真実とは神罰、毒の味がする   作:八堀 ユキ

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ファントム・ブラッド

 ヴェノムの状態は、この2人の登場で少しずつ沈静化する方向で落ち着こうとしていく。

 いつもの癖で、”ビッグボスらしく”いようとするせいで、この効果は嬉しいものと、捕らえるべきだろう。

 

「ボ、ボスっ」

「なんて声を出すんだ。まだ生きている、だがもうすぐ死ぬ。それだけだ」

「させませんっ、ボス」

「お前達ならそう言うだろう……だからここから、離れるようにしたんだがな」

 

 配属をアウターへブンの外だと命令した時、彼らは何も言わなかった。

 どうせまた命令無視してなにかしようとするだろうが、多国籍軍に包囲されているアウターへブンまでは2人だけで潜入は無理だろうと考えてしまった。

 彼らにはそんなもの、屁でもなかったのだろうか。

 

「鎮静剤を、睡眠薬で時間を稼ぐのはどうだ?」

「――それに何の意味があるっていうのよ」

「俺たちがボスを背負って、この囲みを破る。適切な医療施設までたどりつけばきっと――」

「無理よ」

「やってみなきゃわからないだろっ!?」

「無理だよ、この馬鹿野郎!」

「……やれやれ、男女の口論は傷に響くんだがなぁ」

 

 2人はすいませんと口にして、心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。

 

(このままで見送られるのも、わるくないのかもな)

 

 この事件でビッグボスはついに世界の敵となって処理される。

 例え生きていたとしても、自分に適正な裁判など。期待してもしょうがないだろう、あとは闇に葬られるだけだ。

 

 自分はファントムだ。

 ビッグボスのドッペルゲンガー、役割(タレント)を奪われ、闇に消えることに恐怖はない。

 だが――。

 

 

 ワームは再び提案をしてくる。

 

「ボス、やはり俺の案で行きます。眠っていてください。その間に、俺たちが必ずここから脱出して見せますから」

「――ワーム、それじゃ無理なのよ」

「黙れ!方法はあります、それでもボスは生き続けることができるんです!」

「おいおい、ウォンバットをそんなに泣かせるなよ。お前も諦めが悪いな」

「諦めるつもりはないです!方法はあります、俺は本気です」

 

 ワームの目は血走っていた。

 あの時の小僧と小娘は、いい味を出す大人になっていた。それはずっと、自分が見てきた2人だった。

 

「ワーム、ボスの。ボスの血が足りないの、時間が足りない。もし間に合っても快復させる過程でショック症状をはじめとした複数の状況が考えられるわ。弱っている今のボスに、それを強いるのは――」

「っ!?」

「そういうことだ。さて、そろそろ葉巻きでも探さないか?お前たちのおかげで、そのくらいは楽しめそうな気がする」

「ボスっ、ふざけないでくださいよ!」

「――なら、俺のことで気に病むな。受け入れろ」

 

 ウォンバットは横に首を振るが、もはや打つ手がないことはわかっているようだった。

 だが、ワームは違った。

 

「俺は諦めてないです。諦めません、ボス」

「ワームー―」

「方法はあります。今、思いつきました」

「そうか。なんだ?」

「アレを使いましょう!覚えていますか?コードトーカー、彼が封印した虫たちです」

「……」

「あの時、副指令が暴いたじゃないですか!クワイエットの体のことを。ボスを襲撃しようとして、体の外と肺にやけどを負って生きていられるはずはなかったって」

「――そうか、皮膚呼吸だ」

「傷の回復力も段違いに高くなります!海水と、服は着れなくなりますけれど。それでボスは助かるはずですっ」

(クワイエット――)

 

 懐かしい名前だった。

 かつて、ビッグボスの相棒の一人。静寂の狙撃手と呼ばれた女。

 

 ヴェノムはカズが消えてからも結局、クワイエットを探すことはしなかった。

 見つけようと思えば、すぐに見つけられたと確信はあったが。探し出して回収しようとはまったく思わなかった。

 その理由は――。

 

「ウォンバット、これしかない。これなら助けられる」

「――難しいけれど、クワイエットの例がある。実際に試せば、確かにうまくいくかも」

「だろう!?ボス、いいでしょう?」

「駄目だ」

 

 返事は冷静で、そして冷酷だった。

 

