でも、まぁ、ちょっとくらいはいいよね。
炎の熱と、爆発の衝撃から回復して。男は意識を取り戻した。
「大丈夫―ーっ!?ど、どこだっ」
炎に囲まれている中を、自分の両手を見て気が狂いそうになる。
爆発が起きる直前、彼が右腕で抱き上げていた少年は彼が着ていた服の切れ端に申しわけていどに少年の血と肉をこびりつかせ、びちゃりと音を立てて地面に落ち。
左手で握って引いて走っていた少女は、炎に全身を愛撫され。男が気を失っている間にさっさとショック死を遂げ、両目を驚きで見開いたままセルの人形のように少しだけ焦げていた。
男は神に祈ることもできず、何故だと天に向かって絶叫していた。
この男の名前はシュナイダーという。
アウターへブンには、ダイアモンド・ドッグズ時代からそこの幽霊会社と契約した建築業者のひとりであったが。
このアフリカに来てビッグボスが”少年と少女をさらい、人身売買”を行っているとの疑いから、国連へと訴える人権調査チームを立ち上げて長く、ここに本心を隠して留まっていた。
そんな彼がこうして嘆く理由はただひとつ。
この24時間の間にアメリカが送り込んだ特殊部隊の若者を援護し、この場所が破壊されることを望んだからだ。
彼のチームは混乱の中で”人身売買組織”の連中から子供たちを取り戻すことができたが。
ビッグボスの起動した自爆装置のせいで、ここで悲劇が始まろうとしていた――。
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不思議な話だったが、全てを壊されたというのに怒りはそれほどなかった。殺意がなかったわけじゃない、だがフェアではあるべきだと思った。
俺は、暗い倉庫の中へと追い込んだあいつに全てを告げてやった。
「……新入りでもあるお前の任務は。ここから偽の情報を持ち帰らせるためだった。しかし、お前はやりすぎた!」
ライフルを構えて荷物の隙間を油断なく探りを入れて回る。
奴はここにいる。隠れているが、新兵とは思えない。素晴らしい能力を発揮している。これほどの技術を、どうやってあの若さで手に入れたのだろうか。
「こちらもただで死ぬつもりはない。道連れになってもらう!」
互いに転がり出て、直線に姿をさらすと両方のライフルが火を噴いた。
本当に素晴らしい技術、見事というしかないが。付属するランチャーにグレネードを瞬時に装てんする。これで少しは慌ててくれるだろうか?
「かかってこい!”スネーク”」
再び陰から転がり出るが、向かい合う影はまったく別の選択をしていた。
グレネードを発射しようとするビッグボスに対し、相手は肩に担いだRPG-7の銃爪を勢いよく引いていた。
互いを結ぶ直線状で2つの弾頭が衝突すると。一方が力負けして弾き飛ばされ、勝利したほうは狙いは正しく標的へとむかって一直線に飛んでいく……。
慣れ親しんでも不快な痛みと共に、肺に入り込んだ熱でもってヴェノムは目を覚ますことができた。
その背後にはメタルギアTX-55は下半身を完全に吹き飛ばされ、転がっていた。
このアウターへブンを武装国家と認識させるための切り札であったメタルギアをヴェノムは――ファントムは守ることができなかった。
ソリッド・スネーク。
名前を聞いたときから予感はあった。
実際に会い、拳を交えれば嫌でもわかってしまうものだ。
恐るべき子供たち、ビッグボスの息子。あの才能は以前にも別の少年から感じたものだったが、あの若者のそれは明らかに違う種類のそれであった。
ヴェノムは、ビッグボスはそんな男に負けたのだ。
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建物から外に出るとそこからは要塞を見下ろすことができた。
自爆装置の作動から、要塞のあちこちで火の柱があがっているが。これは最初から狙っていた演出であった。
この間にも生き残っていた兵士たちは脱出を進め、ここを離れてから先はそれぞれが新しい名前を手にビッグボスとアウターへブンから解放される。
