空港に着くとビッグボスとキャンベル。2人のためだけに用意された得別便に乗り込み、出発のときを待つ。
それまではずっと昔話に花を咲かせていた2人であったが、さすがにそればかりではいられない。さっそく現地に到着する前に、現在の状況を確認する作業に入る。
「それで、どこまで聞いてる?」
「FOXHOUNDのことか?」
「ああ」
ビッグボスは無言のまま、首を横に振るだけだった。
たいした事は聞かされてはいない、ということなのだろう。
「はっきり言わせてもらうが。長いことCIAの特殊部隊だったが。持て余された部隊だった」
「CIAか……」
「そうだ。彼ら自身が、扱いかねてね。あんたが去ってしばらくして、ついには軍人と呼べる奴はいなくなった」
「そうか――」
当初からその設立理念は完璧には程遠いものではあったが、長い時間の中でそれが風化してしまったと伝えられたことは本人にとっても決して楽しいことではなかっただろう。
だが、それだからこそここから立ち直ることだって出来るはずだ。
「あんたが戻るというので部隊は再編と増設が決まっているが。そうなると今の状態では人がまったく足りなくなる。俺が鍛えた連中でさえ、正直に言えばシールズの連中と比べても数段劣っている」
「そんなにか!?」
「予算はなく、人もなく、理念もない。これでは形だけ整えて、少しでもマシになるようにするしかなかった」
「苦労をかけたんだな」
「なに、それもこれも全部あんたに渡せるんだ。今の俺はとてもハッピーだ」
ニヤリとお互い笑ってみせた。
「それで、なにからはじめられる?」
「新人を探すことだろうな。実際、そっちのほうではかなり優秀なのがいてな。時間はかかるが、それが一番だろう」
「そうか」
「それで、部隊に今いる連中なんだが――」
「その話はいい」
「なんだって?」
キャンベルは思わず聞き返してしまった。
「あんたの話を聞いて、決断した。新人以外は全員放り出そう」
「――全員をか!?」
「そうだ、どうせシールズにすら劣るようじゃ。俺の訓練には耐えられない。それなら出て行ってもらう」
「待て待て、それは困る」
あまりに極論過ぎてビッグボスについていけなくなっている。
「確かにお荷物部隊とは成り果ててはいるが。それでも部隊をほとんどゼロから立ち上げるような真似はまずい」
「そうなのか?」
「軍は構わないというだろうが。CIAが今度は黙ってないぞ。俺が矢面に立たされるようなことは、勘弁してほしい」
「――だいぶ政治にも強くなったようだな」
「あんたのように兵士を楽しんでばかりはいられなかったのさ。俺のような宮仕えだと政治はついてまわる」
キャンベルがCIAの特殊部隊に出向いたのは、逆に言えば軍の出世街道からはじき出された結果ともいえる。将軍になりたいなどと別段思ったことはないが。軍人でいられる事に執着した結果が、いまのポジションだった。
最近まではそれでも現役の軍人でいられる時間はわずかでしかないと考えていたが、どうやらここにきてまた風向きが変わったらしい。
「そういうことならば、俺も妥協案を出そう」
「驚いた。あんたでもそういう考えが出来るようになったんだな、ビッグボス」
「まじめな話だ――ここにリストがある」
そういうと彼は手元にあるラップトップPCを起動すると、胸ポケットから小さなフロッピーディスクを出してきた。
「リスト、とは?」
「名簿だよ。俺の噂を聞いていたなら、知っているだろう?」
「?」
「俺が傭兵会社をやっていたことだ」
「ああ、それか」
「そこで俺が目をかけていた連中を引っ張ってこようと思う。しばらくは彼らを中心に、FOXHOUNDをきちんとした部隊へと成長させる」
「――なるほど。質から求めていくわけか」
キャンベルの心音は明らかに早くなったが、それを表情に出すまいと。同意を示しながら、感心するそぶりを見せていた。
飛行機はこれからバージニア州へと向かう。
そこで中央情報局――つまりCIAに顔を出すことになっている。
かつての時代は、ビッグボスと彼らの間には深い溝があるなどと言われていたが。そのCIAも数十年の間にゆっくりと変わっていった。
これからの関係を考えても、ビッグボスにおかしなわだかまりを持ってほしくなかったので。そのようにするよう、指示を受けていた。
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現地に着くと、そこに迎えの車が用意されていたが。運転手が意外な人物であった。
「おや?」
「ん、どうした?」
「いや、驚いたな。迎えにくるようにいったのは、彼ではなかったのだが」
そういうとキャンベルが先にタラップを降り、車に近づいていった。
運転席の扉が開くと、スッと立ち上がる人影があった。
「どうしたんだ?」
「いえ、別に」
「なにも君がやることはなかったんだぞ。送り迎えの運転手なんて」
「――”伝説”に聞くビッグボスと少しでも早くお会いしたいと思ったのです。それだけですよ」
「それならばいいが」
「大佐、あなたの口から紹介してもらえますか?俺も、彼の”ファン”なので」
「もちろんだとも。さ、こっちへ」
