真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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BIGBOSS

 このとき丁度、アウターへブンの一室では2人のビッグボスが向かいあっていた。

 あの時のビッグボスと、角を生やして鬼となったビッグボス。

 違いはそれだけのはずだが、顔を合わせて見ると実際だいぶ違うことが見詰め合うだけでもわかった。

 

―ー思い出したか?

 

 再び口を開き、無傷のビッグボスから呼びかけてきた。

 

――自分が何者で、果たすべき役割とはなにかを

 

 両者とも動かなかったが。時は止まり、時計の針もその動きを止める。

 失ったはずの感覚が急激によみがえるのを感じると、部屋どころか大地は消え、地球はなく、宇宙だけがそこに広がっていった。

 

 虚空の中で、同じ顔の男同士が向かい合っている。

 

――お前のおかげで、俺は生き延びることが出来た

――お前のおかげで、俺は同じ世界を生きることが出来た。

――お前のおかげで、俺は。俺のもうひとつの世界を創り出すことが出来た

 

 危険な状態もあったが、それを乗り越えて今日を迎えた。

 呼びかける声にはその喜びと感謝が、そこから強く、強く伝わってくる。

 

――だが俺は、お前を奪ってしまった。これはお前に渡せる最後に残ったひとつだけ、お前の顔だ

 

 いわれて再び手を顔にやる。

 今度は先ほどと違い、指先はビッグボスではない”自分の顔”の表面をなぞっていることがわかった。

 

――その顔だけが、お前であるという証拠だが。それ以外はもう取り戻せないだろう。お前は、俺になってしまった。

 

 それはもう、わかっていたことだった。

 他人になりすまし、自分を長く偽ることで生きてきた。

 

 そう、あまりにも長すぎたのだ。

 自分の中のドッペルゲンガーを解放した時、ゼロと名乗ったあの男との取引が。その証のように思っていた。

 

――そしてそれはもうひとつの歴史となった

――お前も、俺となってもうひとつの世界を創りだした

 

 武装要塞国家アウターへブン。

 ビッグボスの意思を形にした、もうひとつの世界。

 

――贈り物は受け取ってもらえたと思う

―ー引き受けたお前の部隊のかわりとして、俺のFOXHOUNDを

――さらに技術者達は、次世代兵器。サイバロイドとメタルギアを完成させた

 

 それらはこの世界のどこかで開発され、先日攻撃を受ける直前に受けとり。すでにここで組み立ても終わっている。

 

 核搭載二足歩行戦車、メタルギア。

 

 ついに鋼の巨人はビッグボスの隣に立ち、新時代の戦争の象徴となって世界に誕生する前代未聞の国家ごと受け入れさせることになるだろう。

 

――お前ならば、もうわかるはずだ。あとは世界が俺達を受け入れさせるだけでいいと

 

 その通りだ。

 強者や、政治ではない。声を上げられぬものたちに寄り添う、絶大な軍事力の価値を人々が受け入れることが出来れば。

 それは新たな時代の戦争となって、人はまた大きく一歩を踏み出すことが出来る。

 列強の勝者達に自分はなれないという恐怖と数字の大小という合理性で振るわれる暴力、それは決して次の世代に許してはならない未来であるはずなのだ。

 

 そのためにも人々は、この暴力装置を。免疫として、必要悪として認めなくてはならない。

 

――俺という男の影武者(ドッペルゲンガー)となって、お前は苦しむだろう

――だが、もう今ならわかっているはずだ。顔しか残らないお前は、俺になるしかないのだと

 

 それは幻とばかり思ったが、あのビッグボスの顔がかすかに歪むのをヴェノムは見ていた。

 

――わかっているだろう。本当の俺に、影武者は必要ない

 

 彼は強く、優しく、そして孤独だった。

 それが彼を強く立ち上がらせる力となっていた。

 

――だがお前は、俺だ。もう一人のビッグボスだ

 