これはヴェノムが負けた場合に用意していた、シナリオであった。
自分に力を貸したばかりに、列強からテロリストとして一生を逃げまわさせるのは忍びなかったのだ。
列強はそれを許すまいと、不必要にすさまじい報復をしようとして厳しく追撃をしてくるだろうが。それに彼等が苦しむようなことはないように、きちんと敗戦処理がされるように準備だけはしていた。
あの若者――ソリッド・スネークには悪いが。
セムテックの敷き詰めた通路を使って脱出してもらい、アウターへブンはビッグボスと部下達を巻き込んで完全に崩壊したとの情報を流してもらわねばならなかった。
頭に雷でも落ちたかのような痛みが走った。
最近まで角を生やしていた頭部にぽっかりと開いた穴から、ブクブクと血があぶき。続いてまたどろりと血があふれ出るのを感じる。
なぜかそれがおかしく感じられ、笑みが浮かぶ。
時代を変えたかった。
だが、それは出来なかった。
すばらしい才能を持つ新たな英雄がそこに立ちふさがり、時代が動くことを拒絶した。
たぶんもう一度このようなチャンスがあったとしても、自分があの若者に勝てるとは思えなかった。
自分を汚す血が、自分のものであることは敗者となっても苦々しくは感じていなかった。
むしろ心は晴々としていて、なにか重い荷物をすべて地面に投げ出してしまったような気分だった。使命から開放される喜びと、散らばってしまったものへのわずかな後悔。
それを象徴するのが、最後に奴が放ったロケットランチャーの不発弾――それに貫かれ、腹には笑ってしまうほど見事に大きな穴が作られてしまった。
常人ならばこれで素直に即死していると思うのだが。困ったことに、どうやら自分はまだ。
死ぬことができないらしい―ー。
ヴェノムは滑走路までふらふらと歩いていくことが出来た。
すでに自爆演出は終わり、炎と煙にまかれた建物はほとんど崩れ落ちようとしている。滑走路もすでに脱出用の輸送機がすべて出発しているだろうと思ったが、驚いたことに一機だけが、まだそこに残されていた。
遠目だとわからないが、どうやら揉めているようだった。
「――するな!そいつは裏切り者だ!」
「かもしれない」
「ふざけているのか?俺は本気だぞ?」
「俺も、そうだ」
「もういい。俺が――」
搭乗口を前に、数人が殺気立って話していたが。いきなり片方が銃を抜くと、ひざを着いている男の頭部を吹き飛ばそうとした。だが、それを邪魔していた大きな男が横から手を出し。銃を握る手首をたたくことで、膝をついている男の命を救う。。
「おいっ、ふざけるな!どういうつもりだ!?」
「おれは人の運命を読む」
「はっ!?」
「こいつは今日、ここで死ぬ運命ではない」
あまりにも浮世離れした理由を口にするので、ヴェノムは笑ってしまい。腹の大穴がズキズキと痛みを訴えてくる。
すると兵士達もビッグボスの存在に気がつくが、「面白いことをやっているんだな」と口にすると、囲んでいた兵士達が猛然と目の間の大男とひざをついて泣き叫ぶ男を非難し始める。
この騒ぎの原因はすぐにわかった。
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それは蜂起への最終段階としてあれはダイアモンド・ドッグズ解散の情報を世界に仕掛けたときのことである。
アウターへブン内に残っていた身内から、おかしな動きが出てきたことに、気がついたのだ。
当初はどこかのスパイかもしれないと必死に調査したのだが、出てきた情報はまるで違うものだった。
どうやら国連の人権委員会にアウターへブンを訴えようという活動だとわかった。
訴えをこっそり調べたところによると、ビッグボスとその部下達は長年アフリカの戦場で”子供”をさらい、人身売買でもって資金とし。武器の購入に当てている、という容疑がかかっているのだそうだ。
ちなみに人身売買など、当然だがやってはいない。
ようするに秘密裏に連帯しているNGOとの少年兵更正プログラムを、誰かが外側から見て勘違いして動いていたのである。