「ボス、なぜです!?」

「それは封印された虫だからだ。コードトーカーが――スカルフェイスから奪い返し、ナバホの長老に返したものだ。それを俺が勝手に掘り返す真似は出来ない」

「ですが、それであなたは生き残れます!」

「俺は、それを、望まない」

「俺たちにはあなたが、ビッグボスが必要なんですよ!」

「ワーム、ウォンバット」

 

 体が弱ってきた。

 精神がいきなり削られていき、細く長い糸のように感じる。

 声が弱まり。これはまずいと察したか、2人は時間がないと注射針を取り出し。眠らせる準備を始めようとしていた。

 

(ファントム!しっかりしろ、ビッグボスの意思を!まだ終わるんじゃない)

 

「友よ、俺の声を聞いてくれ……」

「!?」

「2人とも、俺の言葉を胸に刻むんだ。子供じゃないんだ、好き嫌いで駄々をこねているんじゃない」

「ビッグボス」

「そうだ、お前たちは俺の部隊。”BIGBOSSの部隊”の最後の生き残りだ。お前達は、俺と同じ戦場に立つ最後の友人だ。他はみな、俺から離れていった」

「……」

「皆がそうだった。時には命令を無視し、頼んでもいないのに勝手に俺に勝利を押し付ける。そんな奴らばかりだった」

 

 その血はこの2人の中にも流れていた。

 例え自分がここで死んだとしても、この2人は必ず生きて外に出さねばならないと思っていた。

 

「クワイエットは……俺は守ってやれなかった」

「ボス――」

「俺は彼女に兵士であることを要求した。彼女はそうやって俺の相棒として共に戦った。

 だが組織が彼女に不信を抱き、それは次第に大きくなって。彼女をそこにいられなくしてしまった。そして立ち去る彼女をつなぎとめる理由をわたしておかなかった。彼女はそれを嫌っていたからな――」

 

 心を通わせる男女にはなれなかった。

 2人は戦士で、共通の目的を持つことが出来たが。それらが失われると、他に理由はなくなってしまった。

 

「俺は老人の封印した虫を憎んではいない。恨んでもいない。怒りは、ない。

 だが、だからといって自分の都合で。あの技術を自分の体に与えてまで生きようとは思わない」

「ボス」

「俺はあの日の隔離棟で自分がやったことを忘れたことはない。それを忘れて、あの虫達の力を必要とは考えない」

 

 仲間を殺した、世界に声帯虫を拡散させてはならないという理由だけで。

 彼らは戦場ではなく、病によって理不尽に命を失うことを強要された。あの仲間たちの躯を焼く炎の熱は、フラッシュバックしなくともしっかりとこの傷ついた皮膚が覚えている。

 

「だから友よ、聞いてくれ。あの老人の技術は封印されたままでいい」

「ですがっ――」

「それが俺の、あの戦いを経てここにいるビッグボスの、意思だ。受け入れてくれるな?」

 

 彼らは涙をこらえられなくなっていたが、それでいい。

 アウターへブンは陥落するが、ビッグボスの意思は世界に示された。伝説は歴史に刻まれ、未来にそれが誰かの手によって芽吹くこともあるかもしれない。またそれが受け継がれなかったとしても、それは人の選択によるものだ。

 文句はない。

 

 このビッグボス――ファントムの役目は、もう。

 っと、ここで思い出した。どうやら意識が回復してきたようで、忘れていたことに気がつけた。

 

「――まったく、どうも格好がつかないな」

「ボス?」

「お前達、泣いてお別れというのもなにやら俺たちらしくはないと、思わないか?」

「?」

「実はここに残っていたのは、たったひとつ残した任務があったからだ。調子を崩していて、うっかり忘れるところだった。急がないとな」

「ちょ、ボス!?」

「ウォンバット、ワーム。俺は今からやらなくてはならないことがあるんだ。お前達、一緒にどうだ?」

 

 いつの間にか、傷口からは赤い血が流れ出なくなっていた。

 そのせいだろうか、背中が悪寒が走りっぱなしであるが。呼吸は乱れず、鼓動も一定のリズムを刻んでいる。

 

 まだ、生きていられる。

 

「俺たちの戦場は、あなたの戦場でした。もちろん一緒に行きます」

「はい、ビッグボス。久しぶりですね、こういうの」

「……立ちたいんだ、手を貸してくれ」

 

