真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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真実の理由

 ひとり、司令室に残り。椅子に深く体を沈めると、スネークはひとつため息をついた。

 ハン・チェー将軍の一件、なんとかこちらの考えたとおりに決着しそうだと喜ぶべきなのだろうが――。

 

(アジア進出は、これで失敗か――)

 

 ダイアモンド・ドッグズは今回も勝利を収めることができた。

 出費のことを見て見ぬふりをするなら、味方の被害はゼロではあるものの。素直に喜べる気分ではなかった。

 

 

 スネークはカズが消えてからすぐに、それまでの海上プラントをマザーベースと呼ぶのではなく。地上へ熱い視線をむけるようになった。

 内戦を続けることで、脆弱な基盤でゆれ続けるアンゴラの政治体制に入り込み。”貸し”をつくるのも簡単なことだった。

 

 だが、実際に物事が動き始めると。スネークは心のどこかに不安を抱くようになっていた。

 不満では決してない。

 自分の思うとおりのことを――ビッグボスの意思に従おうとすると、その壮大さを前に腰が引けてしまうものがあったのだ。

 

 自分達の兵力を新しい戦場へ、アジアへ。

 自分がやっていることの正しさを証明したくて、ややも強引にここ数年は探っていたことは認めなくてはならないだろう。

 それがあの日、海上に降りてきた美しい黄金の髪をした女――エヴァと名乗る彼女の登場ですべてをひっくり返さなくてはならなくなってしまった。

 

 

 エヴァは――あの女性がスネークにもたらしたものは、警告であった。

 アフリカで苦い思いをさせられている中国は。ビッグボスが、アジア界隈で仕事を熱心に捜し求めている。このことに、あの大国が静かに動向を見守るだけ、なんてことをするわけがなかったのだ。

 

 中国はまた、近年。

 海外の闇市場に向けて熱心に商品を増産して送り出そうと動いているハン将軍をどうにかしなくてはと頭を悩ませてもいた。

 最初、中国は自然な形で将軍を米国のCIAが捕らえられるようにと情報を流し続けていたのだが。困ったことに肝心のCIA自体が、政治的な理由とやらで自分達の手を汚さないように。地元の素人たちを使って、暗殺をしようとする。

 

 当たり前の話ではあるが。

 そんな素人が絡んだ襲撃情報、あっという間に巷に漏れてしまい。暗殺騒ぎは頓珍漢なテロ騒ぎとして、無関係の市民だけを巻き込んで何度も処理される羽目になった。

 

 中国は失望した。

 同じ”政治的な理由”があったにせよ、だ。そのあまりのつたないやり方に、自分達のことは見ないフリをして呆れてしまったのだ。

 

 

 そしてビッグボスの登場となる。

 中国は将軍とビッグボス、その両方が倒れるよう。数年がかりの仕掛けをほどこしたのだ。

 2人の間に交わされた契約は、破られる。互いに後に引けず、憎みあうようになる。そうして両者がぶつかり合えば、最悪でもビッグボスは将軍を殺すだろうし。もしかしたら、その前にビッグボスを倒すチャンスだってあるかもしれない。

 

 これらの秘密すべてを、スネークは将軍の依頼を受ける前に耳にすることができたのだ。

 誰が送りつけた情報なのかはわからないが、これこそまさに守護天使の恩恵というしかないだろう。スネークはまったく疑うことなく、この話を全部受け入れる。

 

 

 だが、計画を進めるとそこに問題がないわけではないことがわかってきた。

 ダイアモンド・ドッグズの任務は2つ。

 

 それは将軍との契約を完璧に遂行し、その後で将軍との決着を圧倒的機動力を駆使して制圧すること。

 

 どちらも難しいが、決して不可能というほどのことではない。

 問題は、ハン将軍は軍人の一家であり。彼の商売は家族をモロに巻き込んでいるという点にあった。

 

(報復されるな。残されれば、八つ裂きにされてしまうだろう)

 

 将軍の妻は、すでに実家に頼れる人はいない。

 そして21歳の長男をはじめとした、5人の兄妹達。

 いきなり組織のトップが消えれば大金が絡んでいる、目を血走った連中が、今までをその金で好き勝手してきた家族になにをするのかわかったものではない。

 

 

 結局、いつもこんな感じに悩むようになってしまった。

 スネークはため息をつく。

 どうやって始め、どうやって戦い、どうやって勝利するか。

 それならば簡単にすべてを思い描くことができる。だが、そうして始めてしまった戦争を、どうやって少ない犠牲で止めるのか。どうやってその騒ぎを望んだ連中に、報復できるのか。

 

 決着をつけることが、本当に難しいのだといつも思い知らされる。

 そしていつものように、スネークは『ビッグボス』としてのやり方を通すことを決断したのだ。

 

 

==========

 

 

 ダイアモンド・ドッグズは当面。アジアへの積極的な兵力の輸出を断念することになった。

 どう考えても、この戦いは私闘以上のものになるとは思えなかったし。肝心の中国は、その様子を観客席でポップコーン片手に見守っているだけだ。彼らを舞台の上に上げるなら、それなりの戦場が必要になる。

 だが、闇のシンジケートを舞台にそれをやってしまうと。最悪、ダイアモンド・ドッグズがこの麻薬ビジネスに取り込まれてしまうという危険がある。

 それではまるで意味がない。

 

 毒蛇はビッグボスのファントムとしてこの戦場でも必ず勝利する。

 そのためには進む道をさえぎろうとする人々に血を流させることになる。どうせそこに、どれほどの万人が喜ぶ正義もない。

 ならば、せめて悪役らしく。憎まれても、救える命は救ってやるべきではないだろうか?

 

 

 それはすべて中国の喜ぶ顔を凍らせるためにしたこと、といえる。

 将軍に中国の思惑通り動くよう、吹き込んでいた愛人を抑え。ビジネスに深くかかわっている一族は憎悪の対象になるから。彼等のほとんどをできるだけ残酷な方法で自分たちで手にかける。

 そうした上で、残してきた妻には試練を与え。公式の場で弱っている彼女自身の姿をカメラの前におかせることで、誰かの怒りが残された家族に向かわないようにした。

 

 そして、将軍の子供達だ。

 今回、ついにダイアモンド・ドッグズは青少年の誘拐などという不名誉極まりない犯罪に手を汚すことになった。

 だが彼等はここに”客人”としてもてなされるわけでもない。

 彼等は、彼等の生まれに罪こそないものの。彼らが歩いてきた毎日の生活は、麻薬に取り付かれて人生を破滅させていく弱い人間たちの犠牲の上で得られたものだった。

 人々はそれを理由に、いともかんたんに子供達を憎悪することができる。それはもはや戦場と表現してもいい――。

 

 

 司令室のドアがブザーを鳴らす。

 訪問者は短く「準備が整いました」との報告をしてきた。

 ダイアモンド・ドッグズのロゴの入っていない迷彩服を正すと、ヴェノムは覚悟を決めて。この非道な悪党らしい最終章を演じるために、部屋を出て行った。

 


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