まぁ、そう感じるのも無理はなかったのかもしれない。
更正後に、養子縁組の申し込みがあるとそこでは大金がやり取りされていた。
これを聞くと己を善人と勘違いする人は決まって怒り出すのだが。人は奇妙なことに、それが価値のあるものだときちんと理解していないと大切には扱わないものらしい。
「これは無料で手に入れたものだから」と粗雑に養子にした子供等を扱われてはたまらない。それではせっかく世話をした意味がなくなる。
だからこそ、親になる大人達には子供で大金を払わせ。その命の価値を擬似的にでもしっかりと理解させておかねばならないのだそうだ。
彼らプロの言葉に反論するようなものを傭兵がもっているわけがない。だから彼らの思うとおりに好きにやらせていた。
ビッグボスはそれがわかると、捜査の手を緩めてしまった。
ワームなど、さっさと見つけ出して銃殺すべきだと主張していたが。子供を思って善意で集まるチームにそこまでのことはしたくなかったし、脅威にもならないとの考えから。相手の側との話し合いだけを望んでいた。
と、いうよりもそれ以外に血を流さない方法はなかった。仮に厳しく捜査を続行すれば、ヴェノムの部下達と彼らは絶対に最後に殺し合いになるという確信があった。
だが、そんな優しげなビッグボスをかえって恐れたのだろう。
アウターへブン内の異分子たちは、話し合いの場をもつことを避けていた。そのため、ついに互いが理解しあうことなくこの日を迎えたわけだったが――。
「お前だったか。シュナイダーといったな?確か、元傭兵だったか」
「そうですっ、こいつが散々かき回しやがって!」
「わかった。もう落ち着け――おい、でかいの。ルーキーのお前も覚えているぞ、面白いことを口にしていたな。こいつは今日、ここでは死なないと」
「そうだ、ビッグボス。こいつはここで死ぬ運命ではない、あんたに勝利がなかったように」
カラスの刺青を頭部に入れた大男はなぜか偉そうにヴェノムの言葉に大仰にうなづくと、再び断言する。
このシュナイダーはなんでも、自爆の際に近づくなとされたエリアの中で子供の死体を抱いて泣き叫んでいたところを兵士達が気がつき、慌ててここまで引きずってきたらしい。
ところが輸送機が飛び立つとわかると、暴れだし。そこで正体がしれた。
「ビッグボス、ビッグボス!」
シュナイダーは片ひざを突いていたが、それでもなにか。必死に訴えてくる。
「俺をこの機から降ろすようにあんたの口から命令してくれ。俺は、ここから離れるわけには行かない!」
「ほう、なぜだ?お前の席は用意してある、よほどの理由がない限りは退避してもらう。これは――」
「理由はある!子供たちだ、あの子達を救いに行かなくては」
その言葉にヴェノムの表情が消えた。
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少年兵のためのNGOとダイアモンド・ドッグズの関係は、解散後のアウターへブンとも繋がっていたが。
何の問題もなかった、わけではない。大小の問題は次々と持ち上がるが、それを常に同意して行ったわけではなかった。
ヴェノムは『楽園』の予算を決してケチったりはしなかったが。しかし少年兵以外の『特殊な事情から助けが必要』な子供たちについてはこれを一切保護することを許さなかった。
だが、この国では罪は犯していなくとも。その体に流れる血で、殺さなくてはならないという理屈を盾に非道な行いが平然と実行される場所である。
殺されるとわかる子供を、そこに置いてはいけないというのも。人情だった。
そこで彼等は取り交わされた互いのルールの隙間を利用した。
アウターへブンの彼らの場所には、常に回収されてきたばかりの少年兵達がいた。
これを細かく調査、選別する間に時間が取れるので、そこを利用して不幸な子供たちをこっそり混ぜては住まわせていたのだった。
もちろんそこから連絡を取った他の団体へと引き渡されることになるのだが。それでも全員を一気に送り出すことはできなかったので。常にここに残される子供達がいた。
