なぜだろう、自分が書くと1~3まで全部サツバツしてる。参ったなー(棒)
刻み込まれたのだ、そう思うしかなかった。
己の遺伝子に、運命に、どうしようもなく強烈に埋め込まれている負の資産。
手放したくともそのせいで、自分は常に苦しむことになるし。他の選択肢は用意されることはない。
不快な暑さの中、暗い穴倉の中で男は動かず。
うとうとと眠ればまたあの悪夢に犯され、屈辱を噛み締めながら目を覚ます。不満があふれ出て、なにもかもを壊してやりたいと衝動を覚えれば。勢いのままに飛び出していって、暴れて回る。
それで少しの満足を得ても、ここに戻ればまた同じ。
悪夢の前には必ず繰り返されるあの島での記憶が。ファンファーレのかわりとばかりに再現される。
わずか一瞬。鋼鉄の塊同士が激突する衝撃、その次の瞬間には操縦席の外側に張り付き。
サヘラントロプスの頭の上へと登ったあの男の、自分が父親と呼んだ相手のあの震えるほど恐ろしい存在感。
それが手にしたおもちゃのような銃が火を噴き、それにあわせるように操縦席のモニターから機械が音を立てて連続して沈黙し、鋼の巨人は息の根を止められ、死んでいく。
結局はあれがすべてだったのだ。
己の力が最高潮へと達していたはずなのに、刻まれた敗北者の証が。そこから自分を一気に引きずり落とす。
1994年、イラクのチグリス、ユーフラテス川が合わさるとシャトルアラブ川となり、ペルシャ湾へと流れ出る水源のその近くに。かつてはホワイト・マンバと己を呼ばせた少年、イーライの成れの果てが。小さな強盗団の頭目として収まっていた。
自身をあの伝説の傭兵の息子とまで言っていたのに。
少年はその面影をわずかに残してはいたが、大人の体となってここまで落ちぶれていた。
世界を飛び回るようになると、時々だが砂漠の砂が雪国の雪のように感じられ。懐かしさを覚えるようになるものらしい。
「そろそろです!」
ヘリの中で隣に座る部隊の隊長からそういわれ、無言でうなずいた。
「前線で指揮を取られますか、オセロット?」
「いや――」
隊を率いるジャクソン大佐にそう問われたが、オセロットはすぐに返事を返す。
「大佐のほうがいいだろう。どうせ目標をのぞけばただの盗賊。たいした抵抗はない」
「制圧、でいいのですね?」
「そうだ。まさか怪我人など出さないでくれよ、大佐」
そういうと肌と同じく真っ白で健康な歯をむき出しに笑って、彼は「大丈夫ですよ」といった。
オセロットにとっては約1年ぶりとなる現場である。
前年の作戦の失敗によって、ほとんどこの一年を無駄に過ごす羽目になったが。拠点制圧のために、効果準備に入っている大佐と彼の部隊と”お知り合い”になれたことは収穫だった。
彼には兵士として以上の価値がある。
そのおかげでこうしてイラクとイランの国境付近での極秘の軍事作戦が行え。レベルの高い海兵達を借り、いまや上院議員となってそこでも徐々に存在感を放ち始めているソリダスの手を借りずにすむ。
こう聞くと、まるでうまいことばかりの話に聞こえるが。
ジャクソンの背後にいる人物にしたって、政治的な思惑があって軍の中で生き残っている猛者なのだ。遠からずこの借りを、なにか別の形にして返すように請求書が送りつけられるだろう。
地上に降りると、前進する大差の部隊の後にオセロットはついたが。気楽なもので平然として普通に歩いていた。
(あれがイーライのねぐらというわけか――)
砂漠の中で、ちょっとばかり大きな岩などが重なって丘のようになっている。
そこをくりぬいたのか。それとも元から穴が掘られたか。
空洞があって、そこに目標と盗賊団は住み着いているという話だった。
(っ!?)
