真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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ロード・トゥ・アウターへブン (2)

 6日ぶりにコンテナの中から開放された兄妹たちは。

 泥水のたまった地面へ、コンテナをひっくり返されて叩きつけられた。コンテナの中は、悪臭で満たされていた。

 彼等はこの怪しげな場所へと運びこまれる6日間を、水だけが放り込まれたコンテナで閉じ込められて生活していたのだ。子供とはいえ5人分の体臭と糞尿にまみれてしまっている。

 

 泥水の中から慌てて顔を上げると、子供たちはゲーゲーと必死になにかを吐こうとしていた。

 それを取り囲むのが、悪者らしい笑顔を浮かべたダイアモンド・ドッグズの兵士達であり。彼等の姿を見て歓声を上げる。

 

「今だけだ。今だけ、お前達はここを訪れた客人。ようこそ、俺たちダイアモンド・ドッグズの秘密の場所へ」

 

 彼らを見て毒蛇は――ビッグボスは仲間と同じように、悪い笑みを浮かべながら。その手に葉巻をもつと、隣に控えていたウォンバットがさっとそれに火をつけた。

 

(楽しそうだな、コイツ)

 

 笑顔の中にただ2人、ワームと同じく無表情なのに。

 どうやらこの役を得てデレデレと笑いたくなくて、彼女は必死に我慢しているようだった。

 

 子供たちは弱ってはいたものの、すでに体力のある長男は怒りをあらわにしてラオス語でなにかを叫んでいたが、いまのビッグボスはわざと理解できないフリをして、英語で話し続ける。

 

「なんだお前、将軍の息子のくせに英語も話せないのか?」

 

 回りはその言葉に失笑するものが出てくる。ニヤニヤと笑って一段低い泥の中の彼らを見下す。

 

「お父ちゃんの悪いお薬を売って稼いできた金で、いったい何を学んだんだ?宿題の代筆か?テストの答案を満点にしてもらったか?それとも悪い連中を引き連れて、女の買い方を研究でもしていたのか?金で女を抱いたのはいつだ、坊主?まさか、値切り方まで自己流か?」

 

 自分達の糞にまみれ、泥にまみれ、そして笑われたことでようやく冷静になったのだろう。

 うなだれて口も利けない兄弟の仲で一人だけ立って睨みつけていた若者は、ビッグボスに猛然と今度は英語で恨み節を炸裂させる。だが毒蛇はそれを最後まで聞いてやらない。やる気がない。

 

「わかった、わかった。要するに俺を殺したいんだな?それで、若いの。どうするんだ?」

「……」

「俺たちはお前の兄弟を囲んでいて。そう、武器も持っているな。それでお前は?武器もなく糞まみれで、誰をどう殺す?」

 

 プカリとうまそうに煙を吐き出す。

 嫌な味がする。わかっていることだが、演技の上でとはいえ。こういう弱者を嬲るというメンタリティは、ヴェノムにはどうにも理解しにくいものだった。だが、やらなくてはどうしようもない

 

「よし、いいだろう。俺が銃を貸してやる」

「「(ちょっと!ボスッ)」」

 

 ”ビッグボス”らしく余裕の表情でホルスターからピストルを出し、相手に差し出そうとすると。背後の能面となっているワームとウォンバットの2人が慌てて小さく声をかけるが、ヴェノム・スネークはそれを無視した。周囲の仲間の中にも(大丈夫か、あんなことをして)という不安が見える。

 

 若者は明らかに頭に血を上らせていた。

 泥となった水溜りの中をザブザブと音を立てて進み、差し出されたビッグボスのピストルに手を伸ばそうとするが。ヴェノムはそれを許さず、さっと武器を引っ込めると。変わりに靴先で相手の胸を強く突いた。

 若者はバランスを崩して派手に後ろ側に泥の中へとひっくり返り、それを見た兵士達の安堵から笑い声が上がる。

 

「おいおい、聞けばお前さん。親父の後を継ごうと一族に習って軍に入ったと聞いているぞ。正規の軍とはいえ少尉殿がそんなにへっぴり腰では、うちでは部下をつけるわけにはいかないな」

 

 派手にひっくり返る若者に再び笑い声があがる。

 もう、このくらいで十分だろう。

 