開戦の気配が忍び寄る中、このカラクリがついに明らかとなる。
だが、兵士達もビッグボスもそれ自体には怒ることはなかった。というよりも、薄々はわかっていたことで。彼等はわざと見て見ぬふりを続けていたのである。
だが、これがマズイことになった。
戦場となる前にアウターへブンから全ての子供たちとNGOスタッフを外に出せないことがわかった。
なんとか間に合わせようと動いていたが。アウターへブンへの攻撃の意思を明らかに見せる列強は陸、空、海と封鎖線を作り上げてしまい。
彼らの逃げ道は断たれてしまう。
そして敗北が決まった今も、彼らの面倒を見るように脱出する部隊のひとつに預けていたが。
そんな部隊を、このシュナイダーのチームが襲撃して奪っていた。
その後ではソリッド・スネークによって倒されるビッグボスとアウターへブンの混乱に乗じて脱出するつもりだったと口にするが――。
ヴェノムは思わず天を仰いだ。
アウターへブンの陥落で終わるのは、ビッグボスの思想と自分だけでいいと思っていたのに。
どうやら自分にはまだ出来る事があるようだ。
視線を戻し、部下に向けた顔は真っ青ではあったが。いつものビッグボスの表情と声があった。
「事情はわかった。だがお前達は脱出に手間取りすぎている、すぐに飛べ」
「――確かにそうですね。わかりました」
「それと、そいつも連れて行け。これは命令だ」
「ボス!?」
「アウターへブン陥落時、どう動くかは前もって全員に用意したものだ。これは俺の――ビッグボスとの約束であり。契約でもある。そいつが何を言おうと、席には座ってここから出て行ってもらう」
「しかし!?」
「かわりに俺が残る。そいつの余計なことの面倒は俺が見るさ」
「――お別れです。ビッグボス」
パイロット以外、輸送機の中にいる部下達全員は無言で敬礼し。ヴェノムもそれに返礼する。
生きて敗北した以上、彼等は簡単に死ぬことなど許されない。必ずこの戦いの記憶をもって脱出し、これからの世界を見届けなくてはならない。
今日、世界はビッグボスを否定したが。ビッグボスの意思は本当に必要ないのか?それは想いを受け継いだ彼らひとりひとりがこれから考え、行動しなくてはならないのだから。
兵士たちは表情を殺すと必死に抵抗するシュナイダーを引きずって機内へと消え。輸送機はすぐにも動き出し、滑走路へ走り出していく。
そうやってビッグボスに見送られた最後の脱出機は、ようやくアウターへブンから去っていく。
ドグン、と大きく心臓が鼓動を打ち始める。
意識に闇が煙のようにわずかにかかり。呼吸の仕方を忘れたようで、息を吸うことが億劫に感じる。
いつも血まみれになって帰ったおかげで、この姿を見ても彼等はビッグボスの異変には気がつかないでいてくれた。
このあと自分がどれだけ動けるかわからないが、列強の報復攻撃が来るまでにはまだ時間があるはず。できることをするためにも、まずは―ー。
足を引きずるように滑走路脇にある倉庫の陰から出よう、とした瞬間であった。
背筋を冷たい汗が噴出すのを感じて、慌てて動こうとしたが。弱った体ではそれは間に合わなかった。
燃える炎と爆発音の合間に、ライフルの発砲音が混ざり。動きかけたヴェノムの右側の首の付け根の肉を、ライフル弾がごっそりと削り取った。
『――報告セヨ』
「こちらグラディウス4、狙撃完了」
『標的ハ?』
「ヒットした。だが致命的ではない、直前に反応された」
『待機セヨ。ソノ他グラディウス ハ 前進、ビッグボスノ”遺体”を回収セヨ』
グラディウス4を名乗る狙撃兵はスコープを再びのぞく中、通信機には彼以外の兵士達が「了解」を口にし。燃えて崩れようとしているアウターへブンの中から飛び出してきた。
ヴェノムは足から力が抜け、その場に崩れ落ちたものの。必死に匍匐して物陰へと自分を隠すことはできた。
だが、ついにこの時。あまりにも多くの血を流しすぎてしまい、壁に寄りかかった姿勢のまま気を失ってしまう。
続きは明日。