真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

127 / 136
時間は進み、次回はついに――。


黒い未来

「どうやら、仕事を終えて戻ってこれたようだな。オセロット」

「ええ、まぁ」

「それならば聞かせてもらわないといけないだろうな、そうだろう?」

 

 ロンドンのホテルで約1年ぶりに直接再会したソリダスの元に現れたオセロットだが。ソリダス――ジョージ・シアーズ上院議員は決して歓迎するという態度ではなかった。

 彼の不機嫌の理由は、わかっている。

 

「お約束の”ビッグボスの息子”の1人を手に入れました」

「らしいな」

「苦労しましたよ。1年かかった」

「――それだけかよ、オセロット?それで報告はおしまいか?」

「……聞いてください」

「ああ、もちろん聞かせてもらう」

 

 スイートルームの外に見える町の光を見ていた男が、振り向くと怒りに満ちたその目をオセロットへと向けた。

 

「ビッグボスの息子のひとり、イーライを死体で回収したな?どういうことだ、オセロット」

 

 イラクから戻ったオセロットだが。

 ジャクソン大佐の海兵隊と別れると、死体袋に入ったそれを棺に移してロンドンに飛んでいた。

 彼は任務に失敗したのだ。

 少なくとも、生け捕りにするはずだったイーライは。本人の願いどおり、死体となって回収されたのである。

 

 

==========

 

 

 ダイアモンド・ドッグズを離れる直前まで。

 第3の少年のそれまでの足跡をたどり、あの島においてきたイーライの生存をわずかにだが可能性を抱いていた。

 

 ファントム――ビッグボスから離れてからすぐにオセロットは、イーライの捜索に取り掛かった。

 時間はかかったが、イーライの行動は実に単純で。待つだけの時間という苦痛を覚悟はしていたのに、成長した彼は思ったとおりにその場所にいてくれて、肩透かしもいいところであった。

 

 その追跡報告を光のない真っ暗な地下室で、オセロットは受け取った。

 戦場にはビッグボスが君臨していて。彼の敵となった自分やイーライはそこでは動きが限られてしまう。

 だが、彼らにも戦場は必要な場所なのだ。

 

 

==========

 

 

 イーライの再出発は、当然のように英国秘密情報部への接触からはじまった。

 情報部はまだ10代と若いが、その確かな高い能力を認めないわけにはいかず。とはいえ出自が怪しすぎたこともあって職員ではなく、雇いの外部スタッフの一人として使うようになる。

 そんな彼が本気を出したのが、あの湾岸戦争であった。

 

 彼はそこで多国籍軍のために十二分の働きを示すのだが、別にそれは英国と女王への忠誠心からではなかった。戦争が終わり、その功績をたたえるとイーライは舌なめづりをして一つのことを口に出した。

 

 使い捨てにされる外部スタッフではなく、自分を組織の正式なメンバーにしてもらいたい。彼が本部に出した要望は、彼自身のあまりにも純粋な野望をむき出しにしたそれが理由だった。

 

 だが、驚いたことに本部はその要求を了承する。

 そのかわりにイーライをモサドの支配域へと潜入してこいとの指令を出した。彼は意気揚々と出かけていくが、イーライが動くと同時に情報部は自分達とイーライのつながりを抹消し。潜入した彼自身への援助もすべて引き上げさせた。

 

 

 バックアップを受けられない潜入工作員の運命などひとつしかない。

 現地の兵士に囲まれ、捕らえられるまでにそう長い時間はかからなかった。

 英国に見捨てられ、イーライはまたもやそれまでの苦労を水の泡にされてしまったのである。

 

 

 オセロットはこのイーライの動きから決して目を離すことはなかった。

 同時に、彼のおかれている状況への分析は慎重におこなうことで陥るであろう危険にも予想はできていた。

 

 英国情報部はあまりにもすぐれた才能を持つ幼さの残る青年に対し、ずっと疑いの目を向けていた。そして湾岸戦争は、そんな容疑者の本性はそこであらわにさせた。

 

 存在しない過去、あからさまな偽名。

 戦闘地域内では秘密裏に殺人を行い、必要のない暴力を嬉々としてふるい。

 戦場では武器や薬物でよからぬ起業をおこなっている連中に近づくと、彼に便宜を図ることで金銭のやりとりがなされ。

 英国の仲間に不自然なトラブルが襲うと、必ずそこにあらわれて助けてみせる。ヒーローのように、まるでそうなるとわかっていたように。

 