一瞬だが、オセロットの視覚がぶれると。不思議なデジャヴを覚え、懐かしい気持ちを思い出していた。
そう、あれはアフガンからアンゴラへと移った時だ。
ファントムと2人で、XOFからPFに流されたと思われるウォーカーギアを回収しようと――。
おかしなもので、そんなことを出撃するヘリの中では口にしたりはしなかったのに。どちらが一つでも多く回収できるかと競争になって――。
(俺もトシだな、過去を懐かしむとは)
オセロットは都合のよいものだな、と自分を嗤った。
理由があったとはいえ裏切ったのは自分だ。それが裏切る前の、蜜月の時代をこうして都合よく思い出に浸るとは。なんて度し難くも救いようのない男であろうか。
制圧任務は、想像以上に簡単に終わった。
オセロットが岩場の足元まで近づくころには、数名の盗賊たちは声も上げずに死体となって並べられていた。
そんな岩場の奥からジャクソン大佐が出てくる。
「ターゲット以外は、これで排除したと思われます」
「――6人か、足りないな」
「残りは近くの町に繰り出しているのかもしれません」
「なら、いい」
「はい」
「それで――目標はどうした?殺したのか?」
「いえ。まだです」
「っ!?いなかったのか――」
「それも違います。一番奥の部屋に気配があります、多分そこでしょう」
「ほう」
無駄足にはならなかった。それは喜ぶべきだろう。
「あなた自身が”なさりたい”だろうと思いまして、こうして迎えに」
「――勇猛で知られる海兵隊に、ここまで気を使ってもらえるとはな」
「いけますか?」
「ああ、案内を頼む」
表情こそ変えなかったが、この結果には多少の失望と驚きが混ざっていた。
正直に言うと、オセロットもここまでジャクソンが”読める男”であるとは考えていなかった。ソリダスの性格を思うと、海兵隊に借りを作ることに不満を持つのはわかっていた。
なのでせっかく知り合えたジャクソンと海兵隊には目標――あのイーライがどの程度なのかを測る当て馬になってもらおう。
そう考えていたのだが。
『隠密作戦により、目標を捕らえる』
これを字面だけの情報を受け取る程度の男なら、部下はとっととイーライのいる部屋に突入し。拘束しようと試みたはず。
だが、このジャクソンという男は。自分の任務についてきたオセロットという男から、”なにか”を感じ取って慎重に行動していた。それが自分と部下たちの命を救ったことさえ、気づいてはいないのかもしれないが。
(いいセンスだ)
案内され、通路の奥へと進んでいく。
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汗と、そしてそれにまざった別のにおいの数々にオセロットは顔をしかめる。
「入る、周囲の様子を見ていてくれ」
「時間までは、自分たちは外で待機します」
「ああ―ーそうしてくれると助かる」
海兵達は大差の後に続いて面白くもなさそうに出て行くのを見送ると、オセロットは穴の中へ。イーライの待つ”部屋”へと侵入していく。
再会は、嘲笑の声から始まった。
「ああ!まったく――ようやくだ。そこにいてくれて、嬉しいよ」
「……」
一言一言がアクセントで強調され、皮肉に満ちていた。
「あのヤンチャ小僧が、大きくなった――」
「殺されたいのか、お前!?」
あのころのように、岩の椅子に深く腰掛けたままイーライは声を上げるが。オセロットに萎縮する様子はない。
「んん?」
ゆっくりとその前を横切る。
部屋は存外に狭い。座っているイーライから数歩離れているだけだが。壁がその背中を押すようにちぢこませている。
「イーライ」
「それは俺じゃない!」
「久しぶりだな」
「……オセロットォ」
(なんだ、ちゃんと覚えているじゃないか)
頭がしゃっきりとまだ動くように安心した。
これが昨年捕まえた、あいつのようにしょうもないことになっていては。ソリダスでなくとも、呆れて殺すところだった。