 コスタリカの海のにおいがした。

 革命闘士達と兵士を前に立つ、ビッグボスの言葉がそのままにここにもあった。

 

―ー俺たちがBIGBOSSだ

 

 震えが走った、目から熱いものがあふれ出るのがわかった。

 この孤独も、今までの苦痛もすべてが必要なものだったのだと十分にそれだけで納得できた。

 

 

 2人のビッグボス。

 歴史にそれが記されることはないだろう。

 蛇の系譜に、Venom(毒)のつく男は存在しなくていい。

 

 だがその意思はともに同じであり、生み出そうとするものも同じであった。

 それでいい。それこそが今は誇らしい。

 両方がいてようやく今日という日を迎えることが出来たのだ。

 

――戦場以外の巷に広がる物語や、伝説は

―ー俺たちで創ったものだった

――そして俺達こそが、この世界を、未来を変える

 

 目前にいるビッグボスの仕種が変わった。

 胸を張り、足はかかとをつけ、姿勢を正していった。

 それは同じように、ヴェノムも同じ動きを真似ていた。

 

――胸に刻んで、共に進もう

――お前は俺だ。そして俺は、お前なのだ

 

 敬礼しつつ向かいあっていた。

 そしてこの対話も、終わりを迎えようとしていた。

 

――この事は、忘れるな。

――そしてありがとう、友よ

――アウターヘブンの勝利を信じ。その暁には必ず再会しよう

 

 敬礼をする手を下ろすと、宇宙と共にビッグボスは消えていった。

 そして部屋の中の、机の上にぽつんとひとつだけ置かれているテープが目に入った。

 

『オペレーションイントルードN313』そう書かれている。

 裏面には違うものが書かれていたが、もうそれを確認する必要はなかった。

 

 メッセージはとうに受け取っている。

 

 それを手に取ると、通信装置につなげて再生ボタンを押した。

 機械がBeep音を吐き出す中、ヴェノムはシャワーを浴びて血まみれの体から汚れを落とした。

 

 裸から湯煙を上げて出てくると、丁寧に左の腕から水滴をふき取って新しい義手を取り付ける。

 その時、ふと、思わずだったがその手を己の頭部に置いた。

 いつものようにそこには、湯の熱でほのかに温かい鉄の角が、悪魔のそれのようにそびえたっている。

 

(これは、邪魔だな――)

 

 なぜか、ごく自然にその時はそう思った。

 気がつくと医師の言葉などすっかり忘れ去り、義手に握らせた角に力をこめていた。

 ズキン、ズキンと痛みが走るが。表情は自然のまま、躊躇はまったくなくそのまま行為を続けていた。

 

 すると何か衝撃のようなものが走り、頭は前後に揺れ。

 失ったはずの目の中から新しい目玉がポロリと零れ落ちたような感覚があった。

 

「これは――」

 

 義手である手の中にそれがあった。

 巨大な台形状の鉄の破片。たぶん、ヘリの骨格を作る部分が千切れて刺さっていたもの。

 そして頭部からは頭蓋に丸い大きな穴がぱっくりと作られていて、そこからドロリとした血がこぼれ落ちてきた。

 鏡に映る自分の姿を光の加減を見ると、角度によってはそのまま自分の脳みそがそこから確認できた。

 

「フッ、また血まみれじゃないか――」

 

 素直な感想を口にしていた。

 これまでとは違う。自分が流す血で、顔の半分が真っ赤に染まろうとしていた。

 

 

==========

 

 

 アリゾナ州のインディアン居留地にある市民センターとよばれる一軒家から少年が走り出していく。

 家の中には、少年を使いとして出した賢き老人が―ーあのダイアモンド・ドッグズではコードトーカーと名乗った老人が、ラジオに耳を傾けながらため息をついていた。

 

 かつては不幸な出来事で短い間だけ共に行動した友人達が。

 今、世界を脅かした悪魔と痛罵されつつ、容赦なく殺されようとしている。

 