 本当はすぐにも英国はイーライをなんとかしたいと考えていたが。

 イーライの背後にはてっきりソ連のKGBでもいるのかと考え、これまでは泳がしていたのだ。

 だが戦争が終わるまで誰も近づこうとしないことと。英国情報部に入り込もうというむき出しの野心で、イーライの背後に誰もいないとの確信を得るにいたった。

 

 イーライはただ、悪魔の子でしかなかったのだ。

 悪魔の子を手なずけつもりも、育てようとも思わないが。その心臓に短剣を突き立てる役は、別の奴らにやってもらうことにした。

 

 

==========

 

 

 オセロットはそこでも動かなかった。

 動くとするならばその後。虜囚の生活を楽しんだ後で、脱獄できれば合格だと考えていた――。

 彼の考えは的中した。だが、予想できない事も同時に起こっていた。

 

 

 

 ウィスキーを入れたグラスを手に取ると、シアーズは皮肉を口にする。

 

「お前はそこでソ連の生み出した『第3の少年』と、ビッグボスの息子を手に入れるチャンスだと、私に教えてくれた。

 だが、多くの苦労はしたが回収には失敗してくれたな。

 

 ようやく見つけたそこには2人いなかった。一人かけていた。

 おかげで計画は延期するしかなく、この1年を退屈な議会で時間をつぶす羽目になった。オセロット、ではそこから話してもらおう」

「わかりました――」

 

 ジョージ・シアーズという男は変わっていた。

 議員、という仮面を取ると。この男はどこか精神の上下が不安定で、上昇を続けると簡単に躁状態に入ったように。不思議と冷静になって、大きな気持ちをみせるようになる。

 今回もそうだった。先ほどまでの怒りは、もはやそこには存在しない。むしろ、オセロットが何を考えて動いたのか?それを聞くことに楽しみを見出しているように見える。

 

「確かに昨年、私は任務に失敗しました。そして手にいれた第3の少年は、すぐに使える状態にはありませんでした」

 

 強い力を持って生まれた少年は、あまりにも乏しい理性を無視し。感情のままに、好き勝手に振舞い続けてきた。

 その結果、父母を失い。育ての親を失い、彼の力に興味のある学者たちをも死に至らしめた。

 

 そして炎の男という、過去の化け物の骸を操り。あの時、ビッグボスの前へと――ファントムの前に姿をさらすことになる。

 続けてイーライ、そしてサヘラントロプス。それらにも寄生すると、やはり同じように操って暴れ続けた。

 

 だが、彼が立っていたのはもはや日常ではない。

 そこは戦場であり。そこにはビッグボスがいる。

 炎の男を前にしても恐れない彼に。ついにイーライ、サヘラントロプスで勝負を挑んだあの日、イーライは心にどうしようもない敗北感を刻み込まれたが。この少年もまた、無傷では決していられなかったのである――。

 

 

 恐怖。

 純粋で、圧倒的なそれは。

 表面に染み込むと、内側の最深部まで達する毒となった。

 時間がたつにつれて異変が第3の少年に変化をもたらせた。

 

 それまでは無邪気にのぞきまわっていた人々の心を、過去を、欲望を、夢を。

 彼らの未来を奪いながら、どんどんと規制しないまま集め続けてきてしまったことで、それがこの毒によって逆転する。

 

 静かにではあるが、ゆっくりと立ち上がる理性が。

 これまでの自分がしてきたことを――他人の過去を嗤い、今に恐怖させ、未来を死でもって奪い取る。これをついに理解させるに至った。

 

 少年はついに、己のこれまでの所業に震え、自分に恐怖したのである。

 

 だが、そんな彼の困惑と恐怖を理解してくれる者はすでにいない。

 イーライの隠そうともしない殺人を平然と簡単に行う姿をこちらに見せ付けてくる。

 そしてまた増えていく、手元に転がり込む他人の記憶。過去、欲望、そして恐怖。

 嘘と慰めは、少年を癒すことはなかった。

 

 肉体ではない心の傷。

 血は流れ続け、傷口は次々と生まれ、だが表面には何も存在しない。

 それまでマスクは、人と直接触れ合わないための自分の心の盾であったはずなのに。今はおぞましい自分から目をそらすために隠れる卑怯な自分を見せている。

 

 痛みをさらけ出そう、少年がそう思った時。鏡に映る赤い髪の青年はその手にナイフを握る。目に見えぬ傷を、見えるようにするために。

 

 

「人は、成長と同時に体は変化し。心も同じく変化し続けます。かつては”薄い”自我の中で他人の感情をもてあそんだ少年は、心の変化を終えて大人となった時。嫌でもかつての自分のしたことと向き合うことになった」