「さてお前達のここでの話しをする前に、まずは約束を確認しよう。忘れているかもしれないからな……」

 

 親を、親族を、自分達の生活を破壊された相手を前に。無力であることを思い知らされ、子供達は全員がうなだれていた。

 彼らが、なぜこんな騒ぎに巻き込まれたのか?なぜこんな場所につれてこられたのか?その理由を知る日が来ないことを願っているスネークがいる。

 すべてを奪った彼等が、生まれを嘆いて自分に感謝するなどと言葉にする日がないことを願っている。

 

 これは、きっと偽善なのだ。

 自分達がかかわることで、何も知らずに無言で暴力の中へと叩き落されるかもしれない彼等を救ってやろう。そんな余計なことが、こんなテレビの中の悪役じみた立場に自分を置く羽目になるのだ。

 スカルフェイスのファントム(影)がいればそれほど善人ぶりたいのかと、吐気をもよおすと唾棄されるに違いない。

 

 

 ヴェノムの中に突如として強い衝動が沸き起こり、それが一気に口から火を吹いた。

 

「うつむくんじゃない!俺を見ろっ」

 

 ヴェノムの怒号がここにあったあらゆる感情を吹き飛ばし、一瞬で空白へとぬりかえてしまう。

 すべての目が、一人の男へと注目し。もう目をはなす事はできない。

 

「お前達の母親とは約束した。すでに彼女は、あの場所で戦っている。そしていつの日か、法廷で自分が無罪であることを証明することができれば。その時は必ずお前たちを、彼女の元へ送り出す」

 

 現地の混乱は、ちょうど今頃からピークを迎えているはずである。

 ダイアモンド・ドッグズが引き上げるタイミングで警察は惨劇の屋敷に到着。容赦なく死体となって転がされている家人、警護、そして屋敷の主の家族達。

 その中で精魂尽き果てた様子でただ一人だけ生き残っていた、将軍の妻。

 

 麻薬ビジネスに軍事力を持って私服を肥やしていた将軍が同日に消え、この事件である。

 だが、ダイアモンド・ドッグズの工作がきいていることから。彼等のビジネスは周りが不安に思うことなく、自然に別人が将軍の席にもう座っている。麻薬は今日も流通という川を流れ、黄金を持ち帰り続けている。

 

 だからこそ気づくはずだ。

 ハン将軍はビッグトラブルによって絡めとられてしまい、彼等の家族は容赦ない攻撃にさらされたのだろうと。

 そのとばっちりを引き受けたいと思うやつがいるはずがないのだ。将軍の事件は、地元では噂になっているが。報道にはいまだにはっきりとは載せられてはいない。だが、残された妻がそれで解放されるはずもなかった。

 

「そしてお前達だ。

 俺はお前達の母親とは約束はした。だが、お前達はそれで無条件にやさしくされるとは思っていないだろう?

 その通りだ。たとえ母親が約束を果たしたとしても、”そのときにお前達がここにいない”なら。彼女に返すものなどない。

 この理屈、わかるか?」

 

 妹と弟を抱きしめている姉が、金切り声を上げた。

 

「なによそれ!詐欺じゃない!」

「詐欺じゃない。子供だから、甘えているからそんな言葉が出てくる。

 いいか?お前達は今日一日だけは客人として扱ってやる。だからこれだけ匂っても優しくしてやっている」

「――くっ」

「俺達ダイアモンド・ドッグズは傭兵の集まりだ。戦場へ行き、戦って金を手にし、帰ってくれば次の出撃での立場を決める。

 ここで稼げないやつは、死人か、それとも兵士ではないか、だ」

 

 長男の顔色が変わった。ヴェノムにあわてて声を上げようとする。

 

「兵士は俺だけだ。弟も妹達は違う」

「坊主、いい顔になってきたぞ。だが、そんな理屈は通じない。

 ここで約束が果たされる日まで残っていたいというなら。お前達には全員、兵士として生き残ってもらわにゃならん」

「そんな!馬鹿な!」

「俺は本気だ」

 

 妥協を許す気配も見せない。

 子供達はどうにかしようと思うが、明確な反論など出てこない。それは子供だから出来ないわけではない。ダイアモンド・ドッグズに、ビッグボスにすべてを奪われているから出来ないのだ。

