トレーラーで見たときから、このシーンは印象に残ってます。強烈だった。
オセロットは早速、スタッフ達に撤収の指示を伝えると。自身も輸送機に乗ってここから立ち去る準備を始めた。
伝説の復活の第一歩、それは予想以上に良い結果ではなかったか。
3分の1の時間で、こちらの期待した以上の結果を出した。もちろん、髑髏の怪人達の出現は困ったサプライズであったけれど。ビッグボスは彼らとの初遭遇にも、生き延びて見せたのだ。
ここにいるスタッフ達とは、この後はもう他人となる契約になっていたが。
そのうちの多くが、オセロットに接触して来て。これからの予定があるのかと聞いてきた。すでに一晩だけで、オセロットが選んだ優秀なスタッフ達の興味をひかせることにビッグボスは知らないまま成功しているらしい。
「詳しいことは言えないが。もちろん、この先の予定は決まっている」
オセロットは聞いてきた全員に対して同じように返答する。
「ビッグボスの名前はすぐに君達の耳にまた入ってくることになるだろう。その時、まだ君達がのぞむというなら。その時にもう一度、連絡をくれ」
Vが目覚めた。
これはうまくいった。この先もうまくいくかもしれない。
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ビッグボスとカズを乗せたヘリは、カズのいう方角に向けて飛んでいた。
数時間のことだと言われてはいたが、スネークにとってその間の飛行は、眠り続けた9年間の空白を感じさせる、とてもいたたまれない空気の中ですごすという。ちょっとした苦行となっていた。
自分と同じように肉体を失っていたカズは、自分と違って失わなかった9年という時間をいかに苦しんで過ごしたのかをあれからずっと漏らし続けている。
あの日の自分への怒り、後悔、謝罪、自虐。
どれも陰気すぎて、戦場に戻ってこれたのだという喜びと高揚感に酔いたい今の自分がそれに付き合う気分にはなれなかった。
それほどに現役復帰を無事に終えることが出来たスネークは、充足した気分を味わっていた。正直、自分の中に生み出したドッペルケンガ―の姿をしたイシュメールと、今日の任務を再度味わってみたいとすら思っていた。
彼等が向かうのはインド洋にあるセーシェル共和国。
この115の島々からなる、イギリス連邦加盟国にカズは新たな家を作っていた。
「見えるか、スネーク……」
そう言うとカズは、自分の肩に掛けられていた服の袖についたワッペン。部隊章を見せてきた。
「ダイアモンド・ドッグズ、これが新しい家だ」
それまでの9年の溝を感じていた2人が、同じく気持ちになれる響きがそこにあった。
新しい俺達の家、ダイアモンド・ドッグズ。
その今はまだ小さい全容を見ると、再び2人の距離が離れていくような困惑が生まれる。
洋上プラント、それは2人が率いたMSFのための家だった。
それがそっくり小さな姿で、目の前の海の上に立っている。
(カズ、お前……わざとだろう)
言葉を失っているスネークに、カズはこの地に新たな家を許したセーシェル政府との密約。そしてプラントをごく自然に存在せるためにおこなったマネーゲームの説明をぼそぼそと続けている。
呆れ、苦笑、憐憫。
そのどれとも近く、だがそのどれでもない感情。
同時にあの若かった自分達が、ピースウォーカー事件に果敢に飛び込んでいくはじまりの時が思い出され、不思議な懐かしさと恥ずかしさ。そして喜びに目元と違い、口元がだらしなく緩みそうになる。
不快に似て、歓喜でもない。
まとまらない感情の中で、カズは唐突に話を変えてきた。
「スネーク、なぜ俺たちは生きている?」
まさか哲学?
