新時代の戦場
曇る空の下、大地はずっと凍りついている。
すべてはあの1991年、8月革命が止めを刺した。
冷戦の終結、ペレストロイカに続く情報公開はソビエト連邦の崩壊を印象付けた。
それまでは世界を2つにする、その圧倒的な団結と軍の力が。経済を前にしては、なすすべもないと感じさせる。
たとえるならそれは、王座から降りると。頭をたれてゆっくりと膝をつこうとする最中のようにも思え、だからこそ、そうなる前ならこの”厳しい未来”を回避できるのだと、新たな時代の国作りを――彼らが好んだ『革命』が期待されていた。
だが、それも幻想だったのだ。
かつての敵国、アメリカが湾岸戦争を圧倒的な勝利を終えて半年。
新しい連邦の形は、革命の失敗という結果を受け。一足飛びに崩壊へとむかっていく。
冷戦の甘い夢を忘れられない民衆は、なすすべなく崩れていく連邦に淡々と対処する。連邦最後の最高責任者となってしまったゴルバチョフを憎んだが。それでも時は刻まれ、新しい時代は容赦なく訪れる。
連邦は崩壊すると、そこから解放された民族が独立していった。
これは同時にペレストロイカの失敗という、重い十字架を背負うことにもなるのだが――。
そんな国の大地を、コンボイ――大型のトラックトレーラーが10台からなる一団となって見える。
彼らの任務は重要で、そして失敗は許されない。彼らが向かう先には、倒産した航空会社の持ち物であった閉鎖された空港である。
建物にトレーラーが横付けされると、すぐにそこから出てきた男達は同じ灰色のジャンプスーツを脱ぎだした。
その下から現れたのは、解散されたとばかり思われている。あのダイアモンド・ドッグズのマークが記された迷彩服。アウターへブンが立っても、まだあのダイアモンドの犬たちは死に絶えたわけではなかったのである。
本性を現した彼らはレーダーと機材を空港内へと持ち込むと、電源を復活させ。動き出したレーダーのテストをしつつ、無線でどこかの誰かに「準備はできたか?」と問いかけている。
これから約10時間、閉鎖された空港は彼らによって運営される。
その間はこの場所と空は、彼らのための安全地帯になる。
遠いあの場所から逃げてくる、彼等の仲間を受け入れるために――。
空港を占拠してから2時間が過ぎる頃。
アウターへブンを脱出した輸送機やヘリの姿をレーダーが捉えた。
敗北という苦い結果の後であるが、飛行場へと降りてきた仲間達に「よく戻った」といって握手をし、抱き合って再会を喜んだ。
だが、ここはまだ道の半ばだ。
アウターへブンに参加した兵士たちには時間がない。すでに列強のインテリジェンスは、テロリストとなったビッグボスの部下たちを見つけ出そうと動き始めていた。追っ手の手が伸びる前に、消えなくてはいけない。
ダイアモンド・ドッグズはそんな彼らにこの場で数日分の食料と水を渡し、彼等の仕事に報いる報酬の『鍵』が配られると。動けるものから……別れを済ませたものからこの空港を出て、外の荒野へと歩き出していく。
北へ、南へ、東か西か。
一人で歩く者もいれば、小走りになる者もいるし。
前を歩く相手を呼びとめて連れ立って立ち去る奴等もいる。。
彼らは『次の場所』へと移動を始めるのだ。
アウターへブンは破れても、戦場は世界に存在する。そしてそこには新しい傭兵が次々と入っていく。
戦場は新たな時代、ついに新しい姿を得たモンスターとなろうとしている。
これまで以上の金が入り。
これまで以上の人が入り。
これまで以上のデジタルがその隙間に入り込んで、世界と結び付けていこうとする。
占拠から7時間を経過すると、再び空港は静けさを取り戻していた。
ダイアモンド・ドッグズのスタッフたちはまだそこにいるが。誰も互いに口を聞こうとしない。
さきほど立ち去った兵士は間際に口にしていた「たぶん、俺たちが最後かもしれない」と。その言葉が棘となって、この場所に重い空気をもたらせている。時間ぎりぎりまではここから動くつもりはないが、ここから人が消えれば。たとえあの場所から逃げたとしても、助かる可能性は恐ろしく低くなる。
