―ーこちらソリッド・スネーク…
―ーメタルギア破壊に成功。OPERATION INTRUDE N313 完了した
――なにもかも終わった。なにもかも……
――今から帰還する……OVER
(作戦終了を告げる。FOXHOUND隊員からの勝利の第一報)
機内では兵士たち皆が口を閉じていた。
敗者となって世界に追われる立場になったことで、自分たちが何が間違っていたのか。早くも冷静に分析しようとしているが、そんなことができる奴などここには誰もいなかった。
そのかわりに周囲とは違う反応を示している2人がいる。
シュナイダーとそれを救った大柄の男である。
大柄の男はその体と同じく丸太のように太い腕を組み、顔はしかめっ面になっている。
ビッグボスが敗れた。
勝利のボス(VicBOSS)などと言われるまでに、戦場で圧倒的な存在感を放つ男が負けた。
他の連中は気がつかなかったようだが、彼にだけはわかっていた。
あの様子、何者かと直接戦い、これに倒されたのだ。
それがどうしてまだ生きているのかはわからないが、あれはもう”死人”も同じだ。子供だかなんだかの為に残るということは、つまりそういうことだ。あの男はきっと助からない。
「おい、でかいの!」
「……」
「お前だよ、新入り!」
「――俺のことか?」
「そうだよ。隣でグチャグチャ泣いているやつを辞めさせろ」
「何故だ?」
「は?」
「こいつは男だ。それでも泣きたいから泣いている。放っておけ」
「……嘗めてんのかよ、この野郎っ」
自分の感情を処理できなくてあたっているだけだ、見ればわかる。
だからこそ、自分たちの今の立場というものを思い出させやれば黙るだろうと思って口を開く。
「俺は伝説のビッグボスを知りたくてここにきた。確かに、入隊したのは最近の話だ。
だがな、俺をルーキーと呼ぶなら。ダイアモンド・ドッグズはもうだいぶ前に解散しているし。アウターへブンはこうして終わったのを互いに見てきたばかりだ」
「――お、お前」
「そうなると俺もあんたも、もはやただのフリーの傭兵ということになる。次にどこの戦場で出会うのかはわからないが、俺に文句があるのなら、その時に聞こう」
思ったとおり、苛立つ声は静かになる。
(ついに今日、時代が変わったのだ。あのビッグボスを倒すような男が誕生した。そいつ、どんな奴なのだろう?)
髪をそり上げた頭部に手をやると、そこに刻み付けたカラスの刺青が羽ばたこうと皮膚の下の動きに合わせて歪んだ。
わずかではあるが興奮するものがあった。
アウターへブンでは残念ながら支援班にまわされ、しかも兵士達を脱出させるための回収任務を与えられたことには大きな失望を感じていたが、今ならばわかる。
これは運命だったのだ、と。
ソ連から不満を抱いて世界の戦場にさまよい出た自分が、ついに目的を手にすることができたと思えば。このまるで得るものがなかった戦場でも、参加した自分には価値があったのだ。
「今日、俺は救われた。戦場に俺の戦いはなかったが。かわりに俺が目指す運命を、こうして知ることができた!」
伝説の男を倒した若者、ソリッド・スネーク。
この大男は――大鳥(レイブン)を名乗るこの男がその名を知るには、まだまだ時間が必要であった。
==========
奇岩が重なり山となる――グランドキャニオンを高い場所から見つめ続ける女がいた。
少年はその後ろにいて、さきほどフラフラと車から降りてきてたったまま動かない彼女に退屈していた。
(つまらないなぁ)
長老の指示もだいぶせっぱつまったものだったし。それを聞いた彼女もショックを受けていたようだったので、遠慮はしていたが。何があったのか自分に話してくれないかな、と思っていた。
(だって、俺は男だもんね)
ジェーン――クワイエットの不思議さに魅かれている少年はそう思っていたが。彼の願いはかなうことはないだろう。
そこに男性に押してもらい、車椅子に座ったコードトーカーも現れた。
彼は男性に少年を連れて少しクワイエットと2人で話したいと、告げる。
「――大丈夫か?」
後姿の彼女に変化はない。
「気をしっかり持たなくてはならないよ、我々は――」
(違うな、そうではない)
コードトーカーはすぐに言葉を切ると、自分から切り込んでいく。
「あの白人は――男は、あれでも鬼だった。我々の知る、あのスカルフェイスの同類だった」
肩が震えるのを見た気がした。
「こんな最後になるとは私も思っても見なかったが。彼は考え、そして行動した。ならばきっと、負けた自分にさぞ悔しがっていることだろうと思う」
これは出任せだ。本当のことなど、わかるはずもない。
彼らとは友人ではあったが、住む世界があまりにも違いすぎていた。実際に戻ってからは一度も接触はなかった。