しかし、そんな意味で言ったのではないことは本人の顔を見ればすぐに分かった。
闇だ。巨大な虚ろな穴の中に真っ黒な闇が広がっている。
再会した時、思わず覗き込んでしまったカズの目玉のない穴にそれを見た気がした。
「痛みに耐えるために。毎晩なくした足が、指先が、右腕が痛む――。なくした体の、なくした仲間の痛みが、いつまでもうずく」
空しくあるべき場所にない右腕を探すように、なにもない服の右袖を愛おしそうにカズは手に取った。
「まだここにあるように……っ!」
右袖は力なく。失われたものがこの腕だというように服は崩れ落ちていった。欠けているのだ、どうしようもなく。
見ていられない。いや、見たくない姿だった。
「あんたも痛むだろう!俺がサイファーと関わったせいだ」
いきなりカズの左腕が伸びると、スネークの義手に。
ビッグボスの欠けた腕に補われた鋼の新しい体をつかんでくる。
その手には力とは別の強いものがこめられているのが嫌でも伝わってくる。憎悪、それは激しく、強く、そして救われるもののない純粋な怒りだけで製鉄された刃だ。
ビッグボスとの9年の断絶が終わりを告げたことで、カズヒラ・ミラーという男の中に生れて育ち続けたそれは、本人を前にしてついに白日のもとに全てをさらけ出そうという勢いだった。
「俺はあいつの権力に、ゼロに寄生していたんだ」
それはビッグボスの古くからの友人のコードネーム。
ゼロ少佐、彼とはもう2度と顔を合わせることはないだろう。それほどにお互いは尊敬しながらも、深い友情で結ばれながらも、受け入れられない存在となってしまった。
自分の罪、それを告白できたということか。
一旦、カズの身体の力が抜ける。再び弱っていく体をヘリの壁面に預ける。
「キプロスでも、アフガニスタンでも、襲ってきたサイファーは――悠々と泳ぎ回っている」
カズが口にするサイファーとは誰の事だろうか。
ゼロの事か、それともあの夜、MSFを壊滅に追いやった部隊。XOFを指揮した男の事なのか。
もしかすると彼の中ではその全てが同一の存在として、溶け合っているのかもしれない。
「世界の全てを飲み込んで――。成長を続けて!」
再びカズの体にどす黒い炎がその勢いを増し始める。それは収まる様子を見せないまま、再びあの底の見えない暗い穴をスネークにさらけだそうとしてくる。
カズの左手が、スネークの首元を力強く握って、体ごと引き寄せようとしてくる。
「その大きさは、もう――」
ブチッと小さな音とともにカズは唇を、自身の歯で噛み切っていた。
「ボス!やつらから俺達の過去を、欠けたものを返してもらう。俺はそのために、復讐の鬼になれる!」
脳裏に、瞼の裏に、あの日の夜の光景が次々とよみがえってくる。
頼るものがなくて暴走するしかないと追い詰められてしまった若者が、純粋な少年がいた。
与えられたものも全て取り上げられ、希望すら踏みにじられた哀れな少女がいた。
仲間となり、同じ釜の飯を食い。同じ戦場を歩いた部下が、仲間達がいた。
そして自分にはまだ、偉大な戦士だったボスの謎かけに。自分の答えをこの世界に問いかけることが、あの時はまだ出来ていなかった。
奪われてから9年、ついにそれを取り返す時が来たのだ。
それはこのビッグボスの意志でもある。
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オセロットはそのセーシェルのマザーベースから、ビッグボス等が乗るヘリが下りてくるのを待っていた。
ここまでの道中、あの2人は9年の空白をどのようにして埋めあったのだろうか?
頭の片隅でそんな事を考えたが、むしろこれから忙しくなるこのカズの組織――ダイアモンド・ドッグズのことを考える方が今は重要な事であった。
この組織は小さいだけでなく、色々な意味で脆弱だった。
無理もない。
カズヒラは今回の任務にこの組織のなけなしの財産と言える古参兵達をもちいたが、それが仇となったか、その全てを失ってしまった。
ここに今いるのは低賃金でも構わないと、武器商人から格安のライフルを手に入れただけの錬度の低い、兵士とも呼べないチンピラ達が必死になることでなんとか組織を回していた。
武器、兵器、資金、そして人。
なにもかもが足りない。満足できるものなどほとんどないに等しい組織。
カズヒラの才能だけでなんとか持ちこたえているといってもかまわないここも、これからはビッグボスと自分が加わることで、彼の重荷を幾分かは和らげることが出来るだろう。
そしてさらに良くなるためには、もっとも適切かつ的確な任務を探し出してこないといけない。
(始まるのだ、これから)
降りてきたヘリから、ビッグボスがカズに肩を貸しながら出てくるのを見た。
「――9年前とは違う。金を稼ぎ、人を集める。サイファーに対抗するために。血の混ざった、戦場の泥を舐める」
そこで言葉を着ると、苦いものでも飲みこんだわけではあるまいに。カズの顔は確かにゆがんだ。
屈辱だったのだ。
この瞬間、ビッグボスを再び迎えることが出来ても。彼が率いるべき部隊は、やはり9年前のあの夜に失ってしまったままなのだ。
「復讐のためだけに――。俺達が介入するのは、世界中の汚れ仕事(ウェットワーク)だ」
だからこそ言わなくてはならなかった。
ビッグボスは英雄だ。しかし、殺人鬼というわけではない。
戦場に立ったからといって、無邪気な新兵のように武器を振り回し。虫を殺すのと同じ感覚でモラルを失って残酷な行為を嬉々として始めたりはしない。
だが、いまのダイヤモンド・ドッグズの力はあの精強だったMSFには遠く及ばないのだ。
「正義も、大義もない」
それはいわば兵士となる者達のために国が用意するものだった。
人が武器を持って戦うために、なければ恐怖でその場から仲間を見捨てて逃げることを許さないために必要なものだった。
それがこのダイアモンド・ドッグズでは用意されることはない。
どこかで正しい人がこの所業を耳にすれば、一部の隙もなくその批判を口にするだろうし、それは無条件に全てが正しい。
そういう戦争しか、今の時代の傭兵達にはなかった。
「カズ――」
「地獄におちた俺達だが。さらにその下に、”堕ちる”ことになるっ」
「俺も、もうあの世からかえってきた鬼だ」
スネークにも、眠りから覚めてからの修羅場をこえてすでに覚悟はできている。
そうだ、自分もまたカズと同じ復讐鬼ではなかったか?