「喜しいな。あの日、あの島でお望みどおりに病に苦しみながら焼け死んだと思っていたお前が生きていた」
「――嬉しいだと?」
相手にとっては意外な言葉だったかもしれないが。そんなことはどうでもいい。
だが、オセロットはこれからこのどうしようもない負け犬を口説き落として。ここから連れ出さなくてはならないという任務があった。
「遺伝子という運命に束縛されたお前が。こうして惨めな姿をさらしてもまだ生きている。そうだ、嬉しいね」
「黙れっ」
この小僧はダイアモンド・ドッグズでは持て余してしまったが。
あれから時間がお互いの立場を変え、オセロットもそのやり方にはこだわらなくていいのだから作戦は練ってある。
「ビッグボスの息子は、親父には到底かなわないか?」
「うるさいっ」
なかなかのさっきを漂わせているが、その睨み付ける視線は見ればわかる。
敗者の目だ。どうしようもなく怯えていて、勝負ができなくなった。小僧がする目だった。
「これがお前の手に入れた御殿か?部下は自分を守ることもできない連中ばかり。武装は粗末で、兵士ですらなかった。全員とっくに外で死んでいるぞ」
「知らん。俺の知ったことじゃない。俺の部下でもない」
「ほう、言い訳ばかりうまくなったな。ビッグボスに、親父に啖呵をきったお前が。そうやって逃げるわけだな」
「逃げるだと?俺がっ、俺がいつ逃げた」
ここで演技たっぷりに片足を出し。前傾姿勢をとってから、両手を広げてみせる。
そして言うのだ。
「なにもかもさ。そう、なにもかもだ」
「……」
「いちいち指を刺してやらないと駄目か?このみすぼらしい城は言ったな?では、そこにころがっているビール瓶はなんだ?みっともなくもブクブクとは太ってはないようだが、うっすらと脂肪がついているし。顔はアルコールで腫れているようだ」
「違う」
「そうか?だが匂いでもわかるぞ。
薬をやっているな?マリファナか?アヘンか?まさかアンフェタミンや、コカイン、ヘロインの味に慣れ親しんでいるのか?」
「違う!!」
「その上、これか……」
そういうとオセロットは腰を落とし、それを――死体を両手で指してやった。
「女だ」
「……」
「抱いたんだな?どうだった、スカッとしたか?」
「うるさい」
「なら、何を求めたんだ?癒しか?愛か?」
オセロットはわかっていた。
すでに調べ上げ、だがそこで知ったことは”あえて”ソリダスには知らせなかった。
イーライは堕落しつくしていた。
常習性のある薬物に手を出し、肉体のコンディションには気をかけず、そしてついに部下がさらってきた女も味わうようになった。もっとも、結果はこの有様で、彼女でもう何人目なのか――呆れるしかない。
「それとも、ああ。家族か?」
「っ!?」
「自分を受け入れなかった親父と違い。自分なら、子が生まれれば愛せると思ったか?」
それは挑発だった。
あの少年の頃の荒れ方を見れば、わかることだった。
自分は普通ではない。普通じゃない自分は、作られた連中の都合に合わせ。使い物にならないとわかれば、何も残せずにただ闇へと葬られるだけの遺伝子から生み出された存在であるということを。
彼には生物的な遺伝子を残すことが許されなかったということを。
「調子に乗るなよ、オセロット」
ゆらりと立ち上がるイーライにあわせるように、オセロットも立ち上がる。
向けてくる両目には、懐かしい幼い小僧だったイーライが。立ち向かってきたそれを思い出させる。
もちろん、当時に比べればその怒りも殺意も。エネルギー量は段違いの大きさではあったが。
「黙らせてみろ、小僧」
全身の筋肉に緊張が走るのを感じ、それを緩めるよう力を抜きつつ。
ふてぶてしく、オセロットは相手に最後の挑発を叩きつけた。
(カンガルーの兄弟喧嘩だな)
オーストラリアで見た。あのカンガルーの母親の袋の中、幼い兄弟が喧嘩する――そんなイメージだった。
ほとんど動けぬ王座のある部屋の中で、イーライは殴りかかってくるが。オセロットはあっさりとそれをいなすと、代わりに相手の鼻面に一発くれてやる。