 自分の中にある力という泉はすでに枯れていた。

 立ち上がることも出来なかったが、次に腰を下ろせばそれが最後だろうことも理解できた。

 

 両側に立つ2人に支えられ、肩を借りて燃え落ちるアウターへブンを見回した。

 

「さぁ、いこうか。俺達の――BIGBOSSの戦場へ、戦線復帰だ」

 

 歩くために踏み出す力は、ありがたい事に残っているようだった。

 肩を借りる2人に助けられることなく、わりかし強く足を交互に踏み出していく。

 

「ボス、任務というのは?」

「そうだったな、例の国連に訴えようとしていた人権グループがあったろ?」

「ええ」

「あれの正体がわかったんだが、困ったことをしてくれた」

「なんです?」

「脱出が間に合わなかった子供達――難民の子供達を自分たちで保護しようとしたらしい」

「!?」

「ああ、どうやらやるだけやって、放り出したようだ」

「馬鹿な!」

「まったくだ。だが、とにかく子供達はここにいる。まだ、このアウターへブンに」

 

 寄り添う3人の影はひとつとなっていたが、それは以外にも機敏な動きを見せ。

 燃えろ滑走路わきから姿を消す。

 

 

==========

 

 

 よく肥えた大柄のシスターはシスター・キティと呼ぶべきであったが。

 修道女の姿をコスプレのように感じるのか、知り合いはすべてシスターと彼女を呼んでいた。

 

 

 食糧倉庫、地下3階。

 そこに彼女は十数人の子供らと残され、この絶望の時の中でなすすべもなかった。

 

 ビッグボスは脱出できなかった子供達と、彼女を含めたNGOスタッフたちを必ず無事に外に出してやることを約束してくれた。そしてそのためにわざわざ部隊も用意して、安全に脱出できるように準備して待機していた。

 話が変わったのは、そこからだった。

 突如、どこからともなく平服の上に防弾チョッキなどの武装した集団があらわれると容赦なくアウターへブンの兵士達を皆殺しにしてしまったのである。

 

 そしてスタッフと子供らはここに連れ込まれる。

 

 しばらくすると段々と事情が飲み込めてきた。

 彼らは例の人権監視チームとコンタクトを取っているというレジスタンスで、目的は悪辣なビッグボスの人身売買に使われている少年少女たちを救出すると口にしている人達なのだということを。

 

 戦場で誰にも知られずに潜んでいることにはリスクがある。だいたいビッグボス本人からして、子供達はなにがあっても部下が守ってくれるはずだと思っているのだから、こんな異常事態に配慮などされるはずもない。

 

 高まる危険を危惧して、スタッフの男たちは意を決し。武器を持ってにらんでくる彼らに交渉と説得を試みた。

 事態を会話での解決を望んだ自分達に、彼らは手にした銃で答えてみせた。

 

 こちらの言葉をまるで聞こうとしない彼らは、激高すると拘束した彼らを並べ。突然裁判じみた台詞を口にしてから「全員死刑だ!」と叫ぶと、無抵抗の男達は次々頭を撃ちぬかれて死体となっていった。

 まさか自分たちをそこまで憎んでいるとは思わず、目の前でおこなわれる蛮行に唖然として恐怖する間にすべてが終わってしまっていた。

 

(もう、次は残された自分しかいない)

 

 とは思うのだが。彼等がまた怒りに任せて自分を殺せば、子供達はこの恐ろしい男達の中にすべてを委ねることになる。

 出来ることは何もなくなってしまっていた。

 

 だが、事態はさらに悪化した。

 突如サイレン音と同時に、マザーベース自爆が報じられ地面が揺れ始めると。それまで不満そうにしていた男達はみるみるうちに不安げな雰囲気をかもし出し。自分たちを置いてどこかに立ち去ってしまったのである。

 

 一度は外に出ようと思ったが、炎と煙。そして断続的に起こる爆発では、進むことは出来ずにここまで戻るしかなかった。

 

(駄目かもしれないわね)

 

 口にこそ出さなかったが、さすがにこまできて自分が助かるとは到底思えなかった。

 子供達は自分の周りに集まってきて、互いに支えあおうと励ましあっているのが。あまりにもいじらしく見えて、不憫でならない。このまま動けないまま、神に祈って最後のときを待つしかないのだろうか――。