「それに耐えられなかったと?あれほど大勢を殺したというのに?」

「時には人を喜びを感じながら、笑いながら殺せる。そんな因子を持つ人間が現れることもありますが、この少年はそうではなかった。それだけのことです」

「アリを踏み殺すのと同じように周りの人間達を殺しまわったが、実は殺人鬼ではない、か。都合のいいことだ」

 

 己の”薄い”自我を理由に。

 読み取った他人の心の中の憎悪に寄り添い続けた少年も、精神の成熟は薄かった自我を、それでも認識して揺るがぬ程度には存在させ。そうして他人の感情に寄り添うことができなくなった。

 

 寄り添うことで、今まで知ることはなかった自分の姿を知ってしまうがために。そうなることに恐怖を覚えた。

 

「なるほど、それが理由か」

「ええ、まぁ。そうでしょうね」

「ビッグボスの息子となぜ一緒にいなかったのか?――イーライとやら、自分の道具が使えないと捨てたわけか」

「他人の憎悪があって始めて、あの少年の力の凄まじさがあった。だが肝心の当人は他人に簡単に影響されてしまうほどに、しっかりとした自我がない。情動の薄さが、そのまま彼の力を大きくみせる結果になった。

 

 だが、それは本人の意思ではない。

 そうした感情を常に他人のもので”借り”ておこなってきたせいで、彼自身はそれほどの憎悪を感じることはできない。再び他人にとりつけば、同じことはできるかもしれないが。今度は自分の自我が恐怖を恐れて邪魔をする」

「フフフ、以前は出来たことが出来なくなったとわかって使い道がなくなった」

「残念な結果ですが、それでも奴の能力にはまだ使い道があります。それは、もうお耳にも入っているのでしょう?」

「サイコ・マンティスだったか。新しい名前と経歴を与え、奴をFBIの捜査に協力させていると聞いた」

「殺人鬼の心を遊び場にしていた奴ですから。同種の化け物探しは、よいリハビリ代わりにもなるでしょう」

 

 FBIでは顔の傷をガスマスクで隠し。陰惨なシリアルキラーを見つけ出す奇妙なサイコメトラーとして捜査に協力はさせているものの。

 残念ながら、その心の傷はもうどうにもならないであろう。

 あとはその超能力を生かすために、もう少し社会性を覚えさせる必要があった。

 

「その件についてはわかった。残念な結果ではあるが、使えるならまだ十分な力があるのだな?」

「はい」

「で?そいつに未来でも予知させてビッグボスの息子でも見つけたのか」

「いいえ。マンティスには未来予知の力などありません」

「ほう、そうか。だが構わんさ、未来など。手にする力で変えれば十分だ」

「――ええ」

 

 ここで突然、オセロットは話題を変える。

 どうやら心の中で、イーライの報告よりもずっと知りたいと思っていたことがあったようだ。

 

「ビッグボスは帰還して、古巣のFOXHOUNDに戻ったそうですね?」

「ああ。あの老人、部下に払う金もなく捨てられたのだとか。従順にラングレーにも頭を下げたそうだ」

「――あのビッグボスが?」

「無様なものだな。CIAは信じられないとまだ神経質になっているというが。もはや牙は抜け落ちてしまったのだろう」

「随分とビッグボスに辛いのですね?」

「私にはやるべきことがあるからな。終わった夢を追うノーマッド(放浪者)なら、気にかけることすら無駄だ」

「……」

「不満か、オセロット?やはりかつての上司に、未練があるか?」

「ご冗談を、この顔はビッグボスに命を狙われていたのですよ」

「そうだったな」

 

 名義不肖のスポンサーが出した、オセロットの首にかけられた賞金の出所はビッグボスだと聞いていた。

 だとすれば、この先でオセロットを付けねらう奴はいないということになる。金を払う側が、路頭に迷っていたのだ。支払う能力など残っているはずもない。

 話がそれてしまった、修正が必要だろう。

 

「ビッグボスの息子、イーライですが――奴はやりすぎた」

「そうだな」

「英国情報部は甘くはない。すでにICPOと連携して、かつて自分たちが使っていたイーライを犯罪者として登録した。それをこのままに、呼び寄せるわけにはいきません」

 

 脱獄の情報はしっかりと調べていたようで、イーライはすでに指名手配を受けていた。これをいくらなんでも、ソリダスの力で取り下げさせるというのは不可能だった。

 

「だから殺したか?死体では役に立たないぞ」

「いえ、むしろ死体だからこそ。彼は今、役に立てるでしょう」

 

 ビッグボスへの敗北心を引きずったままのイーライは、イギリスでの失敗で完全な負け犬にまで転がり落ちた。

 アルコールに逃げ、薬物に手を出し、鬱屈する苛立ちをさらってきた女を辱めては殺していた。

 ここまで堕ちてはもはや兵士には戻れない。ただのシリアルキラーだ。

 