小僧だった時代は”やさしく”はり倒すだけで許したが。もう今はそんな手加減は必要ない。
瞬時に取り出し、突き出してくるナイフを握った腕をもいなすが。続けて今度は手荒にこちらの体を移動させると、それだけできれいに相手の腕をねじ上げることができた。
あっさりと動きを封じられ、相手はあせりをみせる。
「クソッ」
「フンっ」
派手に片手を床につけると、くるりと器用にその場で宙で後転してみせ。ねじ上げた腕の拘束を解いて見せたが、オセロットは手首をたたいて。壁の岩肌にナイフの刃を叩きつけて歪めた。
お互いが構え、にらみ合う。
(こんなものなのか。ビッグボスの息子とは――)
冷静さはあったが、それでもオセロットの心は早くも失望を感じていた。
遠い昔には、飛び立とうとする空輸機の後部空間での対決。
そのファントムとの、闇の中に照らされる足元だけのプラットフォーム屋上での対決。
その両方に感じた。あのどうしようもなく体の細胞から痺れるような感覚。
それはこの若い男との殺気だった戦いの中では感じることがない。そう、まるでないのだ。
原因はわかっている、才能の問題ではない。
兵士として、戦士として。
受け継がれているものと、ないものでは魂が響かないのだ。
ただの殺し合い。ただの暴力。
勝利が重要で、それだけでしか考えられなくなる。
湾岸戦争は未来の戦争への第一歩ではあったけれど。
そこで見たものは、それぞれにまったく違うものを見せ付けることに成功した。
オセロットは英雄のいない戦場で、虐殺を戦争だと言い訳をするアメリカを。嘘で自分をだまそうとする大統領の姿を見せ付けられた。
彼らは変わることなく、あそこで勝利したかつてのベトナムで起こるはずだった夢の時間をかなえたつもりだろう。
あんな嘘ではどのみち隠せるものなどほとんどない。遠からず、彼らは再びこの国で茶番じみた戦争をするだろうし。その歪みは別のものとなって、強大な軍事力を誇る大国に牙をむくことになる。
まともに殴り合えば、また封じられてしまうとわかったのだろう。
スタミナと若さにものをいわせようと、イーライは飛び掛る――いや、掴みかかってきた。
(考え方は正しい、だが――)
オセロットの片腕をつかもうとするが、反対のひじを突き入れて簡単に拘束から逃れる。
拳を固めて突っ込んでくるが、それに付き合うことをせず。逆につま先で相手のすねを蹴り上げ、突進の勢いを殺してやる。
思わずたたら踏むイーライの横腹に、オセロットのミドルキックがめり込むと簡単に肋骨の折る感触を味わう。
恐怖は痛みであり、痛みは恐怖を呼び起こす。
絶対の恐怖を与えられると、人は面白いことに痛みを与える相手ではなく。彼らの側に自分をおきたいと”信じて”、自らを痛みを生み出す側に置こうと立場すら改ざんしようとする。
怒りと屈辱、そしてかつての恨みで戦っていたイーライの肉体がみるみるうちに動かなくなっていった。
最後は背負い投げで転がされたが、そこから必死にオセロットに抵抗したことで、マウントポジションを得ることができた。別に実力ではない、オセロットがわざとそれを許したのだ。そこから何ができるのか、というのを見たくて。
イーライが力をこめて振り下ろした拳は空を切り、その腕に蛇のごとくオセロットが絡みつくと、今度は容赦なく太い大人の腕がへし折られてしまった。
「ぐあああああああっ」
「――終わりだ、これで」
骨が飛び出した左腕を押さえ、苦痛にあえぐことしかできなくなっていた。
オセロットは鋭い視線を向けて、立ち上がるとホルスターからリボルバーを抜く。
「畜生、畜生っ」
「それだけか?イーライ」
「殺せっ、俺を。俺を殺してみろっ!」
「――そうか、わかった」
オセロットを見上げながら、顔を真っ赤にして吼える相手に。
リボルバーは容赦なく一発の銃声が。岩に囲まれた壁に吸い込まれていった。
続きは明日。