真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

12 / 136
タイトルは有名な『ランボー3』から。
映画の内容はさておき、取り上げられた題材は今見返しても興味深いものが多く入ってます。なにより銃火器を広い世界でぶん回しているのは気持ちよさそう(あれ?)

映画の公開直前にソ連軍の撤退、という事件も印象的でした。
というわけでミラー救出編をどうぞ。


怒りのアフガン (1)

 PM03;42

 この一時間ほど、ビッグボスはアフガニスタンに吹く冷たい風にあたり、スプグマイ離宮の石柱に腰をかけると水筒の水で口を湿らした。それまでの心地よい汗と疲労、そして体温を下げるために休んでいたのだ。

 

 それも終わりだ。立ちあがると口笛を吹く。

 馬は合図に忠実に反応してこちらによりそってくる。可愛いやつめ、頭をなでながら、そういえばオセロットからこの馬の名前を聞いていなかったことを思い出した。

 

 馬の背にまたがるとギャロップのリズムで遺跡から延びる坂道を下りていく。

 馬には道なりに進むよう気をつけながら、馬上でオセロットより貰い受けたiDroid、情報端末を取り出して作戦周辺の地域の情報に目を通した。

 

 いくらビッグボスと呼ばれる自分が長い昏睡状態から目覚めたばかりとはいえ。こんな露骨に怪しい救出作戦には実際のところ苦笑しか覚えなかった。

 カズヒラの救出を、オセロットが指揮して自分がそこに向かう。

 無茶な日程のうえに、まるで準備されたかのようなこの流れには作為的なものしか感じない。だが、たとえそれが事実だったとしてもオセロットは真実を口にはしないだろう、と思ったから流されるがままでいた。

 

 奴はそう言う男だ、意外に寡黙で、義理がたい。

 むしろこれはあのカズの中のサムライの血の匂いを感じた。

 9年前、あの夜に起きたMSFの壊滅に一番心を痛めたの彼ではなかったか。きっとMSFのことを誰よりも見ていた男としては、サイファーの襲撃になすすべなく全てを失ったことを自分のせいだと考えていたのかもしれない。

 そう考えるとこの作戦の本当の目的というのも見えてくる。

 

 そうだ、オセロットは言っていた。

 戦場にビッグボスが還ってくるのだ、そうでなければならないのだ。この任務はこの先の”ビジネス”のためのキャンペーンに他ならない。

 

 

 端末の情報によると、このまま進んだところにある村に駐留している部隊から探れ、とあった。

 自分の復活に、どうやらオセロットも色々と気を使っているらしいことがわかる。

 ふと、鼻の頭が引くついた。

 

『待て、ソ連軍の監視所だ』

 

 無線から警告が発せられる時には、すでに馬上のビッグボスは望遠鏡を取り出してそれをのぞき見ていた。

 確かにオセロットの言うとおり、小さな監視所があるようで。兵らしき姿も見える。

 

『見張りがいるはずだ。双眼鏡で確認してみろ』

「ふん、車道を守っているのか?」

『その監視所は比較的手薄だな。そこで肩馴らしもいいだろう』

 

 オセロットの言い様は、まるでこちらの心を読んだかのように的確だった。

 しかし、いいだろう。実戦に勝る訓練はなし、今の自分が”どこまで”出来るのか。まずは試してみよう。

 

 

 遠く離れたイランの空港の一角に作られた作戦室の空気が一変した。

 それは馬の背から飛び降りると、まさに蛇のように音を立てず。素早い動きでソ連兵の背後に近づくと、ジュ―ドーの技で見たような背負い投げでダウンさせ。そこからいきなり走り出すと、大胆にも気配に気がついた兵の顔のど真ん中にあの鋼の義手でつくった拳骨を叩きこんで見せたのだ。

 誰もそれを見て声を出せなくなった。

 

 そこからはもう、さきほどまでのスロウなテンポではなく。激しいパンクロックにもにた激しい動きをみせて馬を呼び出し、その背に再び跨るとその先で駐留していた部隊のいる村に突入していった。

 

 武装するネズミの巣に潜り込んだ蛇。

 

 その動きを表現するならば、それしかないだろう。

 中古の暗視装置を装備に入れては置いたけれど、ビッグボスをそれを使っているのかはわからなかったが。見回る兵士達の背後に移動し、時には物音を立てて操り、次々にCQCでもって脅威を叩き伏せていく。

 村の4分の一の兵士達を、一時間かけずにのして回ってみせていた。

 

 ビッグボスの端末を通じて送られてくる、カズヒラの護送計画書の全文を受け取りながらオセロットは内心では周りと同じようにこの老兵と言ってもいい男の活躍に舌を巻いていた。

 長い昏睡と、まだ回復しきってない中で戦闘と長旅を続けた男が完全に復活など出来ているわけがない。それなのにこの動きはどうだろうか?