ビッグボスの下を去ったとき、自分達もまたもどれぬ別の道へとさまよいこんでしまったのだ。そしてもう、戻ることはできない。
「だが、私たちがしてやれることは何もないんだ。それは理解しなくてはいけないよ」
諭すしかなかった。慰める言葉がないのに。
クワイエットの寿命は、多分もうそれほど長くない。
外見に変わったところはほとんど見られない。
足腰が弱ったということはない。彼女に与えられた虫たちは、今も正しく機能し。彼女をきっと優秀な狙撃手にしてくれるだろう。
だが、逆にそれこそが異常なのである。
変わらないことで、何かがおかしいとわかってしまうこともある。
戦場を離れて長いが、今の彼女の美しさはあのころとまったく変わっていない。もしも当時の写真が残っていて、いまの姿と見比べてみれば一目瞭然だ。彼女の肌はまったく年をとっていないのだ。
スカルフェイスはやはり残酷な男だったのだ。
クワイエットの最後に残った自尊心をくすぐり、静寂の狙撃手などと仕立てておきながら。
実際は暗殺者としてダイアモンド・ドッグズへ声帯虫を仕込むことが狙いだった。
他に彼女に望むものなどなかった。
生き延びてもらってそれからも自分の役に立ってもらおうなどとは考えていなかった。
悲劇が起きていた。外見は彼女を覆う虫が原因で年を取らないが、内臓はそうではない。
表面の虫は変わっていない。あのころと同じくらいに多くのエネルギーを生み、異常な力をクワイエットに与えるが。
彼女の臓器やスタミナがそれによってダメージを受け、弱っていた。
このままその時が訪れれば、彼女はこのまま若々しく、元気な姿のまま衰弱死することになるだろう。
彼女の肉体と精神、それらはじわじわと今、バランスを失いつつあるのだ。
「祈ってやろう。それが、彼への――彼が闇の中でも光を失わぬようにな」
目を閉じてそう口にしたが。
目を開くと、目の前にいた彼女の姿は消えていた。
コードトーカーはため息をひとつつくと、後ろに立って目を向いている2人に「彼女は心配要らない、帰ろう」とうながした。
アリゾナ州ではその日、午後に天候が荒れ始めると突風が襲う。、
それは大地の砂を巻き上げ、すぐにも砂嵐となってすべてを覆い隠してしまった。
長老は(彼女の心に精霊達が触れたのだろう)と思い。この砂嵐の中をきっと走り続ける彼女を思って悲しんだ。
嵐はこの後も3日続き。
からりと晴れた4日目の朝に、市民センター前で精根尽き果てようとしている大地に横になったクワイエットを人々は見つけたという。
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――グラディウス、前進ヲツヅケロ
「……障害、ない」
――犯罪者、BIGBOSSヲ確保セヨ
彼らのコードネームであるグラディウスとはヒスパニアを期限とする剣であり。古代ローマの剣闘士が用いたとされるものだ。
この名にふさわしく、所属するのはベテラン――それもだいぶ高齢の元軍人たちで構成された汚れ仕事を専門にした猛烈な愛国者達4名でなりたっている少数精兵部隊である。
CIAはビッグボスから多くのものを奪うつもりでいた。
放浪の時代、彼とコンタクトをした世界中の戦場に立つ武装集団と彼らのリーダーの情報を。
かつてはCIAが手にしていた”賢者の遺産”のその後の行方を。
そしてそれは、姿を見せなくなったゼロと呼ばれた男へ繋がる道となり、手がかりとなるものを。
CIAとその周りにいる政治屋達はアウターへブンという混乱を利用して、一気に大逆転をおこす機会を待っていたのだ。
目は開いているのはわかっていたが、視界がまったく意味を成していなかった。
パニックからあの炎と悲鳴のフラッシュバックが襲い、それを乗り越えても目の前の霧が晴れることはない。
致命傷にならなかったのは喜ばしいが、右肩の首の付け根に作られた一筋の爪痕は軽症というには程遠いものだった。後頭部に近い場所に、通過したライフル弾の衝撃が直撃したのだ。
気を失わなかっただけまし、なのかもしれないが。
それでは進行中の自分への危険に対処することなど到底できるものではない。
(動け、動け、動け……)
意識はしっかりとそれを繰り返すが、視覚は混乱したまま。体も硬直した状態から、なかなかほぐれようとしてくれない。
カッとなって思わず自分の頭部を殴りつけてみたが。
あの例の穴からまた血がドロリとあふれ出て、新しく頭痛が加わっただけで。状況に改善は見られなかった――。
そして3名の兵士たちは、物陰で壁に向かい合う形で不自然に倒れているヴェノムを発見する。
――グラディウス、状況ヲ報告セヨ
「……ビッグボスを発見。どうやら弱っているようで、動きが見られません」
――本当カ?