キャンベルは意外な運転手を連れ、ビッグボスの元へと連れて行く。
「ビッグボス、紹介したい」
「ん?」
「彼は、うちで使っている最高の教官だ。優秀な男でね、これまでも随分と助けられたんだ」
「……なるほど」
「マクドネル・ベネディクト・ミラーだ。こちらがFOXHOUNDの新総司令官となったビッグボス」
ビッグボスの口から出る言葉に、わずかだが遅れが見え。だがキャンベルはその変化にすぐには気がつくことはなかった。それほどにわずかなものだったのだ。
183センチの体格、しっかりとポマードで髪はオールバックにまとめられ、サングラスは今も黒く輝いている。
その顔は、そうだ間違いはない。間違うわけもなかった。
「彼はSASやグリーンベレーでも経験のある、鬼教官と評判の男だった。だが、同時にあまり落ち着きのない男でマリーンの新兵訓練所に腰掛けていた時に、自分で口説いてFOXHOUNDへスカウトした」
言っている間に男は――ミラーはビッグボスの前に近づくと、無言で”左手”を差し出してきた。
かつてはそこは戦場で失われたはずの左手だが……そこに手首から先まで存在するそれを自分からさしだしてきたのだ。キャンベルは驚き、慌ててやめさせようとしたが。ビッグボスはすぐにその手を同じく、自らの左手で固く握り返した。
彼がカズヒラ・ミラーであった時。失ったはずの右足と左腕は、そこになぜか存在し。
伝説のビッグボスが失ったとされたはずの左腕の義手は逆に、そこには存在していない。
失われたものなどひとつもない屈強な男が2人向かい合っている。
強く、上下にゆれ。しっかりと握りあう拳。
「お会いできて光栄ですよ、”伝説のビッグボス”」
「”これから”よろしく頼む」
サングラス越しに微笑を浮かべてそう口にするミラーに、ビッグボスもまた視線をそらさずに短く言葉で返した。
「おいおい、2人とも。興奮しているんじゃないか?左手で握手をする奴があるか」
「ああ、すいません。つい、落ち着こうとしたんですが」
「こちらこそ。気がつかなかった」
そういいつつも、3人は車内へと移動していった。
車に乗り込み、エンジンがスタートする頃。キャンベルはふと、気になってビッグボスに聞いた。
「ビッグボス」
「なにか?」
「今、ふと思ったのだが。あんたはマスター・ミラーと知り合いなのか?」
「――マスターというのか?彼は」
「ああ、そうなんだ。知識が深く、面倒見がいいこともあってね。教え子にはそう呼ばれているんだ」
「――そうなのか」
「で?」
「ん?」
「いや、だから知り合いなのか?」
「まさか”初めて”見た顔だ」
「そうか……気のせいだったか、すまない」
運転席に座るミラーだったが、後部座席前には仕切りがあるので。
キャンベルのしたその質問と答えを果たして運転席に座る当人が聞いたかどうか――。
その後もこのことは頭の隅にはあったものの。
FOXHOUNDの新兵選出で話し合う彼らには、当初見られた戸惑いのようなものはまったくないことから。いつしかキャンベル自身、このことを忘れることにした。
場面は変わる。
そこには向かい合う2人の男がいた。
――それではキャンベル大佐、報告は以上かね?
「はっ、そうです」
――ビッグボスに怪しいそぶりは見えない。これが本当なのか?
「彼自身、こちらに戻ってからの行動はそちらでも監視を続けていたはずです。怪しいそぶりは見せていません」
――自分の古巣に戻って、元気に昔の宿題に取り掛かっているわけか。老兵の引退生活がそれとは、なんともうらやましい話だ
キャンベルは感情を顔に出さないようにしたが、この”若造”達のムカつきには耐えなくてはならなかった。
とはいえ、彼らも別にそれを本気にしているわけでもなさそうだった。
――我々が配した兵士を放り出されたのは気に入らない
「それは仕方がありません。用意されたカバーストーリーから外れる人材を置いて、彼の要求を跳ね返すのは避けたいことでした」
――大佐。ビッグボスは最高の兵士かもしれないが、愛国者ではない。
「はっ、了解しております」
――あの男はアフリカの奥地に施設を建設中、部下に裏切られ。行き場を失って、乞うように我が国へと戻ってきた
「……」
――だからこそ信じるわけにはいかん。コスタリカでのCIA南米支局長へ傭兵をひきいて攻撃、キューバのブラックサイトでもこれを襲撃。複数の政治犯の逃亡を幇助した男だ。精神医学で言うなら、反社会性人格障害者そのものだ
「……」
――あの男が本当に、ただの年金暮らしにあこがれて帰国したのか。我々はそれを監視しつづけなければならない
「――わかっております、CIA長官殿」
報告すべきことは終わった以上、もはやここから一秒でも早く離れたかった。
キャンベルはそれでも一礼し、不審に思われない程度には自然に動いてその場から離れていく。
米政府と新大統領は結局、この冷戦時代の英雄について。大きくメディアに取り上げさせることを避ける決断を下した。
ホワイトハウスのスタッフの多くが、かび臭い、負け犬の放浪者の帰還にそれほどの価値はないと考えていたことは間違いなかった。そしてそのことをビッグボスは特に不満を漏らさなかった。
続きは明日。