 全盛時を思わせるその若々しいキレのある動き、かといって慌てず騒がず。相手の気配を読み、冷静に仕留めかかる老練の技。

 気がつけば太陽が地平線に沈むころには、村の反対側の出口まで無事に移動していた。

 

 

 草むらにしゃがみ込むと、馬を呼び寄せる合図をしてから情報端末を開く。

 思えば過去のMSFでも見たこともない新兵器をカズと当時の彼の開発班は生み出し続けて、自分は半ばそれを呆れたように見ていたのを思い出す。

 先ほど彼が送った、カズの護送計画書の要点がそこにまとめられて表示されていた。

 ただの傭兵として扱われているカズにこれ以上の情報があるとは思えない。つまりこの後はいよいよワンデイ集落へ向かってカズを救出する、そういうことになるのだが……。

 

『っ!?』

 

 馬の背にまたがって走りだすと、無線の向こうで息をのむ音がきこえた。

 

 

 

「ビッグボス!道が違います」

 

 作戦室には再び困惑の空気が流れた。直前まで、伝説が本当であったという証明する動きを見ていただけに。そんな新兵でもなければやらないような、ルートミスをしようとしているという落差にまた混乱しているのだ。

 向こうが地図の読みかたを忘れたとは思えない。

 オセロットは周囲に静まるように手で合図すると、ビッグボスに語りかけた。

 

「ボス、寄り道か?」

『……』

 

 返事はない。

 聞こえてくるのは、馬を走らせる声が聞こえてくるだけだ。

 オセロットは無線を通じて、ビッグボスの発する”確信”のようなものをこの時、嗅ぎ取った。

 

(ミスではない?なにか考えがあるというのか?)

 

 それがなにかをオセロットはすぐに考える。

 今回の任務は言ってみれば、先ほどの村と集落に潜入してビッグボスがかつての相棒を救出したという”誰にでもわかりやすいストーリー”のために用意されたものだ。

 だからオセロットもカズの行方と、その手掛かりだけに注目していて。それ以外には全く興味はなかった。

 

 ところがボスは違った。

 このまま一晩で終わる任務を前に、別の事をやろうとしている。

 ふと、そういえば陸路を歩いている最中。任務に赴く彼と一緒に、所持品の点検をした時の事を思い出す。

 

――こりゃ……フルトン回収装置か?

そうだ、ボス。よくわかったな。

――まぁ、ピースウォーカー事件じゃ。こいつは大活躍だったからなぁ

それはその頃とは使い方は変わっていない。実際、たいした進化はしなかったんだ

――棄てられたシステム、か

こいつは人を回収すると体を痛めてしまうのがネックだった

――そうだ、MSFでもこいつの運用には専門家を多く用意していた

一応だが、今回の任務に持っていくといいだろう。任務中、あんたが気になった兵士に昔のように使うといい

――できるのか!?

ああ。ただし寝かせた相手に限るし、大勢は無理だがな

 

 誰かを狙っている?だが、誰を。

 返事がないのでオセロットは交信を諦め、自身も作戦室に置かれた地図を手に取る。

 彼が進んだ道の先をたどっていくと、それらしき目的地が見えてきた気がした。

 だが、そこは――。

 

(ボス、あんたは本気なのか?)

 

 山猫(オセロット)の顔がその時、わずかに曇りを見せる。

 

 

 

 かつて裸の蛇(ネイキッド・スネーク)のコードネームをしたビッグボスは、一心不乱に馬を走らせ続けている。

 道の途中にある監視所は裏の岩場を静かに通ることで回避して、ひたすら走ってきた道なりに突き進む。解放された世界だ、そこを自由に走る自分に迷う理由はない。

 

 

 PM09:52。

 無線からは、半分諦めたような声でオセロットが告げてきた。

 

『そこはワク・シンド分頓地だ。さっきとは比べ物にならないくらい、大きいぞ』

 

 その声には答えず、馬の背から飛び降りるとビッグボスは岩場の影に飛び込んでいく。

 

「こちらエイハブ、オセロット?」

『ボス、どうした?』

「物資を要求したい」

『いいぞ、なにが必要だ?』

 

 険しい岩の岸壁に出来た切れ目に左の義手の指先を力強くつっこむと、器用にそれを利用して崖の上を目指して登り始める。

 