「正確には、まだイーライは死んではいません。脳死状態になっています」

「それで?どう役に立てる?」

「――奴をさらに複製しましょう」

「なんだと?」

「ゼロのシステムは、『恐るべき子供たち』計画でビッグボスのコピーを生み出しました。その技術はまだ残っているはずです」

「ふむ、それはそうだな。不可能なことではないなら、再現は出来る」

「ええ」

「それでどうする?あれを複製したとして、どう役に立てる?」

 

 ここからが勝負だった。

 

「イーライはビッグボスへの憎しみがあまりにも強すぎました。その憎悪は今も変わっていない。そしてアメリカに彼がいると知れば我々の手から逃れて勝手にひとりで向かったかもしれませんでした」

「――そういえばそうだな。その可能性は考えてなかった」

「また、マンティスのことがあります。一度捨てた部下だからと、使うのを拒否されるのは困る」

「確かにそうだ。ではどうする?」

「調整を施します。記憶も改竄し、訓練も受けなおさせます」

「時間がかかるな――」

 

 才能に胡坐をかき、薬物と怠惰な生活のこびりついた記憶は敗北感に支配されていることの証である。

 むしろそれなら、新しい真っ白な紙を用意したほうがまだましだ。

 

「個性が破綻をしないよう、ある程度は本人の記憶を使います。それでだいぶ、短縮されるはず」

「そうなると老人――ビッグボスが邪魔になるな」

「CIAの目がありますから、簡単には手を出せません。それにもともとあるビッグボスへの憎悪は、こちらの都合がいいように新しいイーライにも使えるはずです」

「手探りになるか。まぁ、いいだろう。賢い暴れ馬では、こちらも扱いかねるしな」

 

 どうやら首が胴から離れる心配はしなくても良さそうだ、そう考えていると。

 ソリダスは、新しいグラスに自分と同じウィスキーを注ぐと。それをオセロットに渡す。これからの計画について話すつもりだと、すぐに理解した。

 

「実は――計画の遅れについて、こちらもお前ばかりを攻めるわけにはいかなくなった」

「なにかあったのですか?」

「現大統領だ。経済が好調で、人気がなかなか落ちそうにない」

「――そうでしたか」

「次の大統領選はまだ先だが、すでに民主党は現大統領が引き続き出馬する線が濃厚だそうだ」

「では?」

「出番はまだ先になる。今世紀くらいは、待つしかないかもしれんな」

 

 共和党は協力を約束する、その台本は用意されているはずだ。

 だが、それは湾岸戦争のような不器用で無様な工作であってはならない。サイファーと呼ばれていたゼロの意思は、すでにさらに巨大なシステム。愛国者たち、と呼ばれるものへと徐々に移行を開始している。

 それはきっと新世紀の訪れにあわせて――。

 

「5年、ですか」

「短くはない。だが、あせっていてもこればかりはどうにもならない」

 

 オセロットは沈黙していた。

 気がつけば、彼は50歳となっていた。そして計画は最短でも5年、先伸ばされた。

 

(さらに多くの不確定な因子が、これから混ざってくるかもしれない)

 

 未来はさらに混沌とし、不安だけが大きくなっていく。

 

「未来は、自分の力でどうにかする。でしたね?」

「そうだ――オセロット、お前は明日にでもアメリカに戻り。さっそくビッグボスの息子のコピーを用意をはじめろ」

「わかりました」

「こっちは英国情報部とICPOを引き受ける。死んだという、証拠はあるな?」

「映像を用意してあります」

「置いていってくれ。ジャクソンとかいう大佐にも、証言してもらう」

「わかりました。奴は優秀ですから、きっとあなたの意思も汲み取って証言してくれるはずです」

「オセロット、今度はしくじるなよ?ビッグボスの息子、複製に失敗すればまた困ったことになる」

「わかっています――では、失礼」

 

 グラスを一気にあおるとオセロットはそのまま部屋を出て行く。

 複製計画が成功するまでは、脳死状態のイーライは残されるだろう。用意される新しいイーライには、自分が近くでつまらぬ妄執にとらわれないように支えてやればいい。

 

(因果応報というやつか。俺はあの頃と同じ場所を、またぐるぐると回っているのかも知れん)

 

 自嘲の笑みを浮かべるが、それもすぐに引っ込めた。

 ビッグボスがそうであるように。このオセロットにも時間が、残された時間(寿命)は少なくなってきていた。

 それでもこの男――オセロットの未来は、戦場は。

 その2つの目でしっかりと捉え、離さない。




続きは明後日。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。