そう問われれば、返事はやはり一つしかのこっていないのだ。
「天国に未練なんかない」
天国の外側――アウターへヴン。
それはかつて彼が唱えた、彼の狂気に満ちあふれた夢の言葉。
で、あるならばいまさら生き方を改めるのもおかしな話ということになる。
(そうだ、天国になど未練はなかった。あの夜をこえたからじゃない、その前からも。そのずっとずっと前から、俺はそうだった)
かつて、偉大な女性がいた。
彼女は自分の次になる英雄の候補として、ある男に教えを授けた。
最後に全てをその男に譲り渡した時、男の中に鬼が生まれていた。彼は自分がやるべきことが見当たらず、それから長くを不満の中でくすぶっていたのではなかったか。
この蛇は英雄となった時から――男は鬼だった。
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オセロットは2人のやりとりを一歩離れて見つめていた。
これからダイアモンド・ドッグズでは、この距離が3人の関係になるのだろうと思う。それで、いい。
カズヒラ・ミラーの見せていた復讐心は、ボスの前でむき出しにされ。かなり見ごたえのあるものだと確認して思った。
これではどうせ止めようとしても、言うことを聞かずにサイファーに飛びかかっていこうとするだろう。
オセロットは自分のここでの役割を、問題なく進められるようにと自然と定まるように思考していく。
だが、そんな中にも目に焼き付けるやりとりがあった。
吹き荒れる感情のままに、必死にビッグボスにすがってくるカズヒラに。彼は力強い言葉で、わずかにその全てを肯定するものではないと示して見せた。
「サイファーを撃とう、ボス。そのために力を貯めるんだ!」
「だが、カズ。忘れるな」
それは静かに、だがハッキリと彼は口にした。
「俺達は過去じゃなく、未来のために戦うんだ」
その言葉でカズヒラの盲執が断ち切られたか、ようやくのことストレッチャーに横になると。医務室へおとなしく運ばれていった。
オセロットはそれを見送る、自分達のボスの隣に立って話しかける。
「話がある、ボス」
「ああ」
「今からここは、あんたのマザーベースになる。ある程度の事は俺やカズヒラがやってもいいが、重要なことはあんたの判断に従うつもりだ」
「わかった。オセロット、よろしく頼む」
その瞬間、見えてはいけない幻影(ファントム)をオセロットは見てしまったが。表面上は平然と笑いつつ、ボスの元から離れていった。
激しく動揺しろと心臓が激しく音を立てて鼓動する。違う、動揺などしない。幻影など見なかった!
この日より、PF(プライベートフォース)と呼ばれる傭兵集団のひとつにすぎなかったダイアモンド・ドッグズの快進撃が始まる。
それは当然のように、伝説の傭兵の復活というストーリーと交えて人の耳に次々と伝わっていく。
だが、そのうち皆が気付くことになるのだろう。
その獣は犬というには余りにもその口と体は大きく。その口から覗かせる牙は、犬よりも遥かに鋭さを持ち。人の住む町の中に住むことはなく、広い世界をあとでなく歩き続ける習性をもっていた。
普通、人はそのような習性を持つ獣を犬とは呼ばなかった。
この時代、そんな獣の事を犬と区別し、人々はそれを狼と呼ぶのである。