「どうしますか?捕らえることもできるかもしれませんが」
――殺セ。死体デモ十分ダ
CIAは伝説の英雄が伊達ではないことは今回のことでも十分に理解していた。
それに生きていられては、後々面倒をおこされるかもしれないのだ。なら、死体でいい。
デジタルをはじめとした最新の技術が、このビッグボスのために使われ。その恩恵はアメリカが独占して手にしなくてはいけないものだった。
「了解――死ねよ、伝説の裏切り者、平和を脅かす糞テロリスト野郎が」
3人のうちの2人が構えると、片方は心臓の辺りの背中に。もう片方は後頭部に重厚を向け、引き金にかけた指に力を加えようとする――。
不機嫌な風が、炎と爆発のなかを足音を立てて走っていた。
ガッガッガッガッと、2つの足音は決して遅れることなくリズミカルで。炎と煙の間を通っても、そこになにも変化は与えなかった。
その風はついに発着場に入ると、滑走路を切り裂こうというのかずっとずっと走り続けている。
建物が見え、その端の辺りに何人かの兵士が立っているのが見え。
そして彼等が、目の前に倒れて動かぬ男に向かって銃を構えているのがわかってきた。
不機嫌な風は速度を緩めることなく走り続けている。
2人の剣(グラディウス)が、突如その場で叩き折られてしまった。
一人は背後から何かにぶつかられたように、ビッグボスの倒れた壁に向かって不自然な体制のまま突撃するとすごい音を立ててそこに叩きつけられた。
そしてもう一人はくるりとその場で体を硬直させて宙返りをすると、着地に失敗して地面に腹をしこたま打ちつける。
「な、なんだ!?」
――グラディウス?どうした?
驚く3人目が声を上げると、次の瞬間には彼の頭にナイフが生えていた。
――チーム報告ヲ。報告セヨ、グラディウス
倒れたビッグボスの前に立っていた3人にその命令を実行するチャンスはなかった。
彼らにわかったのは”姿を隠した、透明な誰か”に襲われ。そして自分たちはこのまま抵抗も許されずにしとめられるということだけだった。それでも――。
「なんだよ、これ――」
その報告は的確ではあった。
「ドクロ、髑髏が襲ってっ!?」
地面に腹ばいになった兵士は、胸に凄まじい強打を一発受け。心停止をおこした。
背後から襲われ、壁に腹を刃物で”くくりつけられた”兵士は、肩口に片手を、残るほうは後ろ側から頭部をつかむと。怪力でもってその首を不自然な後方へとへし折って、絶命させた。
――ドクロ?何ヲ言ッテイル。グラディウス、報告ヲ!
「ぐ、グラディウス1の言うとおりです。ドクロだ、骸骨の兵士がいきなり出てきて。それで――」
――グラディウス4!目標ヲ殺セ!