その一方で、アウターへブンからここまで乗ってきた機体は順調に処理が進んでいた。
戦闘ヘリは武装を解除し、武器はトラックの荷台に詰め込まれ。この後ではフリーの武器商人の手にゆだねられることが決定している。
そのためにも輸送機とヘリには、それぞれの側面に描かれているアウターへブンのロゴが消され。その上から新たに輸送会社のロゴが入れられ。燃料の補充が終われば、これらには新しいパイロットが搭乗し。幽霊会社の資産として、世界の空港に散らばっていく。
むろん、そこからは売却されたり。そのまま別名義の会社へと譲渡、売られたりもして。完全にその使用経歴は闇の中となるはずである。
ちょうどその頃のことだ。
NATOは突如、正式に世界の脅威となるアウターへブンへの無差別爆撃を指示したことをようやく公式に認め。武装組織アウターへブンを率いたテロリスト、ビッグボスの死亡を確認したことも同時に発表した。
爆撃が実行されてから5時間が過ぎ、もうすべては終わっていた。
そしてビッグボスを倒した若き英雄、ソリッド・スネーク。
その名前が公にされることはなかった。世界は――いや、アメリカは。この世界の秩序を救った英雄に光が当たることを望まなかった――。
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残り時間が1時間をきる頃、空港内では再び歓声が上がった。
遅れること数時間、ようやく最後の一機が。この場所に向かっていることが確認されたのだ。
とはいえ、時間がない。
到着するのと平行してこちらもすぐにも撤収しなければ、ダイアモンド・ドッグズの兵士達も危ない橋を渡ることになる。
輸送機がエンジンを切ると同時に、スタッフは機体の偽装をさっそく開始し。
降りてきた兵士たちを迎えたが。最初の頃と違い、緊張感が高かったせいで和やかさは生まれなかった。
「間に合ったよかったよ。危ないところだった」
「ああ。大変だった」
「怪我人はいるか?傷の重い奴は?」
「いない。そういうのは俺たちの前に乗せたからな」
「そうか――」
わずかであったが、それは朗報だった。
スタッフはそれぞれの名前を確認すると、それまでにもしたとおり。数日分に必要なサバイバルグッズと報酬を渡し。渡されたほうは短いが、しっかりと別れを惜しんでからは、他の者と同じように荒野へと躊躇せずに歩き出していく。
ビッグボスの仲間、アウターへブンの兵士からただの傭兵となって旅立つ最後の友人たちの背中をスタッフは見守った。
彼らとて、この結末はひとごとではすまない。
ここを撤収し、チームがベースへと帰還すれば。1ヶ月ほどで、彼らもまた同じく”普通の傭兵”へと戻ることになっている。
もはやこの世界にビッグボスはいない。
アウターへブンという戦場は消滅し、彼らの戦うべき戦場もまた消えた。
そしてビッグボスは、そうなったとしても彼等が歩けるよう。新たな世界へと向かう道しるべを――負けてもなお、新たな戦場へと向かうことを望んだ。それこそが、彼の願いでもあった。
古代中国にいた杜牧(とぼく)は、劉邦に敗れ、故郷を目前にして命を絶った項羽を想い。「題烏江亭」という詩を残した。
そこでは「勝敗は兵家の常」、「捲土重来」などの言葉が並ぶことで有名であるが。
才覚ある英雄が、敗北に打ちのめされ。そこで死を目前にしても歯をくいしばって踏みとどまる才覚と勇気がなかったことを嘆いたものだった。
ビッグボスは勝利ばかりではなく。負け方も知っていたということになる。
彼の仲間は、誰一人として戦場に参加した罪をとがめられることはない。
いや、そもそも負けたから死ぬのではない。逃れえぬ死が襲ってくるその日まで、兵士は自分たちの戦場を自分たちで選び続けることが重要だった。