「しばらく横になる。岩場で熟睡できるよう、カムフラージュ率が高くなるのを頼む」

『あんたの近くに投下する、受け取れ』

 

 崖の上に到着すると、そこで蛇のように岩場を這いすすむ。

 

――キャンプ収容所前に到着

 

 脳裏にあの夜の潜入が今度はいままでになくはっきりと思い出された。

 

 

 

 午前零時、ワク・シンド分屯地の隊長はこれから出る夜勤の兵に声をかけていた。

 

「ヘリがようやく配備されるらしいですね」

「ああ、よかったさ。あれがあるのとないのとでは、随分違うからな」

 

 遅々として進まぬアフガンでの戦争。

 しかし最近、なぜか上の連中はこのあたりに戦力の増派を決める動きが出てきており。今回の航空戦力を配備する流れも、それにむけての下準備ではないかとすでに士官達の間では噂になっていた。

 

(だが、それが何だというんだ!?)

 

 一礼して出ていく部下を窓際に立って見送りながら、隊長はこの戦場にウンザリしている自分の本音を、自分の中でぶちまけた。

 

 この地の敵に対して、偉大なソ連は人を人と思わぬ非道の所業で叩きつぶせると信じていた。

 だが実際は?

 その反対のことが続いている。周辺の民は疲弊し、貧困と暴力への憎悪を前線の兵士達に向ける。そいつらが非道の行いをするものだから、彼等の復讐も自然と壮絶なものとエスカレートする。

 互いの兵士という駒をすり潰し合うこの戦場にはなにもなかった。

 偉大な指導者とやらは遠くクレムリンから頓珍漢な事をわめき続け、こちらは彼等の指示に従わされ。敵がいつ自分の側に来るのかと怯え続けている。

 これがずっと、毎日続いているのだ。

 

 思わずこぼれたため息が、彼の覚えている最後の兵士としての自分だった。

 窓に悪鬼の表情が映し出されると、息をのんだ瞬間に素早く自分は拘束されてしまった。

 

 

 

「わかった、回収する」

 

 オセロットの短い返事の中に、多くの彼に対しての称賛が含まれていた。

 まさかの服のお着替えを求めたビッグボスは、それから2時間余りをそこでじっとすごした。

 その間、百名をこえるスタッフの詰めるこの場所の中から観察して、一番の責任者でありそうな男を選別していたのだ。深夜、多くの兵士が眠りにつく頃。

 蛇は岩場から立ち上がると、獲物に向かって闇の中を素早く移動する。

 

 そしてやはり先ほどのようにCQCで拘束すると、眠らせてからこちらにフルトンを使って回収するように求めてきたのである。

 

『オセロット、さっきの事だが』

「ああ」

 

 回収直前、ビッグボスは拘束したここの隊長らしき男を簡単に尋問しようとした。

 ところが困ったことに、彼の口にした言葉が何なのか。さっぱりわからなかったのである。

 

『奴が何をいっているのか、俺には分からなかった……』

 

 元は彼も潜入諜報員である。英語以外にも、フランス語、ロシア語を始めとして複数の言語を使いこなせていたはずなのだ。それが失われたと思い知らされ、この任務の中ではじめて動揺しているようだった。

 

「ボス、どうやらあんたの頭の傷。それが脳内の言語野を圧迫でもしているようだ。もしかしたら他の言語もわからなくなっているかもしれないが、それについては別の方法を考えよう」

『だが……』

「今は任務に集中してくれ、ボス。ロシア語がわからなくなっても、それが問題にはならない」

『わかった――』

 

 そう答えたビッグボスは、すでにワク・シンド分屯地を背にして馬と一緒に離れている。

 

 

 作戦室の中は異様な興奮の中にあった。

 伝説の男は復活しようとしている。作戦開始からまだ20時間も立っていないのに、ついに目標であるカズヒラ・ミラーの捕らわれた集落へと突入した。

 AM05:42

 夜もそろそろ顔をのぞかせようとする太陽で白じんでいく中、ビッグボスは消音装置のついたハンドガンだけで。守備兵達を次々と屠っていく。

 それらは素早く、正確に、容赦なくおこなわれ。瞬く間に死体が道の上に横たわって積み上げられていく。

 

『ミラーを発見した』

「よくやった、ボス。合流地点にヘリを寄こす、50分以内にそこへ到着を」

『了解』

 

 力強い返答と共に、作戦室は早くも勝利の歓喜の声を皆が上げた。

 オセロットも又、その声でようやく肩の荷が下りたように感じた。だが、まだ任務は終わってはいない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。