 そしてルールは、ビッグボス――ヴェノム・スネークが決めた。

 

「お前達全員に戦場に立ってもらう。その時までは、訓練の毎日だ。

 ここには本物のプロの兵士しかいない。彼等の仲間として戦場に立つその日まで、お前らは子供でも。半人前でもない。

 戦場で稼げないなら、ここではお前達は人間にすらなれない。ゴミ以下だ」

「そんな……」

「だが安心しろ。どれほど無価値でも、俺達はお前達を見捨てることはない。”真っ当な”ダイアモンド・ドッグズの兵士になれるように、終わることなくひたすら気合と技術を叩き込み続けてやる。

 いつかお前達が、戦場で俺達の仲間となれる日が来るまで」

「頭がおかしいんじゃないか!?狂ってるぞっ」

「俺は本気だ。俺達は本気だ。

 死んだ親父さんは俺達との契約金を踏み倒そうとした。彼にはその報いをくれてやった。母親には試練を与えた。お前達には、お前達の血で。親父の残した我々への違約金を、戦場で稼いできてもらう」

 

 狂ってる、それは間違いない。

 だが、本気だった。

 

「戦場には兵士も市民も、男も女も関係ない。すべてに平等に、生と死が与えられる。自分を守るため、そして仲間を守るための技術は俺達が知っている。お前達は自分という存在を戦場で問い直して来い。これはチャンスじゃない、運命ではない。

 お前達の宿命だ」

「……」

「明日からお前達はここで兵士となるための訓練を始める。指示が出たら、それに従え。出来なければ、出来るまで繰り返させる。許しなどない。他の道もない。

 だがお前達にはひとつだけ約束しよう。

 ここにいる限りは、お前達には監視はつけない。どうしようもないポンコツの甘ったれとして鍛えてやる」

「ふざけるな!」

 

 長男が再び激昂した。

 こぶしを握り、くやしさから自分の唇を噛み切ってしまい。口から流れ落ちる赤い血が一筋、泥の中へと流れ落ちていく。

 

「爺さんも、婆ちゃんも。叔父さんや叔母さん、そして親父を殺されたのに。そんなお前の仲間だと!?お前達に認められる兵士だって?冗談を言うなっ、誰が。誰がお前のために戦うものかっ」

「――強情な奴もいる。だが、うなだれないだけのガッツがまだ残っているのは感心だ」

 

 無表情でそういうとヴェノムは周囲の兵士達に声をかける。

 

「おい、彼は元気だそうだ。そして俺達と戦いたいらしい。訓練は明日からだがら、今日は遊んでやれ。誰がいい?」

 

 再び騒ぎと笑顔が戻ってくる。多くの手が挙がるが、スネークはその一人を自分が選んだ。

 列の中から出てきたのは、170センチもない女性兵士だった。

 

「坊主、紹介しよう。彼女はバイソンと呼ばれている。お前が彼女と”じゃれた”として勝てる可能性はゼロだが――そうだな、アドバイスをしてやろう。喜べ、彼女はうちではルーキーだ」

 

 オオウと周囲が落胆の声をあげる中。相手の女性は好戦的な笑みを浮かべている。

 

「俺は女を殴る趣味はない!」

「奇遇だね、坊や。”あたしも女は殴らない”ことにしている」

 

 青年の顔が朱くなり、囃子声が上がる。

 

「容赦しない。後悔しても、もう遅いぞ」

「――糞にまみれて、匂いをぷんぷんさせて、なにいってるんだい?股の間に2つのボールがぶら下がってるって、証明の仕方までママのお許しが必要?」

「このっ、○売がっ」

 

 再び這い上がって殴りかかるが、あっさりと投げられてしまい。泥の中へと再び転がり落ちていく。

 騒ぎの中、スネークは別の兵士から報告を耳打ちされていた。

 

(見たところ、男連中は大丈夫そうですが。妹の方が、参っているようです)

(怪我はしていないはずだ)

(ええ、確かに。やはり精神的なショックが、強かったのでしょう。検査と治療する必要があるかもしれません)

(ここで出来るか?)