 

 

 3人は食糧庫の前までこれた。

 

「よかった、まだこの辺りは火が回っていません」

「いや……これはまずい」

「?」

「中の火が、外まで出なかったのかもしれん」

「!?」

 

 慌てて扉の横にある電磁ロック式のキーパッドにワームは飛びつく。

 シュナイダーの話で、彼らがここに身を隠していることはある程度予想がついていたので迷わずにこれた。

 とはいえ、時間はそれほど残されてはいないだろう――。

 

 すでにソリッド・スネークと名乗った若者はここから離脱しているはずだ。

 列強がここをどうするつもりなのか、まだはっきりとはわからないが。軍が押し寄せてきた場合、スタッフも子供達もまとめて攻撃対象にされたとしても不思議ではない。

 

「どうだ?」

「1階には入れません、火です。それもひどい高温で――」

「食糧庫なら地下がある!もしかしたらそこにいるのかも?」

「そうなると……エアダクトだな。緊急時に運び出せるように、ここのはわざと入りやすくしておいた」

 

 底が見えない空調ダクトにロープをたらし、そこから地下へと降りていくことにする。

 2人はビッグボスが一緒に来ることに不安の色を見せたが、地上で一人で留守番などするつもりはなかった。

 

 これは、自分の任務なのだから。

 

 そう言って力強く降りていく。

 地下2階の通路に侵入したが、倉庫の中は入ることができなかった。

 カメラによると、地上の煙がここまで充満していて、それにどうやら数人の大人がそこで倒れているのがわかった。

 

「例のレジスタンスかもしれませんね。地上に出ようとしたが、電磁ロックを扱えなくて動けなくなった」

「――この下だ。まだ助けられるかもしれない」

 

 3階には子供達はいなかった。

 その代わり、子供たちと同行していたNGOの男性スタッフ達が手足を拘束された状態で殺され、コンクリートの床に転がされているのを発見した。

 

「――チクショウ、彼らは一般市民だったのに」

「なんて酷いことを」

「レジスタンスの勘違いを訴えたのかもしれない。それで逆上されたのだろう。拘束して、膝立ちにして並べた後で殺している。刑を執行してこうなったんだ」

「……」

 

 救いがあるとすれば、1名の中年女性スタッフと子供達の姿がそこにないということだけだ。

 

「っ?ボス、下に降りる階段の扉が――」

「この下に降りたんだな、急ごう!」

 

 ワームが先頭に立つと、4階に下りて倉庫のシャッター扉に手をかける。

 電磁ロックがかかっていた。

 

「開かない?」

「電気が来てないんだ、これじゃ釘を打った棺おけと一緒だ」

「ちょっと!?」

「それなら簡単だろう」

 

 スカルスーツはこの時に役に立つ。

 ワームは頷くとマスクをかぶりなおし、拳を強く握り締める。

 力が満ちる腕の筋肉に反応して、スーツ表面の虫たちも活性化し。ミリミリと目に見えぬ彼らの力強い合唱が闇の中でわきあがる。

 

 そうして鋼鉄の扉が、尋常ではない力で攻撃され。形が変形していく。

 

 扉の向こうから、子供たちの悲鳴が聞こえ。続いておーい、おーいと喜びの声があがった。

 

「ボス、良かった。子供たちは無事です」

「――ああ」

「ボス?」

 

 胸に大きく息を吸い込んだ。

 ウォンバットに支えてもらっていた肩から、体を離して一人で立とうとする。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ここからが最後の仕事だ。俺の傷のこと。子供達、彼らに悟らせるなっ」

「!?」

「頼むぞ、2人とも……」

 

 これは勝ち負けではない。

 ビッグボスの任務(ミッション)だ。戦争には負けても、生きてこの先の世界を見守ってもらう。

 それが例え、ビッグボスが消えた世界であっても。

 

 若者に未来をつないでもらわなければ、この戦いの意味もないのだ。

 

 拳を振るい続けるワームも、ビッグボスの横に立つウォンバットも何も言わなかった。

 子供は見つけた。後は彼らをどうやって外に連れ出すか。

 だが、そこに彼らのボスの姿はきっと――。

 

 

 悲鳴を上げる鋼の扉が、いっそう強い力でもって引き裂かれていく。




続きは明日。

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