アウターへブンはビッグボスから世界への提案に過ぎない。
新たな時代の新たな戦争に、アウターへブンはきっと必要になる。だが、世界はこれからアウターへブンという免疫がないままに、この戦争と共生していかねばならないのだ。
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空港内に撤収の声が上がる中。ひときわ大柄な男もまた、そこから立ち去ろうとしていた。
大鳥を額に刻むその男に、スタッフがあわてて声をかける。
「なぁ、ちょっとまってくれ!」
「なにか?」
「あんたの隣に座って奴がいただろう?あの――泣き喚いてる奴」
「ああ、いた」
シュナイダーのことだ。
アウターへブンを、ビッグボスを悪と断じ。
彼等の秘密の活動を人身売買と勘違いして、国連の人権委員会に訴えたレジスタンスのリーダーだった男。
彼は救うはずの子供達と、彼等をともに救おうとした仲間達をアウターへブンに遺してここに生き延びていた。彼の身に起こった悲劇を、ここでは誰も気にしてはいない。
「あいつのこと――」
「俺は保護者じゃない」
「ああ、そうかもしれないが――」
「それにあれでも奴は裏切り者だ。これ以上、俺はかかわるつもりはない」
「ああ、そうだな、確かに」
「放っておけ。死にたいなら勝手に死ぬ」
男は――レイブンはそれだけ口にすると、もう後ろを振り向くことはなかった。
(西へ向かう)
それだけがわかっていた。
カナダを出て、ソ連も後にしたはずなのに。気がつくと、またここ(ソ連)に戻ってきてしまった。
なら、再び自分は歩き出すしかない。
世界は丸い。
この先も西へ向かえば、いつかは故郷へと戻る日も来るのはわかっている。
レイブンの次の目的地は決まっていた。ビッグボスを暗殺したFOXHOUNDの隊員。この新たな時代に誕生した若き英雄。
それがいる、アメリカへ。
ためらいはなかった。
大きな体を揺らし、力強く歩くその姿は。みるみるうちに小さくなると、地平線へと消えていった。
そしてそれとあわせるように。
ついに空港からトレーラー郡が”東”にむかって走り去る。そこには静寂だけが残された。また、元の廃墟とともに。
ところが、話はこれで終わらなかったのである。
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それから2週間がたった。
空港はまた、静寂と虚ろな空間へと戻っていた。割れた窓から冷たい風が入り込み、建物の形を徐々に削っていくだけの場所。
だが異変はまたも唐突に起こる。
唐突に地平線に複数のジープが姿を現すと。あの日と同じく空っぽの空港へむかっていく。
空港の前に停車すると、降りてくる男達は普段着ではあったが。一様になにか殺気立っているようにも見える。
彼らが中へと入って数分が過ぎると、静寂を破る「野郎、本当にここにいやがった!」と声とともに複数の怒号があがる。
ダイアモンド・ドッグズではボアとよばれた恰幅のよい男の前に引きずられてくる男がいた。
あのシュナイダーである。
あの時、ここに放り出され。呆然と泣き続ける彼を労わろうとする者は一人もなく。冷徹に手続きと渡すものだけ投げつけると、兵士はここから立ち去ってしまったが。
この哀れな男はあれからもずっとここにとどまっていた。
いや、きっと待っているのだ。
あのアウターへブンから。ビッグボスが子供たちを連れ、ここに来るはずだ、と。
そんなありえないはずの未来を信じたくて、ここにしがみつけばそれが起こるのではないかと思いたくて。ここからまだ、立ち去れずにいるのだ。
「もう、いい。殴るのはよせ、その価値もない男だ」
アウターへブンに敵を引き込み、敵を利するように動いた裏切り者。
それはビッグボスの仲間たち全員の耳にすでに入っていた。憎しみを抑え、報復心を抑え、だが怒りはどうしても忘れられない。直接顔を合わさなければ、こらえられることでも。彼らの2つの目が、弱弱しくうなだれるそいつを見てしまっては、我慢できるものではない。