 できればそっとしてやりたかったが。

 これは、彼女にだけは伝えてやらねばならないだろう。

 

 

 居住地から離れ、渓谷のおかしな高い場所に不自然に止まっているトレーラーハウスが一台あった。

 その中で眠っていた女性は、うなされて飛び起きたが。起きた衝撃で、なにを夢の中で苦しんでいたのかきれいに忘れてしまう。

 

 肌は玉のような汗を流し、長身ゆえにトレーラーは少し手狭であったりするが。

 彼女はそれをタオルケットで乱暴にふき取ると、脱ぎ散らかした下着を探して床をさぐる。今の彼女は全裸であった。

 

 神秘的な美しさとどこか刺激的な肉体を持つ彼女は無口で、拙い手話で会話はするが名前はなかった。

 そのためいつしかこの辺りの住人は彼女を死体と同じくジェーンと呼んだが。それ以前の彼女はダイアモンド・ドッグズではクワイエットと呼ばれていた。

 

 

 クワイエットは生きていた。

 

 

 あの日、ダイアモンド・ドッグズを離れた彼女はアフガンの自然の中で隠れるように暮らそうとした。

 アフガンの厳しい自然の中なら、孤独に生きることは不可能ではないと思えたが。実際はそんなことはないことを思い知らされる。

 

 時々は任務中のダイアモンド・ドッグズとも遭遇したし。ソ連兵とゲリラは数日おきには必ず見かけていた。

 無視すればいい、そう思っていたが。人はどうしてなかなか不器用にできているものらしい。何かあるたびに、どうしようもなく人恋しさにとらわれるようになり、そうなるとまずあの男のことを考えてしまう自分がいた。

 

 

 そんな惑う彼女の耳に朗報が入った。

 ある晩、任務中のダイアモンド・ドッグズの兵士たちがマザーベースを離れるコードトーカーについて感慨深げに話しているのを聞いたからだ。

 ナバホの長老には声をかけてもらっていたし。彼女は本人に直接確かめておきたいこともあった。

 そうして彼女はアフガンをあとにし、ついにアリゾナへと旅立っていったのである。

 

 

 トレーラーの床から下着のようなブラとパンティを見つけ出すと、それを身に着けてとりあえず落ち着こうとした。

 彼女はここでも、可能な限り薄着でいなくては生きてはいけない。

 だから一年を通して上はほとんどブラしかしないし。下はジーンズのビッチっぽい尻が零れ落ちるような短パンで過ごすしかなかった。

 

 これをなにか勘違いをして、わかった風に近づいてくる下心満載の男たちはいたが。

 そんな連中が本気になった彼女にかなうはずもなく。谷底に落ちていってコヨーテの餌になるか。命からがら車に飛び乗って逃げ帰るしかなかった。

 

「姉ちゃん、入るからね!」

 

 外でそんな声と同時に、トレーラーハウスの扉が全開にされるのがわかった。

 

(このくそガキ――)

 

 と一瞬、殺意のこもる視線は宙を仰いでから振り向くと。確信的な行いで、最高の位置に立つ彼女の後姿を半笑いに記憶に焼き付けている少年をにらみつけた。

 

「あ、ごめんごめん」

(どうせいつものことだ)

「長老様に言われてきたんだよ!ラジオ、ラジオを聴いて!急いでっ」

 

 慌てて車内の一角においてあったそれの電源を入れる。

 ニュースが流れると、彼女はひざから力が抜けて床の上に座り込んでしまった。

 

『――大統領は先ほど、テロリストであるビッグボスの占拠しているアウターへブンへ。NATO軍による徹底的なまでの空爆をこそ支持する。との声明を発表しました。これはすぐにも採決を必要と――』

 

 機械はある冷酷な真実を告げていた。

 あのビッグボスが、ついに勝利を手にすることはなく。敗者側へと再び追いやられてしまったのだということを――。


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