「りょ、了解」
――ソレダケハ果タセ。奴二、死ヲ
狙撃兵は立ち上がると、ライフルを構えた。
なにが起こっているのかはわからなかったが、自分たちの任務が危険にさらされているという感覚で命令には従おうとしたのだ。スコープの中に、ビッグボスの姿を探し出そうと――。
==========
怒りにまかせて相手は殺すと、スカルスーツの頭部を隠すマスクを脱ぎ捨て、ウォンバットはビッグボスへと駆け寄った。
この危機にスカルスーツで駆けつけたのは言うまでもないだろう。
あのワームとウォンバットであった。
彼らもやはり、ビッグボスの命令でアウターへブンから遠ざけられてしまったが。
FOXHOUNDが懲りずに新人隊員を潜入させたとの報告を聞くと、いても立ってもいられずにここへと逆に潜入してやってきたのである。
だが、それはあまりにも遅かった。
アウターへブンを包囲する軍の中を抜けた分だけ時間がかかり。
彼等がアウターへブンにつくころにはすでに、ビッグボスはソリッド・スネークと対決が迫っていた。
その彼らは、一度だけだがアウターヘブン内を走る見知らぬ若者の後姿を見かけた。
自爆アナウンスが繰り返されていた時だった。思わず後を追って、男を八つ裂きにしてやりたいと思ったが。負けたビッグボスへの安否を気にする気持ちが、それを遥かに凌駕していたのでこらえるしかなかった。
だが、それでも―ー。
「ボス、ボス!大丈夫ですからね、傷を見せてください」
背中を向けたまま動かないビッグボスの体を転がし、仰向けにすると壁に背中をもたれるようにしてやった。
手早くナイフを取り出し、戦闘服を切っている間にワームはグラディウス4とビッグボスの斜線上に仁王立ちになる。
銃声がするのと同時に、ワームのスカルスーツが危険に反応し。表面が硬度を持つと、遅れて着弾したライフル弾は簡単にはじき返された。
(距離は約1.100メートルか。”まとも”な方法では、こちらの攻撃は届かない)
身動きのとりやすい潜入を心がけたこともあり。これほどの長距離を届かせる銃をもっていなかった。
だが――スカルスーツがあれば、銃はなくても”これくらい”ならどうにかなる。
それは敵からの――グラディウス4の第3射が始まるのにあわせて始まった。
鞘から音を立てて、合金で作られたマチェット・サラマンダーは太陽の光を受けて銀色に輝きを放つ。
それを握る左腕と半身からボロボロと表面の鉱物がくずれいくと。それを振り上げ、半身の力のみを使って思いっきりブン投げて見せた。
銀に輝く浮遊物体は大きく山を描きつつ、狙いからは大きくそれ――しかしそこから奇妙なカーブを描くと、いつの間にかその進行上には、スコープを除いて必死に狙撃を続けているグラディウス4が立っていた。
腹部で何かが爆発するような衝撃を受け、無様にもライフルを落として倒れてしまったグラディウス4は。
何が起きたのかと、自身の腹部に眼をやった。
異変は確かにあったが、それを直接眼で見るのが恐ろしかった。だが、その恐れも意味はなかった。
腹部がすごい速さで真っ赤に染まると、自分が体を起こすこともできなくなっていることに気がついた。
敵をしとめる筈だったライフルは、今は遠くに転がっている。
それを理解した瞬間にグラディウス4は死んだ。
死因はショック死、彼に襲い掛かった絶望は、彼の命をたやすく奪ってしまったのである。
==========
襲撃者を仕留めたことを感覚で理解すると、ようやくワームもスカルスーツのマスクをはずした。
「おい、ビッグボスは――」
振り向くと、凍りついた。
ウォンバットが血だらけで倒れているビッグボスの前に腰を下ろしたまま。まったく動いていなかったからだ。
「おいっ!?急げ、ここは長くないんだぞっ」
「――わかってるよ」
「じゃ、なにしてるんだっ。ボスの出血を止めたのか?もう動かせるのか?」
返事はなかった。
動くこともしなかった。
ワームはかっとなって、彼女の肩に手を伸ばそうとする。
すると、いきなりビッグボスが――ヴェノムはうめき声と共に声をかけてきた。
「まったく、やっぱり来たな。お前たち――」
「ボス!?良かった」
「良くないさ、ワーム。俺は、良くない」
「えっ」
言われていることの意味を理解したくなかったのに、背中をつめたい汗が流れた。
「ウォンバットを、彼女を責めるな――俺が、下手をうっただけだ。この傷では、どのみち助からない」
「馬鹿な!?おい、おいっ。ウォンバット、メディック!?」
「……」
「どうなんだよ?何とか言えよ」
「――ウルサイんだよっ!こっちは何ができるかって、考えてるんだっ」
悲鳴を上げるように答える彼女の声は、半分泣き出しているようだった。
ワームは再び戦慄した。
ビッグボスは負けた。
でもそれはいい、そんなことはどうでもいいんだ。
それよりも、ビッグボスが死ぬ?この世界から、ビッグボスが消えてしまうだって!?
続きは明日。