とも呼びたくなる屋敷の中には、ありがたいことにヘリポートが用意されている。
そこに次々と降りてくるヘリに、兵士達は奪い去る目標を回収して運び込むと、さっさと飛び立っていく。
衝撃の宣告と、全てを奪いつくされてからそうなるのに10分もかからなかった。
そのあまりにもあっさりと全てが終わってしまい。無慈悲にさらされた死体が飾られた屋敷の中で、将軍の妻だった未亡人の女性はただ一人震え続けていた。
皮肉にも、あのビッグボスと名乗った男の予言の通り。彼女の家へ訪れた、刑事たちが不振な気配を察して乗り込んでくるその時まで――。
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伝説でも、事実でも。ある一点においては、真実を浮かび上がらせていることがわかる。
ビッグボスは報復し、将軍の一家はその幸せを奪われた、ということだ。
将軍の夫人は、それから壮絶な大量殺人、親族殺人、計画殺人と疑惑をむけられ。法廷で争わねばならなくなるのだが、そんな彼女は先に神経が弱ってしまったらしく。
3年と持たないまま、睡眠薬による自殺をしたと伝えられている。
我々はここで、どうしても気になることができた。
そうだ、ビッグボスはなぜ子供達を攫ったのだろうか?妻の元には残されていなかったことは、わかっている。
だが、それは将軍の子供達は金で国外に逃げ延び。名前を変えて今も生きているからだ、という噂があるだけ。
スパローはこれについて、あまり話したがらない。
「ま、実際きつい現実ではあったろうがね。麻薬王きどりで、好き勝手やってた毎日から地獄に突き落とされたんだ。さっさとあの世にも行きたくもなるだろう」
――あまり語ろうとしませんね。なぜです?
「これ以上は無駄だからさ。本当ならあの一家はもっとひどい最後があったかもしれないんだぜ。でも、それをビッグボスが自ら悪名を引き受ける形で、できるだけ生かそうとした」
――そういうのはあなたのようなビッグボスの元部下だけです。私はそうは思いません
「そりゃ、あんたは知らないからさ――。
中国はかつて、麻薬で国を滅ぼした過去の記憶がある。あの連中、ちゃんとそれは学んでいるんだ。ツェー将軍のような輩はいくらでも殺したかっただろうよ」
――どういう意味です?
「将軍はな、袋小路にはまったのさ。それだけだ。ボスはそこにたまたま居合わせただけ」
――では、教えてほしいのです。ビッグボス、彼は捕らえたという彼の子供達をどうしたのでしょう?
「……」
――まさか、殺したのですか?
スパローはそれには答えようとはしなかった。
やはり、ビッグボスは憎悪のあまり、その狂人のふるまいで幼い兄弟の命をも奪いさったのであろうか?
続きは明日。