「レジスタンスのリーダー、だな?」
「ボ、ボスを――」
「ん?」
「ボスは帰ってくるさ。戻ってくる、そうだろう?だって、だって……彼はBIGBOSSと呼ばれた男じゃないか。負けるわけがないんだよ」
声は割れている。音の響きもどことなくおかしく、正気と狂気のバランスが一日過ぎるごとにこの男を危うくして、今日までここにとどまらせているのだとすぐにボアは察することができた。
心のそこから侮蔑した。
そして同じくらいに哀れんだ。
「俺たちのボスは、ここにはこない」
「違う、違うんだよ――」
「まぁまぁ、落ち着いて聞けよ。俺たちのボスは、死んだ。あの日、アウターへブンは地形が変わるほど爆撃を受け。脱出の手段を奪われたボスは、そこで死んだ」
「嘘だ――」
「いや、死んだよ……お前の残した子供達と一緒になっ」
最後は押さえがきかなかったのだろうか、強い声ではっきりと断言した。
シュナイダーは再び嘆きの声と共に涙を浮かべるが、ボアとその仲間たちにはどうでもいいことだった。
「ここに戻ってきたのは理由がある。あんた、ここにいられるのはまずいんだよ。世界の諜報機関はアウターへブンの残党狩りを始めている。もちろん、そんなものにつかまりはしないが。あんたは別だ」
とっとと死ぬなり、殺されるなりしてほしかったのだが。
この男はここで毎日を嘆いて暮らしている。さすがに食料と水は尽きたのでこのまま放ってもいいが、死ぬ前にどこかの組織にとらわれては苦労が水の泡となる。
ビッグボスの望んだことを踏みにじることになってしまう。
「本当はな、俺達はあんたを死体にしようと話していたんだ。なにせ、あんたはボスの仇みたいなものだからな。問題はなかった。
だが――。
それができないと俺達は諭されてしまった。そしてその通りだ、裏切り者とはいえお前を俺たちが殺す理由はない。お前は、ただボスの命を狙って、ずっとあそこ(アウターへブン)に潜入していたんだ。むしろ、見事だと誉めてやるのが正しい」
そこまで口にすると、背後に合図をおくる。
外で動きがあるのを感じるが、何が起きているのかわからない。その中で、ボアは再び口を開いた。
「あんたにはここを立ち去ってもらう。
あんた自身の意思で、あんたの足で歩いて。とにかくそうしてもらう。その後で何をしてくれてもいいが、捕まることだけは許さん。
それができるように、こちらもあんたに会いたがっている奴を連れてきた。話をするといい」
そう口にすると、ボアはいきなり荒々しくシュナイダーの頭に手をやり。髪をつかんで顔を上げさせる。
涙を流しつづいけるその目は、強引に空港の入り口から入ってくる車椅子に座る人の姿を捉えた。
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ワームであった。
だがその姿は、痛々しいものとなっていた。
ビッグボスが死んでからも子供をつれてウォンバットと包囲を破るために戦い続けた。
5日間の逃避行をへて、ようやく脱出はしたものの。その代償は壮絶なものであった。
相棒のウォンバットは両足を骨折のうえに意識はいまだ戻らず。
このワームにしても失った右目を顔の半分ごと包帯で覆い隠し。右腕を失い、彼も足を骨折して自由に動くことができなくなっていた。
なのに、こんな有様でよく外に出られたものであると呆れるしかない。
ボアは車椅子の横まで迎えに行くと、ワームを連れて再び戻ってきた。
「アンタガ――アンタガ、裏切リ者」
ワームの発音がおかしかった。口がまだうまく回らないのだ。
話している最中も息継ぎをするだけで、喉が「ガッ」とか「ゴッ」などと小さな声で詰まらせている。
どうやらシュナイダーになにか話すことがあってここまで来たらしいが、こんな様子でそんなことができるのだろうか?