(――なんとも言えません。最悪、マザーベースに運び込まなくてはいけないかも)

 

 今のこの場所には、司令部の基本的な機能が移転が最重要とされている。

 兵士の居住空間と医療施設は、その次だ。まだまだマザーベースから本拠を移すことはできない。

 

 喧嘩のほうはすぐに終わった。

 水だけで生き延びていた青年に、格闘する力はそれほど残っていなかったのだ。

 泥の中の姉妹の啜り泣きが続く中、ヴェノム・スネークは再び彼等の告げた。

 

「お前達がここにいるためにするべきことは、すでに伝えた。だからここからは忠告をくれてやる。

 指示に従う限り、仲間である限りお前達を俺達は怒りを忘れ、許し、受け入れてやる。

 

 だが、もし俺達を裏切ったとき。もしくはここを逃げ出そうとした時。

 お前達は明確に俺達と敵対行動をとるというなら。その時はお前達を、殺す。抵抗してもかまわん、それで生き残れると思うなら試してみるといい。

 ここがどこで?お前達の家がどこにあるのか?自分に課した任務に失敗しても、それで助けてもらえるなどと考えるなよ」

 

 バイソンが下がると、衛生兵が出てきて。泥の中の彼等の横についた。

 彼らはこれから汚れを落とすと、簡単なメディカルチェックが行われる予定だ。

 

 非道な悪党、ビッグボスとその仲間達の儀式は終わった。

 楽しいレクリエーションだったと、子供達が消えた後。解散して戻っていく戦闘班の兵士達と、残ってこの騒ぎの後片付けをする支援班の兵士が入れ替わりに入る。

 1時間もしないうちに、ここは整地に戻されることになっている。明日にはここで馬鹿げた悪党一味のショーがあったと思い返すやつはいないはずだ。

 

 

=========

 

 

 ヴェノムは一人、司令室へと戻ろうとしていた。

 いやな役目ではあったが、これをしないと決着がつかない。

 御伽噺ではないのだ。戦場の足長おじさん、ではおさまりが悪いこともある。

 

 だが、そんな彼の前に立ちふさがる恐れをしらぬ勇者がここには存在していた。

 あの話題にも上ったワンピースの小さな少女が。隠すそぶりもみせずに背中にライフルを背負い。無言で毒蛇の進路に立ちふさがるようにして仁王立ちで待ちかまえていた。

 

「随分と勇ましい格好だな」

「兵士だもん」

 

 悲しいことであるはずなのに、少女はどこかで必死にいつもの言葉を口にしていた。

 ヴェノムは無言で近づいていくと、いつかのように、いつものように。彼女を義手ではないほうの腕で抱き上げてやる。

 すると相手はギュッとこちらの頭に抱きついてくる。

 

 この年齢の子供は成長が早いことを実感する。

 クルド人の持つ美しさをそのままに、彼女は次第に美しい女性へと変貌を続けているのだ。

 そのせいなのだろう。こうして抱き上げてやると、しがみついてくるむこうとの位置関係が気になってくるものだ。

 たとえるなら、そう。まるで彼女の幼い胸に、自分が頭をうずめているようでもあるようで。それがちょっと、気分を落ち着かなくさせ、気になってきている。

 

「あー、頭にくっついてほしくないな。暑いし、なにより髪が引っ張られる」

「頭のこと?」

「そう、それのことだ。これでもお爺ちゃんなんだ、若い娘に白髪をむしられると思うと、複雑な気持ちになる」

「髪の毛抜いてない、サラディン」

「うん――そんな気がするといってるんだよ、お嬢さん」

 

 そういいながらも、目はこの少女を任せられるNGOのスタッフの姿を捜し求めている。

 前にも触れたが少年兵の社会復帰のため、早晩ここにも子供達が姿を見せるようになる。戦場で恐れられている、金で雇われた傭兵達のいる場所に、元少年兵達の姿が混ざるのである。

 

 それはどう考えても、言い訳は出来ない絵面になる。疑いをかけられ、すべてを公開してやったとしても相手はまだ納得しないに違いないのだ。

 

 だが、これは自分の前から消していった仲間の残した未来のための仕事だった。

 その意義を認めた以上、自分にそれを捨てるという選択肢はない。

 

「何処に行くの?」

「シスターを探しているんだ」

「イヤッ!」

「――お嬢さん、また養女となる話を蹴ったそうじゃないか」

「でも、今回は約束守った。会ったよ、逃げなかった」

 

 だから問題ないといいたいらしい、そんなわけがない。

 

「俺が任務がなかったからだろう?その前は、逃げ回って見つけた俺の義手に噛み付いて悲鳴を上げた」

「歯、ぬけた」

 

 頭の横でニッと笑顔の少女は前歯がきれいに並んで抜けている。

 あの時のことはちょっと傷ついている。泣き叫び、口のを真っ赤に染め、よだれと血を口の端からダラダラと流す少女を見て全員が卒倒しかけていた。「子供を殴ったのか」と非難され、衛生兵には怒られたし、スタッフにも怒られたし。

 なぜ自分が怒られたのか、まったく納得がいかない。

 

 だが毒蛇は大人なのでそれらをぐっとこらえ、かわりに諭してやることにした。

 

「せっかく娘になってほしい、一緒に新しい家族になろうと。申し出てくれたいい人達なのに」

 

 この少女に、はっきりと拒絶されてしまった哀れな夫婦は肩を落として帰っていったとスタッフが半狂乱になっていた。

 なのに本人は今もすぐ隣でかたくなに首を横に振り続けている。

 

「俺達のように。兵士になることなんて。本当にないんだぞ?」

「――さっき皆と騒いでたよね?」

「……見てたのか?」

「ううん。ちょっとだけ」

 

 ため息が漏れた、ああいうところを見られたくはなかった。

 何があってああなったのか、そんなことをこの娘に語りたくはない。知らなくてよいことだったのに。

 

「悪い娘だ」

「違うよ、賢いんだよ」

「――その上、口もうまい」

 

 必要なときに限って、スタッフとはなかなか出会うことが出来ないでいる。

 ヴェノムも段々とこんな話しか出来ない自分に嫌になってきてしまった。

 

「さて、困ったことになったぞ」

「?」

「迷ってしまった。こりゃ、シスターに怒られるな」

「探検しよう!」

 

 キャッキャッと喜ぶ少女を連れたまま、人のいない更地の上を歩いていく。

 空は夕焼けが、そろそろ覆い尽くそうという闇の影響を受け。地平線へ、森林の向こうへと消えようとしていた。

 

 夜が始まるのだ。

 その時が、静かに迫ってきている。

 

「サラディン、お話して」

「今か?」

「うん、今」

「そういわれてもな――どんな話だ?」

「サラディンとDDのお話。死んだお兄ちゃんも話していた、家に帰ってくると一杯」

(”ビッグボスの伝説”のことか)

 

 この少女は、正しくクルドの血が、戦士の心を小さな体の中にすでに宿してしまっているのかもしれない。

 彼女は父や兄弟たちが口にしていた伝説に、その本人を前にいる自分を運命だと信じているようなそぶりがあった。

 そのせいだろう、この娘はこうしてビッグボスと相棒達の話を聞きたがる。DDと、クワイエット……。

 

 静寂の狙撃手、彼女がスネークの前から消えたのはもう、何年も昔のことだ。

 そしてDDも同じように――今年、秋が深まる中、スネークと少女に見守られ、ひっそりと静かに消えていった。

 

 もはやビッグボスに、ヴェノム・スネークに相棒はいない。

 

「何が聞きたい?」

「どれでもいいよ。みんな好き」

「そうか――」

 

 抱いていた少女をおろすと、向こうはヴェノムの右手に小さな手を伸ばしてきた。

 なにもない土の上を少女と歩きながら、その手のぬくもりに心が落ち着かない自分がいる。

 

 自分は今、生き急いでいるのだろうか?

 この少女と同じように。次第に森が切り開かれていく姿を見ると。自分がやろうとしていることの巨大さに、恐ろしさに不安を持つことはある。

 だが、ためらう時は、もう一秒だって残っていない。

 そしてこれしかビッグボスの未来は地上に誕生しえないこともわかっている。

 

 自分は、俺達のような人間にはそこは必要な場所なのだ。

 そこは天国であり。そして地獄でもある。

 

 それが地上に姿を現したとき、この場所がついに完成した暁に。人々はついに、その名前と意味を知るだろう。

 OUTER HEAVEN ―― 天国の外側、それこそが俺達の目指す場所。

 国であり、この歪んでしまった世界に必要なもののひとつなのだから。




次回は明後日。

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