それから静かな時間が流れ、廃墟となった空港から男たちは黙って車に戻っていく。
そして再び地平線へ向けて走り出していった。もう、そこでやり残したことは何もないというように。
彼らはすでにこのビッグボスの消えた世界を進もうとしている。
だが――。
だが、残された男は。シュナイダーは違った。
車が立ち去ってしばらくすると、またあのシュナイダーの上げる声が廃棄された空港ロビーに響き渡る。
だが、今度は嘆きの声ではない。怒り、ともまた違う。
両手のこぶしを握り締め、何度もコンクリートの床に声とともに叩きつける。それでも心の中で暴れる感情の台風が、収まる気配が微塵もない。
仲間に裏切り者とさげすまれた男は、世界に裏切られていた。
世界のインテリジェンス機関が、ビッグボスのアウターへブンに動きがあるのを察知したのは他でもない。
人権委員会に訴えた、彼らレジスタンスの調査依頼と報告から伝わったものだった。
彼らはシュナイダー達とは違う。すぐに調べが始まると、ダイアモンド・ドッグズが非公式に行っていた少年兵の事業が判明し。他のNGOとのつながりも解明された。
だが、その調査結果は『重要機密』に指定された。
国連で決定されたわけではない。
そこにつとめていた職員達のそれぞれの国が、そうするようにと働きかけ。彼らは自身の中の愛国心から、その言葉に自然に従ったのだ。
列強は喜んでいた。
彼らは戦場に立つ、他国の哀れで不幸な少年たちなど目もくれず。
これを機会に戦場にて圧倒的を誇り、実際に軍事力を手にするビッグボスを排撃できるかも、という可能性に舌なめずりしただけだったのだ。
そして悲劇が起こる。
いらだつレジスタンスは、アウターへブンへ潜入するFOXHOUNDを援護。続けて悪党から子供たちを奪取し、国連に助けを求めたが。
アウターへブンをこの地上から消滅させることがすでに決まりかけていたこともあり、国連の職員たちは前回と同じ理由から、アウターへブンに残されていた保護すべき子供達すべてを見捨てた。
そうしてビッグボスは死んだ。
救うつもりもなかった、少年少女たちも死んだ。
彼らは戦場の英雄を世紀のテロリストと断罪し、そのわずかな善行ごと全てを焼き尽くした。
なのに、シュナイダーはただ一人。ここで生き恥をさらして、悲しみに酔っている。
もう、希望はどこにもないというのに。
「う、うぅ……俺はっ、なんてことぅ――」
この時になってようやく自分のおろかさを、間抜けぶりに絶望して、激怒もした。
自分をこの感情のままに破壊してやりたいという、欲求すらある。
ビッグボスの元兵士たちはシュナイダーの前に弾丸が一発だけ装填されたピストルを置いて立ち去っていた。それを使えば、自分の全てを死でもって塗りつぶすことができる、と。
そして実際にそれに飛びつき、握り締めると。
口を開け、シュナイダーはそこに銃口を荒々しくつっこんだ。
あとは銃爪を引けば、それで全ては闇に消える。
この苦しみからも解放されることができる……。
だが、そこで動きがとまる。
ここにある静寂が、男の激情がいかに無様で哀れであるかを突きつけていた。
走馬灯は、あの燃えるアウターへブンの中で残ると告げたビッグボスの悲しげな顔が焼きついてしまい。そこで終わっていた。
この罪は変わらない。この罪は背負えない。
だが、それでも死ぬこともできず。生きるためにはどうしたらいいというのか?
「……?」
充血した目で、空腹と疲れから濁る思考の中で。シュナイダーの報復心が本当の敵の名を浮かび上がらせてきた。
「――スネーク。ソリッド……スネーク!!」
全ての国が、彼らレジスタンスをだましたわけではなかった。
そうだ、アメリカだ。
彼らの特殊部隊、FOXHOUNDの工作員は自分を見て”さも驚いた”という演技で誤魔化していたではないか。
――そんな話は聞いてなかった
――俺を、助けてくれるのか?
だまされていた。いや、だまされたのだ。
大国の威信を守るために、存在する武装国家を恐怖し。それを叩き潰すために、自分たちを、あの子供たちをも見捨てた。
「貴様が、貴様が英雄だと!?飼い犬のくせに、俺達をハメたくせに」
憎悪が力を与えてくれた。怒りがすべて、一点へと向けられていき。進むべき一本の道を――復讐鬼となる道を真っ赤な炎によって照らし出す。
力の抜けていた体に力が戻ってくる。
握っていた銃に装填されていた弾丸は抜いた。
だらしなく皺のよったズボンのベルトにピストルをはさんだ。
この男は意外なことに、この先の未来を歩くことを決断した。
彼がここから目指す未来は、平和を謳歌する列強の市民たちの公共の敵(パブリックエネミー)。
それはテロではない、それは不満ではない。革命は求めないし、変革も必要ない。彼らの平和を弄び、その毎日のためにいつかどこかで踏みつけられる者達に変わって罰する者(パニッシャー)となる。
この新しい英雄が誕生したばかりの世界で、最初の敵となろう。
哀れなシュナイダーの願いは見事にかなうことになる。
世紀末、ザンジバーランド。怨敵、ソリッド・スネークと再会することで。
だが、それはまた別の話。そして別の物語で語られるべきだろう――。